ロシア連邦、異世界にて飛躍する   作:兎の助

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第十二話:ネレシア島攻防戦

2032年11月15日 午前5時30分 オゼラ沿岸 ネレシア島沖合20キロメートル

 

夜明けの薄明かりの中、海面が異様に波立っていた。しかし、それは自然の波ではない。

ブラナム港から出航した約二百隻もの船団が、ネレシア島に向けて静かに、しかし確実に接近していた。

 

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ワーザルクト帝国海軍 東部方面艦隊

 

艦隊編成:

 

魔導式戦列艦(一等艦・120門):6隻

 

魔導式戦列艦(二等艦・90門):12隻

 

魔導式戦列艦(三等艦・70門):20隻

 

ガレオン船:80隻

 

揚陸艦:40隻

 

補給艦:30隻

 

投石船:15隻

 

竜母(ワイバーン空母):4隻

 

総兵力:約8万名(海軍2万名、海兵隊5万5千名、ワイバーン騎兵2,000騎、魔法使い3,000名)

 

旗艦『インペラトール』の艦橋では、海軍提督のヘルマン・フォン・ブラウエンシュタイン少将が、双眼鏡を覗きネレシア島を見つめていた。

身長180センチ、筋骨隆々とした体格。白髪交じりの短髪に深い皺が刻まれた顔。60代とは思えないほど背筋が伸びており、長年の海軍生活で培われた厳格さが全身から滲み出ていた。

 

60代の歴戦の提督は、これまで数十回の海戦を指揮してきた。しかし今回の作戦は、彼が今まで経験してきた中でも最大規模だった。

 

「島の守備隊は?」

 

「ワイバーンによる偵察で確認できた敵戦力は約2,000名。装備は主に弓と魔法。わずかにロシア製の兵器が配備されている模様ですが、数は少ないとのことです」

 

「ふっ、たった2,000か…」

 

副官の報告にヘルマンは冷たく笑った。

 

「我々は総勢8万だ、圧倒的だな。この程度ならオゼラ本国やハティリア王国も大したことないかもしれないな。ロシアなど、恐るるに足らずよ」

 

だが彼は知らなかった。オゼラの革新派と保守派の対立がこの島の防衛を著しく弱体化させ、本来ならロシア製の装備と訓練を施された約1万の守備隊が配置されるはずだった島に、わずか2,000名しかいなかったという事実を。

 

そしてその2,000名のほとんどが、近代戦の訓練を受けていないということも。彼は運よく弱い相手にぶつかっただけであった。

 

「全艦隊に伝達!作戦開始!第一波のワイバーン部隊を発進させよ!」

 

「はっ!」

 

 

 

 

同時刻 オゼラ ネレシア島 中央防衛拠点

 

「準備が…間に合わない…!」

 

エルフの守備隊長、セレンディア・ムーンシャドウは報告書を握りしめる。その手は、わずかに震えていた。170センチの長身に銀色の長い髪、エルフ特有の尖った耳と碧眼。彼女は、この島の防衛を任されていた。しかしその責任は、まだうら若い彼女にはあまりにも重すぎた。

 

オゼラはキトグア大陸同盟への加盟が遅れたため、軍の近代化が他国に比べて大幅に遅れていた。保守派と革新派の対立が激しく、ロシアからの武器供与を受け入れるかどうかで未だに国論が二分しているからだ。

 

結果としてオゼラ軍の近代装備率はわずか30%程度に留まり、残りの70%は未だに弓と魔法に頼っていた。

 

「オゼラ本土の防衛には、何とか最低限の装備を配備できた。しかし、ここネレシア島は…」

 

「島の守備隊の装備は?」

 

「弓と剣、それにわずかなZU-23-2対空機関砲が4門のみ。兵力も2,000名に満たない。もし帝国軍が本気で攻めてきたら…」

 

副官の問いに、セレンディアはそれ以上言葉を続けられなかった。もはや答えは明白だった。このネレシア島は、落ちる。

 

 

 

 

午前6時00分 ネレシア島 中央防衛拠点

 

「警報!空から大規模な敵襲!」

 

城の見張り塔から、悲鳴のような警告が辺りに響いた。

セレンディアは、慌てて見張り塔に駆け上がり空を見上げた。その瞬間、彼女は言葉を失った。

 

空が黒く染まっていた。否、それは黒い雲ではない。ワイバーンの群れだ。

無数のワイバーンが、空を覆い尽くすように接近してくる。その数、少なくとも2,000騎以上。その数は、彼女がこれまでの人生で見たことのないほど膨大だった。

しかし、彼女は恐怖に屈しなかった。

 

「全軍、迎撃態勢!弓兵は空に向けよ!対空砲、射撃準備!」

 

彼女はあらん限りの力を込めて叫ぶものの、その声は震えていた。彼女の掛け声を聞いて、守備隊の兵士たちが慌てて配置に就きはじめる。

弓兵1,500名が、空に向けて弓を構える。しかし、彼らの顔には恐怖と絶望が刻まれていた。これほどの規模の空襲を、誰も経験したことがなかったのだ。

 

(かなめ)のZU-23-2対空機関砲は、わずか4門しかない。ロシアからの供与は始まったばかりな上、ネレシア島への配備は最優先ではなかった。

 

「射程内に入りました!」

 

「放て!」

 

号令と共に弓兵たちが一斉に矢を放った。数千本の矢が空に向かって飛んでいき、ほとんどは外れるか届く前に落ちていくものの、いくつかの矢がワイバーンに命中した。ワイバーンや竜騎兵たちが悲鳴を上げて海へと墜落していく。

 

セレンディアも腰の矢筒から一本の矢を抜き取り、つがえる。それはエルフの職人が丹念に作り上げた長弓用の矢だった。羽根は白鷹、矢じりは精錬された鋼で作られている。そして何より、彼女はオゼラでも屈指の弓と風魔法の使い手である。

 

空を飛ぶワイバーンの一騎に狙いを定めると、彼女は深く息を吸い込み、体内の魔力を集中させた。距離は約200メートル。

 

そして――

 

「風よ、我が矢に力を」

 

セレンディアが小さく呟くと、彼女の周囲の空気が渦を巻き始めた。目には見えないが、確かに風が彼女の意思に従って動いている。

弦を引くと、弓全体が軋む音が聞こえる。限界まで引き絞られた弦が、今にも切れそうなほどの張力を持っていた。

 

そして、指を離すと同時にセレンディアの風魔法が発動。矢の周囲に風の渦が形成され、矢の初速を通常の2倍以上に加速させた。

矢は、目にも止まらぬ速さで空を切り裂いた。風を切る音すら追いつかないほどの速度で飛んでいき、標的のワイバーンに騎乗していた竜騎兵の胸を正確に貫いた。

竜騎兵は何が起きたのか理解する間もなく、ワイバーンの背から落下した。悲鳴を上げる暇もなく、地面に激突して絶命した。

 

「一騎、撃墜!」

 

セレンディアの隣にいた兵士が歓声を上げるが、彼女は表情を一切変えなかった。一騎撃墜したところで、敵はまだまだいる。

彼女は次の矢をつがえ、そして再び風魔法を発動させて矢を放った。二騎目、三騎目、四騎目。

 

セレンディアの矢は、次々とワイバーン騎兵を撃ち落としていく。だが彼女の奮戦も虚しく敵は続々と現れ、そして近づいてくる。

島上空に差し掛かるとワイバーンたちは、次々と急降下を開始。口から炎を吐いて攻撃を開始した。

 

高温の炎が地上を這うように広がっていき、木造の建物が瞬時に燃え上がった。黒煙が空を覆い、視界が悪くなっていく。

 

「ぎゃあああああっ!」

 

炎に包まれたエルフの兵士たちが、転げ回りながら悲鳴を上げた。仲間たちが駆け寄り、水をかけて消そうとするが間に合わず、次々と黒焦げになって死んでいく。

 

「対空砲、撃て!撃ちまくるんだ!」

 

ZU-23-2が火を噴いた。23mmの機関砲弾が、空を赤い線となって切り裂いていく。ワイバーンが矢とは比べ物にならない程、次々と撃墜されていく。

しかし、4門では全く足りなかった。数の暴力の前には、わずかな近代兵器はほとんど無力だった。

 

「クソッ!弾切れだ!」

 

「装填を急げ!」

 

一門の対空砲が弾切れとなり、射撃をやめる。その光景を見ていた竜騎兵の一人がすかさず攻撃を開始した。

ワイバーンを巧みに操り、敵の矢を躱しつつ急降下を開始。そして――

 

「弾さえ飛んでこなきゃ怖くなんかねぇんだよ!!」

 

ワイバーンのブレスが対空砲に直撃、周りで装填作業をしていたエルフもろとも火だるまにしていく。

それどころか装填中だった対空砲の予備弾薬が、ブレスの炎によって暴発。周囲に23mm機関砲弾が飛び散り、二次被害を広げていく。

 

「ぐぎゃぁ!!」

 

一発の弾丸が運悪く一人のエルフの兵士の胴体に直撃。内臓と骨を辺りに飛び散らせながら絶命した。

 

「クソッ!早く火を消せ!!」

 

開戦早々、ネレシア島の守備隊は苦戦を強いられていくことになった。

 

 

 

 

午前6時15分 ネレシア島 西海岸沖

 

ワイバーンによる空爆が続く中、海からも攻撃も始まった。戦列艦『インペラトール』が、艦砲の射程内に入った。

 

「全砲門、開け!目標、島の防衛施設!斉射、用意!」

 

提督ヘルマンが命令すると、戦列艦の側面に並ぶ60門の大砲が、それぞれの砲口から突き出される。

 

「斉射!」

 

60門の大砲が一斉に火を噴き、砲弾が放物線を描いて島に降り注いだ。木造の建物、石造りの砦、全てが次々と破壊されていく。

爆発の轟音が、島全体を揺らした。それを合図に他の戦列艦も、次々と砲撃を開始した。約2,000門近い数の大砲が、島に向かって次々と島を砲撃した。

その光景は、まさに地獄絵図だった。

 

 

 

 

午前6時30分 ネレシア島 中央防衛拠点(壊滅寸前)

 

「守備隊長!もう持ちません!」

 

副官が煤で真っ黒になった顔で報告した。セレンディアは、崩壊しつつある防衛線を見渡した。

あちこちで建物が燃え、負傷者は地面に倒れて助けを求めて叫んでいる。死者の数はもう数えられない程膨れ上がっていた。

 

「弾薬は?」

 

「対空砲の弾薬は、残り20%!弓矢も底をつきつつあります!」

 

「兵力は?」

 

「戦死約400名、重傷は約300名…戦闘可能なのは、残り1,300名ほどです!」

 

たった30分程度で、守備隊の3分の1以上が失われた。

 

「くそっ…!」

 

セレンディアは、悔しさに歯を食いしばった。

 

(もっと装備があれば…もっと兵がいれば…結果は違ったかもしれないのに!チクショウ…保守派の老害共め!!)

 

しかし、そんな「もし」は今は意味がない。そして、現実は残酷である。

そこに更なる追い打ちがかかった。

 

「守備隊長!海から敵の揚陸艦が近づいています!」

 

見張りが叫び声にも近い報告が飛び込んできた。海岸を見ると、40隻近い揚陸艦が接岸しつつあり、そこから数千の兵士が降りてくるのが見えた。

帝国軍の海兵上陸隊だ。重装備の海兵上陸隊が、波のように押し寄せてくる。

 

「全軍、海岸防衛線へ!」

 

セレンディアは命令したが、もはや組織的な防衛は不可能だった。

 

 

 

 

午前6時45分 ネレシア島 西海岸 上陸地点

 

帝国軍の揚陸艦が、次々と海岸に接岸していた。重装備の海兵隊が、打ち寄せる波のように絶え間なく上陸してくる。

 

「前進!前進だ!エルフの連中を蹴散らせ!!」

 

海兵上陸隊の指揮官が叫んだ。3万の海兵隊が、ついに島に上陸を果たした。

 

「弓兵隊、構え!」

 

海岸の防衛線を守るエルフの指揮官が命令すると、約500名のエルフ弓兵が一斉に弓を構えた。

そしてその内の100名が、特別な矢をつがえた。それは、矢じりに赤い布が巻かれた矢だった。

 

「炎よ、宿れ!」

 

エルフの魔法使いたちが、一斉に詠唱を開始すると、炎魔法が発動して矢じりに炎が宿った。矢全体が赤く輝き、熱を放っている。

 

「放て!」

 

炎を纏った矢が、一斉に放たれた。それはまるで流星のように海岸一面に降り注いだ。

帝国軍の海兵隊に命中した矢は、瞬時に兵士の体に火を点けた。革鎧が燃え、衣服が燃え、肉が焼ける臭いが辺りに立ち込めた。

 

「ぎゃああああっ!」

 

「熱い!熱い!!」

 

火だるまになった兵士たちが、地面を転げ回った。仲間が慌てて海水をかけて消そうとするが炎は簡単には消えない上に、海水が焼けただれた皮膚を刺激して更なる激痛を兵士たちに伴わせた。

しかし、帝国軍は怯まなかった。後続の海兵隊が次々と上陸してくる。たとえ仲間が燃えようと、全体の進軍は止まらない。

 

「マスケット隊、前へ!」

 

帝国軍の指揮官が叫ぶと、約2,000名のマスケット銃兵が前線に展開。マスケット銃が、一斉にエルフの防衛線に向けられた。

 

「構え!撃て!」

 

一斉射撃。黒色火薬が爆発し、白い煙が辺りに立ち込める。そして無数の鉛の弾丸が、エルフの兵士たちに降り注いだ。

弾丸はエルフの革鎧を貫通し、体を撃ち抜いていく。

 

「くそっ!撃ち返せ!」

 

エルフの弓兵たちも更なる反撃を開始する。しかし数で圧倒的に不利な上、海上からは戦列艦の砲撃も続いている。

数千門の大砲が、エルフの防衛線に砲弾を降り注がせる。爆発が連続し、地面が揺れる。

 

エルフの魔法使いたちは、必死に氷の槍や炎の球を放ったが、数に物を言わせる帝国軍には焼け石に水だった。

 

城壁の東側では別のエルフの魔法使いたちが、異なる魔法で応戦していた。

 

「水よ、集え!風よ、凍てつけ!」

 

若いエルフの魔法使い、リリアナが両手を天に掲げると、彼女の周囲に空気中の水分が集まり始めた。それは目に見える程の水の球となり、彼女の手のひらの上で回転している。

そしてもう一人の魔法使い、エルダリオンが風魔法を発動させた。

 

「氷結せよ!」

 

二人の魔法が融合した瞬間、水の球は一瞬で凍結し、巨大な氷の槍となって空中に浮かんでいた。

その数、十数本。

 

「放て!」

 

リリアナが叫んだ瞬間、氷の槍が一斉に空に向かって飛んでいった。それはまるで巨大な弩から放たれた矢のように、凄まじい速度で飛翔する。

氷の槍はワイバーンの体を貫いた。竜の鱗すら貫通する威力だった。

貫かれたワイバーンは、悲鳴を上げて墜落していく。

 

「もう一度!」

 

エルフの魔法使いたちは、何度も何度も氷の槍を作り出し、空に放った。

 

 

 

 

午前7時30分 ペレンゾ半島 西海岸沖『インペラトール』甲板

 

ネレシア島で激しい戦闘が繰り広げられている中、戦列艦『インペラトール』の甲板には二人の男が立っていた。

一人は、海軍提督のヘルマン。そしてもう一人は、ヘルムート・フォン・グロスマン将軍。

 

身長165cm、体重は服飾を除いても約120kg。まさしくその男は、家畜のように肥え太っていた。

体躯は横に広がっており、軍服ははち切れんばかりだった。脂ぎった顔は汗でテラテラと光っている。目は小さく豚のように細く見えた。

しかしその軍服には、高位の将軍を示す勲章や徽章が幾つも付けられている。

 

そんな彼の肥満した巨体は、甲板の上でも異様な存在感を放っていた。

 

「提督、この船は快適だな」

 

グロスマンは、満足げに言った。

彼は旗艦の豪華な艦長室を視察した後、甲板に出てきたところだった。その手には、帝国内でも指折りの高級ワインが注がれたワイングラスが握られている。まだ朝の7時だというのに、既に酒を飲んでいた。

 

「光栄です、将軍閣下」

 

ヘルマンは表面上は丁寧に答えた。

しかしその内心では、激しい苛立ちが渦巻いていた。

 

グロスマンは陸軍の将軍だった。海軍とは何の関係もない、にもかかわらず、皇帝の命令によりネレシア島攻略戦の総指揮官に任命されていた。

 

理由は単純明快。グロスマンは名門貴族グロスマン家の出身だった。そして彼の一族はこれまで皇帝に多額の献金をしていた。

金と権力、それだけで実力も経験もないこの男は将軍の地位を得ていた。

 

ヘルマンは、40年以上の海軍で実戦経験を持つ生粋の軍人だった。数十回の海戦を指揮し、帝国海軍をキトグア大陸最強の海軍に育て上げた。

 

しかし、階級制度は絶対だった。グロスマンは中将であり、ヘルマンは少将。たとえ実力が天と地ほど違っても、階級が上の者には従わなければならない。

それが、帝国軍の鉄則だった。

 

「ところで提督」

 

グロスマンが、ワインを飲みながら話し始める。

 

「エルフどもの抵抗は、どの程度と見ている?」

 

「偵察によれば、島の守備隊は約2,000名。装備は主に弓と魔法です。わずかにロシア製の兵器が配備されているようですが、数は少ないとのことです」

 

「ふむ。つまり、大した抵抗はないと?」

 

「はい。我が軍は総勢8万。圧倒的な優位です」

 

「よろしい」

 

グロスマンは、満足げに頷いた。

 

「では、今日の午後には島を占領できるな。早々に祝勝会の準備をさせておけ」

 

「…かしこまりました」

 

ヘルマンは笑顔を作りながら歯を食いしばった。

この男は、戦争を何だと思っているのだ、と。確かに勝利は確実かもしれない。しかし、戦場では何が起こるか分からない。そして何より、兵士たちの命がかかっている。

それを、まるで宴会の予定を立てるかのように軽々しく口にする。

 

「それから、提督」

 

グロスマンが、さらに続けた。

 

「占領後の処理だが、捕虜は全員私の管轄下に置く。いいな?これは皇帝陛下直々のご命令だ。男と老人は殺しても問題ないが、女子供はなるべく生け捕りで捕まえろ。エルフの奴隷は、我が国の重要な貿易品の一つだからな」

 

「…はい」

 

ヘルマンの表情が一瞬、そしてより一層険しくなった。

彼はグロスマンの噂を聞いていた。占領地での略奪・性的暴行・処刑。数々の戦争犯罪の疑いがある男だった。

しかし、その全てが権力と金で揉み消されている。

 

「エルフの女は良いぞ…美しい。どの宝石よりも可憐で優美だ…だからこそ――」

 

グロスマンの目が、下卑た光を宿した。

 

「自らの手で汚したくなるというもの…ふふふふっ…楽しみだ」

 

ヘルマンは、もはや何も言えなかった。

彼は軍人として、命令に従う義務があった。たとえその命令が、道徳的に間違っていたとしても。

 

「提督、どうした?顔色が悪いぞ」

 

「いえ、何でもありません」

 

ヘルマンは、表情を取り繕った。

 

「それより、艦長室にお戻りになられてはいかがでしょうか?いくらこの船が沖合にあるとはいえ、攻撃が来ないわけではありませんので…」

 

「ふむ、そうだな。ではそうさせてもらおう」

 

グロスマンはワイングラスを空にすると、よろめきながら艦長室に向かって歩き始めた。その動きと船の揺れと相まって、まるでその巨体が甲板を揺らしているかのようだった。

ヘルマンは、グロスマンの背中を見つめた。そして小さく、誰にも聞こえないように呟いた。

 

「…腐った豚野郎め…」

 

帝国は、内部から腐り始めていた。金と権力で地位を得る者たち。実力ではなく、血統と賄賂で昇進する者たち。

そして、戦場で血を流すのは、いつも真面目な兵士たち。ヘルマンは、深いため息をつくが、今の彼にできることは何もなかった。

ただ、上からの命令に従うだけだった。

 

 

 

 

午前8時00分 ネレシア島 中央部 最後の抵抗拠点

 

約2時間に及ぶ激しい戦闘の後、守備隊は島の中央部、石造りの小さな砦に追い込まれていた。

生き残ったのはわずか800名。弾薬は底をつき、矢もほとんど残っていない。

 

負傷者は手当てもできず、苦しみながら地面に横たわっていた。

 

「守備隊長…もう…」

 

副官が諦めたような声で言った。セレンディアは、砦の壁に背を預けて座り込んでいる。

彼女の白い服は、血と煤で汚れていた。左腕にはマスケット銃弾が掠めた傷があり、血が滲んでいる。

 

「…もはや降伏するしかないわね」

 

その言葉は、彼女にとって最も言いたくない言葉だった。しかしこれ以上戦えば、生き残った全員が死ぬ。

 

「白旗を…掲げなさい」

 

副官が震える手で白い布を旗竿に結びつけ、そして砦の上に掲げた。

 

 

 

 

午前9時00分 ネレシア島海岸 帝国軍上陸地点

 

帝国軍の揚陸艦から、グロスマン将軍が降りてきた。

彼の肥満した体は、揚陸艦のタラップを降りるのも一苦労だった。汗が額から滴り落ち、息も荒い。

まさしく荷馬車から降ろされる豚とそっくりであった。

 

「将軍閣下、ネレシア島は完全に制圧されました」

 

部下の将校が、敬礼して報告した。

 

「ふん、当然だ。あれだけの攻撃を受けて、抵抗しようとすること自体可笑しい話なのだ」

 

グロスマンは、島を見渡した。あちこちで煙が上がっている。破壊された建物、焼け焦げた森。そして、地面には無数の敵味方の死体が転がっていた。

 

「それで捕虜は?」

 

「エルフの守備隊約800名、民間人約2,200名。合計約3,000名を確保しました」

 

「よろしい。全員、収容所に入れておけ」

 

グロスマンは、満足げに頷いた。

 

 

 

 

同時刻 ネレシア島 臨時捕虜収容所

 

セレンディアを含む捕虜たちは、島の防衛拠点に設置された臨時の収容所に押し込められた。

それは収容所というより、ただの野外の囲いだった。粗末な木の柵で囲まれただけ。屋根もなく、地面に座るしかない。

逃げようと思えば逃げられそうな粗末な作り。だが周りには完全武装した帝国軍の兵士が見張りについており、逃げられない。

 

捕虜たちは、疲労と恐怖で震えながら、地面に座り込んだ。特に女性たちと子供たちは、不安で泣き出す者もいる。

 

その時、収容所の入口が開いた。グロスマン将軍が、数人の護衛を連れて入ってきた。

彼の巨体が、入口を塞ぐように立ちはだかった。

 

彼の姿を見てセレンディアは、立ち上がった。

 

「私はこの島の守備隊長、セレンディア・ムーンシャドウです」

 

彼女は、できるだけ毅然とした態度で言った。

 

「捕虜の待遇について、お願いがあります。国際的な戦争の慣例に従い、捕虜を人道的に扱ってください。特に、民間人には手を出さないでください」

 

グロスマンは、彼女を見下ろした。そして彼の口元が、下卑た笑みに歪んだ。

 

「ほう。貴様が守備隊長か」

 

彼は、ゆっくりとセレンディアに近づいた。

その巨体から発せられる威圧感に、周囲の捕虜たちが後ずさりした。

 

「面白いことを言うな。人道的な扱いだと?」

 

グロスマンの声が、冷たく収容所に響いた。

 

「いいか、よく聞け。エルフの小娘」

 

彼は、セレンディアの顔を覗き込んだ。その目は、人を見る目ではなかった。まるで、並べられた商品を見るような冷徹な目だった。

 

「貴様らは、物だ。物ごときが、図々しくも人に願うな」

 

その言葉にセレンディアの目が、見開かれた。

グロスマンの声は、さらに冷たくなった。

 

「貴様らは本日現時点をもって、我がワーザルクト帝国軍の所有物だ。所有物には所有物としての扱いをする。ただ、それだけだ」

 

「き、貴様ぁ…!」

 

セレンディアの中で怒りが爆発し、グロスマンに掴みかかろうとした。

しかしその瞬間、背後から帝国軍の兵士が彼女の腕を掴んで強引に背中に回して押さえつけた。

 

「うぐっ!は、離せ!」

 

セレンディアは抵抗するも、既に疲労困憊の体では完全武装した兵士には敵わなかった。

 

「大人しくしていろ!」

 

兵士が、セレンディアの頭を地面に押し付けた。

彼女の顔が、土に埋もれる。

 

「ふん。所詮は度を弁えぬ田舎エルフだ…」

 

グロスマンは、冷たく笑った。

 

「しっかりと躾けておけ。特にこの女からは目を離すな」

 

「はっ!」

 

兵士たちが、セレンディアを引きずって収容所の隅に連れて行った。

 

 

 

 

午後7時00分 ネレシア島 捕虜収容所

 

日が沈み、暗闇が島を覆った。

帝国軍の兵士たちは、勝利の宴を開いていた。

彼らは島の民家や防衛拠点の城から、酒や肉、その他の食料品を押収していた。

エルフたちが大切に保管していた年代物のワイン、燻製肉、チーズ、果物、パン等々…全てが、帝国軍の手に渡った。

 

島の中央部、かつてエルフの集会所だった建物は、今や帝国軍の宴会場と化していた。

 

「今日の勝利に乾杯!!」

 

「帝国に栄光あれ!」

 

兵士たちが、杯を掲げて叫んだ。

酒を飲み、肉を食らい、歌を歌う。勝利の興奮とアルコールで、兵士たちの理性は徐々に失われていった。

 

焚き火があちこちで燃え、その炎が兵士たちの顔を赤く照らしていた。

そして宴が深まるにつれ、兵士たちの中に別の欲望が芽生え始めていく。

 

 

 

 

午後8時00分 ネレシア島 捕虜収容所

 

収容所には、わずかな松明の明かりしかなかった。

捕虜たちは、寒さと恐怖で震えながら夜を迎えていた。11月の夜は今の彼らには堪える寒さだ。

 

セレンディアは負傷した仲間たちの世話をしながら、周囲を警戒していた。長年の戦場経験が、彼女に警告を発していた。

そして、その予感は嫌な形で的中した。

 

「おい、あいつとあいつ、それからその娘も連れて来い」

 

数名の帝国軍兵士が、収容所に入ってきた。

彼らは酒に酔っていた。目は充血し、歩き方もふらついている。そしてその目つきは、明らかに理性を失っていた。

 

「いや!やめて!!」

 

「は…離して!」

 

「な、何するのよ!!」

 

若い女性のエルフたちが複数の兵士に腕を掴まれ、収容所から引きずり出される。

連れ出された女性の中には、まだ子供と呼べる年齢の者もいた。

 

「お嬢さん方、俺たちと一緒に楽しもうぜぇ~」

 

「ほら奥さん、こっち来いよ!旦那のモノより満足させてやるよ!」

 

兵士たち全員が、下卑た笑いを浮かべている。

 

「いやああああっ!」

 

女性たちの悲鳴が、夜の闇に響いた。

 

「やめろ!彼女たちを放せ!」

 

セレンディアが立ち上がり、兵士たちに立ち向かおうとするが、兵士の一人が銃床でセレンディアの頭を殴りつけた。

鈍い音が響き、地面に倒れた。視界は歪み、意識が遠のきそうになる。

 

「ぐっ...!」

 

「黙ってそこで寝ていろ!な~に安心しろ、お前も後でじっくり相手してやるからさ」

 

兵士たちは、女性たちを近くの建物に引きずり込んだ。

収容所に残された人々は、ただ恐怖に震え、見守ることしかできなかった。

やがて建物の中から、悲鳴と怒号が聞こえてきた。

 

「お願い!やめてぇぇぇぇぇ!!」

 

「おら暴れんじゃねぇよ!!」

 

「とっととしゃぶれ!!殺されてぇか!?」

 

「お、こいつ当たりだ!うひょー、見ろよこのデケェ乳!!」

 

「おがぁざん!!だずげで、おがぁざん!!」

 

助けを求める女性の声、下卑た兵士たちの笑い声、そして不快な物音が、まるでオーケストラの合奏のように混ざり合って聞こえてくる。

セレンディアは地面に倒れたまま、拳を握りしめた。血が滲むほど強く。

 

しかし、今の彼女には何もできなかった。

 

隊長として島を守れなかったばかりか、兵士として仲間や民を守ることもできない。

そして今、女性たちの尊厳を守ることすらできていない。

 

無力感が、彼女の心を押しつぶした。

 

その時、再び収容所の入口が開いた。

別の兵士たちが入ってきた。彼らも酒に酔っており、獲物を探すような目で収容所内を見回している。

 

「おい、あの娘を連れて来い」

 

「あいつか?ちと若すぎるんじゃねぇか?」

 

「分かってねぇな、ガキを犯すのが楽しいんじゃねぇかよ」

 

兵士の一人が、若い女性エルフを指差した。

彼女は実年齢は20歳程だが、その見た目は10にも満たないような少女だった。長い金色の髪、碧眼、エルフ特有の美しい顔立ち。恐怖で震えながら、地面に座り込んでいた。

 

「い、いや…」

 

少女は消え入りそうなか細い声で言うが、兵士はそんな彼女の言葉を無視して腕を掴み、引きずり出そうとする。

 

だがその瞬間――

 

「やめろ!!」

 

一人の若い男性エルフが立ち上がった。

彼は少女の兄だった。守備隊の一員として戦い、負傷しながらもなんとか生き延びていた。

 

「俺の妹に手を出すな!!」

 

男性エルフは兵士に殴りかかった。拳が兵士の顔面に命中し、予想外の攻撃に怯んだ。

 

「ぐあっ!」

 

「逃げるぞ!」

 

男性エルフは、妹の手を掴んで収容所の柵を乗り越えて走り出す。

 

「待ちやがれ!」

 

しかし彼らが数メートル走ったところで、周囲の兵士たちが一斉に動いた。あっという間に、二人は取り囲まれてしまう。

 

「くそっ!」

 

男性エルフは妹を庇うように立ち塞がり、近づいてくる兵士たちと戦おうとするが、数には勝てず瞬く間に取り押さえられてしまった。

 

そして複数の兵士が、男性エルフに殴りかかった。今の兵士たちの頭の中に、容赦という言葉はなかった。

その中には先ほど殴られた兵士もいる、彼は特に怒り狂っていた。

 

「この野郎!よくも俺の顔を殴りやがったなぁ!!」

 

彼は倒れた男性エルフの髪を掴んで無理やり起こすと、顔面を何度も殴った。

一発、二発、三発。鼻や歯が折れ、殴るたびに血が辺りに飛び散る。

 

「やめて!お兄ちゃんをいじめないで!!」

 

妹が泣き叫びながら兵士にすがりつくが、兵士はそんな妹を突き飛ばした。

 

「黙ってろ、クソガキ!」

 

その様子を見ていた他の兵士たちも、面白半分で暴行に加わった。

蹴り、殴り、踏みつけ、角材や木の枝等で叩きつける。

 

男性エルフは必死に抵抗を試みるが、多勢に無勢だった。やがて彼は地面に倒れ、ピクリとも動かなくなった。

顔は血まみれで、原形を留めていなかった。呼吸は浅く、意識も朦朧としている。まさしく虫の息だ。

 

「…逃げようとした罪は、重いぞ」

 

殴られた兵士が冷たく言うと、腰の剣を抜いた。

 

「やめて!お願い!やめてぇぇぇ!!」

 

妹が必死に懇願するも、兵士は聞く耳を持たなかった。

やがて剣が、振り下ろされた。

 

――― 一閃

 

男性エルフの首が胴体から離れ、血が勢いよく噴水のように噴き出した。

 

「いやあああああああっ!!」

 

妹の絶叫が収容所に響き渡った。捕虜たちは恐怖で凍りついた。もはや誰も動くどころか、声も出せなかった。

兵士たちは男性エルフの死体を引きずり、服を剥ぎ取って裸にすると、足首に縄を結んで収容所の入口近くにある木の梁に吊り下げた。

逆さまに吊るされた死体がゆっくりと揺れ、血がボトボトと音を立てて地面に滴り落ちていく。

 

頭部は槍に突き刺し、死体の横に立てかける。精気の無くなった虚ろな目が、捕虜たちを見ている。

 

「いいか!よく聞け!」

 

兵士が大声で叫ぶ。

 

「逃げようとしたり、帝国軍に逆らおうとする者はこうなるのだ!覚えておけ!!」

 

兵士の声が収容所全体に響き渡った。捕虜たちは震えながら、吊るされた死体を茫然と見つめた。

恐怖が収容所全体を支配した。

 

もはや誰も、抵抗しようとは思わなかった。いや、思えなかった。

抵抗すれば、死ぬ。それが、捕虜たちの心に刻み込まれた。

 

その後、兵士たちは泣き崩れ、もはや感情の無くなった妹を引きずって建物に連れて行った。

 

数分後、彼女の悲鳴が響き、そして夜の闇に消えていった。

 

セレンディアは地面に倒れたまま、吊るされた死体を見つめた。涙が、彼女の頬を伝って落ちた。

それは、悔しさと怒りと、そして自らの無力さへの涙だった。

 

 

収容所に残された人々はただ恐怖に震え、何もできなかった。

何も見ないように、何も聞かないように、ただ耐えるしかなかった。

 

この蛮行は、その夜だけで終わらず、翌日も、そのまた翌日も、連日続いた。

約200名の若い女性エルフや子供が、数日間にわたって性的暴行を受け続けることになった。

 

 

 

 




書いてて心配になって来たけど、この程度の表現なら大丈夫だよね…?
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