キリトは、もう何日も眠っていなかった。
スリーピーウッドの奥、薄暗い通路の奥底で、ツノキノコの群れの中、彼はただ機械的に手裏剣を投げていた。
ゾンビキノコが這い寄ってくる。腐った傘から毒の霧を吐きながら。
キリトはそれを避けもせず、正面から手裏剣を投げつけた。
HPが赤く点滅しても、止まらなかった。
「まだ……足りない」
呟きは誰にも届かない。
仲間を失ってから、彼の声はほとんど出なくなっていた。
ある夜、スキルツリーが光った。
【アサシン】への転職条件を満たしたのだ。
ダークロードの元に行き、転職試験を受ける。
雑魚モンスターを倒し、ドロップする黒い玉を30個集めるだけの作業だ。
試験を終えたキリトは、無表情で転職を確認した。
新たなスキルツリーが解放された。
黒猫団の誰かが喜んでいた顔が、一瞬だけ脳裏を過ったが、すぐに霧散した。
「俺が強ければ……守れたかもしれない」
キリトはスリーピーウッドダンジョンの地下深く、「蟻の巣」にいた。
エビルアイが無限に湧き続ける地獄のような狩場。
狭い通路で、手裏剣を投げ続ける。
一本、また一本。
在庫が尽きるまで、ひたすら投げ続けた。
指が痺れ、肩が悲鳴を上げても、止まらなかった。
ある日、地上に補給に戻ると街の空に雪が降り始めた。
12月24日。
クリスマスイベント「赤鼻のトナカイ」が始まった。
イベントはサンタクロースになり各街にプレゼントを配るというもの。
多くのプレゼントを配りポイント1位のプレイヤーは特別なアイテムがもらえるらしい。
「キー坊。
このイベントでトップ取れたらさ、
死んだプレイヤーを生き返らせるレアアイテムがもらえるって噂だよ。
……まあ、真偽は五分五分だけどね」
情報屋アルゴからの証言。
キリトの瞳が、久しぶりに揺れた。
「サチ……!」
サンタクロースの衣装に着替えた瞬間、彼の表情は変わった。
必死だった。
まるで命を削るように、プレゼントを配り続けた。
笑顔も作らず、ただ機械的に、しかし異常な速さでクエストをこなしていった。
その姿を、遠くから見ていた男がいた。
「……キリト」
クラインだった。
サンタ姿のクラインはため息をついて近づいた。
「おいおい、そんな顔でサンタやってんじゃねえよ。
……手伝うから、ちょっと落ち着け」
キリトは一瞬だけクラインを見た。
だが、何も言わなかった。
ただ頷いただけだ。
二人は黙々とプレゼントを配った。
クラインが冗談を言っても、キリトは笑わなかった。
ただ、ひたすら数を稼いだ。
そして――
イベント終了。
ランキング1位。
報酬受取窓が開く。
キリトの手が、震えながらアイテムを受け取った。
【クリスマス仕様のチェア】
一瞬、時間が止まった。
キリトの瞳から、感情が消えた。
次の瞬間――
「――っ!!」
金属音が響いた。
チェアを地面に叩きつける。
一度、二度、三度。
木が砕け、装飾が飛び散る。
キリトは無言で、ただひたすら壊し続けた。
クラインが慌てて駆け寄る。
「キリト! やめろって!」
だがキリトは止まらない。
拳が血で染まるまで、壊し続けた。
やがて、チェアはただの木片の山になった。
キリトは膝をつき、雪の上に両手をついた。
「……騙された」
小さな、掠れた声。
雪が、静かに降り積もる。
クラインはそっと隣に膝をついた。
何も言えなかった。
ただ、キリトの肩に手を置くことしかできなかった。
遠くで、街のクリスマスソングが流れている。
キリトは顔を上げなかった。雪に埋もれるように、ただ俯いたまま。
「サチ……」
最後に、誰にも聞こえない声で呟いた。
「ごめん」
雪は、容赦なく降り続けた。