ロシア連邦、異世界にて飛躍する   作:兎の助

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第十七話:脱走 ☆

2032年11月23日 午後2時00分 リグロイ港 城内地下牢

 

アレクセイを連れた一団は、ネレシア島の端にあるリグロイ港へと向かった。

彼が港町に到着するや否や、引きずるように城の地下牢の尋問室へと連れて行く。

そこで帝国軍の尋問官は彼を椅子に縛り付けると、早速尋問を開始した。

 

「貴様の名前と階級は?」

 

「…アレクセイ・ペトロフ。ロシア連邦空軍所属で、階級は中尉」

 

「所属部隊は? 貴様らのあの鉄の竜はなんだ? 洗いざらい吐いてもらうぞ」

 

「ジュネーブ条約により、それ以上の情報提供義務はない」

 

尋問官はその言葉に首を傾げた。

 

「ジュネーブ条約だと? 何だそれは? …まぁいい、つまりは話したくないというわけだな…だったら…」

 

そう言うと尋問官は、テーブルの上に様々な道具を並べ始めた。鉄のトングやナイフ、金槌にのこぎり等。近くの暖炉からは真っ赤に焼けた鉄の棒を引きずり出す。

 

「さぁ、話せ。貴様らロシアの秘密を…他にどんな兵器を持っている? 弱点は何だ? 貴様らロシアはこの大陸にどれほどの兵力を置いている?」

 

「…」

 

顔の近くまで近づけた鉄棒の熱さにアレクセイは多少怯むも、それでも黙秘し続ける。

額からは一滴の汗が頬を伝って顎下へと流れ落ちる。それが熱さによるものか、それとも冷や汗なのか…。

 

【挿絵表示】

 

「そうか、痛い目にあいたいらしいな…それなら――」

 

尋問官が彼の頬に鉄棒を押し付けようとした、その時――

 

「待て」

 

扉を開けて誰かが部屋へと入ってきた。

尋問官が振り返ると、そこに居たのはグロスマンだった。

 

「グロスマン中将閣下!?」

 

「言ったであろう、こいつは殺すなと。拷問で衰弱死されては困る…ふむ、それにしても珍妙な恰好をしているな。ロシアの竜騎兵は皆、このような恰好をしているのか?」

 

グロスマンのネットリとした嫌な視線が、アレクセイに向けられる。

 

「…アンタがここのボスってわけか…」

 

「貴様! 中将閣下になんて口を――!!」

 

「良い、それよりもこいつの装備品は?」

 

「はい、こちらに」

 

尋問官が袋を持ってくると、そこから没収された拳銃やナイフの他、着陸時に捨てたヘルメットや酸素マスク、ハーネスなどが出てくる。

グロスマンはそれらを手に取ってしげしげと眺める。

 

「これは…どうなっておるのだ?」

 

「恐らくこれは兜かと…そしてこの管がこの面具に繋がるのでは?」

 

「ふむ…見れば見る程、不思議な格好だ…さて!」

 

ひとしきり観察し終えるとグロスマンはアレクセイの方に振り返り、手に持っていた乗馬鞭を顎先に向ける。

 

「貴様が知っている情報は全て話してもらうぞ。嫌とは言わせない」

 

「だからジュネーブ条約に基づき、最低限の情報以外、何も話さないと言っているだろう。拷問したければすればいい、俺は何も話さん」

 

「貴様には何もせんさ。貴様には、な。その代わり、無関係な者が傷つくかもしれないがな…クックック…」

 

「てめぇ…。ふん! やりたければ好きにしろ。たとえ目の前で100人殺されようと、俺は何も喋らん!!」

 

「貴様の威勢がどこまで続くか、見ものだな。こいつは貴重な情報源だ、殺すな。尋問は明日行う、それまで牢に入れておけ。食事も与えろ、死なれては困るからな」

 

「了解しました」

 

尋問官がそう言うと、アレクセイを解放して地下牢へと連行していった。

 

 

 

 

午後3時00分 地下牢

 

アレクセイは地下牢に叩き込まれた。重い鉄格子の扉が、音を立てて閉まる。

彼は牢の中を見回した。部屋全体は薄暗く、石造りの壁と床が廊下から差し込むわずかな光だけを頼りにかろうじて見える。

 

そんな牢の隅に、人影を見つける。

長い金髪に尖った耳が見えた。若いエルフの女性だった。

 

「…あなたは?」

 

女性が弱々しい声で尋ねた。彼女の服は破れており、体の所々に青あざや擦り傷が目立つ。

 

「ロシア連邦空軍のアレクセイ・ペトロフ中尉だ。君は?」

 

「エリシア…エリシア・ムーンシャドウ。学校の教師をしています…」

 

実は彼女、このネレシア島守備隊の隊長であるセレンディア・ムーンシャドウの実の妹であった。

そんな彼女の声は震えていた。

 

「大丈夫か? 怪我は?」

 

「体は…何とか。でも…」

 

エリシアの目に涙が浮かんだ。よく見れば彼女の髪の毛や顔には、汗や涙以外の体液が乾いた跡があった。

股の間からは白濁した液体も流れ出ている。

 

「彼らは…みんなに酷いことを…特に若い女性たちを…私も何度も…」

 

彼女はそれ以上、言葉を続けられなかった。

 

「これ以上はここにいるのは危険だな、脱出しよう」

 

「でもどうやって…」

 

「方法はある。俺は救難信号を発信しているから、味方が助けに来る。だがそれまでここで待っていたら最悪の場合、君や君の仲間が殺される」

 

そう言うとアレクセイは、ブーツの中に隠していた小型のナイフを取り出した。全長約10センチの小さなナイフだが、十分に武器になる。

 

「これで、今夜脱出する」

 

「本当にできるのですか…?」

 

「やってみせる。だがそれには、君の協力が必要だ」

 

「私にできることがあるなら…」

 

「ああ。君には衛兵を呼んでもらう」

 

アレクセイは、静かに脱出計画を説明し始めた。

 

 

 

 

午後12時00分 地下牢

 

日はすっかり落ち、港は深い夜の闇に包まれた。牢獄内は不気味なまでの静寂が辺りを支配している。

廊下には2人の衛兵が気だるそうに警備についていた。彼らは退屈そうに椅子に座ってカードゲームをしている。

 

「全く…つまらん仕事だなぁ」

 

1人の衛兵が、あくびをしながら言った。

 

「あぁ。でもその分、楽な仕事でもある。戦場に行って戦うよりはマシだろう」

 

「まぁな…よし、これでどうだ!」

 

「何!? チクショウ、またお前の勝ちかよ! てめぇ、なんかズルしてんじゃねぇだろうなぁ?」

 

衛兵の1人がズルを疑ったその時――

 

「助けて! 誰か!」

 

廊下の奥から女性の――エリシアの叫び声が響いてきた。

 

「何だ!?」

 

衛兵2人が慌てて牢の前に駆けつけると、鉄格子越しにアレクセイが床に倒れているのを目撃する。体を細かく痙攣させ、口からはブクブクと泡を吹いている。

目は白目を向いており、明らかに様子がおかしい。

 

「こいつ…おい、お前! 何があった!」

 

「わ、分かりません! 突然蹲ったと思ったら、急に苦しみだして…!」

 

エリシアが震える声で答える。

アレクセイの体はその後も激しく痙攣していたが、やがてそれも収まり、今度はピクリとも動かなくなった。

 

「おい…死んだのか?」

 

衛兵の1人が不安そうに言うと、もう1人が動揺する。

 

「ま、まずいぞ…グロスマン中将がこいつは生かしておけと言っていたぞ!」

 

「もしかして自決用の毒でも飲んだのか?」

 

「くそっ! 早く確認しないと! じゃないと俺たちの首が飛ぶ!?」

 

衛兵が慌てて腰の鍵束を取り出すと、牢の扉を開けて中に入ってきた。

衛兵の1人がアレクセイの体を大きく揺さぶる。

 

「おい、生きてるか!」

 

その瞬間――アレクセイの目が開いた。

そして手に隠し持っていたナイフを、勢いよく衛兵の首に突き刺した。

 

鋭い刃が衛兵の頸動脈を貫く。衛兵は一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

アレクセイはそのままナイフを横に引くと、首が大きく裂けて血が噴水のように噴き出し、辺りに飛び散った。

 

衛兵は喉を押さえながらそのまま後ろに倒れる。

 

「き、貴様!?」

 

もう1人の衛兵が、剣を抜いて攻撃しようとするが――

 

「えいっ!!」

 

エリシアが背後から衛兵に飛び掛かると、羽交い絞めのまま後ろへと倒れた。

彼女の細腕が、衛兵の両腕を拘束する。

 

「くそっ!離せ!」

 

「今です!」

 

アレクセイは死んだ衛兵からナイフを引き抜くと、もう一人の衛兵に襲い掛かる。

彼のナイフが衛兵の喉に突き刺さり、先ほどと同様に頸動脈を切り裂く。

 

衛兵の目が大きく見開かれ、血が噴き出した。

やがて衛兵の体から徐々に力が抜けていき、ついには完全に動かなくなり死亡した。

 

 

 

 

午後12時10分

 

「…よし、もういい。もう死んでいる」

 

衛兵の死亡を確認すると、死体をどかして彼女の体を起こす。

 

「よくやった、アカデミー賞ものの名演技だったぞ」

 

「き、緊張しました…」

 

「その割にはちゃんと演技出来ていたぞ? 戦争が終わったら映画女優か舞台役者でも目指したらどうだ?」

 

「考えておきます…」

 

「ふふっ…さてと、こいつらの装備を拝借するとしよう」

 

そう言うとアレクセイとエリシアは、二人の衛兵の死体から装備を回収した。

全長約90センチ程の片手剣が2本と地下牢の鍵束。

 

鍵束には牢屋の鍵の他、手枷の鍵や建物入口の鍵なども付いている。

 

「このまま他の捕虜も解放しよう。他の連中はどこに?」

 

「恐らくあちらです、ついてきてください」

 

2人は廊下に出ると、彼女の案内の元、先へと進んだ。進んだ先には複数の牢屋があり、その中には他のエルフたちが囚われている。

 

「皆さん!」

 

エリシアが小声で呼びかけると、牢屋の中のエルフたちが驚いて顔を上げた。

 

「エリシア…? 脱出したのか!? どうやって?」

 

「ロシア軍の方が助けてくれました」

 

「空軍所属のアレクセイと言います。今、牢を開けます」

 

彼は次々と牢屋と手枷の鍵を解除していった。金属の枷が床に落ち、解放された彼らは久方ぶりの自由に打ち震えている。

最初と2番目の牢屋には若い女性エルフが8名、3番目の牢屋には男性エルフが3名入っていた。女性たちは数日にわたる凌辱によって衰弱しているが、男性たちは比較的元気だった。

 

結果、合計で11名のエルフが解放された。

 

「大丈夫か?」

 

「はい、何とか…」

 

「武器はあるのか?」

 

「衛兵から奪った剣が2本。あんたらの方が使い慣れているだろう?」

 

アレクセイは先ほど回収した剣を男性エルフに手渡した。

 

「ありがとうございます…」

 

「ありがとう…もうダメかと思った…」

 

女性エルフたちが、涙を流しながら口々に礼を言う。

 

「礼はいい、ちゃんと脱出してからまた言ってくれ。よし、脱出するぞ」

 

彼は全員を導いて、地下牢の廊下を進んでいった。

 

曲がり角や廊下を慎重にクリアリングし、敵兵に注意しながら進んでいくと、見覚えのある部屋の前にたどり着く。

 

(ここは…俺が尋問されていた部屋だ!)

 

扉の小窓から中を覗くと、部屋の中には暖炉の前で椅子に座りながら眠っている尋問官の姿があった。

どうやら尋問用の道具を点検中に、暖炉の暖かさにやられ眠ってしまったようだ。

 

テーブルの上には、彼の拳銃やコンバットナイフ等がそのまま置かれていた。

 

「中に俺の装備がある。取ってくるからそこで待っていろ」

 

「気をつけて…」

 

彼は音を立てないよう、ゆっくりと扉を開けて尋問室へと侵入する。

そしてそのまま尋問官の後ろへと忍び寄ると――

 

「よぅ、大将!」

 

「へ? グッ!? ごがっ!!」

 

左腕を首に巻き付け、右手で後頭部を抑える――所謂ヘッドロックで首を締め上げた。

尋問官は咄嗟の事に驚いて暴れるが、完全に頭を抑えている状況で逃げられるはずもなく、そのまま首の骨を折られて静かに絶命した。

 

「昼間のお返しだ、クソ野郎め…」

 

彼は死体をどかすと、テーブルの上のベストを着用し拳銃と予備弾倉をポーチの中に仕舞う。

 

「よし、発信機は壊されてないな」

 

装備品の確認を終えると、エルフ達と共に脱出を再開した。

 

 

 

 

午後12時40分 建物1階

 

地下牢から階段を上がっていく。

廊下は薄暗く、外からは梟や鈴虫の鳴き声が時折聞こえてくる。

 

「静かに」

 

アレクセイは右手に拳銃、左手にコンバットナイフを持ってクロスさせるように構え、慎重に廊下を進んだ。所謂ハリエス・テクニックと呼ばれる構え方だ。

廊下の先には外へと通じる扉があり、扉の外側には2名の衛兵が立っている。まだアレクセイ達の存在には気づいていない。

 

「どうします?」

 

「奇襲する」

 

アレクセイは男性エルフたちに合図すると、2人が剣を構えて静かに扉の傍に近づいた。

彼が頷くと、エルフ2人も同じく頷いて返す。そして扉を開けると同時に一斉に襲いかかった。

 

1人はアレクセイのコンバットナイフが喉を切り裂き、もう1人の衛兵は咄嗟の事に驚いて剣を抜く暇もなく押し倒され、エルフに胸や喉を貫かれた。

 

「よし、いいぞ」

 

アレクセイは入口の周辺を見渡し安全を確認する。どうやらまだ自分たちが脱走したことは気づかれていないらしい。

外は暗く、月明かりがわずかに地面を照らしている程度だった。

 

「このまま森に逃げ込むぞ」

 

「でしたら隠れるのにピッタリな場所があります。私が子供の頃、よくお姉ちゃんや友達と一緒にかくれんぼしたときに使っていた洞窟があります。そこならある程度は身を隠せるかと…」

 

「よし、なら一先ずはそこに行こう。先導してくれ」

 

「はい!」

 

行き先が決まり、全員が建物から飛び出した。人気もなく、明かり一つ灯っていない街は酷く不気味だった。

明かりがないため、移動には少々時間がかかったものの、しかしそれ以外は特に問題なくアレクセイたちは森の中に逃げ込むことに成功した。

 

暗闇と木々が、彼らを隠してくれている。

 

「こっちです」

 

エリシアが森の奥へと導き、一行はその後ろを全力で追いかけ続けた。

 

 

 

 

午前1時10分 森の奥 洞窟

 

一行はエリシアの案内通り、森の奥深くにある洞窟に辿り着いた。

全員が息を切らしながら洞窟の中に入り、暫しの休息を取った。

 

「ここなら…しばらく安全だな」

 

アレクセイは洞窟の入口を確認した。入り口は外からは見えにくい位置にあり、尚且つ入り口全体をツタが覆っているため、例え帝国軍が来ても簡単には見つからないだろう。

 

「皆、怪我は?」

 

エリシアが全員の状態を確認する。

数名が逃走中に擦り傷を負っていたが、深刻な怪我をした者はいなかった。

 

「中尉殿、これからどうするのですか?」

 

男性エルフの一人が、不安そうに尋ねる。

 

「俺は救難信号を発信しているから、味方が助けに来てくれるはずだ。それまで、ここで待機する」

 

「本当に…来てくれるのでしょうか…?」

 

「もしダメそうなら、コイツ(MP-443)で乗組員を脅して戦列艦で脱出でもするさ。今はとにかく来てくれるのを祈ろう」

 

「…はい!」

 

アレクセイは、不安そうにしているエルフ達を安心させるように拳銃を構えながら言った。

その姿に、彼らは多少安心したのか少し笑顔を見せ始める。

 

「よし、女性陣は奥で休むといい。お前たち3人も休んでおけ、交代で見張りをしよう。最初の見張りは俺がやる」

 

「分かりました」

 

そしてアレクセイは洞窟の入り口に座り込んで見張りを始めた。

疲労と緊張で極限状態だったのか、後ろからは既に寝息が聞こえ始めている。

 

その時、エリシアが彼の隣に座った。

 

「ありがとうございます。あなたがいなければ、きっと私たちは…」

 

「まだ礼はいい、終わっていないんだからな。それよりお前も休んでおけ。いつでも動けるようにしておくんだ」

 

「分かりました。あの…」

 

「なんだ?」

 

「隣で寝ても…良いですか? ///」

 

「…好きにしろ」

 

彼女は彼の隣で横になると、そのまま眠りについた。

こうして一行は救出が来るまで、長い夜をこの洞窟で過ごすことになった。

 

助けが来るまで、あと何時間…何日…例え数週間であっても、ここで持ちこたえなければならない。

 

彼はツタの隙間から除く月を見上げながら、一人ため息をつくしかなかった。

 

 

 

 

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