エリニア近くの狩場で、キリトは彼らと出会った。
月夜の黒猫団――
弱小ギルド。
メンバー全員が現実世界の友人同士で、
ゲームを始めたばかりの頃から一緒に冒険してきたという。
レベルはまだ10台後半。
狩りも慎重で、いつも安全圏を離れない。
だが、その日――
彼らは少し欲を出した。
モンスターの群れに囲まれ、HPが点滅する中、
キリトが偶然通りかかり、手裏剣の雨を降らせて助けた。
「ありがとう……本当に、助かったよ」
リーダー格のケイタが、深く頭を下げる。
他のメンバーも、感謝の言葉を口々に。
サチ――黒髪の魔法使い少女が、
震える声で言った。
「……怖かった」
キリトは、静かに頷く。
「俺も、最初はそうだった」
それがきっかけだった。
キリトは、ビーターの汚名を背負ったまま、彼らのギルドに加入した。
キリトの指導は的確だった。
スイッチのタイミング、
モンスターの攻撃パターン、
効率的な狩りルート。
彼らは目に見えて強くなっていった。
「キリトのおかげだよ!」
「これなら、もっと上を目指せそうだ!」
笑顔が、増えていく。
だが――
サチだけは、違った。
前線に立つと、手が震える。
魔法防御を張っていても、
モンスターの咆哮が近づくと、身体が硬直する。
「私……ダメかも」
夜、宿屋の屋根でサチが呟いた言葉を、キリトは聞いた。
でも、彼女は笑って誤魔化した。
***
ある日、キリトが街へ買い出しに出かけた隙に――
黒猫団のメンバーたちは、悪戯心を起こした。
「スリーピーウッドの高級タクシー、乗ってみない?」
「え、でも危なくない?」
「大丈夫だって! キリトに教えてもらった狩場より楽勝だよ。
ちょっと冒険気分でさ!」
サチが止める。
「待って……私、怖いよ。
まだ準備が……」
「サチはいつもビビりすぎ!
行こうぜ、みんなで!」
悪乗りした彼らは、スリーピーウッドへ直行した。
キリトが戻ったとき、ギルドのたまり場は空っぽだった。
手紙が、一枚。
『ちょっと冒険してくるね! すぐ戻るよ♪』
キリトの顔色が変わる。
「――高級タクシー……?」
スリーピーウッド。
あの場所には、初心者は絶対に近づいてはいけない。
モンスターのレベルが急に跳ね上がり、
しかも……複雑な地形のダンジョンエリアが多い。
キリトは即座に走り出した。
***
スリーピーウッドダンジョン。
タクシーの降車ポイントから、少し進んだところで――
彼らはいた。
だが、すでに――
地獄だった。
「うわあああ!!」
「やめろぉぉ!!」
モンスターの群れ。
パニックになったメンバーたちが、必死に逃げ惑う。
サチは、地面に座り込んで震えていた。
「動けない……怖い……」
キリトが、息を切らして駆けつける。
「みんな! 帰還の書を使え!!
今すぐ!!」
だが――
誰も、使えない。
【SYSTEM】
戦闘中は使用できません
画面に、無慈悲な文字。
キム・ジョンジュの悪意。
攻撃を受けている間は転移することができない。
「クソッ……」
キリトの声が、震える。
一人、また一人と――
モンスターに囲まれ、HPがゼロになる。
白い光。
ぴゅーーーん。
墓石が、落ちる。
「ケイタ……!」
「テツオ……!」
叫びながら、キリトは手裏剣を投げ続ける。
だが、数が多い。
サチの前に、モンスターが迫る。
キリトが飛び込み、盾になるように体を張る。
「サチ、逃げろ!!」
だが、サチは動けない。
モンスターの爪が、サチの腹を裂く。
HPが、赤く染まる。
「……キリト……」
サチが、血を吐きながら微笑む。
「ごめんね……
私、怖くて……
みんなを、巻き込んじゃって……」
「謝るな! 生きろ!!」
キリトの目から、涙が溢れる。
サチの身体が、光に包まれる。
「ありがとう……
キリトに出会えて……
楽しかったよ……」
ぴゅーーーん。
墓石が、落ちる。
キリトは、膝から崩れ落ちた。
「う……あああああああああ!!!」
慟哭が、ダンジョンに響く。
叫びながら、拳で地面を叩く。
血がにじむ。
「俺が……俺が、ちゃんと教えてれば……!」
誰も、答えない。
ただ、モンスターの咆哮だけが、
遠くで響いていた。
一人残されたキリトは、闇の中で、泣き続けた。