ロシア連邦、異世界にて飛躍する   作:兎の助

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第十六話:敵陣深く

2032年11月23日 午前10時00分 ネレシア島 帝国軍司令部

 

グロスマン中将は、砦の部屋の中で壁にかかっているオゼラの地図を忌々しげに見ていた。

彼は椅子に深く腰掛け、激しく貧乏ゆすりをしている。その揺さぶりでテーブル上のワイングラスの中身がユラユラと小刻みに揺れている。

 

誰がどう見てもイラついているのが分かる。

 

そこに報告書を手にした副官、フランツ大尉が蒼白な顔をしながら入室してきた。

 

「…中将閣下、失礼いたします。ご、ご報告に――」

 

「遅い! 遅すぎる!! 今の今まで何をしていた!?」

 

「も、申し訳ございません!!」

 

グロスマンの怒鳴り声に、フランツは体をビクつかせながら謝罪した。

彼のオドオドした様子に更にイラつくグロスマンだったが、今はそんなことを叱責するよりも、報告を聞く方が最優先と判断し、叱責もそこそこに報告を急がせる。

 

「もういい…それで、シサフィール半島攻略部隊と空挺部隊の状況は?」

 

グロスマンの低く冷たい声に対し、フランツは震える声で答えた。

 

「…しました」

 

「…なに? もう一度言え、今何と言った?」

 

「シサフィール半島に上陸した我が軍約2万人は…アサヒノ国軍とオゼラ軍の反撃を受け、港にて完全に包囲され…降伏しました…」

 

副官の報告に、グロスマンの目が大きく見開かれた。

 

「…降伏、だと?」

 

グロスマンの声が、震えた。

 

「はい。カール・フォン・ヴィンター准将も捕虜となり、派遣した30隻近い艦隊も包囲殲滅されたと…」

 

「な…なん…だと…」

 

とんでもない報告にグロスマンが言葉を詰まらせていると、そこに別の人物が突如飛び込んでくる。それは伝令の兵士であった。

 

「失礼いたします! 先ほど魔伝*1にてワイバーン部隊から報告が上がりました!」

 

「おぉ! それで戦果は――」

 

「我が軍のワイバーン部隊は敵の反撃を受けて敗走! 200騎近い損害を受けてオゼラから撤退致しました!!」

 

沈黙――重苦しい沈黙が、部屋の中を支配する。

そして、次の瞬間――

 

「ふ…ふざけるなああああああっ!!」

 

グロスマンはテーブルの上のワイングラスを掴み、壁へと叩きつけた。

ガラスが砕け散る音が部屋中に響き、中身がオゼラの地図を真っ赤に染め上げる。

 

それはまるでこの戦争によって散っていった兵士や民間人の血を現すようだった。

 

「2万もの兵と30隻近い艦隊を送って、なぜ勝てない!? 2,000騎ものワイバーン部隊を送ってなぜ負ける!? なぜだ!?」

 

グロスマンは、テーブルを拳で何度も叩いた。

 

「あんな弱小国のオゼラを、なぜ落とせない!?」

 

その怒鳴り声に対し、フランツや伝令兵は何も言えなかった。

グロスマンは息を荒げながら、もはや何を言っているのか分からない罵声の数々を怒鳴り散らしている。

 

彼がオゼラの占領にこだわっているのには、理由があった。

 

それは、数日前――この戦争が始まる少し前にさかのぼる…

 

 

 

 

2032年11月10日 ワーザルクト帝国 ペレンゾ半島 ベルンハルト第二皇子の指揮官テント

 

豪華絢爛なテントの中には、グロスマンの他にもう一人男がいる。ベルンハルト・エル・ド・ベラーラ第二皇子だ。

 

金髪に青い目、筋肉質な体格を持つ彼は、市民たちからは英雄視されており、将来この国を背負って立つ男だと誰からも期待されている。

そんな彼は地図を広げて、グロスマンにとある任務について説明していた。

 

「グロスマン中将、貴様に重要な任務を与える。オゼラを攻略しろ」

 

ベルンハルトは、地図上のオゼラを指差した。

 

「オゼラを占領し、そこからハティリア王国の国境線を後方から挟撃する」

 

彼の指が、オゼラからハティリア王国の国境線へと移動した。

 

「現在、俺の兄上がハティリア王国の国境要塞侵攻の準備を進めている。だがあそこの守りは固そうだ。いざ戦闘が始まれば前線は膠着するだろうな」

 

ベルンハルトの目が、鋭くなった。

 

「もし貴様がオゼラを占領して国境線を後方から挟撃すれば、兄上の侵攻を手助けできる」

 

その説明を聞いてグロスマンは頷いた。

 

「なるほど…オゼラを通ってハティリアを挟み撃ちにするわけですね」

 

「その通りだ」

 

ベルンハルトは微笑んだ。しかしその微笑みには、何か計算されたものが感じられた。

 

実はベルンハルトは、家族の前では勇猛果敢で猪突猛進な性格を演じてはいるものの、それは演技だった。

彼の本性は狡猾な策略家で、このことを知る者は数少ない。

 

彼は既に、国境線の守りが容易に突破できないことを薄々感じ取っていた。

 

そこで、彼はあることを考えついた。

 

もし自分がオゼラを占領し、兄上を手助けすれば、彼に借りを作ることができる。

そうなれば、この戦争における自分の評価は上がり、父上――皇帝陛下ラザリウス・エル・ド・ベラーラの評価も上がるだろう。

 

戦後の皇位継承権争いにおいて、自分は有利な立場に立てる。

 

ベルンハルトは事前に密偵からの報告で、オゼラの保守派がロシアの技術導入に反対していることを知っていた。

だから、オゼラ側の抵抗は小さいだろうと予想していたのだ。

 

「殿下」

 

するとグロスマンが、口を開いた。

 

「もし、この作戦が成功した暁には…私に報酬をいただけないでしょうか?」

 

「報酬だと?」

 

ベルンハルトはグロスマンの方を見る。

 

「はい。占領したオゼラ全域の統治権と…エルフの奴隷販売の全権委任を、この私に…」

 

その言葉にベルンハルトの眉が、一瞬顰められた。

 

奴隷販売そのものは、帝国では日常的な出来事だ。

しかしベルンハルトが眉を顰めたのは、それが理由ではない。

 

このグロスマンという男は、金とコネだけで成り上がってきた男だ。

 

戦場での実績も乏しく、ただ政治工作と賄賂でその地位を得てきた。

奴隷販売もその内の一つ。

 

そんな醜く汚いやり方に、ベルンハルトは今まで忌避感を感じていた。

 

ベルンハルトは、確かに裏の顔は狡猾な策略家ではあるものの、表の顔である勇猛果敢な武人も決して嘘ではない。

兵士たちからの人気も高く、自ら前線に立って戦う姿は、多くの将兵や民から尊敬されている。

戦績や実績を大事にする彼にとって、グロスマンという男は最も毛嫌いしたいタイプの人間だった。

 

しかしベルンハルトはすぐに愛想のいい笑顔に、表情を切り替えた。

 

「…分かった。いいだろう」

 

ベルンハルトは、グロスマンの肩をポンポンと叩いた。

 

「オゼラを占領すれば、そこは貴様の好きにしていい」

 

「ありがとうございます、殿下! このグロスマン、粉骨砕身の覚悟で挑ませていただきます!!」

 

グロスマンは深く頭を下げ、その様子にベルンハルトは微笑んだ。

しかしその目は、一切笑ってなどいない。

 

そして、グロスマン自身はそのことに一切気づいた様子はなかった。

 

 

 

 

2032年11月23日 午前10時10分 ネレシア島 帝国軍司令部

 

「…くそっ」

 

彼は拳が白くなるほど、力強く握りしめた。

 

「オゼラを占領できなければ、殿下との約束が果たせない…」

 

「中将…」

 

フランツが小さく声をかけるものの、彼は微塵も聞いてなどいない。

 

するとそこに――

 

「中将閣下殿にご報告――」

 

「今度はなんだぁ!!」

 

咄嗟に反応して怒鳴り散らすグロスマンだったが、もう一人の伝令兵はその怒鳴り声にも臆さずに報告を続けた。

 

「ワイバーン部隊が敵を一騎撃墜! 敵の竜騎兵と思しき者が巨大な布を使って降下中! この島に着陸すると思われます!!」

 

その報告にまた部屋が静まり返る。だが今度の沈黙は先ほどとはまた別のものであった。

 

「い、今何と――」

 

「敵の竜騎兵があと数分もすればこの島に着陸致します! あ、あれでございます!! 如何しますか!?」

 

兵士が指差す先には、窓向こうの空に小さく浮かぶ謎の物体があった。よく目を凝らして見れば、それが膨らんだ大きな布とその下にぶら下がる人の姿だというのがかろうじて分かる。

グロスマンは副官と兵士に指を差しながら、咄嗟に命令を下した。

 

「い、急いで捕まえろ!! 決して殺してはならん!! 良いか!」

 

「はっ!!」

 

兵士たちはその命令に応えるべく、急いで捜索隊を編成するために部屋から飛び出していった。

 

 

 

 

同時刻 ハティリア王国 アルゴスタ空軍基地

 

管制室ではアンドレイ大佐が、レーダー画面を見つめている。

レーダー画面には、Su-35編隊の位置が表示されているが、一つの機影が急激に高度を下げているのが見えた。

 

「ソーコル1、応答せよ!」

 

管制官が無線で呼びかけると、しばらくして無線から声が聞こえた。

 

《こちらソーコル2、アレクセイ隊長の機体が墜落!パラシュート開傘を確認!急ぎ、救助部隊を要請する!!》

 

「墜落だと!? 何が起きた!」

 

《隊長の機体はワイバーンの死体と空中で衝突。機体損傷により脱出しました!》

 

その報告を聞いてアンドレイの表情が、段々と険しくなる。

 

「脱出後の位置は?」

 

《パラシュートで降下中ですが、現在は風に流されて…ネレシア島方向に向かっています》

 

管制室全体に、緊張が走った。

 

帝国軍に占領されている島に、パイロットが不時着しようとしている。

副官のイワン・ペトロフ中佐が、アンドレイに近づいた。

 

「大佐! 直ちに救出部隊を編成して、救出に向かうべきです!」

 

切迫した彼の声が管制室に響く。

だがアンドレイは、未だレーダー画面を見続けた。

 

画面にはまだ多数のワイバーンが映っている。

 

「ダメだ。現在、周辺空域には未だ多数のワイバーンがいる。救出部隊を出せば、撃墜され二次被害が起こる可能性が高い」

 

アンドレイの厳しくも真っ当な意見に、イワンは何か言いかけるも、その先の言葉が出てこない。

アンドレイは更に言葉を続けた。

 

「オマケに島には多数の敵部隊と捕虜がいる。うかつに動けば、捕虜に危険が及ぶ。そうなれば戦後オゼラとの関係は最悪なものになる…」

 

「しかし、それではアレクセイ中尉は…」

 

「帝国軍は、恐らくはすぐに彼を殺すことはないだろう。彼から情報を聞き出そうとしばらくは生かすはずだ…」

 

アンドレイは、地図を見た。

 

「連中は我がロシアのことについて何も知らない。それ故に兵士一人でも貴重な情報源だ。戦術、装備、作戦計画、基地の場所と人員の規模。連中はそれらを知りたがるだろう…」

 

「だからすぐには殺されない、と…?」

 

「そうだ、まだ時間はある」

 

彼は地図から視線をイワンへと移す。

 

「それまでの間に、救出作戦を立案する」

 

「分かりました」

 

アンドレイは、通信士官に命令した。

 

「本国ロシアに報告を飛ばせ。我が軍のパイロットがネレシア島に不時着、捕虜となった可能性が高い。救出作戦の立案を要請する、と」

 

「了解しました」

 

通信士官は、すぐに報告を送り始めた。

 

 

 

 

午前10時30分 ネレシア島 森林地帯

 

アレクセイのパラシュートはゆっくりと降下し、彼は森の中に着地した。幸い目立った怪我はなかった。

彼は素早くパラシュートを外し、ヘルメットや酸素マスクなどもう必要なくなった装具類を脱ぎ捨てた。その後、装備品を確認する。

 

MP-443拳銃が1丁に、予備弾倉が2つ。サバイバルナイフ。そしてブーツの中に、予備の小型ナイフ。無線機は脱出時の衝撃で壊れていたものの、救難信号発信器は無事だった。

 

彼はすぐさま発信器を起動。これで味方に自分の位置を送信、把握することができる。

 

「まずは、隠れ場所を確保しないと…」

 

だがその時、奥の方から帝国軍の捜索隊の声が聞こえてきた。

 

「ロシアの竜騎兵がこの森に墜落した! くまなく探せ!!」

 

「チクショウ…もう来やがったか…」

 

アレクセイは急いでその場を離れ、森の奥へと進んでいった。

だがその後ろから約50人もの兵士が、その後ろから迫ってきている。捕まるのは時間の問題だった。

 

 

 

 

午前11時00分

 

アレクセイは逃げ続けていたが、やがて体力が尽きてしまった。仕方なく彼は茂みの中に身を隠して休憩していた。しかし、敵の足音が近づいてくる。

 

「いいか! 見つけても決して殺してはならんぞ!!」

 

帝国軍の兵士たちが、周囲を捜索している。

アレクセイは息を殺しながら、静かにその場を離れようとした。しかし――

 

パキッ!!

 

うかつにも木の枝を踏んでしまい、音が響いてしまった。

 

「いたぞ!」

 

その音を聞いて一人の兵士が、彼を発見。

アレクセイは即座に拳銃を抜いて発砲、2名の兵士が倒れた。

 

しかし、敵の数の方が圧倒的に多い。

 

「囲め!」

 

アレクセイは森の中を全速力で駆け抜けた。

しかし、帝国軍が背後から捕獲用のボーラを投げつけてきた。そしてその内の一つが彼の足に絡まり、彼は前のめりに転倒した。

 

「今だ! 捕らえろ!」

 

数名の兵士が、彼に飛びかかった。アレクセイは必死に抵抗するものの、数で圧倒されてしまい、最終的には取り押さえられた。

兵士たちは彼の拳銃とサバイバルナイフを奪い、両手をロープで縛り上げ連行した。しかし、ブーツの中の小型ナイフには気づくことはなかった。

 

「くそ…!」

 

彼は歯を食いしばり、悪態をつくことしかできなかった。

 

 

 

 

*1
マナストーンを触媒に行う通信

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