ヘネシスの広場は、緊張した空気に包まれていた。
レベル20前後のプレイヤーたちが、円形に集まり、息を潜めている。
中央に立つのは、青い鎧を纏った戦士――ディアベル。
彼は自称「ナイト」を名乗り、穏やかな笑みを浮かべて声を張り上げた。
「みんな、集まってくれてありがとう!
俺の名前はディアベル。
今日、ここにいるのは……この世界の第一の壁を、共に越えるためだ」
周囲から拍手とどよめきが上がる。
全員がLV20前後。
初心者島を抜け、ビクトリアアイランドで必死に狩りを続けてきた者たち。
だが、まだ誰も「ママシュ」を倒した者はいない。
ママシュ――巨大なキノコの母。
ジャンプ攻撃で地面を揺らし、範囲攻撃を行う恐るべきボス。
ディアベルが地図を展開する。
隠れ道の奥、民家跡に潜むその場所を指し示す。
「攻略は可能だ。
だが、一人じゃ無理。
だから……今日は全員で、作戦を立てる」
そのとき、鋭い声が割り込んだ。
「待てや! ちょっと待て!!」
振り向くと、棘のような髪の男――キバオウが、短剣を肩に担いで立っていた。
関西弁混じりの怒声が、広場に響く。
「この中に……ベータテスターがおるはずや!
奴ら、正式サービス前に全部知っとったんやろ!?
美味しい狩場独占して、初心者置いてけぼりにして……
今も隠れて笑っとるんちゃうか!?
土下座させて、溜め込んだ金とアイテム吐き出させなあかん!!」
ざわめきが広がる。
視線が、互いに探り合う。
キリトはマントを深く被り、息を殺した。
心臓が、早鐘のように鳴る。
――俺は……ベータテスターだ。
だが、キリトが口を開く前に、斧使いの男――エギルが、静かに手を挙げた。
「落ち着け、キバオウ。
ベータテスターが情報を独占したのは事実かもしれない。
だが、今ここにいる全員が生き残ってるのは、
互いに助け合ってるからだろ?
過去を責めても、前に進めない」
エギルの落ち着いた声に、キバオウは渋々黙る。
ディアベルがフォローするように笑った。
「ありがとう、エギル。
じゃあ……本題に戻ろうか」
作戦会議が再開される。
ディアベルが提案したのは――
魔法使いを前衛に立てるスイッチ戦法。
「ママシュの攻撃は厄介だ。
だが、魔法使いなら……魔法防御で、HPの代わりにMPを削って耐えられる」
視線が、一人の少女に向く。
アスナ――長い栗色の髪をポニーテールにまとめ、杖を握った魔法使い。
彼女は静かに頷いた。
「わかりました。 私が前衛を張ります」
ディアベルが微笑む。
「じゃあ、アスナのフォローに……
投げ賊のキリト君、どうだ?
君の手裏剣なら、遠距離からスイッチしながらダメージを稼げる」
キリトは一瞬、固まった。
だが、すぐに頷く。
「……了解」
二人は、組むことになった。
***
ママシュの巣窟――隠れ道の民家跡。
巨大なキノコが、どっしりと構えている。
胞子が舞い、地面が震える。
「いくぞ!」
ディアベルの号令で、戦闘開始。
アスナが前へ出る。
魔法防御を張り、攻撃をMPで受け止める。
キリトの手裏剣が、弧を描いて飛ぶ。
シュッ! シュッ!
ダメージが飛び、HPが削れる。
スイッチのタイミングで、戦士たちが斧や剣を振り下ろす。
魔法使いが攻撃を防ぎ、
投げ賊が隙を突いて遠距離攻撃。
順調だった。
ママシュのHPが、赤ゲージに突入。
「今だ! ラストアタック狙え!」
ディアベルが叫ぶ。
だが――
彼の目が、欲に曇っていた。
ディアベルが、功を焦る。
一人で飛び出し、剣を振り上げる。
「これで終わりだ!!」
ママシュが、最後のジャンプ攻撃。
地面が大きく揺れ、ディアベルの身体が吹き飛ぶ。
HPが、一瞬でゼロ。
白い光が弾け、
ぴゅーーーん。
墓石が落ちる。
静寂。
「ディアベルさん……!?」
アスナの声が震える。
キリトは、即座に動いた。
手裏剣を投げる。
シュパァァン!
ママシュを貫く。
ママシュが崩れ、光の粒子となる。
ドロップアイテムが、地面に落ちる。
――日の手裏剣。
キリトは、それを素早く拾う。
だが、次の瞬間。
「てめぇ……ベータテスターか!!」
キバオウの怒声。
「お前、ボスの攻撃パターン知っとったんやろ!?
ディアベルはんを見殺しにしたんや!!
ドロップまで盗んで……ふざけんな!!」
周囲の視線が、キリトに刺さる。
キリトの黒いコートが、風に翻る。
そして、笑った。
静かに、だがはっきりと。
「……ああ、そうだよ。
俺はベータテスターだ」
ざわめきが、爆発する。
「でもな」
キリトの目が、鋭く光る。
「ただのベータテスターだと思うな……
俺はビーターだ」
ビーター。
Beta Tester + Cheater。
造語が、広場に響く。
「これからは、元テスターごときと一緒にすんなよ」
キリトは、日の手裏剣を装備し、コートを翻して歩き出す。
背後で、アスナが立ち尽くす。
彼女の瞳に、悲しみが浮かぶ。
「キリト……」
キリトは振り返らず、街の闇へ消えていった。
一人、汚名を背負って。