芹澤菜々子と三宅川愛梨のお話   作:藍沢カナリヤ

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1 夜、小咄

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 私、芹澤菜々子。

 その年の4月、小中高校一貫の私立学校での教師生活も4年目に突入しようとしていた。3月に卒業生を送り出し、改めて中学1年生を受け持つことになった私は、入学式を無事に迎えることができた。私のクラスは、小学校からそのまま上がってきた子がほとんどで、人間関係やグループもほぼ固まっている。外部入学の子と他の子たちの架け橋になるよう心がけ、それなりに軌道に乗ったと言っていいと思う。

 そこで私は彼女に出会った。三宅川愛梨ちゃん。中学からの外部生で、親の都合で引っ越しがてら、ここに入学したらしい。学力は並、周りの子ともそれなりに上手くやっているような気がした。けれどーー。

 

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「……なーんか気になるんだよなぁ」

 

 貴重な休日。実家の自分の部屋で、私はベッドに横になったままそう呟いた。素行が悪いわけでもない。逆にめちゃくちゃいい生徒って訳でもない。ただ、その笑顔が気になった。作り笑顔。それは別に特別なことじゃない。誰だってすること。でも、なんだろう、うーん。

「んー、なんだろう、うーん」

 言語化できないモヤモヤが頭を支配する。国語教員としては致命的だとは思う。けれど、やっぱりこの違和感に似た感覚を言葉にすることはできなかった。

「菜々子~?」

「っ、あ、はーい」

 声は下の階から。自室から顔を出すと、お母さんが2月に生まれた妹2人をあやしながら、茶の間から顔を出していた。

「どうしたの?」

「あ、ごめんね。お客さん、出てくれる? りりとるるがぐずっちゃって」

「うん、分かった」

 とてとてと階段を下がり、そのまま玄関へ。すると、そこには見知らぬ女性がいた。30代後半、といったところかな。活発そうな印象と上品さ、どちらも感じる不思議な雰囲気を感じるその女性は、こちらにペコリと頭を下げ、言う。

「先日、隣に引っ越してきました三宅川と申します。今日はご挨拶に参りました」

 そういえば、確かに数日前、隣の空き家に引っ越しのトラックが停まっていたな、と思い出す。そうか、あそこに人が入ったんだ。

「ああ、ご丁寧に。芹澤と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いいたします。こちら、少しですが……」

「あ、ありがとうございます」

 お礼を言って、引っ越しの挨拶の手土産を受け取った。そこには『三宅川』と書いてあって。珍しい名字だなぁと思いながら、ふと思い至る。

「ん? みやがわ、さん……」

「はい。ああ、それからこちら、うちの娘の……」

 

「愛梨です。よろしく……へ?」

「あ、あいりちゃん?」

「菜々子、先生?」

 

 こうして、私とあいりちゃんは、教師と生徒以外の関係性になった。ご近所さん、という関係に。

 どうやらご両親はサーカスの団員のようで、日本中を飛び回っているらしい。あいりちゃんが小学生の頃は、そのたびに転校を繰り返していたらしいが、中学入学を機に腰を落ち着けるようにした、とのこと。ただご両親は相変わらず忙しいみたいで、あいりちゃんはその都度、うちでご飯を食べたりしていた。その度に、彼女の笑顔に明確に違和感を覚えるようになった。

 

 そんな関係が、2年ほど続いて、私が27歳、彼女が中学3年生になった冬。いつものようにうちで夕飯を食べて、その後、珍しく暗い顔をしたあいりちゃんに私は声をかけた。

「あいりちゃん、どうかした?」

「……ななこ、せんせ」

「ここでは、先生じゃなくていいよ?」

「…………ななこ、さん」

「なあに?」

「ウチ……高校、違うところに行くことになった」

「え……?」

 それは青天の霹靂だった。あいりちゃん曰く、ご両親の仕事がさらに忙しくなるらしい。拠点を首都圏に移すってことで、都市から少し離れているここでは不便になるから、ってことみたい。

「そっか……」

 3年になって、私はあいりちゃんの担任ではなくなっていて。だから、余計に彼女の進路については知らなかったんだ。

「寂しく、なるね……」

「………………でも、仕方ないことだから」

「…………」

 そう言った彼女の表情は、いつもの笑顔じゃなくて、とても沈んだ暗い顔をしていた。

「寂しい?」

「えっ、あ、いや……えへへ」

 そう尋ねると、あいりちゃんは誤魔化すように笑う。そんなことはないと言うように、笑う。私はそんな彼女の表情を見て、

 

「…………ぎゅー」

 

 反射的に彼女を抱きしめていた。

「へ!? な、ななこ、せんせ!?」

「ななこ、さん、でしょ?」

「あ、その……ななこさん……なんで……?」

 

「無理に笑わなくていいよ」

 

 それは自然に出てきた言葉だった。そこで、この2年間のモヤモヤがやっと晴れた気がした。それが違和感の原因。この子は自分の気持ちを誤魔化している。誤魔化して、抑え込んでいるんだ。

「…………いたいよ」

「……うん」

「いたい、よ」

「……うん、そうだね」

「いたい、よぉ……」

「うん。だから、いいんだよ、寂しかったら泣いても」

「っ」

 この後のことは語らない。語ってはいけない。

 

 結局、彼女の転校は止められなかった。そもそも私に止める権利はないしね。別れ際の彼女はまだ無理して笑ってはいたけど、

「連絡するからね」

「っ、うん」

 そう言うと、彼女は笑ってくれた。生徒との個人的な連絡先の交換は御法度なのは分かってる。でも、これはただのお隣さんの仲良しの女の子と連絡先を交換しただけだから。セーフ、なんです!

 そうして、私達は離れてからも連絡をとっていた。私の愚痴やら、あいりちゃんが頑張ってること、勉強の相談などなど、たくさんのことをお話しして。

 

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 出会いから7年後。

 お酒の飲める年齢になったあいりちゃんと久々に会って、せっかくだから飲もうなんて話になって。気づけば、

 

「え…………?」

 

 私は素敵なホテルのベッドの上にいた。痛む頭を押さえながら、自分の体を見れば、見事に生まれたままの姿で。

「な、なんで!?」

 必死に記憶を辿る。これって、あれだよね!? そういうことだよね!? ええと、昨日はあいりちゃんと久々に会えて、それで一緒に楽しくお酒を飲んだんだ。こんなお酒があるよとか、そんな飲み方はダメだよとか話しながら。それで、それで……あ、あれぇ? なんで記憶が飛んでるんだろう!?!?

「あ、ななこせんせ」

「っ」

 声のする方を見る。そこには、バスタオルを巻いたあいりちゃんの姿があった。自然な笑顔を向けている。たぶん彼女とは反対で、私の表情は歪んでいたことだろう。

「? どうしたの、そんなに変な顔して」

「え、あ、えっと、その」

「あっ……ふへへ、そうだよね」

 何かに得心がいったのか、あいりちゃんはそのまま、バスタオルを巻いた姿のまま、私の隣に座る。そして、ぴたりと私の太ももに手を当ててきた。

「ひゃっ!?」

「ふへへ、かわいいね、ななこさん」

「あ、あの、そのっ、あいりちゃん……?」

「なあに?」

「その昨日の夜は…………」

 そこまで言った私の唇に、彼女は指を当て、そして、告げた。

 

 

「とっても、激しかったね、な・な・こさん♡」

 

 

 そうして、私は元教え子と一線を超えたのでした。

 

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