法と秩序の新しい姿 ――警察制度の導入
ハティリア王国の治安維持は、これまで以下の仕組みで行われていた。
首都フォルドンには「首都守備隊」がある。王室の直下に置かれた軍事組織で、首都の防衛と治安の維持を同時に担っていた。その人数は数百名程度で、主な任務は「首都の外部からの脅威への対応」と「重大な犯罪の捜査」だった。
一方、各地方には「自警団」があった。地方の領主や商人組合が組織した民間の組織で、盗賊や小規模な犯罪への対応を行っていた。しかしその制度はまだ組織的ではなく、人材の質や訓練も不均等だった。
「現在の治安維持には、いくつかの問題がある」
首相エリックは、ロシア側の外交顧問たちに説明した。
「首都守備隊は、あくまで軍事組織であり、「犯罪の捜査」という業務には、訓練や組織構造が適していない。自警団は、地方によって質が大きく異なる」
「つまり…現代的な「警察」が必要だと」
「その通りです」
2030年10月〜12月 ハティリア王国
ロシア側の提案により、ハティリア王国に「警察」という組織が導入された。
「警察」とは国家が組織し、法律に基づいて治安維持と犯罪の捜査を行う、独立した組織だ。首都守備隊のような軍事組織ではなく、あくまで「法の執行」を主とする。
警察制度の導入には、まず「法律の整備」が必要だった。ハティリア王国には、既に国の法律が存在していたが、それらは「王の命令」や「慣習」に基づくものが多かった。「法に基づいて」行動するためには、その「法」そのものを明確にする必要がある。
「国王殿下は、「国の法」を明確にすることに賛意をお示しになっていただきました」
王国側の法務顧問が、同僚たちに説明した。
「これは、警察制度の導入の前提となる」
法律の整備には時間がかかった。しかしその間に、警察組織の構成と訓練も進めていった。
最初の警察の人員は、首都守備隊や自警団の中から「適性がある」と判断された者が選ばれた。彼らにロシア側の訓練官たちが、「警察としての仕事」を教えた。
「警察の仕事は、「犯罪を防ぐ」と「犯罪を捜査する」だ」
ロシア側の訓練官が、新しい警察官候補たちに説明した。
「軍隊のように、「敵を倒す」のではない。「法を守る」ことが、警察の本質だ」
「法を守る…」
「そうだ。そのためにはまず、自分たちが「法」を深く理解する必要がある」
訓練には数ヶ月間かかり、最初の「警察」が、フォルドン市内に配置された。
「警察の配置には、住民たちの理解も必要だ」
首相エリックは、警察制度の導入を発表した際に、住民たちに丁寧に説明した。
「これは、「新しい軍隊」ではない。「住民を守る」ための組織だ」
「つまり…私たちの日常の安全を…」
「はい。日常の安全を守るためのものです」
住民たちの反応は、最初は「不思議」や「不安」だった。しかし、警察の活動が続くにつれて——夜の巡回、犯罪の捜査、紛争の調停——「自分たちの安全を守る存在」という認識が、徐々に定着していった。
「あの警察の人が、昨日の泥棒の事件を解決してくれた」
「夜も巡回してくれるので、安心できる」
そのような声が、フォルドン市内に増えていった。
異世界大陸横断鉄道計画
2030年11月 フォルドン王城 国際会議場
キトグア大陸同盟の成立から数日後、別の重要な議題が取り上げられた。「大陸横断鉄道路線の敷設計画」だ。
鉄道はロシア側が最も早期に検討した「陸上輸送インフラ」の一つだった。キトグア大陸は各国が複数の方向に隣接しており、その間の物資や人の移動には「鉄道」が最も効率的と判断された。
この協議には、ハティリア王国、アサヒノ国、アルメーン獣人連邦、ウィンザリア侯国、そしてロシア連邦の五国が参加した。
「鉄道とは」と、アサヒノ国の使節が尋ねた。
「鉄の軌道の上を走る、大量の物資や人を運ぶ輸送手段だ」
ロシア側の交通インフラ顧問、ニコライ・セルギエンコが説明した。
「列車と呼ばれる車両が、エンジンの力で軌道の上を走る。その速度は、馬の数十倍を超える」
「馬の数十倍…」
アルメーン獣人連邦の使節が、その言葉に驚いた。
「そのような輸送が…実現するのですか」
「はい。ただし、その建設には時間と規模が必要です」
セルギエンコは続けた。
「まず、各国の間の地理的な調査が必要です。山岳地帯や河川を通る路線の設計には、測量と地質調査に時間がかかります。さらに、各国の領土を通る路線には、各国の同意と協力が必要です」
「つまりこれは、各国が協力しなければ実現できない計画だと」
ハティリア王国の首相エリックが、まとめた。
「その通りです」
「そのような規模の協力は…大陸の歴史にも前例がないではないか」
「だからこそ」
ロシア側の交渉官ヴォルコフが、静かに言った。
「同盟の意味があるのではないでしょうか」
その言葉に、会議場の空気が少し和らいだ。
協議は、その日で結論には至らなかった。しかし「大陸横断鉄道」という構想が各国の政府の議題に入った事実は、その後の大陸の発展に大きな影響を与えていくことになる。
測量と調査の準備は、その後の数ヶ月で開始された。本格的な建設の開始にはさらに長い時間がかかることが予想されるが、その計画そのものはキトグア大陸の「共通の未来」としての意義を持っていた。
灯る夜 ――王国内で初めて電気とガスが灯る
2030年11月下旬 フォルドン市内
インフラ設備の敷設が進む中で、フォルドン市内の中央地区への電気とガスの供給が、初めて開始された日が来た。
その日は、フォルドン市の住民たちにとって、後に「灯る夜」と呼ばれることになる夜だった。
王城のある中央通りの両側には、屋外の「電灯」が設置されていた。電気に基づく光源で、夜になると自動で点灯する仕組みだった。
夕方になると、住民たちは中央通りに集まった。噂がある。「今夜、電気とガスが、住民の家の中に入る」という噂だ。
その噂は事実だった。
中央地区の一部の住民たちの家には、電気線とガス管が既に敷設されていた。そして、その日の夕方、ロシア側の技術者たちが、各家の「開栓」を行った。
「では、始めますよ」
技術者がスイッチを操作した。
その瞬間——
家の中に、明るい白い光が灯った。
「…!」
その家の主人——40代の男性——は、声を出せなかった。
以前までは夜になると家の中に入る光は、蝋燭や油ランプの光だけだった。その光は暗いのは当然で、煙も出る。明るさも限られた。
しかし今、白い光が天井から静かに明るく照らしている。煙もなければ揺れもない。
「これは…」
妻がその光を見上げ、両手で口を覆った。
「太陽のような光が…夜に…」
隣の家では、同様の光景が繰り返された。住民たちはその光に驚き、喜び、感嘆した。
「今夜、電気の光が中央地区に入った」という報道はフォルドン全体に、そして王国各地に伝わった。
「電気が…夜に光る…」
他の地区の住民たちも、中央地区に向かい、その光を見に来た。
「本当だ…夜なのに明るい…!」
「あれは魔法じゃないのか…」
「ロシアの人たちは、あれを「電気」と言っている」
「電気で夜も明るくなるのか…」
同時に、ガスの供給も開始された。家の中に「ガス管」が引かれた住民たちは、ガスコンロで調理を試した。
「火が…すぐに出る…!」
「薪に火を起こす手間がない!」
以前までは調理には薪や炭を使った。点火には時間がかかり、火の調整も難しかった。しかしガスコンロは、レバーを回すだけで火が出る。そしてその火の大きさも、簡単に調整できる。
「これが…便利という言葉の意味か…」
住民たちはその便利さに、驚きと感謝を混ぜた表情を浮かべた。
「電気とガス」の導入はその後も段階的に、中央地区から外側の地区へと広がっていった。その速度は、インフラ設備の敷設の進捗に合わせて、数ヶ月ごとに大きな変化を見せていった。