────僕は知っている。
この謎多き「ジャイロ・ツェペリ」という男の正体が、南イタリアに位置する“ネアポリス王国”の医師であり、
法治国家に「死刑制度」が存在する限り、それを執行する者が必ずいる。
二十世紀以前のヨーロッパでは、死刑執行人という職業は世襲制の公務員だった。国家から死刑執行の任務を命じられた者は、その高い地位と収入を保証される。その代わり、親から子へ……子から孫へ……その責任と技術を連綿と受け継いでいかなければならなかったのだ。
もし、死刑執行人の手元が0.1mmでもズレて、処刑に失敗したならば。
その罪人にこれ以上ない苦痛と残酷さをもたらし、「死の尊厳」を破壊し生命の「誇り」を地に落とす────そして“刑罰”は単なる“暴力”となってしまい、国家と法の威厳までも貶めることになる。
死刑執行人は、その相手がいくら死刑判決になるほどの大罪人でも、秩序ある“刑罰”によって、人としての尊厳ある『死』を与えてやらなければならない。
ツェペリ一族は、約380年前に当時の王から任命されて以来、「死刑執行人」という厳格なる職を受け継いできた。
そしてその長い歴史のなかで、医術を学び、戦闘術を体得し、「鉄球」の回転を発展させた。
それは己が手にかける罪人を、寸分の狂いもない確実なる一撃で、苦しみを感じる間もない一瞬のうちに即死させてやるため。
苦痛ではなく、穏やかな死を与えるために。
ジャイロ・ツェペリは長男──“跡継ぎ”だ。
彼の父親は既に引退を決意していて、彼は次の任務で初めて死刑執行人を担当……正式に跡を継ぐ
しかしその初めての任務というのが大きな問題であり、彼がこのレースで優勝を目指す理由なのだが…………。
◆
単純に、刺客が僕たちの進行速度に追いつけないのだろう。
僕たちが最低限の水場しか通過せずにほとんど直線で進めるのは、遠くの水場まで間に合わせるだけの速度で走るからだ。真似ようとしてできることじゃあない。
一日目の僕が地図を読んでいなかったのは、目的地の「悪魔の手のひら」が“
ちなみに、僕とマウンテン・ティムが地図を囲んでるとき、ジャイロが参加してくることはただの一度もなかった。
日差しが強すぎるうちは岩陰で休む。
耐えられる程度まで日が傾けば走る。
暗くなりすぎたらキャンプして休む。
夜明けと共に起きて走る。
寝られる時に寝て、走れる時には走る。
────そうして、
僕たち三人はついに、
中継地点の街には、ホテルの他にもレストランやバー、理髪店や鍛冶屋など、十軒くらいの木造の建物が軒を連ねている。
スティール・ボール・ランレースのためだけに作られたというから驚きだ。
チェックポイント通過の証明として、ゼッケンと馬の鼻紋の確認を無事に済ます。
瓜二つのレーススタッフ達曰く、別ルートで進んでいる集団とは約一日以上も差をつけているという話だったので、僕たちは馬のためにも数時間の休憩をとることにした。
蹄鉄を調整したり、待望のシャワーを浴びて丸五日分の汗と汚れを流したり、水と食料を買い足したり……。
荷物番を名乗り出てくれたマウンテン・ティムをホテルの部屋に一人だけ置いていくことに、少し……ほんの少しだけ……僕の心に罪悪感が湧いたが…………。
────これはどうしても必要なことなのだと自分の胸に言い聞かせながら…………。
♢
「ちょっといいかい?」
買い物を終えて早々にホテルに戻ろうとするジャイロを、店の前で引き止める。
「…………なんだ?」
ジャイロは僕の声掛けから少し遅れて振り返った。
彼が何を考え込んでいたのかは想像がつくが、それは僕が教えられることじゃあなかった。
あえて言わないのではない。僕ですら知らないし、わからないだけだ。
……だからここでは、僕が知っていて彼に教えられる別のことを伝えることにした。
僕は首にかけていたブリキの水筒を左手に持って、目線の高さくらいのところに掲げて見せる。
彼の目が水筒を追った。
「これは僕がさっきそこの店で買った飲み水だ」
水筒のフタを開けて、器の形にした右手に、水をチョロチョロと注ぎこむ。
手の上にぬるい水たまりができた。
砂漠のただ中では喉の乾きに苦しんだが、この街に着いてすぐに満足するまで水分補給したから、啜って飲みたいとまではもう思わない。
「この水はタネも仕掛けもないただの水だ」
「ああ……」
「だけど──」
水がなみなみ溜まっている右手を、クルリとひっくり返す。
……が、逆さになった水は手の中で静止したまま、地面にこぼれない。
それまで気だるげに見ていたジャイロが目を丸くする。
「……はっ?」
「水とか油とかの液体は、固体より『波紋』の伝導率が高い」
僕は左手で水筒のフタを閉めてから、人差し指をピンと立てて、逆さまの水の中に突っ込んだ。
そして、右手をスッと上に退ける。
──手のひらに沿った形を保ったままの水が、キノコの傘のように指先に乗っかって、プルプルと震えた。
成功だ。
100パーセントの自信はなかったので、内心ホッとしながら彼の方に視線を戻せば、彼はポカンと口を開けて顔をひきつらせていた。
「な……なんだそりゃ? 水がゼリーみてえに固まって……」
「波紋使いの熟練度の指標にもなる技でね。水の表面に『波紋』で振動膜を作って、形を保つんだ。
よく見ると波紋が走ってるのがわかるはずだ」
「ほぉ〜〜……」
ジャイロは不思議そうに顔を近付けて、僕の指先に浮かぶ水の塊をまじまじと見た。
パァンッ!
「うぐぁっ!」──水の塊がはじける。飛散した水の雫で彼の顔がビショビショに濡れた。
成功だ。
「オイてめーッ」
「フフフ……これが波紋使いの
本当は昨日のうちにコレをやっておきたかったんだが、明日にはこの中継地点に着くだろうと水を飲み干してしまっていてできなかった。
ジャイロは顔をごしごしと拭った。多少濡れても、大気がこれだけ乾燥していればすぐに乾く。
「さて……前置きはこれくらいにして、ここからが本題だ」
「……!」
「波紋の基礎情報はこの街に着くまでの道中で話した。次は実践だな」
この中継地点はいわば『敵』のナワバリだ。話はどこで誰に聞かれているか分からない。
なので、砂漠でキャンプしている間に、波紋についての大雑把な知識を話しておいた。
────『波紋』とは、特殊な呼吸法によって体内で作られるエネルギーのことである。
波紋は血液を介して全身を巡っていて、体内に蓄えることができる。
わりと応用が利く便利なもので、体内に巡らすことで、痛みを和らげたり、怪我を治したりすることができ……逆に攻撃に使ったりすることもできる。僕が実際にやったように。
ものに波紋を“帯電”させることもできるが、『波紋疾走』ほど強力な波紋を流すには敵の体に触れている必要がある。
そして最も大きな弱点は──波紋とは呼吸法なので、「呼吸を封じられると波紋も使えなくなる」という点だ。
……そう。
波紋法は、次に現れるはずの刺客とは相性が悪い。
爪弾が使えたなら、「確実なる勝利のために『運命』をなぞる」という選択肢もあったが、僕の爪はいまだ回る気配がない。流れに身を委ねれば勝てるだろうと悠長に構えていることはできなくなってしまった。
ならば、できる限り対策しておくしかないだろう。
「ジャイロ……今から君の横隔膜を突いて、波紋の呼吸が使えるように調整する。少し苦しむことになるが覚悟してくれ」
「え?」
「やったことないけどたぶんいけると思う」
「……“たぶん”ってなんだよ。ちょっ……」
「フンッ!」
僕は有無を言わさず、波紋を込めた小指をドズッ!と彼のみぞおちに叩き込む。
「──ッうげえぇ……!!」──彼は腹を押さえて、その場に崩れ落ちた。
「肺に残っている息を全て絞り出せ。しばらく呼吸はできなくなるが問題はない」
「────!! ッ…………! ……!!」
地面にうずくまって悶える。それが正解の反応だから、たぶん成功しているはずだ。
「ぐぉっ……、カハッ……、に、ニコラス、てめぇ……ッ」
「…………」
……まあ、そんなツボがあることは知ってても具体的な場所はわからないので、自分が波紋の呼吸をするときに意識しているあたりを突いただけだが……。
「そういうことをした」という事実さえあればいいのだ。
それだけ
「……波紋を身につけたなら……君の運命もまた変わるさ」
「──……?」
ドグオォォァアッ!!
────突然、僕たちがいる場所の数軒先に建っていたホテルが大きく爆発した。
「!!」
「!?」
衝撃でホテル中の窓ガラスが割れ、内臓を揺らすような音と共に木片が飛散し、爆風に乗った砂煙がたちこめる。
レースの運営事務所からスタッフが二人飛び出してきて、「爆発だーッ」と声を上げた。
僕たちは砂煙が引いていく中に目を凝らした。
正面が半壊したホテルの前の地面に、胴体から離れた
あの特徴的な帽子は。
「あれはッ……!」
「────マウンテン・ティムッ!」
何日も寝食を共にすれば情が湧いてしまう。……そんな『感傷』は、ぼくにとって障害にしかならないというのに。
僕たちは爆発の現場に駆け寄った。
だが、倒れているマウンテン・ティムの元まであと数歩のところで、何かにガシリと足首を掴まれて止められてしまう。
「……!」──地面に転がっていた、腕の「肘から先」が、僕の足首を掴んでいる。
その腕にはロープが通っていた。いや、腕だけではない。辺りに散らばっているバラバラの人体は全てロープで繋がっていた。
それはマウンテン・ティムのスタンド能力。
僕の数歩後ろでジャイロが叫ぶ。
「マ……マウンテン・ティムッ! 生きているッ! 体をロ……ロープでバラバラにして!」
「う……うぐあ……」
顎も腕も足も吹き飛ばされたマウンテン・ティムが、呻き声をあげて動いている。
彼は自分の体が本当に爆散してしまう前に、自分の能力で体のパーツを分けて、衝撃を分散したのだ。
「く……来るな……オレの方に…………この爆発は……くっ、
来るなッ! オレから離れろォーーッ!! 近くに潜んでいるぞォォーーッ!! スタンド能力だァァッ!!」
「!!」
第三者の呼吸の気配は、僕のすぐ近くにはない。
──『敵』はジャイロの元にいた。
「いるぞッ! 絶対にそいつに触られるなあッ! そいつが敵だッ! 逃げろォオオオーーッ」
「!!」
ジャイロがバッ!と跳ね上がる。
そのすぐ後ろで、砂煙に紛れて身を潜めていた『敵』が、屈んだ姿勢で手を伸ばしていた。
────そいつはかなり奇抜な、形容しがたい服装をしていた。一目で
素肌に革のベストを着ているのも、ミニスカートみたいなボトムスの下が生足なのも、全身タトゥーなのもヤバいが、帽子から伸びた粗めのベールが首まで覆っているのがいちばん奇妙だ。
「なんなんだよォォ〜あのカウボーイはぁぁ〜〜〜、
どォ〜ゆうぅ〜体してんだああああああ〜〜」
「──おまえは……!!」
「久しぶりだな……ジャイロ……ツェペリ…………」
「くそっ! なんてこったッ! ジャイロ触られたぞッ!
今ッ! ヤツに指で触られたッ!」
「…………!」
「なんだ!? こりゃああ〜〜」
奇抜なファッションセンスの『敵』とジャイロはお互いに顔と名前を知っている。だがそれを追求しているような暇はない。
────鉄球を握っているジャイロの右手に、なにか薄っぺらくて小さい……直径2cmか3cmくらいの時計のようなものが、いくつかくっついているのが
「ジャイロおまえは「
「!? え? なんだってェ!?」
「いいからジャイロ早く「ピン」をおさえろォォーーッ! オレの時と同じだッ!! そのピンが飛んだら爆発したんだッ!」
「なんだよ……教えてんのかよ……」
状況が読めないジャイロは、ともかくマウンテン・ティムに言われた通り、右手の「ピン」を左手で覆っておさえる。
「チェッ! おしい」──『敵』はそう呟いた。特に否定しないということは、そういうことだ。
「絶対指を離すな!! それが“ルール”だッ!
まるで地雷だったッ! そのピンが空中にはじけ飛ぶッ! そしておまえの手は爆発するんだ!!」
「おい……どうなってんだ!?
この時計みたいな「輪っか」! オレの指と一体化してるぞッ!
しかも本物の機械みたいに見える! 四本くらい見えるぞ!」
「それが『スタンド』だッ! スタンドとは精神のエネルギーのこと……オレたちの心の中にまるで存在するかのように見せ……そして「破壊」もする! 「爆発」もそのエネルギーだッ!
ピンがはじけ飛んでスイッチがはいるッ! 「地雷」と言ったのはそういう事だッ! ヤツはその間爆発の衝撃から安全なところまで離れることが出来るッ!」
マウンテン・ティムは戦い慣れている。一撃食らっただけでこの分析力だ。僕から言えることは何もない。
『敵』はゆっくりと後退し、爆弾を抱えているジャイロから距離を取ろうとする。
敵の名は「オエコモバ」。
二年前、ネアポリス王国で国王の馬車を爆破したテロリスト。
国王は乗っていなかったが、子供二人を含む五人が巻き添えで死亡した。捕らえられ死刑判決を受けるも、看守を爆殺して脱獄した凶悪犯罪者────。
「おまえのオヤジさんは元気か? 聞くところによると処刑人の任務を引退したそうじゃないか?
オレの脱獄に対して責任をとって……。
そりゃそうだよなぁーーーー部下である看守の死に責任はあるよなあ、国王からの『任命』だもんなあーー」
「…………」
「そしてこのアリゾナの砂漠の通過は神の御業だ! ブッたまげたがよオオオ!
オレの爆弾の特技はこの体の中の能力として身についた……神から与えられた使命と受けとったぜ!」
「ジャイロ」
僕はあくまで冷静につとめて、彼に呼びかけた。
……敵の口から、彼の境遇の一端を聞いてしまったが、僕はそれを深く捉えたりはしないという意思表明も込めて。
「「スタンド」というのは精神と意志のエネルギーだ。だからスタンド能力の影響下から逃れる最も単純な方法とは────スタンド使いを気絶させるか殺すこと」
無意識下で持続するスタンドもあれば、死後強まるスタンドも例として全くないわけじゃあないのだが……。
「本体が死ねば「スタンド能力」も同時に消滅すると考えていい」
「……!」
「………………」
そうは言っても、『敵』を倒すためには鉄球を投げなければならない。
……ジャイロは敵を睨みながら、鉄球を握る力を強める。
オエコモバは、ジリジリと間合いをはかって立ち位置を変える。
「いろいろと親切に指導するのもいいけどよオオ。
既にジャイロ・ツェペリの「右手」は封じてやったぜ…………。
それってよォォ、借金でクビが回らないヤツが「闇金融」からカネ借りちゃったのと同じことよ。もうどーしよーもないって事!」
ドシュ!──オエコモバの足元から何かが放たれた。
黒くて素早い小さな影。
ネズミだ。生きているネズミが僕たちに向かってきて足元を走る。
「ジャイロッ! ネズミから離れろッ! 近づかせるなーーッ!! 爆弾になっているッ!!」
「!!」
ボッ!!
マウンテン・ティムの忠告も虚しく、爆発が起こった。
ネズミの肉片が飛び散る。ネズミ自体の体積が小さいからか、本体であるオエコモバとの距離が近いからか、ホテルを襲った爆発よりも遥かに小規模なもの。
だが成人した男を三人ブッ飛ばす程のパワーはあった。
「うおおあああっ!!」
爆風で体が浮き、ホテルの残骸の壁に背中から叩きつけられる。
肺が圧迫されて一瞬、呼吸が止まるが、僕はすぐに気合いで息を吸って隣に目を向けた。
同じように飛ばされて叩きつけられたジャイロが、衝撃と痛みに気を取られて手の力を緩めて────。
僕はそれを上からバシッ!!と握る。
「!? ニコラスッ……!」
「うッ……いいか、ジャイロ……呼吸を止めるな!」
ピンが飛ぶのは防いだ。
……首にかけたままだった水筒が、爆発の衝撃で歪んで、フタの隙間から水を漏らしていた。
「…………フゥ〜〜……。
今すごくアブなかったよなぁ〜〜〜……。あと一瞬! そいつがおさえるのが遅かったらピンがはじけとんでたよなぁ〜〜……手に汗握っちゃったよなぁ〜〜」
オエコモバは余裕の態度を崩さない。自分の勝利を確信して、僕たちを見下している。
「砂漠でこの能力を身につけて丸四日だが、オレは今自分の能力の全てをここで理解したよ。
神の御業に「弱点」はなかったってことをな…………。
せいぜい二人でガンバってピンがはじけないよう押さえつけてなよ」
奴は僕たちに背を向けた。その先には奴の馬がいる。
「ジャイロ! ニコラスッ! ヤツを絶対に逃がすなよッ!」
「逃げるもなにもさあ〜〜もう終わりって事だぜ……おまえらはもう動けないさ……。
なんであろうとその手から離れるものは──それはピンが抜け落ちるということだ」
「────!? おい二人ともッ! 手を見ろ!!
五個六個とピンがにじみ出てきているぞッ!! 水に濡れて染み出てきてるッ!」
「……!!」
「ふき取れッ! 水をふき取るんだッ!」
「…………」
僕の手は水に濡れていた。爆弾のピンは水に溶けて、ふやけて歪んでいる。
マウンテン・ティムは焦っているが。当のジャイロは無言で、ただ僕を見ていた。
……眉間に皺を寄せて、何か言いたげにも、冷や汗をかいているようにも見える。
「呼吸を続けろ」
僕はそう囁いて、右手をそっと
────そして、こちらを静観している『敵』を見据えた。
「そこの爆弾魔」
「…………」
「……おまえが抱える使命は僕にははかり
最終的に革命されるような国だと
「だけど……」
これは仕方のないことなのだ。始末しにくるってことは、逆に始末されるかもしれないってことを覚悟しているということだ。
僕は知っている。奴自身よりずっと昔から、奴の「スタンド」のことを理解している。
オエコモバは死の運命にあり、どうあれ勝ち筋はなかった。……それだけのこと。
「────おまえは最初から『負け犬ムード』だったんだ」
僕の手の影で。
ジャイロの右手の鉄球が
ピンが混ざった水を、
「オラアアアーーーーッ!!」
彼が鉄球を
『回転』と『波紋』の二つのエネルギーを蓄えた鉄球は、爆発することなくまっすぐにオエコモバの顔面に向かって飛んでいく。
「はっ──!?」──爆弾になっているはずのジャイロが、躊躇いもなく全力投球するとは予期していなかったのだろう。
真正面からの不意打ち。奴は仰け反って回避しようとした。
────鉄球に付いていた「ピン」が波紋の張力を失い、奴の顔の前で
ドグォオオッ!!
「がはぁあッ!?」
オエコモバの頭が爆風に包み込まれる。だが爆発は奴自身の能力。一瞬の判断で威力を弱めたようだった。
「(浅い!!)」──そう悟った矢先。
僕の肩を掴んだジャイロが身を乗り出して、ピンのない二つ目の鉄球が爆風を突き抜けていく。
「もいっぱあああああつッ!!」
────倒れた『敵』の顔面は、二つの鉄球がめり込んだ痕と、回転に巻き込まれたベールの網が肉を切って、見るも無惨な有様だった。
僕は十字を切る。
……せめて奴の魂が、安心あるところに向かうように祈る。
♢
勝利を収めた僕たちは、血まみれのマウンテン・ティムに肩を貸して、救護室のあるレースの事務所の前まで連れていった。
部屋の中まで運ぼうとしたが、彼自身が拒否する。立つのもつらい怪我だというのに、入口の前の柱にもたれて僕たちに向き合った。
「二人とも……早く出発した方がいい。足止めを食らうほど、おまえたちへの刺客が追いついてくるだろう。
この傷では砂漠を越えられない……。オレはここでリタイアだが……おまえたちが優勝するよう陰ながら応援しよう」
「…………そーかよ。お大事にな」
「ああ。事件についてはオレが説明しておく。事情聴取に引っかかる前に行け」
「じゃあな……マウンテン・ティム」
ジャイロは踵を返し、彼に背中を向けて歩き出す。
……僕はそれを追わずに、立ち止まったままぼうっと見ていた。
「…………」
「……ニコラス?」
『感傷』は不要なものだ。
ぼくは、知人の命と、自分の使命を天秤にかけて。
どんな葛藤があっても────やはり最後には、使命を選ぶだろう。
マウンテン・ティムの方に振り返る。
立ち去る気配のない僕を、彼は訝しげな顔をして見ていた。
「自分は死ぬべきだった人間だと言ったよな」
「……」
「だけど僕はそうは思わない」
彼は生き残るべくして生き残った。
『神の思し召し』によって。
本当に死ぬべきだった『ぼく』を差し置いて「あのとき死ぬべきだった」なんて言われては、黙ってはいられない。
「……生き残ってくれたからこそ、こうして出会えたんだからさ。
ありがとう。マウンテン・ティム」
「………………」
彼は大きく目を剥いて────息を吐きだすように「ハッ」と笑った。
彼が差し出してきた手を握ると、痛いくらいの力で握り返されて、体をぐっと引き寄せられて肩がぶつかり、逆の手で背中をバシバシと叩かれる。
彼は血塗れなので、叩き返すのは気が引けた。
「感謝する。ニコラス・ジョースター」
「…………」
「さあ、行け!」
手が離れて、バン!と最後のダメ押しで背中を押し出された。さっきぶつけたばかりの背中なのに容赦のないやつだ。もっとも、もう痛みは残っていないが。
少し遠くで、ジャイロが立ち止まって僕を待っている。悪い事をした。僕も彼もモタモタしている暇はない。
慌てて小走りで進もうとして。
「……そうだ、マウンテン・ティム」
数歩だけ走ったところで立ち止まって、クルリと振り返る。
マウンテン・ティムはまだ何かあるのかとでも言いたげに首をかしげた。
────僕から言えることは、ただひとつだけ。
「人妻はやめておけ。ロリコンは身を滅ぼすぞ!」
「……!? 待て、おまえどこで見てたッ? ニコラスッ!?」
ぼくは仲間の命を振り切って、ジャイロ・ツェペリの元へ走り出す。
僕たちに、引き返す道は残されていない。
進むことしか許されないのだから。
「────オマエ、
ジャイロはホテルの残骸の前で待っていて、追いついた僕に開口一番、そう言った。
「…………」
「………………。…………で、だ……。
知ってたんなら当然、この瓦礫の山からオレたちの荷物を掘り出す手立てはあるんだよな?」
彼がくいっと親指で指した先には、足の踏み場もないような瓦礫しかない。
最初の爆発の爆心地だったのだから当然、部屋の面影すらもない。
「…………回転の力でなんとかしてくれるんじゃないの?」
「ねーよ」
「えェーッ」
「てめーこそ波紋の力でなんとかしろよッ」
「いや……いくら波紋が万能だって言っても、こんな感じのデカい木片を砕く力くらいしか……」
バコォン!
「……それこそが今まさにオレが求めてたパワーだぜ……。おまえマジでなんなんだ?」
「荷物を置いてた部屋ってあの辺だよなぁー。あっても原型留めてるか分かんないけど」
「なあ、『ゾンビ馬』って何?」
「……それはホントに僕にもわからないかなぁーー……」