side:ミヨ
コン、コン、コン
『はーい』
「…入るぞ、ヤチヨ」
部屋の前でノックをし、相手からの返事があったことを確認し、部屋の中に入る。
―――そこには、あの日と変わらずベッドで上半身を起こしているヤチヨがいた。
「おはよう。…調子はどう?」
「おはよーミヨ!調子は…相も変わらずって感じかなあ。」
「そうか…よかった…」
「もー、ミヨってば心配しすぎ―!意思ちゃん…ちゃん?も魂が解けきるにはまだ時間があるって言ってたじゃん。もっと楽しく!朗らかに行こうじゃありませんか☆」
ヤチヨの体調を、いつも通りを装い、その実緊張しながら聞いた俺の口から思わず安堵のため息が零れると、ヤチヨはけらけらと笑いながら明るく言う。
―――そう、俺は…いや。俺とヤチヨはヤチヨの提案通り、ヤチヨのことをそのまま見送ることにした。
結局のところ、ヤチヨの願いを断れなかった。その一言に尽きる。
結論を出すまでに、何度も、何度もヤチヨと話し合ったし言い合いにもなった。
でも、
『…正直に言うとね、この体をもらってから私たちの前で死んだ人たちのことを夢に見るの。
「どうしてミヨはお前だけを助けるんだ?」「ミヨは俺たちのことを助けなかったくせに、どうして幸せになろうとしているんだ?」「あの時、あなたがミヨにお願いしていれば私は助かったのに」って、夢の中で言われるの。
それを聞いて、感じて、わかったの。私は心のどこかでミヨがいれば何とかなる、助かるって思ってること。そのことに喜びを、優越感を抱いていること。
そして…この先もミヨを頼りにしていたら、私はやがて生きることに執着するだけのモノになる、って。
―――だから、そうなる前に私は私らしく終わりたい。あなたの好きな私のままで居たいの。
お願い、ミヨ―――私に、綺麗に死ぬ権利をちょうだい?』
そう言われてしまえば、俺は何も言えなかった。俺だけじゃない、いろはも、(何か言いたげだったものの)かぐやもその言葉には異を唱えられなかった。
そしてそのまま押し切られるような形でヤチヨの言葉通り、見送ることになったのだった。
いろはは、『二人が決めたことなら…私に、口を挟む権利はありません…っ。でも、そう決めたのになにも言えない…助けになれない自分も嫌で…ごめん、ごめんなさい…っ』と泣きながら帰り、それ以降顔を出していない。
かぐやも『こんなの…こんなの、全然ハッピーエンドじゃないよ…』と、俺たちの決断を否定しようにも打開の方法が思いつかないからか、ぽつりとそう言って、彩葉と帰っていった。かぐやも以降は顔を出してはいない。
俺も、なんと言えばいいのかわからず、チャットでの会話もできていない。
ヤチヨは『二人が来ないのは残念だけど、久々にいっぱいミヨを独り占めできる~♪』と言っていたが、夜自室で『身勝手でごめん、ごめんね…っ』と二人に謝っているのを聞いた。
でも俺が行くと、無理にでも笑顔を作って話そうとする。
そんな、いびつな日々を過ごしながら、俺たちは別れへの道筋を着々と…着々と辿っていた。
あの日から、一か月と数日が経った頃。
「ねえねえミヨ!今度のどようーーーぁ」
「ヤチヨ!?」
それまで元気いっぱいに話していたベッド上のヤチヨの体から、くたり、と力が抜けてしまうのを見た。
「ぁ、ぁはは…いよいよ、かなぁ…」
「そんな…待っていろ、今すぐにかぐやと彩葉を呼ぶから…!」
俺はすぐさまチャットでかぐやと彩葉へヤチヨの状態が急変したことを送る。
すぐに既読が付き、彩葉は返信はなかったが、かぐやは〈いろはと行く!〉と送ってくれた。
「すぐに二人も来るからな…!」
そう言ったが、ヤチヨからの反応は芳しくなく
「ちょ~っと、間に合わないかもなあ…。」
とつぶやいていた。
「そんな…ヤチヨ…ヤチヨぉ…!」
俺がその言葉に涙ぐみながらヤチヨにみっともなく縋りつくと、ヤチヨは苦笑しながら
「ありゃりゃ、なきむしだねえ。…ねえ、ミヨ。さいごにおねがいしても、いいかなぁ?」
そう、言ってきた。
「やちよ…?」
「わたしね、もっともっといろんなものをミヨとみたかったの。きれいなものも、きたないものも…だから、いきて、いきて、いきて。すてきなものも、いやなものもたくさんみてください。それで、いつかわたしとまたあえたら、そのときはあなたがみたものをおしえてくれるとうれしいな…」
それは、俺が後を追わないようにするための、“楔”だったのだろう。
「わかった…約束、するよ」
「ぜったい、だからね?すぐにこっちにきちゃ、ヤダよ…?」
「ああ…ああ…!」
「ながい、ほんとにながいじんせいだったけど…あなたがいてくれたから、なんとかがんばってここまでこれた」
そこで、言葉を切って、もう指を動かすのも厳しいだろうに、ヤチヨは俺の頬に手を添えて、万感の想いを声に乗せて、こう言った。
「ありがとう、ミヨ…。あなたを、こころのそこから、あいし、て…いま、す―――」
ぱた…
頬に添えられていたヤチヨの手がベッドに落ちる音が、いやに大きく聞こえた。
―――その音が、ヤチヨがもうこの体にはいない何よりの証拠になった。
「あ、ああ…。う、うああああああああああああああああ!!!」
俺は、俺が壊れる音を聞いた。
side:彩葉
十数分後、
「―――みよ、さん」「み、よ…?」
「……」
ミヨさんからのメッセージを見て、急いでミヨさんたちの家に向かった私とかぐやの眼前にあったのは、眼を閉じ、動かなくなったヤチヨの体を抱きしめてぶつぶつと何かをつぶやいているミヨさんの姿だった。
ミヨさんはこちらを見ることなく、立ち上がって部屋を出て行こうとした。
ヤチヨの動かなくなった姿を見て、私はへたり込んでしまって動けなくなってしまった。
かぐやは、涙を目に湛えながらもミヨさんを引き留めようとしていた。
「ミヨ!そんな状態でどこ行くの!?」
「…ああ、かぐや、か。」
かぐやに腕をつかまれ、ようやく私たちを認識したミヨさんは涙を流し続けながら
「行かなきゃ、いけないんだ」と言って何処かへ行こうとしている。
「どこに!?」
「ヤチヨと、約束したんだ。いろいろなモノを見るって。そして、この旅を終えてもう一度俺はヤチヨに―――。…だから、さよならだ、二人とも。」
「待って…まってよミヨぉ!」
「ごめんな。もう俺には、ヤチヨ以外のモノに価値を見出せない」
そう言ってミヨさんは、かぐやの腕を優しく解き、かぐやの声に耳を貸すことなくそのまま霧のように消えた。
残されたのは、なにもできなかった私と、どうにかしようとしたけれど届かなかったかぐやだった。
―――これ以降、私とかぐやがミヨさんに会うことはなく。
代わりに、世界中である噂が出回るようになった。
曰く、涙を流した男性が、純白の髪の女性を抱えながら歩き続けているのだと。
―――END1:ただ一人、愛しの君へと至る路を歩む
―――なるほど。最愛を喪い、絶望したことで最愛の残した
確かにそれしかすがるものがなくなったと考えるのは妥当でしょう。
…ですが、それしか本当になかったのでしょうか?
他に選択肢は?方法は?突破口は?まだまだあったのではないですか?
本当にこの終わり方でよいのでしょうか。いいえ、良くない。
この終わり方は「妥当」ではあっても「理想」ではありません。
―――故にこそ、全てを逆巻きましょう。あなた方が、「理想」に辿り着けるように。
誰一人取りこぼさず、明日を迎えられるように。
…え?何が言いたいかって?それはまあ、簡単なことですよ。
つまるところ―――やり直し、です。
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ミヨ