キリトは即座に行動を起こした。
おそらくこれから、リソースの奪い合いが始まるだろう。
「クライン! お前も来い!」
「え!? どこに!?」
「狩場だ。今すぐ!」
キリトはクラインの腕を掴み、走り出した。
森へ続く通路はすでに人で溢れていた。
「どけよ!!」
「先に入ったもん勝ちだろ!!」
プレイヤーたちは押し合いへし合い、怒鳴り合いながら我先にと進もうとしていた。
「ひでえ……」
クラインが息を切らしながら呟く。
「皆、気づいているんだ。先にビクトリアアイランドへ渡れば、美味しい狩場を独占できるってことに」
ビクトリアアイランドへ渡るには、サウスぺリから船に乗る必要がある。
条件は、レベル7以上。
「つまり……ここでモタモタしてたら、船に乗れねぇってことか?」
「ああ。そして――」
キリトは森を指差した。
「モンスターは有限だ」
その言葉の意味を理解した瞬間、クラインの顔色が変わった。
森の中ではすでに、デンデンの取り合いが始まっていた。
「それ俺のだ!」
「横すんな!!」
棍棒や初心者剣が振り回され、デンデンが湧くそばから次々と消えていく。
リポップが追いつかない。
経験値は、完全に取り合いになっていた。
「くそ……これじゃ全然狩れねぇ!」
クラインが叫ぶ。
キリトは周囲を素早く観察した。
湧き位置。人の流れ。空いているライン。
ベータテストで染みついた感覚が蘇る。
「こっちだ!」
彼は人の少ない奥へと駆け込んだ。
そこには、まだ誰も気づいていない小さな湧きポイントがあった。
デンデンがのんびりと地面を這っている。
「当たりだ」
キリトは即座に攻撃を叩き込んだ。
バシッ。
光の粒が弾け、EXPゲージがわずかに伸びる。
クラインも続いて攻撃を加える。
「よっしゃ当たった!!」
二人は交互に回し始めた。
湧く → 倒す → 湧く → 倒す。
単純な作業。
だが今は、生き残りをかけた周回だった。
【LEVEL UP】
頭の中に直接響く通知。
身体が一瞬軽くなる。
「よし、2だ!」
「はやっ!?」
クラインが笑う。
その笑いには、明確な安堵が混じっていた。
だが――森の奥から、悲鳴が響いた。
「やめろ!!」
「横殴りだろ!!」
鈍い音。誰かが転ぶ。モンスターの鳴き声。
そして――静寂。
クラインが固まる。
「……なぁ、これ、マジで……」
キリトはデンデンを叩きながら短く答えた。
「LV7にする。それ以外、考えるな」
ゲージが伸びる。
3。
4。
周囲のプレイヤーが気づき始めた。
「おい、あそこ湧いてるぞ!」
視線が刺さる。足音が増える。
キリトは低く言った。
「クライン。回転上げろ」
「了解!」
棍棒が振られる。モンスターが弾ける。EXPが伸びる。
そして――
【LEVEL UP】
5。
船まで、あと2。
森の空気が、さらに重くなった。
誰もが理解していた。
ここはもう初心者エリアではない。
生き残るための選別場だ。
【LEVEL UP】
6。
あと一匹。キリトはEXPゲージを睨みながら、棍棒を握り直した。
「クライン、次で――」
その瞬間だった。
森の奥から、絶叫が響いた。
「うわあああああああ!!」
ドドドドッ、と地面を蹴る音。
草むらが大きく揺れる。
「なんだ?」
振り向いた瞬間、キリトの背筋が凍った。
森の奥から現れたのは――
デンデンの群れ。
赤、青、緑。殻を揺らしながら、何十匹ものデンデンが一直線に突進してくる。
その先頭を、プレイヤーが全力で逃げていた。
「どけどけどけぇ!!」
クラインが叫ぶ。
「なんだあれ!?」
キリトは即座に理解した。
「……トレインだ」
「は?」
「モンスターを引き連れて――ぶつける気だ!」
逃げていた男は二人を見ると、進路を変えた。
まっすぐ、彼らの湧きポイントへ。
「おい待て!!」
男はニヤリと笑い――横に避けた。
次の瞬間。デンデンの奔流が、二人に直撃した。
ドンッ!ドンッ!
連続体当たり。
「ぐっ!!」
キリトの腹に鈍い衝撃が走る。
HPが一気に削れる。
クラインがよろめく。
「痛ってぇ!! デンデンってこんな痛かったか!?」
周囲のプレイヤーも巻き込まれ、悲鳴と転倒が広がる。
数が多すぎる。
処理しきれない。
デンデンが一人に集中する。
「やめ――!」
体当たりの連続。
HPバーがみるみる赤に染まり――
0。
一瞬、世界の音が消えた。
次の瞬間、そのプレイヤーの身体が光に包まれる。
白い粒子が弾け――
ぴゅーーーん
間の抜けた効果音が、やけに鮮明に響く。
空の上から影が落ちた。
どんっ
墓石。
見慣れた灰色の墓が、プレイヤーのいた場所に突き刺さる。
煙がふわっと広がり――
そこに立っていたはずの人間は、もういない。
墓だけが残り、静かに消えた。
森が凍りついた。
トレインしてきた男が遠くで叫ぶ。
「悪く思うなよ!! 早い者勝ちだろ!!」
誰も追えない。
目の前の生存で精一杯だ。
「キリト!!」
クラインのHPが点滅している。
「こっち来い!!」
キリトは棍棒を振り回しながら隙間を作った。
一匹弾く。
もう一匹。
「抜けるぞ!!」
二人は転がるように離脱した。
デンデンの群れは、まだ狩場を飲み込み続けている。
荒い呼吸。
震える手。
クラインが呟く。
「……あいつ……わざとだよな」
「ああ」
キリトは短く答えた。
「これが、この世界の戦い方だ」
そのとき――背後でデンデンが弾けた。
【LEVEL UP】
7。
通知が響く。
クラインも同時に上がる。
二人は顔を見合わせた。
遠くではまだ悲鳴が続いている。
初心者狩場はもう、安全地帯ではない。
生き残るための戦場だ。
キリトは言った。
「……港へ走るぞ」
クラインがうなずく。
背後では――
デンデンの殻がぶつかる鈍い音と、人の悲鳴が混ざって響き続けていた。