GET BACK   作:今津

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#4 悪魔の手のひら

 

 

ブンブーン一家の襲撃から三時間と少し過ぎた頃。

砂漠の岩山地帯に入った僕たちは──まだ、逃げていた。

 

「あいつすごいスピードで追ってくるぞッ! まったくペースが落ちてないんじゃあねーのか! もうお互い馬が潰れかねないっつーのに!」

 

隣で駆けているジャイロが後ろを振り返っている。

 

今から約三時間前。僕たちは、元のキャンプ地に置いてきたブンブーン一家が追ってこないのを確認してから、ある程度ペースを落として進んでいた。

ようやく50km先になった水場に誰より早くたどり着かなくてはならなかったが、だいぶ暗くなってきていて危険だったからだ。

 

だが──奴が現れた。馬に乗った奴がひとり。

普通の参加者なら夜に馬を走らせたり、まっすぐに近寄ってきたりはしない。

僕たちはやむを得ず馬を走らせ続けることになった。

 

それから約35kmも、月明かりで走らされ続けている。ジャイロはあの人影が、襲歩のまま三時間ぶっ続けで追ってくるとは思っていなかったようだ。

 

「おい、()()()? どこまで逃げなくちゃあならないんだ!?

 仮にお前が言う通り、奴に近づかれたら()()()として! あいつ尋常じゃない速さで岩場を登りきって……上り坂なのに加速してるぞ! どうかしてるぞッ!!」

「なるべく行ける所までだ! でもそろそろ──ウッ!?」

 

────いきなり、腹や手足にドスドスッ!と衝撃がきて、手綱にかかっていた力がフツっと切れた。

 

浮遊感。体が、鞍上から投げ出される。

 

「ニコラス!? ──ぐおっ……!?」

 

ドカッ!と砂まみれの岩場に叩きつけられて、受身をとって転がる。

 

「っうぐう……!」

 

地面に這いつくばって、痛みを堪えながら次に目を開いた時、視界に入ったのは。

裸馬になった愛馬たちが逃げていく後ろ姿と。

崩壊した馬具の()の部分が地面に散乱し────馬具の金具など「鉄」の部分が、砂まみれの腕や頬の皮膚の()()にめり込んでいる、おぞましい光景だった。

 

「!!」

「こ……これはッ!? 皮膚の中に……「鉄」が!」

 

ジャイロも僕とまったく同じ状況に陥っていた。さっきまで馬に乗っていたのに、地面に転がって自分の腕を見ている。

 

「これがブンブーン一家の仕業なのか!? いつのまにヤツらの罠にかかったんだ!? オレたちはヤツに近づきさえしなかったはずだッ!」

「最後に聞こえた銃声だ……! それ以外ならすまないが見当もつかないッ」

「くそっ……! ヤツらを探さなくては! どこか近くにいるはずだッ!」

「…………」

 

逃げる道中に、僕がジャイロにあらかじめ伝えておいた情報は二つ。

まず、「ブンブーン一家は“磁力”を操る特殊な能力を持っている」ということ。

特殊な能力という言い方に、ジャイロは昼間のミセス・ロビンスンの時と比べてもかなり「疑」寄りだったが、この異常事態を身をもって実感してしまっては、とりあえず僕の言ったことを信じてみるしかなくなったらしい。

 

そして「追ってくる()()()()()()()()は敵ではないが、近付かれるとマズいことが起こるので逃げるべきだ」ということ。

僕は地面に這いつくばって立ち上がれないまま、ドドドドと砂煙を上げながら近付いてくるマウンテン・ティムを振り返った。

 

……確かにいずれは追いついてもらう予定だったが、あえてここまで引きつけたわけじゃない。そんな余裕はなかった。

()()ニコラス・ジョースターが、撒いて振り切ってしまえるような感覚がなかった。ジャイロを連れていたのと、能力の影響があるとはいえ……マウンテン・ティム、さすがの乗馬技術としか言いようがない。

 

「ブンブーン一家は三人一組……

 あのとき、無事だった残りの二人だけで追ってこなかったのは……()()であることに意味があるからだ……」

 

“3”という数字に特別なものがあるのか。

あるいは、ヤツらの「家族三人揃っているときが最強」という強い思い込みが、能力に現れているのかはわからないが。

 

僕は足も腕も動かしてはいないのに、まるでロープか何かに繋がれてひっぱられているかのように、ズリズリと地面を引きずられていく。

 

「おい!? なにやってる!!」

「二人の時は弱くて気づけない……だが三人のときに最大の力を発揮する……!

 彼も既にどこかでヤツらの罠に嵌ったんだ! 君と僕とマウンテン・ティムで()()! 既に磁力圏内に入ってるッ!

 お互いに向かってひっぱられてるぞッ! 君も!」

「!!」

 

ジャイロも僕と同じように、倒れている位置がひとりでに後方に向かって()()()いた。

マウンテン・ティムが近づいてくるほど、三人の位置関係の中心の方へ強く引き寄せられていく。地面を掴んで抗おうにも、乾いた砂に摩擦が殺される。

 

「なんでヤツは落馬しねえんだ!?」

「彼はこちらにひっぱられる力で加速してるからだ!」

「ヤツがここまで来たらどうなる!?」

「きっと血液が集まって全員体が爆裂する!!」

 

血中のヘモグロビンには鉄が含まれている。それが「磁力」の中心に引き寄せられて、ところどころ鬱血して、裂けた皮膚から流血し始めている。

マウンテン・ティムは僕たちが落馬していることに気づいただろうが、止まらない。彼が近づいてくるほど、僕たちが互いを引き寄せる力は強くなるばかりで、ズリズリどころかもはやズザザザと地面を滑って引きずられていく。

 

「これは……これは「技術」とか「トリック」なんかじゃあねえ……! もっと『超越』した────」

「このままじゃ手遅れになるぞ! ジャイロッ! 彼を止めてくれ!!」

────うりゃああぁああっ!!

 

ジャイロが投げた鉄球が、空へ飛んでいく。

当然だが、鉄球の素材は「鉄」だ。鉄は磁力の影響を受けて、「磁石」の方に常にひっぱられてしまう。

強くなりすぎた磁力に抗うほどの推進力を、鉄球はもっていなかった。その飛距離はマウンテン・ティムまでには到底届かず────。

 

「「磁力」で戻ってくんだよな……「鉄」はオレのとこによォ……」

 

鉄球はマウンテン・ティムよりかなり手前の岩山に、ズドッ!と激突した。

「回転」の力は岩肌をガリガリと削って、巨大な土煙を立てる。

 

「削り粉を散らばらせた。ただしかなり痛いぜ……三人とも肉体が「磁石」なんだからな。

 岩の中には「鉄分」がある。ニコラス! 体をガードしろ!」

「!!」

 

空中に拡散した岩石の削り粉は、「磁力」で三人それぞれの体に向かって引き寄せられて──散弾のように()()()きた。

 

「うぐぁあ!!」

「うぐお!!」

「うおお!!」

 

僕たちは体を丸めて頭を庇った。飛んできた無数の石が、腕や足の皮膚に突き刺さって鋭痛が走る。

だがまだこの状況を知らないマウンテン・ティムだけは「削り粉」の散弾をもろに全身に食らった。彼は痛みに仰け反り、走る馬の鞍上からバランスを崩す。

 

「やったぜ! マウンテン・ティムを馬から引きずり落としたッ!」

「ああ──ッだが近付きすぎてた! すでに!」

 

宙に浮いたマウンテン・ティムの体は、地面ではなく────僕たちの方向に()()()()()

 

「マウンテン・ティムの体が空中を突っ込んでくるぞッ!! 「磁石」の力が強すぎるッ!!」

 

ブシュウッ!と皮膚の表面から血が湧いて出ていく。磁力が強くなる。このまま三体の「磁石」が引き合って合体してしまえば、最終的には体が爆裂してはらわたが飛び出る。

僕たちにはもう、為す術はなかった。

 

 

────だが、()()()()

 

 

岩にかかった投げ縄のロープが、ピンと張って、宙に浮いたマウンテン・ティムの体をピタリと止めている。

彼の体はバラバラに分かれて、そのロープに沿って“ビーズ”のように繋がっていた。

 

「……!!」

 

「…………なんだこりゃあ……」──僕の隣で、ジャイロが小さく呟く。僕も同じ気持ちだ。

実際に目の当たりにするとあまりに奇妙な光景だった。

 

マウンテン・ティムのバラバラの体は、ロープの上をシュンシュンと移動して、何事も無かったように元の人間の姿に組み合わさる。

 

「ロープを投げた……

 『ロープの距離だけは肉体をバラバラにして移動できる』

 この今の状況……三人とも近付くと……ヤバイことが起こるようだな」

 

彼がロープを手繰り寄せて岩に登っていくと、体が離れた分だけ僕たちにかかる「磁力」が弱くなっていく。

 

「オレは追跡の相手を誤解していたようだな……。

 ジャイロ・ツェペリ。今オレをひっぱっている「磁力」のような力は誰の能力なんだ?

 詳しく教えてもらおう……? 何が起こってるのかを……!」

 

 

 

 

 

 

「「鉄」を操る能力。なるほど……犯人は「ブンブーン一家」……気づかずあんたらに近づくと死ぬってわけか……」

 

マウンテン・ティムの飲み込みは早かった。

それは彼も奴らと同じく、常人にはない『特殊な能力』を持っている人間だからだ。

 

「いったいなんなんだ!? おまえの方も……! 「ブンブーン一家」もだが………………

 ()()()()()()!? どういうことなんだ!?」

「あんたの方はどうなんだ!? その「鉄球」はなんだ?」

「オレのは技術(ワザ)だ──人間には未知の部分がある」

「………………」

 

ジャイロの返答に一切の淀みはない。

……マウンテン・ティムは、岩の上でこちらを見下ろしながら姿勢を整えた。

 

「なるほど、人間には未知の部分がある。簡単に話そう」

 

 

 

 

 

 

────15年前。1875年。

このアリゾナ砂漠が、まだアメリカ合衆国になったばかりの頃。

まだ地図が完成していない地域を探査しに行った騎兵隊十六名が、全滅するという出来事があった。

彼らの死因は戦闘でも事故でもなく、『脱水症状』だった。

 

 

十六名の騎兵隊員は遭難し、水場を求めて何日もさまよった。

当時16歳だったマウンテン・ティムもその小隊にいた。

────彼らは、地元の先住民が「悪魔の手のひら」と呼び恐れる場所に踏み込んでいたのだ。

 

「悪魔の手のひら」では方位磁針が狂う。

しかも流砂によって地面が動き、地形が変わる。あるはずの山が消えたり、谷が現れたりするから、道に迷ってしまう。

ついに水場は見つからず、馬が死に、隊員も次々と倒れていった。マウンテン・ティム自身も。50℃から60℃の日差しに、カラカラに乾燥して、文字通り焼け死んでいった。

 

 

「悪魔の手のひら」は、運命を選ぶ。

その人間に眠っている未知の才能を呼び起こす『引力』を持つ。

 

 

死にゆくしかなかったマウンテン・ティムは、夜中になぜか目を覚ました。

ロープについたごく僅かな夜露を、彼の体は無意識に吸い取っていた。

それが『能力』の目覚め──ロープと体が一体化していたのだ。

マウンテン・ティムはその小隊唯一の生き残りとなった……。

 

 

 

「悪魔の手のひら」は一日に何kmも()()する。先月あった場所に今月はもうない。どんな広さなのか誰も知らず、どこにあるのかも出会ってみなければ分からない。

先住民の伝承によれば、大昔に落下した隕石が全てを破壊し、呪われているのだという──……。

 

 

 

 

 

 

「インディアンは「呪われた能力」と呼ぶ……。

 そうなのかもしれない。オレは隊の他のみんなと共に死ぬべき人間だったんだからな………………」

「…………」

「この能力を立ち向かうもの(スタンド)とオレは個人的に呼んでいる……。

 間違いない!ブンブーン一家も「悪魔の手のひら」に踏み入ったやつらなんだ」

「────『スタンド』

 

語り追えると、マウンテン・ティムはまたロープを使って岩を登り、僕たちから更に離れていった。

 

「「磁力」がだいぶ弱くなったぞ……。いいぞ……そのままそのロープでどんどん離れろ!」

「……あとはブンブーン一家をどうやって探し出すかだが……」

 

 

「いや……探す必要はないと思うよ」

 

 

────声は僕とジャイロの背後から聞こえた。

 

「!!!」

 

相手を刺激しないよう、ゆっくりと振り返る。

僕たちのほんの数メートル後ろに、しゃがみ込んだ男──ブンブーン一家の「弟」、L.A.ブンブーンがいた。

また「父」の方も、少し遠くで馬を降りてこちらに近付いてきている。「兄」は見当たらないが……。

 

「……探すことも離れることもない……君たちが行けるのは……近づく方へだけだ………………

 ね? 父さん……? 父さんがそう言った」

「手伝うか? L.A.。ひとりでロープを切れるか? マウンテン・ティムの野郎のロープをよォ〜〜〜」

「え〜〜!? 出来るような……自信ないような」

 

「……!!」

 

背後の『敵』に向けて、ジャイロが座った姿勢のまま予備動作なしに鉄球を繰り出す。

その瞬間。ズドォッ!!と、地面から“黒い砂”のようなものが噴き出し、鉄球と同時にジャイロと僕の体をも絡めとる。

 

「──砂鉄……!!」

 

一面の砂に混ざっている砂鉄。その粒を奴は磁力で寄せ集めて操っていた。

砂鉄は「磁石」になっているジャイロや僕の体にまとわりついて、重みで動きを阻害する。僕たちは一纏めに拘束されてしまった。

 

「これは!! 「砂鉄」かッ! 地面の中の『鉄』を集めて形にしているッ!!」

「マウンテン・ティムの方にも行くぞッ!!」

 

砂鉄の波が岩のてっぺんにいるマウンテン・ティムの胴体に襲いかかり飲み込もうとする。

 

ドバッ ドバッ ドバッ ドバ! ドバ!

 

銃声。彼の胴体から離れたところ、ロープの()()にあるマウンテン・ティムの手。そこに磁力で張り付いていたリボルバーが炸裂した。

ロープで撃鉄と引き金を引いたのか、どうやったのかわからないが、反動を完璧に制御して、全ての弾が地上のL.A.の元に吸い込まれていく。

 

「え?」──胴体の方に集中していたL.A.は思わぬ反撃に対応できない。

 

だがその鉛玉は、ブンブーン一家の「父」ベンジャミン・ブンブーンが横から操った砂鉄によって弾かれた。

 

「やっぱりひとりじゃあ危なっかしいなあL.A.!

 ヤツらの両手も砂鉄で塞ぐんだよ! ヤツらに何もさせるな……幸せか? 幸せだよなあワシたちはよオ。

 さっさとマウンテン・ティムのロープを切れ」

「ああ〜〜父さん……ぼくとっても幸せだよォオ」

 

ブチィッ! ──無慈悲にもロープが切られる。

支えをなくしたマウンテン・ティムが、砂鉄の重みと「磁力」によって岩を滑り降り始める。

 

 

「オメェらはもうこの磁界の中じゃあ何やっても無駄なんだよォオオオオーーーーッ」

 

 

既にくっついていて身動きの取れない「磁石」の僕たちに、三人目の「磁石」と共に『死』が迫り来る。

ジャイロの両手は拘束されている。僕は丸腰だ。今度こそ、もう為す術はなかった。

 

「────ニコラスッ! お前の手が空いているッ!

 やれっッ! ()()()()()()()()ッ!」

「え?」

『回転』だよッ! おまえが「回転」を使ってやつらを()るんだ!」

「はッ!?」

 

『彼』はここに来てとんだ無茶ぶりを言った。

耳を疑う。だけどこの磁力でくっついた至近距離で聞き間違えるはずがない。ここに来るまで一度だって『ぼく』に鉄球の技術を教えたことなんかないのに!

 

「弾丸だッ! 「鉛」ならこの磁界の中でも影響なく飛ばせるッ! おまえがその弾丸を回転させろッ!」

「なッ──」

「マウンテン・ティムの体が浮いたッ! 来るぞ!!」

 

ついにマウンテン・ティムの体が降ってきて──ガシィィンッ!!と合体する。

最大級になった「磁力」が三人の中心に向かって更に強く作用する。皮膚が裂けて血が吹き出て全身に痛みが走る。

 

「うぐああっ!!」

「うおおおお裂けるッ!!」

 

「合体したあーーッ内臓何メートル飛び出るかなあーーハラワタ新記録できるかなあーーッ」

 

「ニコラスッ! やるしかねえッ!!

 『Lesson2』「筋肉に悟られるな」! 『Lesson3』「回転を信じろ」だッ!!

 おまえならやれる!! 回転を信じろッ! 回転は無限の力だッそれを信じろッ!」

「いっぺんに言われても────!!」

 

()()()()()()()()!!と叫びたかった。

 

だが、今から八年前。『ぼく』がこの「スティール・ボール・ラン」レースに出場すると心に決めてから。

僕はこの人生の娯楽を全て捨てて、()()に費やした。このレースに必要なことだけを求めた。

当然「鉄球」の技術を事前に身につけられないか試したことだってある。

 

「(回転……!!)」

 

本来の『運命』であれば。つまり、()()()のなかでは。

ジョニィ・ジョースターがこの時点で回転を成功させた回数は、ただの一回しかなかった。それもまぐれのような形で。

だからあくまで理論上、たとえ事前の練習がなかったとしても、僕がこの土壇場で「回転」を成功させることは可能なはずだ。

 

地面に転がっていた鉛玉を、かろうじて届く左手で拾う。

 

筋肉に悟らせず、皮膚だけに作用するほどの繊細さで。

風のなかの木葉がくるくると舞うような、かろやかさで。

 

「やるんだッ! やらなきゃあここで終わる!!」──『彼』の声が頭の中に響く。

 

その声に押されるように“ビシィッ”と弾いた鉛玉は、僕の手の中でクルクルと()()()

 

「────お前……ッ!」

「……!!」

 

けど、それだけだ。

 

ゲシッと、腕を踏まれた。

『敵』の足だ。

地面に落ちた鉛玉が、力なく転がってゆく。

 

 

「……ダメそうだ」

 

 

僕は自分の左手を──正確にはその下の()()を見て、言った。

 

爪が回らない。

 

『ぼく』がジョニィにない才能をもっているように、ジョニィにしかない才能は『ぼく』にはないらしい。

 

「ああ……」

 

()()()以来の無力感が、僕の心に、砂鉄や磁力より遥かに重く、のしかかってくる。

視界には砂しかなくて、空気は乾燥して、こんなに喉は乾いているのに、目には涙が滲んでくる。

 

 

ジョニィ。

ぼくにとってなにより大切な、親愛なる弟、ジョナサン・ジョースター。

 

────どうして。

 

今ここにいるのがジョニィ、きみじゃあなくて、死ぬべきだった『ぼく』なんだ。

 

 

「神様………………」

 

 

 

 

確かに『ぼく』──ニコラス・ジョースターには、あらゆる才能があった。

 

それは()()若くして死んでしまうからこそ秘められている()()────ゲームで言う、非プレイアブルの隠しキャラがデータ上ではオールSSのスペックをしているような────あらゆる点でジョニィ・ジョースターを超える()()()()()と定義されているからこその才能。

 

鉄の玉を自作して、回転させようとしてみたことがある。常に持ち歩いて、馬の調教、自分の勉強、トレーニングの合間の休憩時間に、暇さえあれば触っていた。

 

だが聞きかじりの独学でやれることには限界があった。

どれだけやっても、素人の猿真似を超えることはない。玉は手品みたいに回転するだけで、なんの作用も生まない。

過去の僕は、それ以上の上達を、いずれ出会う「師」から教わるまでは保留することにした。

 

一方で、それとは別に()()()()()を見つけた。

それは一子相伝の技術ではなく、遺伝などでも自然と身につけられる、もっと感覚的な、才能に依る「技術」。

 

 

 

 

「もっと後ろ下がってろL.A.! 最後まで気ィ抜いてんなよ。死に際の悪あがきには気ぃつけろだ」

「い……いや、と……父さん……。

 な……なんだ!? そりゃあ…………。違うよ父さん……「気ぃつけろ」じゃあない……戻って父さん!

 なんだあいつの()はッ! 早くそこから戻ってッ!!」

「?」

 

 

「(────どういう事だ……これは!?)」

 

ジャイロ・ツェペリの目には。

成り行きでタッグを組んだニコラス・ジョースターが土壇場一発で「回転」を成功させたのも、生を諦めて死を悟ったのか涙を零したのも目を疑うような光景だったが、それ以上に────疑わしいものが映っていた。

 

敵に踏まれているニコラスの腕が、雷雲みたいに()()しているように見える。

 

砂鉄と「磁力」のせいで彼と密着しているジャイロは、ニコラスの体に何らかの()()()()()が渦巻いているのを感じた。

今にも破裂しそうな体の痛みが、どこか暖かく生命の息吹に溢れたその()()()()()によって和らいでいる。

 

「コォオオオオ────……」

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「────『波紋疾走(オーバードライブ)』ッ!!」

 

「あばぁああああああーーっ」

 

僕の呼吸から生み出された生命エネルギーが、血液を、腕を、奴の足を伝って、ベンジャミン・ブンブーンの全身にまで一気に届く。

 

過剰に注がれた生命エネルギーは内臓に過負荷をかけ、心臓を止める。

────『敵』は、その場で仰向けに倒れ込んだ。

 

「ニ……ニコラス・ジョースター……それは……いったい……」

「…………!!」

「『仙道』と呼ばれている()()のもの……。僕は単に『波紋』と呼んでる。

 幸いにも才能があったから……身につけておいて損は無いと思って鍛えておいたんだよ」

 

「よくもきさまッ! 父さんのことををををををををををーーーーッ!!」

 

父を倒され激昂したL.A.ブンブーンが、涙を流しながら僕の体を引きずり出す。

僕はL.A.の腹に波紋の肘鉄をブチ込んだ。

 

「ごはぁあッ」

 

『敵』は軽く吹っ飛んだ後、うずくまって倒れる。

これで二人目。……いや、三人目だ。

もう引きずられることはなかった。

 

 

 

体についていた砂鉄や金具が、重力に従ってパラパラと落ちていく。

 

「やったッ! まとわりついてた砂鉄が落ちたぜ!

 ヤツらの鉄の能力ッ! 磁界が消えたッ!!」

 

ジャイロが喜びの声を上げる。あれほど重くまとわりついた砂鉄も、もう風に吹かれるだけの()()()砂鉄だ。

 

僕は地面に落ちた金具を拾いつつ、ほっと胸を撫で下ろした。

想像していたよりギリギリだった。先を()()()いるのにあえて痛い思いをする、させるというのは、いつも精神に堪える。

それに……ただの人間に向かって、攻撃目的で『波紋疾走』を繰り出したのは初めてだった。

 

滲んだ血を拭いて、砂を叩き落としていると、立ち上がったジャイロが勢いそのままにガシッ!と僕の両肩を掴んできた。

 

「うおっ」

「ニコラス! おまえ素人のくせに一発で「回転」を成功させやがって……!!

 いや、その『波紋』って技術を身につけてるからか? オレの『回転』と基礎の基礎が近いって可能性はあるな」

「あ、あぁ」

 

まさか「素人なりに練習してました」と言えるはずもなく返事を濁す。

そんな僕の内心を知る由もない彼は意気揚々と肩を組んでくる。

 

「決めたぜ──「回転」の技術を知りたいって言ってたろ?

 いいぜ、教えてやるよ。ただし交換条件として──オレにもその「波紋」とやらを教えろ!」

「えッ!?」

 

「……おい二人とも、勝利の喜びを分かちあってるとこ悪いが」

 

同じく砂まみれのマウンテン・ティムが、どこか遠くを見渡しながら言った。

 

「ニコラス・ジョースター……それは『技術(テクニック)』なのか?」

「……ああ……才能ある人間が訓練すれば、再現可能なはずだ」

 

……マウンテン・ティムは一瞬、顔を顰めて、すぐに切り替えたように見えた。

 

「……まあいい。すぐにわかるとは限らないか……。

 周囲の地形が変わっている。おそらくここは既に「悪魔の手のひら」の中だ。走っていった馬を呼び戻せ! すぐに方角が分からなくなるぞッ!」

「!!」

「なぜ悪魔の手のひらがここにあるのか!? ……偶然かもしれないし、「土地」がオレたちを()()()()()のかもしれん。おそらく後者だろう……」

 

彼にとっては因縁の土地だ。唯一の経験者が言うのなら間違いない。

マウンテン・ティムは自分の馬に乗った。僕たちも地面に落ちた馬具を拾って馬を呼ぶ。愛馬は近くに隠れていたようですぐに駆け寄ってきた。

 

「早く馬に乗れッ! 地面が動いて地形が変わるぞッ! すぐに脱出しないと迷い始めるッ! 水場なんてどこにあるかわからなくなるんだ!!」

 

「待ちやがれェェきさまらぁああああああ! 復讐してやるぅぅううう〜〜〜〜〜ッおまえら絶対に許さねぇぇぇぇ!!」

 

遺されたL.A.ブンブーンが呪詛を叫ぶ。動かなくなった父親を抱いて泣いている。「波紋疾走」を使った直後での攻撃だったので、心停止させるには波紋のタメが少し足りなかったか。

マウンテン・ティムがバッと銃を向ける。

 

「放っておけ! 過剰な「波紋」は体の内側にダメージを与える。奴は既に立ち上がれもしないんだ……。この砂漠からは出られない」

「……」

「もう終わりだ」

 

……十字を切る。

ブンブーン一家。先に一人でも殺しておけば楽になったし、痛みも少なく済んだはずだ。

でもそうしなかったのは、マウンテン・ティムの捜査が迷宮入りするのを防ぐためと、もうひとつ、僕たちを『この場所』に導いてもらうため。

どちらの役目も達成された今、用はない。冷たいようだが、僕の目的のためには仕方のないことだ。

 

「ジャイロ・ツェペリィィ〜〜〜〜、どうせおまえはゴールまで行けっこねえんだからよォォォッオオオーーッ……おまえの命を狙ってんのがぼくたちだけだと思ってんのかァァ!?

 違うだろォ〜〜がよォオオオ、()()()()()」のやつに聞いてみなッ!」

 

「────……」

 

ジャイロの動きが止まる。

 

「おまえの命を狙った理由は……おまえの順位が一位だからだけじゃあねえ!

 おまえが死んだら「20万ドル」やるって()()()()に言われたからだッ! おまえの首には懸賞金がついてんだからなッ!!」

 

「──おまえら『誰に』雇われた!?」

 

「なにしてるッ! 急げ二人とも! 来た時の足跡が消え始めている!! 地面が動いているんだッ!」

「……ジャイロ! 行くぞ! 彼の言うことに従おう」

「…………」

 

 

大声で喚き散らしている『敵』に背を向け、僕たちは走り出す。

 

ジャイロ・ツェペリ、彼と彼の宿命と共に。

 

このレースが国家間の戦争に匹敵するほどの巨大な力を持つのであれば。

レースで先へ進めば進むほど、「国」と「権力」の問題はついてまわるのだと────2nd.STAGE(セカンドステージ)のこの時点では、僕だけが()()()いた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

ドドドドドド──

 

三頭分の蹄の音が響く。

僕たちはマウンテン・ティムに先導されながら、砂漠を進む。

 

「……ジャイロ……」

「お前には関係ない」

「……。……いや……そうじゃあない。違う……。

 別に君が喋りたくないなら言わなくてもいい────。

 だけどそうじゃあなくて……今、なにか聞こえなかったか?」

「……? いや……」

 

『crũs』

 

聞こえている。僕にだけ。……やけに()()…………。

 

『crũs』

『movëre crũs』

 

「ああ、そうかよ……。

 ……随分急かすんだな、神様ってやつは……!!」

 

『movëre crũs』

『Recupera!』

 

 

 

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