普通に私生活が忙しく、執筆に時間が割けない日が続いてしまいましたが、ようやく落ち着いてきたのでボチボチ再開していきます。
今後ともよろしくお願いします。
2032年11月28日 アルゴスタ空軍基地(ハティリア領内)
パイロット救出から4日後…
国境線近くのアルゴスタ空軍基地は、かつて見たことのない規模の軍事展開の場となっていた。
滑走路には大型の輸送機――ロシア空軍のイリューシン IL-76輸送機が、次々と着陸してくる。
その様子をハティリア王国軍の兵士達は茫然と眺めている。
その巨体は昔、酒場でギルドの冒険者たちから聞いたドラゴンなんかよりもずっとはるかに大きく見えた。
各輸送機はその広大な機内に、完全装備のロシア陸軍兵士達を、数百名ずつ搭載していた。
輸送機の後部ドアがゆっくりと開かれると、完全武装したロシア兵達がぞろぞろと機内から降りてきた。
全員がデジタルフローラの戦闘服に身を包み、その上から6B45防弾ベストや6B47ヘルメットなどを装備している。手にはAK-74M自動小銃やPKP軽機関銃などが、どれも完璧な状態で兵士達一人一人の手に行き渡っている。
ハティリア王国の軍人達は、ロシア軍兵士達の動きを見つめながら、この光景に驚嘆していた。
今までは訓練などでロシア軍の兵士と一緒に行動することなどはあったが、ここまでの規模の部隊と共に行動するのは、今回が初めてだったからだ。
「凄いな…実に規律正しい」
「これがロシア軍の本気というやつか…」
ハティリア王国軍の将校達は、その様子を見ながら呟いた。
彼らの言葉には驚愕と同時に、希望が混在していた。
次々と到着するロシア軍の兵士たちを見ながら、ハティリア王国軍は反撃の準備が着実に進みつつあることを再認識していたのだった。
同日 首都フォルドン 総合参謀本部会議室
首都フォルドンの総合参謀本部にある会議室内は、重い空気に満ちていた。
会議室にはロシア軍の地上軍司令官アレクサンドル・ペトロヴィッチ・ヤコフレフ大将と、ハティリア王国軍の総司令官であるゴルディオン将軍が向かい合って座っていた。
両脇には参謀や上級大将が、同じく向かい合わせで座っており、その席の最奥にはハティリア王国の国王エルドバランが、厳粛な表情で着座していた。
それに加え、会議室のモニターにはアサヒノ国、オゼラ、アルメーン獣人連邦などの各国の軍参謀たちもテレビ通話で参加している。
全員の参加が確認されると、ヤコフレフ大将の合図で会議が開始された。彼はまず現在の帝国軍の状況について説明を求めた。
「それではこれより、対ワーザルクト戦争に関する第一回会議を開始します。まずは報告から」
「はい。現在、帝国軍はペレンゾ半島に部隊を集結させており、ハティリア王国軍と睨み合いを続けております。地上敵戦力は現在確認できる限りでは、推定で約150万程。その内の約100万程が国境線沿いに展開しております」
「また一部の部隊がネレシア島を現在も占領しており、人質となっている島民はおよそ3,000人程。そちらに関してはオゼラ軍とアサヒノ国軍の部隊と合流した我が軍の別動隊が、現在島の奪還作戦の準備を進めています」
そこまで報告した辺りで、今度はハティリア側の参謀が報告を始めた。
「帝国軍は、国境線に沿って複数の野営陣地を構築しています。その陣地は大小と規模はバラバラであり、数も百以上に渡って存在しています。恐らくは部隊の再構築を行っている最中だと考えられます」
「国境での初戦により、帝国軍は手痛い損害を受けました。その損害から回復するため、帝国軍は後方から追加の魔獣部隊と攻城兵器の到着を待っているものと推測されます。現在確認されている敵の主戦力は、ほぼ全てが歩兵部隊です。」
その説明に対して、会議室内の各国の軍参謀たちは頷いている。その一方で、ハティリア王国の総司令官であるゴルディオン将軍が懸念を表明した。
「だが、要塞線における我が軍の死傷者数も想定以上に多く発生してしまった。正直に申し上げれば、帝国軍が更なる攻勢を仕掛けてきた場合、それに耐えられるかどうかは分からない…」
その言葉に、会議室内に緊張が走った。するとハティリア王国軍の参謀の一人が、即座に意見を述べた。
「であれば、今こそ敵を叩くべき時ではないでしょうか。現在、敵は部隊再構築の途上にあり、完全な戦闘準備が整っていない状態にあります。この時点での攻撃が、最も有効ではないでしょうか」
その意見に対して、ヤコフレフ大将が冷徹に応答した。
「確かに戦術的には、その判断は間違ってはおりません。しかし、まだ我が軍の機甲戦力が到着していない状態です。現在、我がロシア軍が投入可能な戦力は、限定されています」
彼は更に続けた。
「要塞線に待機させているアルゴスタ空軍基地の駐留部隊の機甲戦力は、帝国軍の第二波攻撃に対する用心のため、戦力として引き抜くわけにはいかない。機甲戦力なしで歩兵部隊だけの正面攻撃は、極めて危険だ」
その冷徹な判断に対して、ハティリア側の将校たちも、一定の理解を示した。
ここで、アサヒノ国の軍事顧問が提案を示した。
「であれば航空戦力による攻撃はいかがでしょうか。敵陣地に対する航空爆撃は、地上部隊の攻撃なしで敵の陣地を削減できるはずです」
その提案に対して、今度はゴルディオン将軍が否定的な報告をもたらした。
「実はその点については、我々の偵察部隊からの報告があります。帝国軍は本陣地の周辺に、ダミーの陣地を配置しているとの報告が上がっているのです。つまり、航空爆撃の目標となる陣地が、実際の敵陣地であるかどうか、確実ではないということです」
その報告に対して、アルメーン軍の空軍参謀が応答した。
「ダミー陣地があるとしても、航空爆撃によって敵の兵員や物資に何らかの被害をもたらすことができるはずだ」
しかしゴルディオン将軍は、その意見に異議を唱えた。
「確かに、何らかの被害をもたらす可能性はあります。しかし効率性という観点からすれば、その被害は限定的なものになる可能性の方が高い。全ての陣地を一斉に攻撃するには、空軍基地にある航空機だけではとても足りない」
「では攻撃ヘリはどうでしょう? ヘリなら陣地が偽物か本物かの、見分けはつけやすいと思いますが…」
「実は周辺空域を多数のワイバーンが偵察飛行しているという情報も上がっています。たとえ戦闘ヘリとはいえ、ワイバーンによる奇襲を受ければ墜落は免れないかと…」
会議室は一瞬、静寂に包まれた。どの作戦も完全な解決策にはなっていない、という現実が会議室の全員に認識されたのだ。
その静寂の中で、エルドバラン国王が静かに口を開いた。
「そうだな。どれもこれも中途半端だ」
国王の言葉に、全員の視線が集中した。
「だが、我々にはうってつけの部隊がある」
国王のその言葉に、ヤコフレフ大将が即座に質問を発した。
「陛下、それはどのような部隊でしょうか?」
エルドバラン国王は、その質問に対してニヤリと笑みを浮かべた。
「なに…じゃじゃ馬な孝行娘に、花を持たせてやろうと思ってな」
国王の謎めいた言葉に、会議室内の全員が意味を考えあぐねた。
しかし、ハティリア王国軍のガルシア将軍だけが、その言葉の意味を理解したかのようにモニター越しに微かに頷いていた。
2032年11月29日 午前 オゼラ シサフィール港
一方、オゼラのシサフィール港では、劇的な変化が起きていた。
かつて、この港は漁業と交易の拠点として賑わっていた。
漁民たちは朝に漁に出かけ、異国の商品を積み込んだ船が荷を下ろし、その商品が地元の市場で販売される。
そんな穏やかで日常的な光景は、戦争が始まったこの数週間で、大きく変わってしまった。
帝国軍の攻撃によって大半の建物が損壊してしまったこの港に、ロシア軍の輸送艦が次々と接岸していた。
タピール級揚陸艦やロプーチャ級揚陸艦の甲板から、ロシア兵たちが軍需物資や武器をせっせと下ろしていた。
AK系の自動小銃が入った木箱や弾薬箱に、80mm迫撃砲やNSV重機関銃。更にはBMP-2やBTR-80などの装甲車やT-80戦車に至るまで。
それらが次々と下ろされ、シサフィール港の倉庫や駐機場に運び込まれていった。
港内には軍用トラックが行き交い、各国の水兵たちと兵士たちの声が響き渡る。
かつての商業港は今や、ロシア・アサヒノ・オゼラ連合部隊の主要な前進基地となっていたのだ。
現場指揮官のセルゲイ・ミハイロフ大佐がその光景を見守っていると、彼の横に立つオゼラ軍の司令官であるヴァルミス・エレンウィールはその規模に圧倒され、ぼそりと呟いた。
「規模が…想像していたより大きい」
ヴァルミスは長身色白のエルフで、銀色の髪を背に流している。
彼はオゼラ軍の参謀であり、今回のネレシア島奪還作戦のアドバイザー兼指揮官として、任命されていた。
「ロシア連邦は、この作戦を最優先としております」
彼の呟きにセルゲイが答えた。
「五日以内に全部隊、及び全ての装備の揚陸が完了する予定です。それまでの間、貴国の兵士の訓練も同時並行で進めていきます」
「重ね重ね、貴国の支援には大変感謝しています」
その言葉にヴァルミスは深く頭を下げた。
「もうニ度とネレシア島のような悲劇を起こさせてはならない…」
セルゲイは、そのヴァルミスの覚悟を見つめた。
「既に装備品の搬入は終えていますので、本日中に最初の訓練が開始する予定です。それで、訓練に参加するおおよその人数は如何ほどで?」
「約3,000人です。我が軍の全兵士の中から精鋭中の精鋭を選抜しました」
セルゲイは、その数字に頷いた。
「十分です。AKMは構造が単純なので、適切な訓練があれば一週間程で基本的な戦闘能力を習得できるでしょう。それこそ子供でも使える程ですから…。ですが今回は時間がありません。なので必要最低限の訓練だけを急ピッチで叩きこみます。なので訓練は相当キツイものになりますが、よろしいですね?」
「大丈夫です。今の彼らは復讐に燃えています。ちょっとやそっとではへこたれません。よろしくお願いします!」
同日 午後 オゼラ シサフィール港近隣の臨時訓練場
広大な空き地に、3,000人のエルフが集合していた。
年齢や性別はバラバラ。中には小中学生くらいの見た目の者や、女性エルフもかなりの数がいる。
彼らの多くはその長い歴史と寿命の中で、弓と剣と魔法を使って戦ってきた。
しかし、今回彼らは初めて銃器を手にすることになる。
「注目!!」
今回、訓練教官として派遣されてきたイヴァン・ペトロフ中佐が、力強い声を上げた。
彼は、2000年のチェチェン・ロシア紛争に参加した戦闘経験を持つベテランだった。
「私は諸君らの訓練を担当することになったイヴァン・ペトロフ中佐だ! これから君たちはその長い人生の中で、初めての武器を持ち、戦うことになる! それはとても強力な武器ではあるが、扱い方を誤れば、自身や戦友を傷つけることにもなる! そうならないよう、これより5日間、君たちを厳しく指導する! 心してかかる様に!!」
「「「ハッ!!」」」
エルフ達の返答が返ってきたところで、ペトロフは一丁のAKMを掲げた。
その黒く仕上げられた銃身に取り付けられた木製の銃床と被筒。オゼラのエルフたちは、その奇妙な形状に若干の戸惑いを感じていた。
「これはAKMと呼ばれる自動小銃だ。引き金を一度引くと弾が発射され、その時に発生する燃焼ガス圧によってボルトが後退し、自動的に次の弾が装填される。つまり連続で敵に弾を撃ち込むことが可能だ。帝国軍が使用しているマスケットライフルなんかよりはるかに高性能だ」
彼の説明にエルフ達は、感嘆の声を漏らす。
「構造はシンプルで、信頼性も高い。我が国がこの世界に転移する前の世界では、紛争地帯において子どもでさえ、わずかな訓練で使いこなすことができた」
エルフたちはその言葉に、奇妙な感情を抱いた。子どもですら扱えるという事実は、同時にこの銃の危険性をも示唆していた。
「ではこれより、諸君らにこれらの装備品を支給する!! 装備の装着が完了次第、分解と組立の訓練から始める!!」
ペトロフの後ろで待機していたロシア兵達から、一人一人に装備品が手渡され、エルフ達は急いで服を脱いで戦闘服に袖を通した。
一応仕切りも用意してあったのだが、もはや今の彼らに羞恥心など気にしている余裕は無いのだろう。全員が人目も気にせずその場で着替え始める。
ヴァルミスの言っていた精鋭という言葉は、あながち間違いではなかったようだ。とその場の光景を見ていたセルゲイはそう思った。
ロシア兵たちの指導の元、マルチカムの戦闘服の上からM69歩兵装具のサスペンダーやマガジンポーチを慣れない手つきで装着し、SSh-68ヘルメットを被っていく。そしてエルフの兵士達一人一人にAKMが支給されていく。
その光景はエルフの歴史の転換点として、これから先を永く生きていく彼らの記憶に深く刻まれることになった。
同日 午後6時00分 ネレシア島 帝国軍司令部
グロスマン中将は、砦の自室の中でオゼラ全域の地図を見つめていた。だが地図を見る彼の目は虚ろで、生気が無かった。
地図には幾つものバツ印と失敗の記録が記されていた。
アサヒノ国軍による救援によってペルデア大森林の突破に失敗し、シサフィール港では部隊は包囲され敗北。
満を持して投入された約2,000騎ものワイバーン空挺部隊は、その内の約200騎を失うという大損害を被った。
更には島に不時着したロシア軍の
全てが失敗に終わり、オゼラを落とすどころか甚大な被害を出してしまった。
グロスマンは拳を握りしめ、額に青筋を浮かべた。
「…くそっ」
彼の額には幾つもの冷や汗が浮かんでおり、いつも汗をかいている彼の顔がより一層濡れてテカテカと光っている。
そこに副官のフランツ大尉が、恐る恐る声をかけた。
「中将閣下…次に敵が狙うとしたら…」
「あぁ…間違いなくここだ」
グロスマンの視線は、地図上のネレシア島へと移った。
「エルフの奴らは、必ずこの島を奪い返しに来る…」
グロスマンがそう言うと、彼はおもむろに立ち上がった。
「…私は、ペレンゾ半島に戻る」
「え?」
その言葉に、フランツは一瞬言葉が出なかった。
「ベルンハルト殿下に、現状を報告しにいく。お前も来い。それとついでに、そこのエルフたちも連れて行く」
「あそこのエルフを…ですか?」
「そうだ。私のお気に入りだ」
グロスマンが指差した方向には、2人の若いエルフ女性が、首枷をつけられて床に座っていた。
美しい顔立ちだが、その目には恐怖と絶望が宿っている。
「分かったらさっさと準備をしろ。明日に出発する」
「はい…」
正直言ってそんな命令は聞きたくなかったが、彼の命令にフランツはただ頭を下げるしかできなかった。
2032年11月30日 正午 ネレシア島 リグロイ港
ヘルマン提督はグロスマンに魔伝で急遽呼び出され、その日の朝早くに船で迎えにリグロイ港へと向かった。
港には既にグロスマンと副官のフランツの姿があった。そしてフランツの手には鎖が握られており、その先には2人のエルフが繋がれている。
ヘルマンは到着早々、疑問の表情でグロスマンを見た。
「中将殿、これは一体…?」
その疑問に対し、グロスマンは随分と偉そうな態度で答えた。
「いいか、ヘルマン提督。私はこれからペレンゾ半島に戻る。ベルンハルト殿下に現状の報告をしてくる」
「は、はぁ…しかし――」
「そして、そのまま半島にいる攻撃部隊の指揮を執ることになった」
グロスマンは未だ疑問の解消されていないヘルマンの方へと近づくと、ポンポンと肩を叩いた。
「これよりネレシア島の部隊指揮は、貴様に任せる」
「…え?」
「分かったな? 貴様は現場の最高指揮官としてここに残れ。いいな?」
「…了解しました」
ヘルマンは困惑するものの、すぐに彼の行動の意図に気がつき、諦めの表情を浮かべながら了承した。
グロスマンはそう言うと、早速船にその巨体を揺らしながら乗船した。
その後にフランツとエルフたちが続く。
ジャラジャラと鎖の揺れる音が虚しく、彼の耳に届いた。
そうして船は静かに港を離れ、やがて小さく遠ざかっていく。
ヘルマンはその船を見送り、そして小さく呟いた。
「…逃げやがったな、あの豚野郎…」