2031年4月20日 ハティリア王国 フォルドン王城 武術訓練場
剣が空を切る音が、訓練場に響いていた。
ローゼリア・アルデンヌ・ハティリア王女は、一人、剣の訓練に打ち込んでいた。
18歳の王女は、幼い頃から武芸を学び、剣術では王国一とも称された。長い金髪を後ろで束ね、青い瞳には強い意志が宿っていた。
しかし、その心は晴れなかった。
「はあああっ!」
剣を振り下ろし、眼前の剣術訓練用の巻藁を切り裂く。しかしその動きには、いつもの力強さが欠けていた。
「王女殿下」
背後から声がかかった。振り向くと、副官のガルシア将軍——50代の歴戦の軍人——が立っていた。
「ガルシア将軍か…何か?」
「お話があります」
二人は、訓練場の隅の東屋に移動した。
「王女殿下、お気持ちはお察しします」
ガルシアは静かに言った。その声には、優しさと理解が込められていた。
「しかし、軍は変わりました。もはや剣と馬、そして個人の武勇だけでは戦えません」
「…分かっている」
ローゼリアは、小さく答えた。拳を握りしめ、視線を下へと落とした。
「頭では分かっている。ロシアの武器が強力なことも。それが我が国を守ることも。でも…」
「でも?」
「私は…英雄になりたかった」
ローゼリアは、幼い頃の思い出を語り始めた。
5歳の時、宮廷で上演された劇を見た。勇者が剣を持ち、馬に乗り、邪悪な敵軍やドラゴンを倒し、姫と国を救う英雄譚。
その時から、ローゼリアは勇者に憧れた。自分も剣を持ち、馬に乗り、敵を倒す英雄になりたいと。
しかし、現代戦では、剣は役に立たない。個人の武勇よりも、組織と火力が重要となる時代になった。
「私の夢は…もう時代遅れなのだろうか…」
「王女殿下」
ガルシアは、優しく、しかし力強く言った。
「英雄とは、時代によって変わるものです。かつては剣士が英雄でした。しかし今は…」
「銃を持つ者が英雄なのか?」
「いいえ」
ガルシアは首を振った。
「英雄とは手段ではなく、心で決まります。民を守り、国を守り、正義のために戦う。それが英雄というものです」
「…」
「王女殿下、殿下は既に英雄です。なぜなら、殿下は国のため、民のために戦おうとしている。その心こそが、真の英雄の証です」
「でも、私は銃が苦手だし、現代戦も…」
「ならば、剣と銃の両方を使えばいい」
ガルシアは微笑んだ。
「第一騎兵軍を覚えていますか?」
「騎兵軍…?」
ローゼリアの目が、わずかに輝いた。
「はい。馬に乗り、銃を持つ。古き良き騎兵の伝統と、新しい武器の融合です」
第一騎兵軍———それは、ハティリア王国が編成した、独特の部隊だった。
騎兵たちはAKMS(折り畳み銃床式のAKM)で武装し、馬に乗って戦場を駆ける。必要に応じて下馬し、歩兵として戦うこともできる。
機動力と火力を兼ね備えた、新時代の騎兵だった。
「王女殿下が隊長となれば、第一騎兵軍は最強の部隊となるでしょう」
「私が…隊長に…」
「はい。殿下の騎術と指揮能力は、誰もが認めるところです。そして、ロシア式の戦術を学べば、殿下は新時代の騎兵隊長として、その名を歴史に刻むでしょう」
ローゼリアは、しばらく黙って考えた。
剣を捨てる必要はない。 馬を降りる必要もない。 ただ、新しい武器を受け入れ、新しい戦い方を学べばいい。
「…やってみる」
ローゼリアは、顔を上げた。その目には、再び光が宿っていた。
「私は、新しい時代の騎兵として戦う!古き良き伝統を守りながら、新しい力を手にしてみせる!」
「その意気です!」
こうして、ローゼリアは第一騎兵軍の隊長に就任することになる。
そして後の大戦で、彼女の騎兵隊は、伝説的な活躍を見せることになる。
2031年6月1日 ワーザルクト帝国 国境地帯
「くそっ…また敵の偵察か!」
帝国軍の国境守備隊長は、空を見上げた。
視線の先には遥か上空を、ロシアの偵察機が飛んでいる。
「なんとかして撃墜できないのか!?」
「無理ですよ、隊長!あの高度まで届く武器は、我々にはありません」
「くそっ…!」
守備隊長は地面を蹴った。
最近、ロシアと同盟国の偵察活動が活発化していた。彼らは帝国の軍事施設、部隊配置、全てを監視している。
そしてそれに対し、帝国側は何もできない。
「これは…屈辱だ…」
同日 レクセイル魔道帝国 首都ルナリス 皇帝執務室
「面白くなってきたな」
皇帝マグヌス・クリスタリウスは、報告書を読みながら微笑んだ。
「ロシアとキトグア大陸同盟、そしてワーザルクト帝国。三つ巴の構図か」
「陛下、我々はどう動くべきでしょうか?」
宰相が尋ねた。
「今は静観だ」
マグヌスは窓の外を見た。
「ワーザルクトは我々の友好国だが、彼らが弱体化することは…我々にとって必ずしも悪いことではない」
「と、仰いますと?」
「彼らが弱れば、我々への依存が深まる。それは、キトグア大陸における我々の影響力拡大につながる」
「なるほど…」
「ただし」
マグヌスの目が鋭くなった。
「ロシアがあまりに強大化するのも問題だ。適度なバランスを保つ必要がある」
「つまり…?」
「ロシアがワーザルクトのみならず我らにも危害を及ぼすような事態になった時は、我々も介入する」
「了解しました」