ロシア連邦、異世界にて飛躍する   作:兎の助

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第一話:ファーストコンタクト

2030年5月17日 午前10時30分 ハティリア王国フォルドン王城 大広間

 

「陛下!緊急事態です!」

 

エルドバラン国王が朝食を取っていた食堂に、海軍大臣ロベルト・アルトワーズ侯爵が血相を変えて駆け込んできた。普段は冷静沈着な彼が、このように取り乱すのは極めて異例のことだった。

 

「ロベルト、落ち着け。何があった」

 

国王はナプキンで口を拭い、落ち着いた声で尋ねた。

 

「東方に出現した陸地から…巨大な鋼鉄の船が我が領海に侵入してきました!」

 

「何だと!?」

 

国王は立ち上がった。朝食のテーブルからは、王妃と娘のローゼリア王女、息子のフレデリック王子も不安そうな表情で見つめていた。

 

「大きさは…我が国最大の戦列艦『バルトローク号』の3倍以上!そして、帆も櫂もないのに、信じられない速度で航行しています!」

 

「魔導船か?」

 

この世界には、マナストーンの力で動く魔導船が存在した。しかし、それでも速度には限界があった。

 

「いえ、我が国の魔導師たちが調べましたが、魔素の反応は感知されていません!しかし、明らかに我々の技術を超越しています!煙を吐き、波を切り裂き、まるで生き物のように海を進んでいます!」

 

国王は即座に決断した。30年の統治経験が、彼に正しい判断をさせた。

 

「全閣僚を会議室に招集せよ。それと…」

 

彼は少し考えてから続けた。

 

「その船を攻撃してはならん。まずは交信を試みよ。もし彼らが敵対的でないならば、無用な戦争は避けねばならん。我が国には今、帝国との緊張に加えて新たな戦線を開く余裕はない」

 

「畏まりました!」

 

 

同時刻 黒海艦隊フリゲート艦「アドミラル・グリゴロヴィチ」艦橋

 

「艦長、前方に木造帆船を確認。距離12キロメートル」

 

レーダー管制官が報告した。

 

「了解。減速し、安全な距離を保て。絶対に威嚇と取られるような行動をするな」

 

アドミラル・グリゴロヴィチの艦長、イーゴリ・クズネツォフ大佐は双眼鏡で帆船を観察した。

48歳のベテラン艦長である彼は、これまで地中海、黒海、そして北極海で任務を遂行してきた。しかし、今回の任務は、これまでのどの任務とも異なっていた。

 

それは明らかに現代の船ではなかった。18世紀のガレオン船を思わせる巨大な木造帆船で、船体には精巧な彫刻が施され、複数の旗が翻っている。推定全長60メートル以上。三本のマストには、帆がいっぱいに張られている。甲板には、多数の人影が見える。

 

「艦長、相手が信号旗を掲げています」

 

「読めるか?」

 

「いえ…見たことのない信号体系です。国際信号旗とも、海軍旗とも異なります」

 

「モスクワからの命令通りに行動するぞ。威嚇してはならん。我々も国際信号旗を掲げろ。『友好的接触を希望する』を」

 

「了解!」

 

通信士が、信号旗を掲げた。しかし、相手がそれを理解できる保証はなかった。

 

「距離を8キロメートルまで詰める。ゆっくりとだ」

 

「了解!」

 

フリゲート艦は、慎重に帆船に近づいていった。

 

 

ハティリア王国 偵察艦「シーホーク号」甲板

 

「艦長!あの船が近づいてきます!」

 

見張りが叫んだ。

 

「速度は?」

 

「我々の3倍以上!しかも、風向きに関係なく、まっすぐこちらに!」

 

艦長のマーカス・ウェーバー大佐は、双眼鏡で相手の船を観察した。

その船体は、彼が見たことのないものだった。鉄…いや、鋼鉄でできているようだ。表面は滑らかで、継ぎ目もほとんど見えない。どうやって造ったのか、想像もつかない。

そして、何より奇妙なのは、帆がないことだった。煙突のようなものから煙が出ているが、それが推進力と関係しているのだろうか?

 

「あの旗は何だ?」

 

艦首に掲げられた旗——白、青、赤の三色旗——は、見たことのないものだった。

 

「分かりません。どの国の旗でもありません」

 

「未知の国家…か」

 

マーカスは決断した。

 

「白旗を掲げろ!戦う意思がないことを示せ!」

 

「はっ!」

 

船員たちが、慌てて白旗を掲げた。

数分後、鋼鉄の船が停止した。距離約2キロメートル。十分に安全な距離だ。

そして、相手の船からも、何かの旗が掲げられた。カラフルな旗が、風になびいている。

 

「あれは…?」

 

「分かりません。しかし、攻撃してくる様子はありません」

 

「よし。こちらからボートを出せ。そして、王国の使者として接触を試みる」

 

「艦長自ら行かれるので?」

 

「ああ。これは、歴史的な瞬間になるかもしれん」

 

 

30分後 両艦の中間地点

 

ハティリア王国の小型ボートと、ロシアのリブ(高速ボート)が、海上で並んだ。

双方の代表が、互いに向き合った。

 

ハティリア側:マーカス・ウェーバー大佐、魔法使い(通訳兼任)、護衛兵士2名

 

ロシア側:副長のミハイル・ソコロフ中佐、通訳、護衛兵2名

 

「私は、ハティリア王国海軍、偵察艦シーホーク号艦長、マーカス・ウェーバー大佐である」

 

マーカスが、厳かに名乗った。

 

ロシア側の通訳——AIを搭載した最新の翻訳デバイス——が、その音声をリアルタイムで解析し始めた。文法構造、音韻、語彙...全てをデータベースと照合し、パターンを見つけ出していく。

数秒後、デバイスが不完全ながらも翻訳を出力した。

 

「…ハティリア…王国…海軍…艦長…」

 

ロシア側も驚いた。まさか、言語が通じる——いや、翻訳できる——とは。

ミハイル中佐がゆっくりと、明確に発音しながら答えた。

 

「私は…ロシア連邦…海軍…副長…ミハイル・ソコロフ…中佐」

 

デバイスが、それをハティリア語に変換する。

マーカスの目が見開かれた。

 

「貴殿らの…その箱は…何だ?言葉を…翻訳しているのか?」

 

「その通り…です」

 

「魔法か?」

 

「いいえ…科学…です」

 

「科学…?」

 

ここから、両者の間で、ぎこちないながらも歴史的な対話が始まった。

単語を確認し合い、文法を推測し、徐々に理解を深めていく。AIの助けを借りながら、両者は基本的な意思疎通ができるようになっていった。

そして、最も重要な質問が投げかけられた。

 

「我々は…あなた方に…敵意は…ない。平和を…望む」

 

ミハイルが、真剣な目でマーカスを見つめた。 マーカスは、しばらく黙って相手を観察した。

この男の目には、嘘がない。そして、この巨大な鋼鉄の船を持つ国が、もし戦争を望むなら、こんな丁寧な接触は不要だろう。

 

「我々も平和を望む。我が王国へ…来るか?」

 

「はい」

 

こうして、両者は合意に達した。

 

そして、ロシア艦隊は、ハティリア王国のフォルドン港へと案内されることとなった。

 

 

2030年5月18日 午後2時15分 ハティリア王国フォルドン港

 

フォルドン港は、ハティリア王国最大の軍港であり、商業港でもあった。人口30万を超える港湾都市の港に、今、前代未聞の"訪問者"が姿を現そうとしていた。

 

港には既に数千人の民衆が集まっていた。噂は街中に広がり、「東の海から鋼鉄の巨船が来る」という話は、好奇心と恐怖を同時に掻き立てた。

 

露店商人たちは、この機会に商売をしようと屋台を出し、子供たちは興奮して走り回り、老人たちは不安そうに空を見上げていた。

 

そして、水平線の彼方から、その姿が現れた。

 

「あれだ!」

 

「見えた!」

 

まず見えたのは、艦橋の構造物だった。そして、徐々に船体全体が姿を現した。

 

「なんて...大きさだ...」

 

「まるで動く要塞じゃないか」

 

「あの灰色の船体...鋼鉄か?」

 

民衆の間にどよめきが広がる。

全長135メートル。灰色に塗装された鋼鉄の船体。排水量約5,000トン。艦首には赤い星のエンブレム。そして艦橋には三色旗——白、青、赤の旗が翻っている。

 

フリゲート艦「アドミラル・グリゴロヴィチ」は、ゆっくりと港に接近した。その姿は、この世界の人々にとって、まさに異世界の産物だった。

岸壁には、王国の高官たちが居並んでいた。中央には国王エルドバランの姿もある。その隣には、首相、外務大臣、国防大臣、そして魔法大臣。王国の中枢が、全員集結していた。

 

緊張が高まる中、艦が停泊位置に着いた。

そして、タラップが降ろされた。 そこから降りてきたのは——

 

「人間…だと?」

 

国王は思わず呟いた。

降りてきたのは、明らかに人間だった。この世界の人間と、外見上はほとんど違いがない。しかし、その服装は全く見たことのないものだ。

 

紺色の制服に身を包み、胸には勲章のようなものが並んでいる。腰には、金属製の何か——後に拳銃と判明する——を携帯している。

先頭を歩く男性が、小型の機械を携えながら近づいてきた。

 

「私は…ロシア連邦…外務省…外交官…アンドレイ・ヴァルコフ」

 

機械から、ぎこちないながらもハティリア語の音声が聞こえてきた。民衆からは、驚きの声が上がった。

 

「箱が喋った!」

 

「魔法だ!」

 

「いや、科学だと言っていたぞ!」

 

ヴァルコフ外交官はゆっくりと、明確に言葉を発した。同時に武器を持っていないことを示すため、両手を広げた。

 

「我々は…友好的…対話を望む…戦争ではなく…平和を…」

 

国王は一瞬躊躇したが、すぐに決断した。この男の目には、誠実さがある。そして、これだけの力を持つ国が、もし侵略を望むなら、こんな手順を踏む必要はないだろう。

 

「ようこそ、見知らぬ国からの客人よ」

 

国王は一歩前に出て、両手を広げた。それは、ハティリア王国における最大の歓迎の仕草だった。

 

「我が名はエルドバラン・ゴーンズ・ハティリア。このハティリア王国を統べる者だ。よくぞ、我が国を訪れてくれた」

 

「感謝…します…国王陛下。我々は…心より、平和を…望んでおります。どうか…お話を…させていただけます…でしょうか」

 

「よかろう。城へ案内しよう。そこで、ゆっくりと話し合おう。貴国のこと、そしてこの奇跡のような出会いについて」

 

民衆から、歓声が上がった。人々は、この歴史的瞬間を目撃したのだ。

 

こうして、ロシア連邦とハティリア王国の、そして地球と異世界の、初めての公式な対話が始まったのである。

 

 

同日 午後4時00分 フォルドン王城 大会議室

 

大会議室は、王城の中でも最も格式高い部屋の一つだった。高い天井、美しいステンドグラス、そして歴代の王の肖像画が飾られた壁。長大な会議テーブルには、両国の代表が向かい合って座っていた。

 

「それでは、改めて自己紹介をさせていただきます」

 

ロシア側の代表、外交官アンドレイ・ヴァルコフが立ち上がった。彼の隣には、軍事顧問のアレクセイ・ペトロフ大佐、技術顧問のオルガ・スミルノワ博士、そして言語学者のイワン・ボルコフ教授が座っていた。

 

対面には、エルドバラン国王を中心に、首相エリック・ハートウェル、外務大臣ヘンリー・マクレガー、国防大臣ガーランド・フォン・アイゼンベルク、魔法大臣エルヴィン・ベルクマン、そして数名の顧問たちが居並んでいた。

 

「我々は、ロシア連邦という国家から参りました。我が国は…どう説明すべきか…」

 

ヴァルコフは言葉を選んだ。この説明は、極めて慎重に行う必要があった。

 

「我々もまた、この状況を完全には理解できておりません。しかし、事実を申し上げます。2日前の早朝、我が国は突如としてこの世界に…転移したと考えられます」

 

「転移…?」

 

国王が眉をひそめた。

 

「はい。我々は元々、別の世界——地球と呼ばれる惑星——に存在していました。そして、何らかの原因により、この世界に国土ごと移動してきたのです。原因は、我々にも全く分かりません」

 

会議室がざわついた。

 

「馬鹿な!」

 

魔法大臣エルヴィンが叫んだ。その顔は、興奮と懐疑の入り混じった複雑な表情をしていた。

 

「国土ごと転移など…そんな大規模な転移魔法は、理論上も存在しない!いや、理論的には可能かもしれないが、そのためには想像を絶する魔力が必要だ!この世界中のマナストーンを全て使っても、到底不可能な規模だ!」

 

「我々も信じがたい思いです」

 

ヴァルコフは冷静に答えた。

 

「しかし、これが事実なのです。我々は今、この世界で生きていかなければなりません。そして、そのためには…皆様との友好関係が不可欠だと考えています」

 

国王は深く考え込んだ。両手を組み、目を閉じて熟考した。

長い沈黙の後、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「もし、貴殿らの言葉が真実だとして…貴国は、我々に何を求める?そして、何を与えてくれる?」

 

「鋭いご質問です」

 

ヴァルコフは微笑んだ。

 

「まずは、相互理解です。我々はこの世界について何も知りません。地理、気候、国家、文化、生態系…全てが未知です。そして恐らく、貴国も我々について同じでしょう」

 

「確かに」

 

「ですから、まずは情報交換をさせていただきたい。地図、歴史書、文化に関する文献。そして、可能であれば...通商関係の樹立を」

 

「通商…?」

 

「はい。我々は一定の食糧と資源を自給できますが、この世界に適応するためには、貴国の産物が必要です。特に、この世界固有の作物や資源。同時に、我々も貴国に提供できるものがあるはずです」

 

国防大臣ガーランドが、疑い深げに口を挟んだ。

 

「待て。我々はまだ貴国の真の力を知らない。その巨大な鋼鉄の船は、確かに我々を驚かせた。しかし、もし貴国が我々を侵略するつもりならば…」

 

「その懸念は、全く正当なものです」

 

ペトロフ大佐が立ち上がった。彼の軍人らしい姿勢と、誠実な目が、相手に信頼感を与えた。

 

「しかし、申し上げます。もし我々が侵略を望むならば、既に行動しています。我々の軍事力は…失礼ながら、現時点で確認できた限りでは、貴国のそれを大きく上回っています」

 

その言葉に、会議室の空気が凍りついた。ハティリア側の顔色が変わった。

 

「しかし!」

 

ペトロフは、より強い口調で続けた。

 

「我々はそれを望みません。我が国の大統領、セルゲイ・ヴォルコフは明言しています。『新たな世界で、我々は平和を築く』と。我が国は今から約7年前に大きな内部改革を成し遂げました。独裁を倒し、民主主義を確立し、不必要な軍事拡張を放棄しました。我々が望むのは、征服ではなく、共存です」

 

国王は、ペトロフの目をじっと見つめた。そこには、嘘も欺瞞もなかった。

長い沈黙の後、国王は頷いた。

 

「…分かった。我々も、貴国との対話を続けよう。ただし、これは長い道のりになるだろう。相互理解には、時間がかかる」

 

「もちろんです、陛下。我々も焦るつもりはありません」

 

「まずは、使節団の滞在を許可する。そして、今後数週間、毎日会談を行おう。我々は互いを知らねばならない。文化、価値観、そして目的を」

 

「感謝いたします」

 

こうして、ロシア連邦とハティリア王国の正式な外交関係が始まった。 この歴史的な会談の後、双方は宿舎に戻り、それぞれの政府に報告を行った。

 

ロシア側は、「友好的な第一接触に成功」と報告した。

ハティリア側は、「未知の超大国との対話開始。警戒しつつも、友好関係構築を模索」と記録した。

 

両国ともこの出会いが、やがて両国の運命を大きく変えることになるとは、まだ知る由もなかった。

 

 

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