2032年9月25日 ワーザルクト帝国 首都ゾルディア 皇帝宮殿 秘密会議室
深夜。月明かりさえ届かない宮殿の最深部。石造りの壁には防音の魔法陣が刻まれ、この部屋での会話は決して外に漏れることはなかった。重厚な鉄の扉の向こうで、帝国の運命を左右する密談が行われていた。
円卓の中央に座る皇帝ラザリウス・エル・ド・ベラーラ。その左右には、三人の息子たちが控えていた。
長男アルフレッド、25歳。
鋭い眼光と精悍な顔立ち。若き軍略家として帝国軍内で既に一目置かれる存在だった。戦術の天才と称えられ、数々の模擬戦で勝利を重ねてきた。しかし、実戦経験はまだ乏しい。この戦争で自らの力を証明したいという野心が、彼の胸に燃えていた。
次男ベルンハルト、22歳。
兄とは対照的に、荒々しい気性と武勇で知られていた。身長190センチの大柄な体格、筋骨隆々とした肉体。剣術、槍術、馬術、全てに秀でており、兵士たちからの人気も高い。だが、戦略よりも勇猛さを重んじる傾向があり、しばしば無謀な行動に出ることがあった。
そして末子のエリク、18歳。
三人の中で最も物静かで、軍事よりも学問を好む知的な青年だった。細身の体格、優しげな顔立ち。しかしその瞳の奥には時折、何か深い影が宿っているように見えた。父や兄たちは気づいていなかったが、エリクは心に大きな秘密を抱えていた。
「父上」
アルフレッドが静かに口を開いた。その声には、抑えきれない期待と緊張が滲んでいた。
「この度の戦争において、私に第一軍の指揮をお任せいただきたく存じます。必ずやハティリア王国を屈服させ、帝国の栄光をさらに高めてみせます」
「何を言うか、兄上」
ベルンハルトが即座に反論した。テーブルに手をついて身を乗り出す。
「兄上は確かに戦略には長けておられる。しかし、実戦の経験が不足している。兵を率いて敵陣に突入し、勝利を掴み取るには、私のような実戦派こそが相応しい!」
「貴様、兄である私を軽んじるか」
アルフレッドの目が鋭く彼をにらみつける。
「軽んじるなどと。ただ、事実を申し上げているだけです」
二人の間に、ぴりぴりとした空気が流れる。末子エリクはただ黙ってその様子を見ていた。その表情は、どこか遠くを見つめているようでもあった。
(また始まった…いつもこうだ。こいつらはいつも、戦争のことしか考えていない…)
エリクの心中で、冷たい怒りがくすぶっていた。
「二人とも、黙れ」
ラザリウスの低い、しかし圧倒的な威厳を含んだ声が二人の言い争いを制した。
「お前たちは二人とも、今回の戦争に参加させる。アルフレッド、お前は北部方面軍50万を率い、ペレンゾ半島要塞線の突破を目指せ。ベルンハルト、お前は南部方面軍40万を率い、オゼラの制圧とネレシア島の占領を行え」
「はっ!」
二人は深く頭を下げた。しかしその目には、互いに対する競争心が燃えていた。誰がより多くの武勲を立てるか。誰が父の後継者として相応しいと認められるか。
「ただし」
ラザリウスは続けた。その声には、珍しく父親としての心配が滲んでいた。
「功を焦るな。お前たちは我が帝国の未来だ。無駄に命を散らすようなことがあってはならん。特に、ロシアという未知の敵を相手にする今回の戦争では、慎重さが何よりも重要だ」
「承知しております、父上」
「我々は帝国の誇りを背負っております。決して、無様な姿をお見せすることはございません」
ラザリウスは、しばらく二人の顔を見つめた。そして、末子エリクに視線を移した。
「エリク、お前はどうする」
「私は…」
エリクは一瞬躊躇したが、すぐに答えた。落ち着いた、感情を押し殺した声で。
「後方支援に回らせていただきます。兄上方のような武勇はございませんが、補給や情報の管理、そして戦略立案の補佐で貢献したいと存じます」
「そうか。それも良かろう」
ラザリウスは頷いた。エリクの控えめな性格を知っている彼にとって、それは予想通りの答えだった。
しかし、もしラザリウスがエリクの心の内を知っていたら、決してそのような役割を与えなかっただろう。エリクの秘密、それはこの戦争を通じて帝国を内側から崩壊させる可能性を秘めていた。
その後、詳細な作戦会議は深夜まで続いた。
北部方面軍は、ペレンゾ半島の二大要塞――ヴォロヴェツとベルザード――を攻略し、そこからハティリア王国本土への侵攻路を開く。南部方面軍は海軍戦力と空軍戦力でもってオゼラのネレシア島とシサフィール半島を制圧し、南部海域の制海権を握る。
総動員兵力210万。これは帝国史上最大の動員で総勢317万人もいる帝国軍の約3分の2にも及ぶ数だった。
更には長期戦に備えて食糧と武器弾薬の備蓄もここ数年、計画的に行われてきた。全てが、この戦争の為に、慎重に慎重を重ね検討されてきたのだ。
そして、Xデーが決まった。2032年11月15日、午前5時。
その日、210万の大軍がハティリア王国国境部に向けて進軍を開始した。
2032年11月15日 午前5時00分 ハティリア王国 北部国境地帯
ペレンゾ半島。それは、かつてペレンゾ公国の領土であり、12年前にワーザルクト帝国に征服された土地。
半島の付け根には、二つの巨大な要塞が建っていた。北のヴォロヴェツ要塞と、南のベルザード要塞。この二つの要塞を結ぶ防衛線が、通称「ペレンゾ半島要塞線」と呼ばれており、現在は王国の重要な防衛線となっていた。
総全長約267キロメートルに及ぶこの防衛線は塹壕・鉄条網・トーチカ・対戦車壕・地雷原で構成されており、ハティリア王国軍約15万とロシア軍約5,000が要塞と防衛線各所に配置されていた。
夜明け前の暗闇。東の空がわずかに白み始める頃、国境を守る見張り兵は異変に気づいた。
地面がわずかに振動している。最初は地震かと思ったが、振動は規則的で徐々に強くなっていくのを感じる。
そして次に音が聞こえてきた。低く重い無数の足音。馬のいななき。車輪が地面を軋ませる音。
見張りの兵士は急いで監視塔に駆け上がり、望遠鏡を覗き込んだ。その瞬間、彼の血の気が引いた。
地平線の向こうから、黒い波が押し寄せてくる。否、それは波ではない。
無数の兵士・騎兵・馬車。そして巨大な攻城兵器の数々が、月明かりに照らされて鈍く光っている。
「て…敵襲だ!敵襲!」
要塞内に警鐘が鳴り響いた。その音は、国境沿いの全ての要塞線に伝わっていく。
戦争が、いよいよ始まった。
近代兵器と中世兵器の激突。魔法と科学の対決。
この戦いは、この世界の歴史を大きく変えることになる。
総兵力構成:
陸軍
歩兵:100万名
騎兵:30万名
魔導士部隊:3万名
ワイバーン部隊:1万2千人
・ワイバーン 5,000騎
・ワイバーンロード 1,500騎
・ワイバーンユラン 2,000騎
・ワイバーンフレイム 1,500騎
・地上要員 2千人
砲兵(カノン砲装備):15万名
工兵・攻城兵器部隊:5万名
後方支援部隊:12万名
海軍
・総数 約43万人
・ガレオン船 118隻
・魔導式戦列艦 一等 120門艦 21隻
二等 90門艦 39隻
三等 70門艦 58隻
・竜母 8隻
・揚陸艦 100隻
・補給艦 121隻
・投石船 49隻
装備も、ロシアが来る前のこの大陸の軍隊としては最新鋭だった。
歩兵の約3割はマスケット銃で武装。残りの7割は、剣、槍、弓で武装した伝統的な兵士。
騎兵は、重装騎兵と軽装騎兵に分かれる。重装騎兵は、板金鎧と長槍で武装。軽装騎兵は、革鎧とサーベルで武装している。
そして、魔導士部隊。彼らは火球、氷柱、雷撃などの攻撃魔法を扱え、一人で数十人の兵士に匹敵する戦力だった。
「全軍、前進せよ!眼前に立ちふさがる者は全て薙ぎ払え!!」
最高司令官ヴァルター元帥の命令が、伝令兵を通じて全軍に伝達された。
長大な軍列が、国境線を越え始めた。先頭を行くのは、偵察と空中制圧を兼ねたワイバーン騎兵が約2,000騎。全長10メートルを超える飛竜に跨った騎兵たちが次々と空へ飛び立ち、その後ろには重装騎兵5万騎が続く。馬の蹄が地面を叩く音が、雷鳴のように辺りに鳴り響く。
歩兵100万は、3つの縦隊に分かれて前進する。一つの縦隊は約30キロメートルの長さに達した。
カノン砲は馬に牽引されて運ばれる。一門あたり6頭の馬が必要な重量だ。
北部方面軍指揮所
アルフレッド皇子は、自らの指揮所から双眼鏡で前線を観察していた。前線指揮所は小高い丘の上に作られており、望遠鏡を覗けば遠くの要塞線の状況が分かるようになっていた。
彼の目標は、ペレンゾ半島の二大要塞――ヴォロヴェツ要塞とベルザード要塞――の攻略。
この二つの要塞を結ぶ防衛線が、通称「ペレンゾ半島要塞線」。全長約80キロメートルに及ぶ、キトグア大陸最強の防衛線だった。
「兄上に負けるわけにはいかない」
アルフレッドは呟いた。冷静な戦略家である彼も、兄弟間の競争心からは自由ではなかった。
南部方面軍指揮所
一方ベルンハルト皇子は、既に馬にまたがり最前線に向かおうとしていた。
「殿下!危ないです!指揮官は後方で全体を指揮すべきです!」
副官が止めようとしたが、ベルンハルトは聞かなかった。
「黙れ!俺は先頭で戦う!それが俺の流儀だ!」
彼の目標は、エルフの国オゼラのネレシア島とシサフィール半島。
特にネレシア島は、防衛が手薄だという情報があった。短期間で占領し、兄に先んじて武勲を立てる。それがベルンハルトの計画だった。