私のたった一つの望み、ドゥー・ムラサメ救済   作:黙っている一般将校

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第5話 カミルはキラキラを知らない

最初に動いたのは、紺色のハイザックだった。

搭乗している『クワトロ・バジーナ』は、マシンガンを失ってはいるが、まだ『ヒート・ホーク』という白兵戦用の格闘兵装を持っていた。

 

彼は、何故か()()()()()()()()()()ドゥーに疑問を覚えながらも、成すべき事を成す為に、黒いガンダムこと『プロトタイプ・ガンダム』に斬りかかった。

 

「……っぐ!?コイツぅ!」

 

カミル・リンクスは、我武者羅にコックピットのレバーを動かして、ペダルを思いっきり踏みつけた。

彼はプチ・モビルスーツと同じように操作したつもりだったが、やはりMS(モビルスーツ)はそんな物とは違い、過剰なまでのスピードで空中を駆けて行く。

 

「乗っているのは素人と見た…!」

 

紺色のハイザックは、スラスターを吹かして澱みなく宙を舞う。

そして着実に黒いガンダムに近づき、灼熱を帯びた手斧(ヒート・ホーク)を振りかぶった。

 

「や、やられるものか…!」

 

カミルは咄嗟にレバーを動かした。

それはマニピュレーターを操作する為のレバーだ。

黒いガンダムは、咄嗟に腕部を……まるでチンピラのデタラメなパンチのように振り回して、ハイザックの胴体部分を殴りつけた。

 

「ぬぅ…!」

 

ハイザック内のコックピットが揺れる。

MS戦に於いて、コックピットは明確な弱点だ。

そこを高出力ビーム・ライフルやビーム・サーベルで貫かれたら、パイロットは即死する。

もし、黒いガンダムが拳ではなくビーム・サーベルなどを振るっていたら、クワトロは即死していた。

 

(なんという!……黒いガンダムは化け物か!)

 

頭部をシートにぶつけ、軽い脳震盪に襲われたクワトロは、堪らずスラスターを吹かして後退した。

額に冷や汗が垂れ、『死』という感覚が首元を撫でる。

呼吸は荒くなり、緊張と重圧が彼を襲う。

しかし、歴戦のパイロットであるクワトロにとって、そのような感覚はしょっちゅうだった。

故に彼は冷静であった。

 

《ゲーツ!ガランシエルを発進させろ!サイコ・ガンダムは上で格納する!》

 

《んな無茶な!》

 

《あの黒いガンダムが慣れる前にだ!》

 

クワトロはゲーツのハイザックに近づき、接触回線を以て指示を飛ばした。

そしてすかさず、黒いガンダムに向かってヒート・ホークを投げ斧にして投擲した。

 

「うぅっ……!」

 

カミルは暴れるようにペダルを踏みつけ、投げ斧と化したヒート・ホークを避けたが、あまりにも無茶な挙動であったが故に、その大きな機体は宙をふらついて、それからバランスを崩して地面に倒れた。

 

《ドゥー!上でガランシエルに入れ!》

 

《……なんで、キラキラが……全然……》

 

《ドゥー!!》

 

《っ…りょーかい……!》

 

紺色のハイザックは、空中を高速機動で飛び回り、『サイコ・ガンダム』に素早く指示を飛ばした後、ゲーツ中尉のハイザックと共にガランシエルの方面に飛び立った。

それを追いかけるように、サイコ・ガンダムも上昇していく。

 

「ドゥー……なんで君があんなマシンなんかに……!何故なんだ………!」

 

カミルは機体を起き上がらせる事ができなかった。

MS(モビルスーツ)の操作に不慣れだという事もあるが、それ以上に精神的動揺による硬直が起因していた。

 

少し離れた場所で『ガランシエル』が浮上していく。

その発進スピードは、とても民間輸送船とは思えない程で……それはエンジンの馬力と操舵手の技量による賜物である、とアポリー大尉は考えた。

 

そう……アポリー大尉は戦況の観察に徹していた。

 

先程の交戦で相棒(マヴ)を失い、その代償に数多の情報を得て、更には『謎の黒いガンダム』まで出現した状況。

 

彼の中では最早、生き残り『情報』を得る事が最優先事項となったのだ。

 

《そこの黒いの!味方と考えていいんだな!?》

 

アポリーは『リック・ディアス』の中から、通信回線をスピーカーに切り替え叫んだ。

地面に倒れ伏した黒いガンダムは、アポリーの方へ(メイン・カメラ)を向けると、少しの間だけ硬直した後、マニピュレーターを『サムズアップ』の形にして、アポリーの叫び声に応えた。

 

(乗ってるのは民間人とかなのか……!?)

 

アポリーは驚愕したが、直ぐに納得した。

確かに、先程の戦闘……黒いガンダムの挙動は素早く、特にハイザックを殴りつけた時のスピードは凄まじいものではあった。

しかし、もし黒いガンダムに乗っているのが、例えば軍人であれば……態々コックピットを殴りつけたりはしない。

搭載されている兵装でコックピットを攻撃すれば、敵MS(モビルスーツ)を撃墜できるからだ。

 

《もうガランシエルは飛び立っちまった!つまり『敵』がいない!そっから出てきてくれ!》

 

その要請を聞いた黒いガンダムは、マニピュレーターを地面に降ろし、暫く硬直した後に、コックピットを開いた。

 

「……………子どもだと!?」

 

アポリーは今度こそ驚愕した。

愕然としたと言ってもいい。

 

黒いガンダムを操っていたのは、民間人。

それもまだ20歳にも満たない少年だったのだ。

 

 

 

 

『アーガマ』の中、艦長室。

其処には、ジンネマン艦長と……

『カミル・リンクス』が座っていた。

交戦後、ガランシエルを取り逃がしたエゥーゴは、黒いガンダムを誘導しながらアーガマに戻り、補給と修理を受けていた。

『30バンチ』コロニーのど真ん中には、あのガランシエルが今にもコロニーの外まで脱出しようと飛行している。

だがそれでも尚、エゥーゴ隊は浮き足立つ事なく、アーガマに帰還した。

 

ジンネマン艦長は状況を素早く理解し、真っ先にサイド1圏内の軍警と連携しようとした。

しかし、ガランシエルがコロニー内に撒き散らしたミノフスキー粒子は、かなりの高濃度であった為、コロニー外までの通信は上手くいかなかった。

 

ジンネマン艦長は、己の見通しの甘さを呪った。

この状況は想定外の連続。

偽装船ガランシエルに搭載されていた最新鋭のMS(モビルスーツ)、サイコミュが搭載されているであろう巨大なMA(モビルアーマー)、テロリストたちの異様な練度の高さ、ガランシエルから散布された高濃度のミノフスキー粒子。

 

どれもが異常だ。

ただマッドサイエンティストを抱えるだけのテロリスト集団では決してない。

ジンネマン艦長は、そのテロリスト集団の背後に、何か大きな力が渦巻いている事を悟った。

 

「……………僕は、銃殺刑とかですか?」

 

「なるかよ!寧ろ、お手柄だ」

 

しかし、ジンネマン艦長は直ぐに気を取り直した。

目の前に座っている少年……『カミル・リンクス』の事情聴取の為だ。

ある程度の話はアポリー大尉から報告されていたが、それでもジンネマンはカミルと話がしたかった。

 

「ありがとう」

 

「!」

 

「だが君は民間人だ……あのMS(モビルスーツ)は俺たちが押収する、君は家に帰りなさい」

 

「…………話を聞いてくれませんか」

 

「……話してみろ」

 

そしてカミルは語った。

一人の少女、『ドゥー』との出逢いを。

その出逢いの中で、彼は少女が抱える『心の空洞』を見た。

 

カミルは確信していたのだ………

ドゥーは心の芯から『殺し』を愉しむ者ではないと。

 

だから言葉を尽くして、時々詰まりながらも、散々考えて、少年は自身の想いを伝えた。

 

「事情があったんだ……!きっと事情がっ!」

 

「だからどうした?」

 

「っ!」

 

だがジンネマンは冷たく応えた。

その声色には、さっきまでの労うような優しさはなかった。

 

「それは『子ども』の理屈だ、例えどんなに事情があったとしても、その少女がメガ粒子砲をコロニー内でブッ放した事実は変わらない」

 

「それは……もちろん……」

 

「一体、今日だけで何人が死んだんだろうな?どれだけの人間が生きたまま光に焼かれて蒸発した?答えられないだろ」

 

「はい…………そうです………」

 

「俺もまだ分からんさ、だが仮に死人がいなくても、放たれたメガ粒子砲が街や家を破壊したのは事実で、そこの場所が故郷や帰るべき家、居場所だった人々がいたんだ」

 

「じゃあ俺はどうしたらいいんですか………」

 

「家に帰って寝ろ、そして学校に行け」

 

「無理ですよ!今日を忘れろって言うんですかっ!」

 

「ならばお前はどうしたい」

 

カミルは驚愕した。

彼は自身が我儘(わがまま)を言っている自覚があった。

だから目の前の『大人』が、抗えない程の正しい理屈で自身を押さえ込んで、組織として真っ当な働きをするものだと考えていた。

 

だが、目の前の大人……『ジンネマン艦長』は、未だ真っ直ぐとした眼を逸さなかった。

 

「ドゥーを説得したいです」

 

「どうやって」

 

「黒いガンダムに乗ります」

 

「お前に乗れるのか」

 

「乗ってみせます」

 

「ソイツは俺たちの仲間である『ロベルト』を堕とした人殺しだ」

 

「罪を償わせてみせます」

 

「ソイツは昨日会ったばかりのヤツからの説得に応じるのか」

 

「やってみせます」

 

「他のテロリスト共はどうする」

 

「捕まえて罪を償わせたいです」

 

「お前がドゥーやテロリストを撃墜させて死なせたらどうする」

 

「一生をかけて罪を背負い続けま「口だけなら何とでも言えるっ!!」

 

カミルは震えていた。

 

目の前の『大人』は、ずっと正しい事を言っていて、決して揺るがない『信念』を胸に抱いていたからだ。

 

口の中が渇き掌から汗が滲む。

視界はボヤけ心臓が早鐘を打つ。

 

「それでも!……俺はそれでもドゥーをなんとかしたいです……!」

 

だがカミルは吠えてみせた。

目の前の威圧感に負けないように、必死に声を張り上げた。

なぜ、カミルはここまでしてドゥーを救いたいのか。

その理由は彼自身にも分からなかった。

 

(だからって、このまま見捨てるなんて…!)

 

カミルはそれでも手を尽くしたいと考えた。

 

そこに正しい理屈はない。

大層な理念もない。

因縁とか宿命とか使命でもない。

 

ただ目の前に『理不尽』があって、それはまた『別の理不尽』のせいで生まれた理不尽だった。

それが許せなかった。

 

その彼が抱える『許せなさ』の『根源』とは何か…?

 

カミルには、まだ分からなかった。

 

「だがいいだろう」

 

「……………は?」

 

「ドゥーとやらを説得するまで、お前を『エゥーゴ』の民間協力者とする」

 

「い、いいんですか…?」

 

「お前は放っておいたら俺たちのMS(モビルスーツ)を盗んだり超小型飛行機(ホモ・アビス)で特攻仕掛けたりしかねん」

 

「………………そ、それは……」

 

「だから『カミル・リンクス』」

 

ジンネマンは、一度大きく息を吸い込んでから、背筋を伸ばし、カミルの目をしっかりと見据えてこう言った。

 

「『それでも』と言い続けてみせろ」

 

「っ………ジンネマンさん……」

 

「例えこれから先、どんな現実を突きつけられようとも、決して自分を見失うな」

 

少年の目は涙で滲んだ。

艦長が放ったその言葉が、どれだけ力強いか……

その言葉が一体どれだけの勇気を授けてくれたのか。

 

カミルの心に勇気が芽生え始めた。

彼のように『心の芯』からの言葉であれば、例え今日出逢ったばかりの人間の言葉であっても、心で響き合えると確信したから。

 

きっと互いに『分かり合える』と確信したから。

 

 

 

 

ガランシエルの居室。

上空で無事に『サイコ・ガンダム』を格納し終えた『ドゥー・ムラサメ』は『サイコスーツ』を部屋の片隅に脱ぎ捨て、つい先日手に入れたばかりのぬいぐるみ『曹長』を抱え、簡素なベッドの上で膝を抱えて座り込んだ。

 

彼女は殆ど全裸だった。

下着や部屋着などを身につけず、病的なまでに白い肌を晒しながら、ただ何をするでもなく『曹長』を抱きしめていた。

 

「なんで……今日はキラキラが……」

 

ドゥーは強化人間である。

彼女はティターンズ小隊で唯一『サイコ・ガンダム』に搭乗できる。

そしてサイコミュを用いて操作できる。

 

彼女はムラサメ研究所の中でも、優秀な被験者だった。

数々の人体実験を受けても尚、心身共に崩壊しない強靭さを生まれ持っていたからだ。

 

だが、それでもドゥーは問題を抱えていた。

 

それが『()()()()』である。

 

彼女はサイコ・ガンダムに搭乗している状態で感情が昂ると、精神が機体のサイコミュと同調する性質があり、そのサイコミュは彼女に『幻覚』を見せた。

 

『キラキラ』の正体は『陶酔』だった。

 

ドゥーはキラキラに……陶酔に依存していた。

その景色が魅せる美しさに魅入られた。

そして自身が『大きな何か』と『接続』され、より大いなる存在へと重なっていく感覚を求めた。

 

それが『快楽』だった。

 

記憶や家族、人との触れ合いや『自由』を失い、心身共に研究対象となってしまった少女にとって、この『快楽』は生き甲斐そのものであった。

 

だからドゥーは何もかもがどうでもよかった。

 

ただ『サイコ・ガンダム』に乗り、サイコ・ガンダムそのものとなり、コックピットの中でキラキラを眺める事にしか興味がなかった。

 

「カミル……奪わないでよ僕から!」

 

ドゥーは抱きしめた『曹長』を部屋の片隅まで投げ捨てた。

そして息を荒くして、爪を立てて身体を掻き毟る。

白い肌に紅い線が刻まれていく。

長い髪の数本が指に絡め取られ抜け落ちる。

それでもドゥーは止められなかった。

 

何かが変わってしまう事が恐ろしかったのだ。

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