ロシア連邦、異世界にて飛躍する   作:兎の助

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第二話:理解と驚愕

 

2030年5月25日 フォルドン王城 小会議室

 

最初の会談から一週間が経過していた。この間、両国は互いの基本情報を交換し、徐々に理解を深めていった。

 

AI翻訳デバイスの性能は日を追うごとに向上し、今ではほぼリアルタイムでの会話が可能になっていた。ロシア側の言語学者イワン・ボルコフ教授と、ハティリア側の学者たちの協力により、文法辞書も急速に充実していった。

 

そして今日、ロシア側は重要な提案を行う予定だった。

 

「それでは、本日の議題に入ります」

 

ヴァルコフ外交官が資料を配布した。ハティリア側の閣僚たちは、その"紙"の薄さと均一性に改めて驚いた。彼らの世界では、羊皮紙が主流であり、このような薄くて白く、しかも大量に均一な品質の紙は見たことがなかった。

 

「これは…何という素材ですか?」

 

外務大臣ヘンリー・マクレガーが、紙を透かして見ながら尋ねた。

 

「紙、と呼ばれる素材です。木材のパルプを原料として、機械で大量生産します」

 

「木から…?こんなに白く、薄く、均一に…?」

 

「はい。我が国では、年間数百万トン単位で生産される、最も基本的な素材の一つです」

 

その言葉に、一同は改めてロシアの産業能力の高さを実感した。

 

「さて、本題です。我々は、貴国との関係を深化させたいと考えています。そのための具体的な提案を三点、させていただきます」

 

「聞きましょう」

 

「第一に、正式な国交樹立。大使館の相互設置と、外交特権の付与。第二に、包括的通商協定の締結。第三に…技術協力協定の締結です」

 

「技術協力…?」

 

「はい。率直に申し上げます。我々と貴国では、技術水準に非常に大きな差があります。我々は、その技術の一部を貴国と共有する用意があります」

 

会議室がざわついた。

 

「待ってください」

 

国防大臣ガーランドが立ち上がった。その表情には、明らかな疑念が浮かんでいた。

 

「なぜそのようなことを?技術は国家の最大の資産のはずです。それを我々に渡すなど…何か裏があるのではないですか?」

 

「確かに、技術は国力の源泉です」

 

ヴァルコフは頷いた。真摯な表情で、ガーランドの目を見つめた。

 

「しかし、我々は長期的な視点で考えています。この未知の世界で生き延び、繁栄するためには、友好国が必要です。そして、友好国が強くなることは、我々自身の安全保障にもつながります」

 

「どういうことですか?」

 

「我々が滞在しているこの一週間で、多くのことを学ばせていただきました」

 

ヴァルコフは、用意してきた資料を開いた。

 

「この世界——皆様が『キトグア大陸』と呼ぶこの地域——には、多数の国家が存在する。その中には、極めて拡張主義的で攻撃的な国家もある。具体的には…隣国のワーザルクト帝国」

 

その名前が出た瞬間、会議室の空気が一変した。

ハティリア側の全員の顔色が変わり、魔法大臣エルヴィンは思わず立ち上がった。

 

「…貴国は、帝国について調査したのですか」

 

国王の声が、低く、重々しくなった。

 

「はい。港町での聞き込み、商人との対話、そして貴国の図書館で閲覧させていただいた歴史書から。帝国は、この大陸で最も攻撃的な国家の一つであると理解しました。過去50年間で、少なくとも7つの国を併合し、現在もなお領土拡大を続けている」

 

「…その通りです」

 

首相エリック・ハートウェルが、重々しく頷いた。彼の顔には、深い憂いが刻まれていた。

 

「帝国は我が国の最大の脅威です。彼らは10年前、隣国ペレンゾ公国を滅ぼしました。私の友人であったペレンゾ公爵も、その戦争で命を落としました。そして今、帝国は我々に対しても領土要求を行っています。我が国が統治しているペレンゾ半島の残りの返還と称した領土要求、北部3州の割譲…応じられるわけがない要求を、繰り返し突きつけてきています」

 

「ならば我々の提案は、双方に利益をもたらすはずです」

 

軍事顧問のペトロフ大佐が、立ち上がって発言した。

 

「我々は貴国に武器と技術を提供します。それによって、貴国の防衛力を大幅に向上させることができます。その代わりに、我々は貴国から、食糧、鉱物資源、そして…この世界に関する詳細な情報を提供していただきたい」

 

「武器…ですか」

 

ガーランドの目が、鋭く光った。

 

「具体的には、どのような武器を?」

 

「段階的な供与を考えています。いきなり最高度の兵器を渡すことは、双方にとってリスクがあります。しかし、貴国の防衛力を確実に向上させる武器は提供できます」

 

ペトロフは、別の資料を取り出した。

 

「まず第一段階として、小火器。自動小銃、機関銃、狙撃銃。第二段階として、火砲。榴弾砲、ロケット砲、迫撃砲。第三段階として、装甲車両。第四段階として、航空機と艦船。そして最終段階として、電子機器と通信システム」

 

「それは…」

 

ガーランドは、言葉を失った。

 

「もちろん、これらの武器を使いこなすためには、訓練が必要です。我が国の軍事顧問団を派遣し、貴国の兵士たちを訓練させていただきたい」

 

国王は深く考え込んだ。両手を組み、目を閉じて黙考した。

これは、ハティリア王国にとって千載一遇のチャンスだった。帝国の脅威は日増しに大きくなっている。もしロシアの技術が本当に得られるなら…

 

しかし、同時にリスクもある。ロシアへの依存。技術格差による従属関係。そして、もしロシアが裏切ったら…

長い沈黙の後、国王は目を開き、決断を下した。

 

「条件を聞かせてください。詳細な条件を」

 

「分かりました」

 

ヴァルコフは、次のページを開いた。

 

「第一に、食糧の安定供給。我が国は人口約1億4600万人を抱えています。自給は可能ですが、安定供給のためには、外部からの供給源も確保したい。特に小麦、トウモロコシ、大麦、野菜類、果物、そして畜産物」

 

「それは可能です」

 

農業大臣が答えた。

 

「我が国は農業大国です。年間生産量は十分にあります」

 

「第二に、鉱物資源。鉄鉱石、銅、錫、そして希少金属類」

 

「これも問題ありません」

 

「そして第三に…『マナストーン』と呼ばれる鉱石です」

 

「マナストーン!?」

 

魔法大臣エルヴィンが、大声で叫んだ。立ち上がり、テーブルに手をついた。

 

「あれは我が国の、いや、この世界の最重要戦略資源です!魔法の触媒として、エネルギー源として、不可欠な物質です!しかも近年、産出量が激減しているのです!そんなものを、よそ者に…」

 

「エルヴィン、落ち着け」

 

国王が、エルヴィンを制した。

 

「まず、話を聞こう」

 

「大臣のご懸念は、よく理解できます」

 

ヴァルコフは冷静に答えた。

 

「ですから、大量は求めません。研究用に、ごく少量で構いません。年間100キログラム程度です」

 

「100キログラム…それは確かに少量ですが…」

 

エルヴィンは、まだ納得していない様子だった。

 

「しかし、魔法を使えない貴国が、マナストーンを研究して何になるのです?」

 

「我々には魔法はありません。しかし、科学があります」

 

技術顧問のオルガ・スミルノワ博士が、初めて発言した。彼女は40代半ばの女性で、モスクワ大学の物理学教授だった。

 

「マナストーンは、未知のエネルギーを含んでいると推測されます。我々は、それを科学的に分析し、もしかすると…新たな利用方法を見つけられるかもしれません」

 

「そんなことが可能なのですか?」

 

「分かりません。しかし、試す価値はあります」

 

オルガは、真剣な表情で続けた。

 

「魔法を使えない我々だからこそ、皆様とは異なる角度からアプローチできます。そして、もし成功すれば…その技術は貴国とも共有します。マナストーンの産出量減少への解決策になるかもしれません」

 

国王は、顧問たちと視線を交わした。小声で相談が始まった。

数分の協議の後、国王は決断を下した。

 

「…分かりました。貴国の提案を、基本的に受け入れましょう。ただし、細かい条件は今後の交渉で詰めていきます」

 

「ありがとうございます、陛下」

 

「しかし、一つ条件があります」

 

国王は、鋭い目でヴァルコフを見つめた。

 

「貴国の技術を、実際に見せていただきたい。言葉だけでは、我々は完全には信用できません。特に軍事技術については」

 

「もちろんです。明日、我が国の軍艦にて、実演を行います。陛下と軍首脳の方々を、ご招待させていただきます」

 

こうして、両国は歴史的な合意の第一歩を踏み出した。

 

 

 

2030年5月26日 フォルドン港沖5キロメートル 海上

 

翌日の午前10時。快晴の空の下、特別に用意された観覧船が、フリゲート艦「アドミラル・グリゴロヴィチ」の近くに停泊していた。

 

観覧船には、国王エルドバラン、国防大臣ガーランド、魔法大臣エルヴィン、海軍大臣ロベルト、そして数名の高級将校たちが乗船していた。

 

「これが…貴国の武器か」

 

国王は、フリゲート艦の甲板に立ち、目の前の光景に圧倒されていた。

 

艦首には、A-190 100mm単装速射砲が装備されている。艦橋の両側には、AK-630近接防御システム——6銃身の30mmガトリング砲——が配置されている。そして艦の中央部には、垂直発射システムのハッチが見える。

 

全てが、ハティリア王国の人々にとって、未知の兵器だった。

 

「これより、100mm艦砲による射撃実演を行います」

 

ペトロフ大佐が説明した。観覧船には、ロシア側から通訳を兼ねた解説員も同乗していた。

 

「目標は、あちらに見える廃船です。距離は約3キロメートルです」

 

「3キロ!?」

 

ガーランドが驚きの声を上げた。

 

「我が国の最高の投石機でも、せいぜい200メートルが限界です!それも、命中精度は極めて低い!」

 

「ご覧ください」

 

ペトロフが合図を送ると、艦首の100mm砲塔がゆっくりと旋回し、標的に照準を合わせた。機械的な動きは、魔法で動いているようにも見えた。

 

しかし、これは純粋に機械工学と電子工学の産物だった。

 

「発射!」

 

ドォンッ!

 

轟音と共に、100mm砲が火を噴いた。

ハティリア側の一同は、その轟音と衝撃に思わず耳を塞いだ。そして次の瞬間——

 

ボガァァァンッ!

 

3キロ先の標的——古い木造貨物船——が大きく爆発した。船体が真っ二つに割れ、炎上しながら沈み始めた。

 

「な…」

 

国王は絶句した。口が開いたまま、言葉が出なかった。

 

「今のは一発です」

 

ペトロフは、淡々と、しかし誇らしげに説明した。

 

「この砲は、毎分80発の発射が可能です。つまり、理論上は、1分間で80隻の船を攻撃できます。実際には、目標の捕捉や照準の時間がかかるため、そこまでの速度は出ませんが、それでも毎分20-30隻は十分に可能です」

 

「毎分…30隻…」

 

ガーランドの顔が蒼白になった。彼は海軍との合同演習も経験しており、海戦の厳しさを知っていた。

 

「我が国の全海軍を集めても200隻程度…それが、たった数分で…」

 

「次の実演に移ります、対艦ミサイルの発射実験です」

 

「ミサイル…?」

 

「遠距離攻撃兵器です。射程は、約150キロメートルです」

 

「150キロメートル…!?」

 

エルヴィンが、信じられないという表情で叫んだ。

 

「そんな距離では、目標は視界にすら入らないではないですか!どうやって狙うのです!?」

 

「レーダーという技術を使用します」

 

解説員が、図解を示しながら説明した。

 

「電波を発射し、その反射を検知することで、遠方の物体の位置、距離、速度を正確に測定できます。そして、ミサイル自体にも誘導システムが搭載されており、発射後は自動的に目標を追尾します」

 

「自動的に…?」

 

「はい。魔法ではなく、機械と電子回路によって」

 

ペトロフが再び合図を送ると、今度は艦の中央部にある垂直発射システムのハッチが開いた。

 

「発射!」

 

シュゴオォォォッ!

 

炎と煙を噴き上げながら、1本のミサイルが垂直に発射された。ロケットモーターの轟音が、海面を震わせた。

 

ミサイルは高度約100メートルまで上昇すると、次の瞬間、水平に姿勢を変えた。そして、猛烈な速度——音速に近い速度——で水平線の彼方へと飛び去った。

 

ハティリア側の一同は、ただ呆然とその光景を見つめていた。

数十秒後、水平線の彼方で、巨大な火柱が上がった。黒煙が空高く立ち上る。

 

「…あれが、150キロ先…」

 

国王は、震える声で呟いた。

 

「はい。そして、この艦は、このようなミサイルを8発搭載しています。連続発射も可能です」

 

もはや、ハティリア側の誰も言葉を発しなかった。

彼らが理解したのは、たった一つの事実だった。

 

——この国と敵対してはならない。

 

絶対に。

 

どんな理由があろうとも。

 

どんな誘惑があろうとも。

 

この圧倒的な力の前では、数の優位も、勇気も、魔法さえも、無意味だった。

 

実演は続いた。

 

AK-630近接防御システムの対空射撃。毎分5,000発の射撃速度で、空中の標的を瞬時に粉砕する様子。

RBU-6000対潜ロケット発射機による、水中目標への攻撃。

そして最後に、艦載ヘリコプターKa-27の飛行デモンストレーション。

 

全てが、ハティリア王国の人々の常識を覆すものだった。

 

 

同日 午後7時00分 フォルドン王城 国王執務室

 

「信じられん…」

 

国王は、執務室の椅子に深く腰掛け、天井を見上げていた。その表情には、驚愕と、ある種の諦めのようなものが混在していた。

 

「あれほどの力を持ちながら、彼らは我々に友好を申し出ている」

 

隣に座る首相エリックが頷いた。

 

「恐らく、本心でしょう。もし征服が目的なら、交渉など不要です。あの武器力があれば、我が国など…いや、この大陸全体でさえ、おそらく数日で制圧できるでしょう」

 

「だからこそ、信じがたいのだ」

 

国王は、深いため息をついた。

 

「なぜ彼らは、力ずくで奪わない?なぜ、我々のような弱小国と、対等な同盟を結ぼうとする?」

 

「それが…彼らの言う『民主主義』というものなのかもしれません」

 

外務大臣ヘンリーが、ロシアから提供された資料を読み上げた。

 

「彼らの説明によれば、民主主義とは、国民が主権を持ち、対話と合意によって国を運営する体制だと。力による支配ではなく、法と正義による統治」

 

「国民が主権…?」

 

国王は眉をひそめた。

 

「では、王はいないのか?」

 

「大統領という、国民の投票によって選ばれた指導者がいるそうです。任期は6年で、再選も可能ですが、最大2期までという制限があると」

 

「選ばれた…指導者…」

 

国王は深く考え込んだ。

 

それは、王族として生まれ、神に選ばれたと信じて育った彼にとって、全く異質な概念だった。国民が王を選ぶ?それは、秩序の崩壊ではないのか?

 

しかし、同時に思った。

 

あれだけの力を持つ国を作り上げた体制なら、何か正しいものがあるのかもしれない、と。

 

「まあ、それは彼らの文化だ。我々が口出しすることではない」

 

国王は気を取り直した。

 

「重要なのは、彼らが提示した条件だ。我々はどうすべきか」

 

「受け入れるべきです」

 

ガーランドが、即座に答えた。いつもは慎重な彼が、珍しく即断した。

 

「今日見た武器…あれがあれば、帝国に対抗できます。いや、圧倒できます」

 

「だが、我々はロシアに依存することになる」

 

「それでも、帝国に滅ぼされるよりは遥かにましです」

 

首相エリックが、強い口調で言った。

 

「さらに言えば、これは我が国が大きく発展する千載一遇の機会でもあります。彼らの技術を学べば、我が国は大陸一の強国になれる。いや、大陸の盟主となれるかもしれません」

 

国王は、長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。

 

「…分かった。明日、正式にロシア側に回答しよう。我々は、彼らの提案を受け入れる」

 

「はっ!」

 

全員が、深く頭を下げた。

 

「ただし」

 

国王は、鋭い目で全員を見渡した。

 

「これは始まりに過ぎない。我々は、ロシアとの関係を慎重に管理しなければならん。彼らの善意を信じつつも、常に警戒を怠るな。依存しすぎることなく、しかし協力関係を維持する。そのバランスが重要だ」

 

「承知しました」

 

こうして、ハティリア王国は、歴史的な決断を下した。

 

この決断が、やがてキトグア大陸全体の運命を変えることになる。

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