私のたった一つの望み、ドゥー・ムラサメ救済 作:黙っている一般将校
『ドゥー・ムラサメ』は、『変形』させた『サイコ・ガンダム』を操り、両腕の指基部のマニピュレーターから『メガ・ビーム砲』を放ちながら、カミルが搭乗している黒いガンダムこと『プロトタイプ・サイコガンダム』に接近した。
「当たるものか…っ」
カミルは素早くレバーを動かし、ペダルを踏み込んで高速機動をして、ビームを回避してみせた。
避けられたビームはコロニーの外壁に着弾したが、外壁は非常に頑丈な作りをしている為、一発二発程度であれば耐える事はできる。
しかし、学校でエレクトロニクスを学んでいたカミルは、実際に直近でメガ・ビーム砲を見た事で、これはそう何度も耐えられるものではないと悟った。
「俺も飛び回らないと……」
カミルは独り言を呟きながら、スラスターを吹かして、所詮はまだ付け焼き刃の不恰好な空中機動を駆使してみせた。
それは御世辞にも洗練された機動とは言えないが、相手よりも有利な位置まで移動する、という目的だけは成し遂げていた。
そして、黒いガンダムと入れ替わるようにして、コロニーの外壁に『サイコ・ガンダム』が降り立つ。
黒いガンダムは頭頂高『19m』と、平均的な
その頭頂高は『50m』と規格外の巨体。
カミルの『黒いガンダム』の2倍以上の大きさである『サイコ・ガンダム』は、異形のような頭部も相まって、御伽噺の悪魔のような、或いは古代の神話に登場する、神と敵対した『巨人』を彷彿とさせる外見をしていた。
(ビーム・ライフルがマトモに効かんとは……)
先んじてサイコ・ガンダムの頭上で高速機動をしていたクワトロは、手当たり次第にビーム・ライフルを連射する。
しかし、サイコ・ガンダムの装甲はあまりにも厚く頑丈で、並の出力しかない兵器では、精々擦り傷にしかならないと判断した。
「誰っ!?」
「クワトロ大尉はやらせない!」
上空に向かって指基部の『マニピュレーター』を向けるサイコ・ガンダム。
その様子を見て、狙いを悟ったカミルは、両足に満身の力を込めてペダルを踏み込んだ。
スラスターから青い炎の濁流が溢れ出る。
そしてミサイルのように飛び出した黒いガンダムは、吸い込まれるようにサイコ・ガンダムの頭部に張り付いた。
《ドゥー!俺だよ……カミル・リンクスだよっ》
《………………っ!》
《は、早くソイツから降りてくれっ………そしてまた一緒にホットドッグを食べよう!》
カミルは接触回線を用いてドゥー・ムラサメに、叫ぶように訴えかけた。
その声色は震えていて、上擦っている。
それでもカミルは、極度の緊張、戦場の空気という
つまり
直ぐ目前にいるパイロットの少女………
『ドゥー・ムラサメ』の為に。
《……………るさぃ》
《ドゥー!》
《うるさいうるさいうるさいッ!》
黒いガンダムのコックピット内にあるスピーカーから、彼女の金切り声が鳴り響いた。
それは悲痛に塗れた声だった。
《あああ゛ああああ゛あ゛あ゛あああッ》
サイコ・ガンダムに搭載された『バイオセンサー』がドゥーの煩悶と呼応し、コックピット内部を揺らす。
悪魔の機体『サイコ・ガンダム』は、搭乗した人間の感情に感応し、精神を蝕む。
特に『負の感情』と感応する『サイコ・ガンダム』のサイコミュは容易く搭乗者の心を破壊していくのだ。
《そんなものに飲まれちゃダメだっ》
《僕から…………僕から『本当の身体』を取り上げるつもりなの!?》
《本当の身体じゃないっ!》
突如、サイコ・ガンダムが動いた。
頭部に取り付いた黒いガンダムを両腕で掴み、指基部のマニピュレーターから『メガ・ビーム砲』を放とうとしたのだ。
指基部にエネルギーが充填され、マニピュレーターに光が帯び始める。
(やはり戦場で人を救えるものか!私を恨んでくれ!カミル君!)
その様子を一部始終見守っていたクワトロは、すかさず『リック・ディアス』を操り、白兵戦用格闘兵装『ビーム・サーベル』を起動した。
そうしてクワトロがペダルを踏み込もうとした、その刹那…………
クワトロは言い様の無い奇妙な感覚に襲われた。
◆
かつて『ジオン・ズム・ダイクン』は………
『ニュータイプ』という存在を………
『宇宙という過酷な環境で認識能力を拡大し、慈愛に満ちた精神を得た人類』と定義した。
◆
綺麗な景色だと思った。
光の奔流。
虹の結晶。
眩い閃光の線が奔って………
鮮やかな色彩が、光景を彩っていく。
恐怖は感じない。
寧ろ、とても心地良い。
暖かい光………………
「
そうとしか言えない。
だけど、それが最も適切に思える。
この光を見て思いつく事は、それだけだ。
「カミルもそう思う?」
「えっ……?」
あまりに光が暖かいから、気づかなかった。
俺の目前には、一人の『少女』がいた。
「ドゥー」
「
少女は微笑んでいる。
穏やかに、嫋やかに、どこか気恥ずかしそうに……
「わからないよカミル」
「えっ…?」
「どうしてなの」
唐突に少女は首を傾げた。
雑多に伸びた白髪が、彼女の真っ白な肌を撫でる。
まだ幼い、あどけない仕草。
それが俺には、やけに眩しく見えた。
「もっと知りたいんだ、ドゥーの事を」
「僕………の、ことを………」
「そして好きになりたい」
「…………………………」
「他の誰でもない『ドゥー・ムラサメ』の事を」
あぁ、何を言ってるのだろう。
だけどこれが本音。
俺の嘘偽りない本当の想い。
俺は……もっとドゥーを知りたい。
そして好きになりたい。
理屈じゃない。
理由もない。
打算とか策略とかでもない。
ただそれだけの純粋な願い。
『私のたった一つの望み』
それだけの事。
「でもねカミル……僕はサイコ・ガンダムなんだ」
「なっ………ま、待って………」
少女が遠ざかっていく。
縋るように手を伸ばしても、少女は向こうへ遠ざかっていく。
「僕は『ニュータイプ』なんだ……自らの意思で進化を選んだ新たなる人類……カミルたちとは違うんだ、だからわかりあえっこないよ」
「そんな事ない!人の心の暖かさに…ニュータイプもオールドタイプも関係ないよ!……スペースノイドとアースノイドだってそうだ!お金持ちとか貧乏とか、普通の人間とか強化人間とか!そんなの……そんなの些細な違いじゃないか!」
「違うんだよ僕たちはっ!」
取り残された僅かな色彩が、
「僕は…ドゥー・ムラサメは『心臓』なんだ!他でもない『サイコ・ガンダム』がそう言っているッ!」
光の奔流が闇に呑まれていく。
虹の結晶が砕けていく。
暖かい光が消えて、冷たい風を感じる。
「そうか」
ドゥーは背を向けて遠ざかっていく。
まだ僅かな光に向かって、振り返る事もなく。
「そうかよ……っ!」
視界がボヤけてくる。
酷い頭痛がして、歯軋りの音がやけに聞こえる。
「この分からず屋っ!」
闇の中にいる。
怒りが赤い光のように感じる。
悲しみが青い彗星のように見える。
力を求めている気がする。
何かと感応している気もする。
誰かが『戦え』と言っている。
「うるさいよガンダムッ!」
声が聞こえる。
音が聞こえる。
憎しみを感じる。
怒りさえも感じる。
力が漲る。
神経が苛立つ。
迸る精神が行き詰まる。
「だったら……!俺が終わらせてやる…っ!」
光の奔流が消える。
◆
クワトロは狼狽していた。
「ど、どういうんだ……!」
目前で繰り広げられる
その景色は異常だった。
『サイコ・ガンダム』の腹部から放たれる『メガ拡散ビーム砲』を、黒いガンダムはその場から動く事なく仁王立ちで受け止めていたのだ。
それは躱せなかったからではない。
況してや自殺行為でもない。
黒いガンダムこと『プロトタイプ・サイコガンダム』に搭載された『Iフィールド』が、ビーム砲を受け止めているのだ。
「ええいっ!ならば…私の《手を出すなっ!クワトロ大尉!》……な、カミル君の声だとっ!?」
黒いガンダムを救出するべく、サイコ・ガンダムに特攻しようとしていたクワトロは、突如スピーカーから聞こえるカミルの声に驚愕した。
(ミノフスキー散布下だというのに…!?)
《俺が決着をつけてやるんだ!大尉はティターンズとG3ガスを!》
「それはできな…っ!やはり回線が動いていない!」
クワトロは一瞬、手元に目線をやってしまった。
直ぐに気を取り直して目の前を見ると、ビーム砲の奔流の中を歩いていた黒いガンダムが、突如として飛び上がった。
そして、黒いガンダムは拳を振りかぶって、サイコ・ガンダムの胸部を勢いよく殴打した。
それから黒いガンダムは、さっき迄と見違えたように俊敏な動きでサイコ・ガンダムの周囲を跳び回り、僅かに浮き上がった装甲の一部を強引に引き千切り始めた。
《あ ああ゛あ゛あ゛あ゛ぁッ!》
本来ならばノイズしか流れない筈のスピーカーから、グチャグチャに歪んだ『何者か』の咆哮が鳴り響く。
オカルティックな状況、非科学的な光景に、クワトロは狼狽した。
「ぐ……ええい、ままよ!」
クワトロは、もはや自身の力ではどうにもならない事を悟り、後ろ髪を引かれながらも、少し離れた所で戦っているエゥーゴの
「ならばやってみせろ!」
最後に、一言だけ激励の言葉を残して………
◆
頭痛がする。
酷く頭が痛い。
肺が絶えず酸素を求めている。
ヘルメットを投げ捨て、僅かでも酸素を求める。
だが足りない。
視界の端が真っ赤だ。
悪寒を感じるのに、やけに熱を感じる。
特に身体の芯に熱がある。
肉体が引き裂かれそうな気がする。
何か強い力に引っ張られている。
重力に魂を引かれた人々のように。
「あああ゛あ゛ぁ……ぁあ゛あ゛ッ」
肉体をコントロールできない。
精神がオーバーロードしている。
痛くて辛くて苦しくて。
誰を憎んでいるのか。
何を恨んでいるのか。
最早それさえ分からない。
《カミルのは偽物のガンダムッ!僕たちがホンモノのガンダムなんだッ!》
サイコミュか。
これがサイコミュの力だと言うのか。
『心とマシンを
こんなにも、痛くて、辛くて、苦しいのか。
だとするのなら、これは
「こんのっ……ドゥーのバカヤロウッ!」
拳が痛い。
それでも何度でもガムシャラに殴りつけて、殴りつけて、殴りつけて…………
《装甲が……!…ぼ、僕の身体がぁっ……!》
殴りつける。
殴りつける。
殴りつける。
熱を感じる。
酷く身体が暑い。
そして熱い。
俺は炎の中で座っている。
身を焦がす程の炎の中に。
《ああああ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!》
悲鳴が聴こえる。
喉が張り裂けるような金切り声だ。
耳元直ぐで聴こえる。
だけども、俺は何度でも殴りつけた。
そして、気がついたら…………
《あ゛ああッ!あ゛あッあ゛あぁあああ゛っああ゛あ゛ッ!!!》
そうだ。
こんなもんじゃないぞ。
お前のせいで死んだ人は、こんなもんじゃなかったんだ。
皆、悲鳴すら叫べずに死んだんだ。
それが分かるんだよドゥー。
みんな、死んじゃったんだぞ。
明日の予定も来週の予定もあったのに。
痛いか、ドゥー?
俺も痛いよ。
でもこんなもんじゃないんだ。
死んだ人の無念は、痛みは、苦しみは……!
呪われた
それがお前の償いなんだ!
《キィッ…ぁぎ…キラ゛ギら……ぼ…ぅ…のォ…ぃきラ゛ッ!!!》
「…………ぁ……は、はは………はははっ」
笑ってしまう。
頭が痛い。
笑っちゃうよドゥー。
頭が痛い。
そんな声出しちゃってさ。
頭が痛い。
なんて声なのさ。
頭が痛い。
そんなにキラキラが大事なのかよ。
頭が痛い。
そんなもん何だってんだ。
頭が痛い。
「ざまぁないぜ……人を殺したんだよお前は……」
そうだ。
ドゥーは人殺しじゃないか。
まだあんなに細い子だけど。
白くて、幼くて、あどけないけど。
人殺しじゃないか。
コロニー内で戦争しちゃって、ビーム砲なんかブッ放してしまって、たくさんの人を殺しちゃって。
そうだよ、マトモじゃない。
ドゥーはマトモじゃないんだ。
何でなんだ………
何でそうも簡単に人を殺せるんだよ…!
許してはダメなヤツだ………!
生きてちゃいけないヤツなんだ!
「お、お前なんか……っ!!」
手が震える。
俺の手、血で滲んでる。
すごく痛い。
痛くて泣いてしまった。
けど、涙じゃない。
血だった。
目から流れ落ちたのは、俺の血。
頭が痛いのも、手が痛いのも、目が痛いのも、心が痛いのも、全部、ぜんぶ、おまえのせいだ。
だからおれは………このスイッチをおして……
もう、おわらせてやるしか…!
◆
◆