2032年12月1日 午前3時 ペレンゾ半島 国境線近隣
開戦から早くも半月が経ち、12月に替わってまもなく。
森の中を静かに進む騎馬隊の姿がそこにあった。彼らはハティリア王国陸軍の第一騎兵団に所属している精鋭の騎士たちである。
VSR-98戦闘服の上から黒い甲冑と兜を被り、その上からM69装具を装着。
AKMSを肩からスリングで下げており、手には長い柄のハルバードを携えている。
馬には
そんな彼らの先頭にはローゼリア王女が、その優美な顔に厳しい表情を浮かべながら静かに馬を進めていた。
彼女の隣には副官のガルシア将軍が、王女と後ろの部下たちの動向を常に意識しながら、馬を並進させている。
草木も眠る静まり返った時間帯は、彼らが敵に見つかるリスクを最小化するのには最適な時間帯だった。
その薄暗さの中で騎士たちは決して味方を見失って離れることはなく、尚且つその存在をできるだけ消すよう慎重に進軍を続けていた。
馬の嘶きもできるだけ抑え、兵士たちは無駄話もせずに、全ての動作が極力静粛を保つように統制されていた。
彼らは先日、敵陣地への奇襲という任務を、国王陛下から直々に承っていた。
この作戦の成功は潜入と奇襲性にかかっている。敵に一切発見されずに接近し、相手の準備が整っていないうちから叩く。
その条件が満たされない場合、彼らの損失は著しく増加することになるだろう。
航空支援も無ければ、機甲戦力による火力支援も無い。
ローゼリアは、その現実を十分に認識していた。その現実が、彼女の心に複雑な感情をもたらしていた。
初陣であることへの興奮。作戦の成否への緊張。味方の損耗を抑えられるかどうかの不安。
それらの感情が彼女の心の中で大きく、そして激しく渦巻いていた。
彼女の表情は、そんな複雑な感情を反映して次第に険しくなっていく。
呼吸は次第に大きく荒くなり、12月の寒い時期であるにもかかわらず、大粒の汗が額から頬へと流れ落ちていく。
そんな彼女の様子をガルシア将軍は即座に読み取り、馬を王女に少し寄せて、静かで落ち着いた声でもって語りかけた。
「殿下、落ち着いてください。深呼吸です」
「…そうだな、すまない。少し緊張していた」
「いえ、誰しも最初はそうなります…ご安心ください」
「あぁ…すまない、将軍」
ローゼリアはガルシアの言葉に応じ、深い呼吸を行った。鼻からゆっくりと空気を吸い込み、そしてゆっくりと口から吐き出した。
彼女の動惑していた心は、次第に静寂を取り戻し始め、徐々に収まっていく。表情はわずかに柔らかくなり、その直後、引き締まったものへと変わる。
彼はその姿を確認して、安心したかのように頷いた。
「殿下のご判断に騎兵団一同、心から信頼しております。必ずや上手くいきます」
彼のそのの言葉に応じて、彼女もわずかに頷いた。
「ありがとう、将軍」
ローゼリアと騎兵団は、更に森の中を進み続けた。
やがて彼らは、帝国軍の野営陣地を発見した。森の端から帝国軍の陣地を観察すると、テントが数十張、整然と並べられているのが見える。
遠目で見る限りでは、かがり火や見張りの兵士らしき人影も確認できる。
だが、何かがおかしい…そう感じたローゼリアは双眼鏡を覗きこんで、更によく観察した。
テントやその周辺に人の気配が感じられず、また見張りの兵士も身じろぎ一つしていない。
彼女は即座に、それが偽陣地の可能性が高いと判断した。
「ガルシア将軍、あの陣地はどう見える」
「ダミーの可能性が高いと私は判断します。あそこに見える見張りも、恐らくは人形か何かでしょう。殿下、ここは素通りするほうがよろしいかと…」
「そうだな、私も同じことを思っていた。この陣地は無視して、前進を再開しよう」
そう言って彼女は、小さく口笛を吹き、手信号で騎士たちに指示を出した。
それ以降も同様の偽陣地が立て続けに現れたが、彼女たちはその都度冷静に迂回し、前進を続けた。
それらの確認作業をしている間にも時間は経過していき、時刻はついに4時を超えた。
東の空が薄っすらと明るくなり始めたその時、彼らの前に大規模な野営陣地が現れた。
その陣地の規模は、これまで発見した陣地とは比較にならないほど大きく、そして大勢の人の気配があった。
テントの数は数百張以上あり、その周辺には馬や荷物を積んだ荷馬車も配置されている。
彼らはようやく本物の帝国軍陣地を見つけたのだ。
ローゼリアはその巨大な陣地を見つめながら、緊張感から来る焦りをグッと抑え込むと、彼女はその静寂の中で行動を開始した。
「戦闘準備」
その指示が騎兵団全体に伝わると、騎士たちはAKMSの安全装置を解除してフルオートに切り替える。
また一部の騎士たちが馬から降り、馬の横に取り付けていた長い木箱を一つずつ下ろし始め、慎重に近くの木の根元に下ろしてから上に布を被せる。
そして、その木箱の位置を示すために木の枝に目印のテープを巻き付けると、次の段階へと移った。
「魔導士よ、準備はいいか?」
「はい、いつでも」
彼女の言葉に反応するかのように、騎兵団の中から二人の魔導騎士が出てくる。
高位の魔導士であることを示す、専用の紅いローブを装備の上から羽織っていた。
「私の合図でお前たちは詠唱を開始せよ。霧を発生させた後、ギリギリまで接近。その後、一気に突撃を開始し、敵陣地を壊滅させる。…今宵の戦いは、わがハティリア王国の歴史に刻まれる重要な戦いだと心得よ。皆の者、用意は良いか!?」
彼女のその言葉に、騎士団全員が静かに頷いた。
「作戦開始!!」
その号令と同時に、魔導士二人が両手を顔の前で組み、まるで神への祈りのような姿勢で魔法の詠唱を開始する。
「O Sancte Spiritus Aquae, qui terram nutris, exaudi vocem meam. Praebe mihi vires tuas.」
「Ventus purus, nunc tempus est spiritum tuum ad terram adferre.」
やがて彼らの周辺に、幾つもの水球が浮かび上がり、それらは霧散して周囲に濃度の濃い霧が広がっていく。
そして周辺の空気が動き始め、生み出された霧を敵陣地の方向に向けて拡散させ始めた。
霧は少しずつ広がっていき、森を抜けだして敵陣地をゆっくりと包み込んでいった。
陣地にいる帝国軍の兵士たちは、自分たちのすぐ近くに虎視眈々とその命を狙っている者たちがいることに一切気がついていなかった。
同日 午前4時半 ペレンゾ半島 帝国軍野営陣地
「ふわぁ~ぁ…あぁ、さみぃ…」
一人の帝国兵が、あくびをしながらテントの中からのそのそと這い出てきた。彼は気だるそうに体を伸ばしながら首や腰の骨を2~3回程ポキポキと鳴らすと、テントの近くに置かれた木製の桶に手を伸ばし、中の水を飲もうとする。
だがその時…
「ん…?」
兵士が何かに気づいた。よく見ると、桶の中の水が小さく揺れていたのだ。
それと同時に、遠くから地鳴りのような音が微かに聞こえてきた。何かが大量に、そして高速で移動してくるような音。
その音に気付いた他の兵士たちも、なんだなんだとテントの中からゾロゾロと出て辺りを見渡す。だが陣地の周囲はいつの間にか発生した霧に包まれており、遠くの様子を窺うことができない。
やがてその音と振動は次第に大きくなり、兵士たちが不安に感じ始めたその時…霧の中から軍馬に乗った大勢の騎士たちが、突如として姿を現した。
「突撃ぃぃぃぃぃ!!」
「王国の為にぃぃぃぃぃ!!」
騎兵団の雄叫びが、陣地全体に轟く。
まるで巨大な津波の様に押し寄せる軍馬の群れの出現に、帝国軍の兵士たちはパニックに陥った。
「て…敵だ! 敵襲!!」
「逃げろぉ!!」
「あいつら一体どこから現れた!?」
こちらに向かってくる軍馬を見て恐怖に駆られた殆どの兵士は一目散に逃げ始め、逆に戦おうとした者たちは各自に武器を取って反撃しようとするものの、その準備が整う前に騎兵団のハルバードとAKMSが彼らに襲いかかった。
とある兵士は長いハルバードに腹を突き刺され、別の兵士はAKMSの7.62mm弾によって頭や胸を撃ち抜かれて倒れた。
またある兵士はテントから出る間もなく、数頭の馬にテントごと踏み潰された。完全装備の騎士を乗せた馬の総重量は500キロを超える。そんな巨体が勢いよく人体の上を通れば、骨は粉々に砕けて内臓はぐしゃぐしゃに踏み潰されるのは当然と言えた。踏み潰された兵士の姿は、もはや人としての形を保ってはいなかった。
陣地の各地で帝国兵たちの悲鳴と、軍馬の蹄音が響き渡った。
ローゼリアも巧みに愛馬を操りながら、馬上で自身の剣を振るった。振るわれた剣は逃げ惑う帝国兵の背中を切り裂き、その兵士は血を噴き出しながら倒れた。
突然の奇襲に、帝国軍は組織的な抵抗をする余裕などなかった。指揮系統は混乱し、恐怖に駆られた兵士達はバラバラに逃げ惑っていた。
その時、混乱する帝国軍の中から一人の男――ロドリゴ・デ・カスティーリャ大将が、馬上で立ち上がった。彼はこの陣地の中で最も腕の立つ武将であり、兵士たちの精神的支柱とも言える存在であった。
彼の目には戦意の炎が轟々と燃え盛り、動揺する兵士たちの士気を取り戻させるために、騎兵団に向かって大声で叫んだ。
「聞け! 我が名はロドリゴ・デ・カスティーリャ大将!! 勇敢なるハティリア王国の騎兵たちよ! 我が一騎打ちに応じよ。もし汝らがこの申し出に応じ、我が勝利すれば直ちにここから立ち去れ! 逆に我が負ければ、直ちに撤退することを誓おう。汝らの勇気と武の実力を見せてみよ!!」
声は戦場全体に響き渡り、その大将の申し出を聞いたローゼリア王女は一瞬、返答を返そうと彼の方へと向き直った。
だがその瞬間、彼女は思いとどまった。かつて訓練で教えられたことを思い返し、そして幾つもの思考が同時に浮かび上がった。
ロドリゴ大将の見た目は40代程の初老でありながら筋骨隆々の巨漢で、巨大な矛を片手で軽々と持っている。そうなると必然的に筋力・反射神経・動体視力・戦闘の経験値など、どれもこれもが彼女より上であることは間違いない。
数メートルの長さを有した矛。その先端は鋭く研ぎ澄まされており、彼から発せられる歴戦の武人としての風格が、周囲の空気をピリピリと肌を刺すような緊張感で満たしていく。対峙する騎兵たちが思わず彼から距離を取り、息を呑むのが分かった。
それら全てを考慮した結果、一騎打ちは戦術的に無意味だと判断した彼女は、握っていた剣をスムーズに鞘に納めると、肩から下げていたAKMSに持ち替えた。
折りたたんでいたストックを展開し、セレクターをセミオートに切り替えると、彼に照準を定めた。
ロドリゴ大将は最初、彼女が何をしようとしているのか理解できていなかったが、程なくして銃を構えているということに気づいた。
彼は一騎打ちに応じない彼女の態度に怒りを覚え、怒号を発した。
「卑怯者め!! 一騎打ちを申し込んだではないか!!」
大将は叫ぶと同時に巧みな手綱さばきで馬を駆けさせた。狙いはもちろんローゼリアただ一人。
しかし、彼がローゼリアの元に到達するよりも前に彼女は落ち着いて狙いをつけ、そしてAKのトリガーを引いた。
撃鉄が7.62mm弾の雷管を叩き、そこから発生した火花が中の発射薬に着火。薬莢内で起きた爆発が弾頭を高速で押し飛ばす。
銃声が辺りに響き渡り、高速で飛翔する弾丸は、その大将の左胸に命中。重厚なプレートアーマーを易々と貫通し、彼の心臓に穴を開けた。
大将の身体は着弾の衝撃によって後ろに仰け反り、落馬した。
彼はその銃弾による痛みと驚きの中、ローゼリアをジッと見つめながら掠れた声で吐き捨てるように呟いた。
「腰抜け…共め…」
その言葉を最後に彼は力尽き、その死を見た帝国軍の兵士たちは絶望に陥った。
彼らの最も信頼できる指揮官が、あっけなく倒されたのだ。
「そ、そんな…」
「ロドリゴ大将が…やられた…」
「み、みんな逃げろぉ!!」
彼らは一目散に陣地を放棄して撤退。逃げ延びることだけを唯一の目的とした。
その逃げる帝国兵たちに対して、第一騎兵団は容赦なく追撃を開始しようとするが、その時、上空から新しい脅威が現れた。
上空警戒に当たっていたワイバーンの偵察隊が、陣地の騒ぎを見て急行してきたのだ。
その翼の羽音と鳴き声が、上空で鳴り響いている。
ローゼリアは上空のワイバーンの群れを一瞬だけ見ると、ガルシア将軍に向かって簡潔に指示を出した。
「将軍! 手筈通りに」
「了解しました! 全員、直ちに森の中に戻れ!!」
その指示を聞いたガルシア将軍は、部隊に向かって声を上げた。その声を聞いた騎兵たちは、すぐさま踵を返し敵陣地から撤退。森の方へと戻っていった。
一方で竜騎兵の指揮官は騎兵団が森の方に逃げるのを見て、即座に命令を下した。
「連中は森に逃げ込むつもりだ! 森ごと焼き払うぞ!!」
他の竜騎兵たちはその命令を聞くと、一斉に降下を開始。ワイバーンが口を開け、火炎の発射準備を整える。
そして十数騎のワイバーンが森の上空に到達し、口から業火を森に向けて放ち始めようとした、その時…
バシュンッ!!
森の中から複数の白い軌跡が上空に向かって放たれ、ワイバーンに向かって真っすぐ飛んでいった。
その正体は、先ほど森の中に隠した木箱の中に入っていたもの――ロシア製の
騎士たちは木箱からイグラを取り出し、照準器を展開。ワイバーンに狙いをつけると、ロックオン完了のビープ音が森の中で小さく鳴り響く。
その音を合図に騎士たちがトリガーを引く。すると"ポシュッ!!"という音を立てて発射機から放たれたミサイルは、ブースターに点火して凄まじい勢いで加速し、白い煙を軌跡として残しながらぐんぐんと上昇していく。
上空の竜騎兵たちは、その光景を見て驚愕する。
「な、何だ!! あの鉄の矢は!?」
「回避しろ!! 上昇だ、上昇するんだ!!」
竜騎兵の指揮官が回避命令を下し、部下たちのワイバーンは急上昇で回避を試みる。
その動きは素早く、日々の訓練の成果がしっかりと表れていた。
しかしミサイルの運動性能と速度は、そんな彼らの回避速度を遥かに上回っていた。
最初の一発がワイバーンに直撃し、乗っていた竜騎兵もろとも爆発四散。バラバラになった亡骸が地面に落下していく。
他のワイバーンが右に左に体をひねらせて回避しようとするものの、そんな小さな抵抗を嘲笑うかのようにミサイルは寸分違わず着弾。ワイバーンと竜騎兵を肉と骨の塊に変えていく。
指揮官は左に向かって急旋回するが、ミサイルは影のように彼に追従してくる。
距離はぐんぐんと縮まり、彼は不可逃の死を認識した。
「こんな…こんな馬鹿げたことが――!!」
その声を最期に、ミサイルは着弾。指揮官も先に逝った部下たちの後を追った。
同日 午前6時 ペレンゾ半島 帝国軍野営陣地近くの森
上空を飛んでいたワイバーンの大部分が撃墜され、かろうじて生き残った2、3頭も急ぎ足で引き返していく。その光景を見つめるローゼリアの顔には、確かな満足感と安堵の色が浮かんでいた。
だが、どこか釈然としない微かな影が、一瞬だけ彼女の瞳をよぎる。周囲で歓声をあげる部下たちや、歩み寄ってくるガルシア将軍には、その複雑な胸中までは気づかれていない。
「殿下! 初陣、お見事です!! 敵の野営陣地は壊滅し、兵の多くは戦死、あるいは逃亡しました。懸念されていた敵のワイバーン偵察隊をも見事に撃退し、これ以上ない戦果です」
報告を受けた彼女は、深く頷いて見せた。
「うむ! 皆の者、よくやってくれた。この勢いで帝国軍をペレンゾから追い出し、必ずや勝利を掴み取るぞ!! ハティリア王国、万歳!!」
「「「ハティリア王国、万歳!! 王女殿下、万歳!!」」」
上がる歓声を背に受けながら、彼女はわずかに微笑む。
それでもなお、胸の奥底には、形容しがたいわだかまりがくすぶり続けていた。
先ほど、彼女は帝国軍の大将との一騎打ちを退けた。
これがロシアとの交流が始まる前のことであったなら、英雄願望のある彼女は嬉々として応じていたはずだ。――己の身のほども知らずに。
だからこそ、自分の下した判断は戦術的に見て正しい。正しいのだが……。
彼が散り際に浮かべた、怒りとも悲しみともつかない眼差しが、脳裏から離れない。
(すまない、ロドリゴ大将。そなたの勇気ある行動に対し、私は武人としての報いを与えなかった。だから、私を呪うがいい。それでも私は、どんな手を使ってでも生き残らなければならないのだ……)
ロドリゴへ心の中で詫びると、ローゼリアは次なる陣地へ向けて馬を走らせた。