選択の期限   作:下等遊民

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他人と生きる想像は、だいたい生活感から始まる

他人と生きる、という言葉は曖昧だ。

映画みたいな場面は含まれていない。

だいたいは、

ゴミ出しとか、

光熱費とか、

風邪を引いたときの段取りとか、

そういう話になる。

俺がそれを実感するのは、

旅から帰ったあとだ。

冷蔵庫を開けて、

何も入っていないのを確認する。

それで特に困らない。

外で食べればいいし、

食べなくても死なない。

でも、

「誰かと暮らしていたら」

という仮定が、

一瞬だけ割り込んでくる。

その瞬間が、

妙に生々しい。

彼女は、

俺より生活がきちんとしている。

洗濯の頻度とか、

食事の時間とか、

そういうものを

わりと真面目に守る。

俺は守らない。

守らなくても、

問題が起きないからだ。

その違いは、

致命的ではない。

でも、

埋まらない。

「合わせればいいじゃない」

という意見は、

正論だ。

世の中は、

だいたい正論でできている。

ただ、

正論は人を疲れさせる。

合わせる、という行為は、

一度や二度ならいい。

問題は、

それが日常になることだ。

日常になると、

それは性格になる。

性格になると、

もう戻れない。

俺は今まで、

戻れない場所を

何度か見てきた。

仕事も、

人間関係も、

だいたいそうだ。

だから、

「まだ戻れる場所」に

長居してしまう。

旅もそうだ。

いつでもやめられる、

という感覚があるうちは、

続けられる。

でも、

それを日常にした瞬間、

逃げ場は消える。

家庭も同じだろう。

選んだ瞬間に、

「選ばなかった人生」は

永久に失効する。

それが怖い、

というより、

面倒だ。

失ったものを

いちいち数える人生は、

たぶん俺には向いていない。

彼女と話していると、

未来の話が出ることがある。

露骨じゃない。

さりげない。

引っ越しとか、

仕事の話とか、

そういう形をしている。

俺は曖昧に返す。

逃げているわけじゃない。

まだ確定させたくないだけだ。

「今が一番楽しい」

という言葉は、

免罪符として便利だ。

誰も否定できないし、

責任も取らなくていい。

でも、

それを何度も使っていると、

自分でも信用できなくなる。

夜、

一人でいると、

考えが増える。

孤独が辛いわけじゃない。

静かすぎるだけだ。

誰にも邪魔されない時間は、

最初は自由に感じる。

そのうち、

監視されているみたいな

気分になる。

逃げ場がないからだ。

自分から。

家庭を持った人間が、

「自由がなくなった」と言うのを聞くと、

俺は半分だけ同意する。

正確には、

自由が即断できなくなった

だけだろう。

その代わり、

判断を共有できる。

それが救いなのか、

足枷なのかは、

人による。

俺の場合、

たぶん後者だ。

でも、

一人で判断し続ける人生も、

それはそれで消耗する。

どちらも、

消耗する。

だったら、

どちらの消耗を

引き受けるか、

という話になる。

そう考えた瞬間、

少しだけ現実味が増した。

選択は、

理想を選ぶことじゃない。

不快を選ぶことだ。

どの不快なら、

文句を言わずに

持ち続けられるか。

それを考え始めた時点で、

俺はもう、

完全に無関心ではいられなくなっている。

それが、

一番気に入らない。

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