世の中には、ちゃんとしている人間が多すぎる。
ちゃんと働いて、ちゃんと将来を考えて、ちゃんと生きている。
そういう「ちゃんとした感じ」に、俺は昔から少し距離を置いてきた。
嫌いというほど強い感情じゃない。
ただ、信用していない。
俺は中古のコンパクトカーに乗っている。
理由は単純で、燃費がよくて、壊れにくくて、余計な主張をしないからだ。
車に個性とか思想を求めるやつは、だいたいレッテルこだわるやつだ。
相棒は信用できればいい。
四国を一週間走った。
別に「四国に行きたかった」わけじゃない。
カレンダーが空いていて、
行けそうだったから行っただけだ。
道は驚くほど普通だった。
山道も、海沿いも、町も、全部どこかで見たことがある。
それが悪いわけじゃない。
むしろ安心した。
「世界はだいたい同じ顔をしている」という事実は、
人を無駄に期待させない。
上りのカーブで、リアが少し流れた。
ほんの一瞬だ。
下手なやつなら騒ぐところだが、
俺は「ああ、そうか」と思っただけだ。
速度は80キロ。
路面はややウェット。
外気温は5度くらい。
前のタイヤは比較的新しくて、
後ろは急場しのぎの中古。
条件が揃えば、
車は裏切る。
人間と同じだ。
こういうとき、
原因が分かると気が楽になる。
感情とか、運命とか、
そういう胡散臭いものを持ち出さなくて済むからだ。
俺には交際相手がいる。
一応、ここで触れておいたほうがいい気がする。
後で説明するのが面倒になるからだ。
彼女とは、うまくいっている部類だと思う。
大喧嘩もしないし、
致命的なズレもない。
歩く速さも、
食事の好みも、
相似性は高い。
だから余計に、
説明が難しい。
旅に出ると、
連絡は減る。
減るけど、
切れはしない。
切る理由もないし、
切ったところで何かが劇的に変わる気もしない。
夜、
どこかのビジネスホテルで、
どうでもいいテレビをつけながら、
短いメッセージを返す。
「無事ならよかった」
「気をつけてね」
そういう言葉は、
正しい。
正しすぎて、
少し退屈だ。
会えば、
ちゃんと話す。
ちゃんと笑う。
ちゃんと愛する。
ただ、
一緒にいても、
一人のときと
思考の密度が変わらない瞬間がある。
それに気づくと、
俺は少しだけ冷める。
期待していたわけじゃないのに、
勝手に失望する。
そういう自分が、一番信用ならない。
旅に何を求めているのかと聞かれたら、
正直、何もない。
自己発見とか、
人生の転機とか、
そういう大げさなものは、
だいたい後付けだ。
俺が欲しいのは、
「説明しなくていい時間」だけだ。
知らない町で、
誰にも期待されず、
誰の未来にも組み込まれない状態。
それが、少しだけ楽だ。
最近、
旅に慣れてきている。
それが良くない兆候だということも、
なんとなく分かっている。
慣れた瞬間から、
それは日常になる。
日常になったものは、
どんなに移動しても、
結局は動いていない。
今が一番好きだ。
この距離感、
この自由度、
この「まだ決めていない」状態。
でも時間は、
驚くほど無遠慮に進む。
俺の都合なんて、
一度も聞いてくれない。
エンジン音を聞きながら、
俺は思った。
このまま何も選ばずにいたら、
きっと「選ばなかった人生」だけが、
きれいに完成する。
それが一番、
皮肉が効いている。