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『次は雪花駅、雪花駅。20分停車致します。2分前までには車内にお戻りくださいませ』
アナウンスが聞こえ、『銀河鉄道』はまた止まる。駅のホームに降りればそこは一面の銀世界だった。真っ白な世界には足跡が1つもなく、一番乗りだったのだと気づく。
ぽす。
「わわ!?」
小さな音を立てて、首にひんやりとした冷たいものが当たった。飛んできた方向をみれば、あいりちゃんがせっせと雪玉を作っているところだった。
「ふへへ、隙だらけだよ、ななこさん」
「! ふっふっふっ、先に始めたのはあいりちゃんだからね~!」
私も負けじと雪玉を作り、投げる。ひょいっと避けるあいりちゃん。そして、あいりちゃんが再び投げた雪玉が、
「ひゃん……っ」
胸元に当たる。そして、
「ん……んっ」
特段マフラーをしていたわけでもなかったから、雪玉の欠片が胸元へと飛び込んでくる。
「も、もうっ! うぅぅ、少し入ったぁ」
「ご、ごめん……!」
「…………むぅ」
「あわわ……」
アタフタとするあいりちゃん。とてもかわいい。まぁ、だけど、冷たいのは事実だし。私はあいりちゃんの耳元に顔を寄せ、囁く。
「後で拭いてね?」
「へ……!?」
「ふふふ、じょーだん」
「うぅぅぅ、ななこさんのえっちー!!」
それからしばらく雪合戦をして遊んだ。そうして、駅に戻る直前に、ビューッと突風が吹き、雪が巻き上げられる。それを合わせて、顔を上げていたら、サクッと雪になにかが落ちる音がした。振り返ると、あいりちゃんが倒れていて。
「あいりちゃん!?」
「わ、とと、強風でバランス崩しちゃった。てへっ」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫!」
あいりちゃんの手を引こうとするも、あいりちゃんは1人で立ち上がれたようで。とにかく怪我はないみたいでほっと一安心。
『皆様のご乗車が確認されましたので、発車いたします』
アナウンスが流れ、『銀河鉄道』はゆっくりと進み始める。ついさっきまでいた雪花駅が後方へと流れていく。あいりちゃんは少し動いて疲れたみたいで、すーすーと寝息を立てだす。
「…………あれ?」
ふと違和感を覚える。あいりちゃんは日夜サーカスの修練をしてかなりタフ。だというのに、雪合戦で疲れて、寝る? これほど体力がなかったっけ。
「あいりちゃん……」
「ん……」
彼女の頭を撫でる。あいりちゃんはちゃんといる。なのに、ずっとあいりちゃんがこのまま消えてしまうようなイメージが付きまとってしまっている。視線を移せば、あいりちゃんの体が目に入る。少し、痩せた? そういえば、ダイエットをしなきゃなんて言っていた気もする。
「ダイエット……する必要なんてないのになぁ」
さらに視線は滑り、あいりちゃんの鞄が目につく。
「………………」
魔が差した。いや、何か本能的な部分で調べなくてはと思った。あんまりこういうことはしたくないんだけど。
「ごめんね」
あいりちゃんの鞄をそーっと手に取り、中を見る。鏡、ハンカチ、チケット。至って普通な持ち物。だから、油断していた。鏡で自分を映した瞬間に、
どろっ。
「っ!?」
鏡が突然真っ赤に染まる。血だ。そうわかったのは鏡の中の自分からその液体が溢れでているからで。
「っ…………なに、これ」
慌てて自分の顔を触る。けれど、何もない。幻覚?
何か変だ。今まで色んな変なことに巻き込まれてきたから分かる。何かが起きている。恐る恐る、ハンカチも手に取る。そこは真っ赤に染まっていて。
「っ………………あ、さっきの」
一瞬、体を震わせるが、これがさっき手を切った女性のものだと合点がいき、息を吐く。けど、
「……あれ? この血、完全に乾ききってる。ええと……あれからまだそんなに経ってないよね」
それに、そうだ。あのハンカチは女の人に渡したはず。なら、この血は誰の血なんだろう?
「…………チケット、にはついてないよね」
チケットも確認するけど、それ自体に変なところはない。その代わりに、チケットと同時にはらっと1枚のメモが落ちる。見れば、『一日六回、三時間おき』と書いてあった。
「?? なんだろ、なにかお薬とかの……にしては、なんというか……」
ふと、頭で何かが繋がりかける。
「…………鏡、ハンカチの血…………ううん、考えすぎかな」
そうだ。きっと考えすぎだ。変なことに巻き込まれてすぎて、変なことを考えてしまっているんだよ。
「……んん、うーん……? んぁ、寝ちゃってたぁ……」
「おはよ、よく寝れた?」
「うん、おはよう、ななこさん」
「…………」
「わわ!?」
あいりちゃんが驚いた声をあげたのは、私が彼女の体をぎゅっと抱き締めたからだった。でも、それも一瞬のことで、あいりちゃんは安心したように、こちらに体を預けてくれる。
「えへへ」
「よしよーし」
「ふへへ」
「……ねぇ、あいりちゃん、ダイエットとかしてない? なんかぎゅっとしたときに、少し細くなった気が……」
「えへへ、ダイエットはしてるけどそこまでじゃないよぉ」
「そっ、かぁ」
嘘は言ってない、かな。それにあいりちゃん曰く、そろそろ次の駅だという。きっと次の駅にも少し停車するのだろう。そう思って、念のため荷物をまとめていると、
『次は泡沫駅、泡沫駅。15分間停車致……す。2分前……車内にお戻りくだ……ませ』
アナウンスが流れる。って、あれ? なんだろ、今のアナウンス。なんだかノイズがかかっていたような。
「あ、れ? あいりちゃん、今のアナウンス、なにか変じゃなかった?」
「ん? 普通だったと思うけど?」
どうやらあいりちゃんには普通に聞こえていたようで、あいりちゃんは側に置いてあった『銀河鉄道』の案内を見ながら言う。
「この駅は、たくさんのキンセンカの花が咲いているきれいな場所なんだって。一面オレンジ色で今は雪も降っているし、白も混ざってきっと綺麗だよね! 花言葉は……えっと、なんだっけ? 忘れちゃった。まあ綺麗ならなんでもいっか」
記憶を辿る。ええと、たしか……。
「『別れの悲しみ』『悲嘆』『寂しさ』『失望』だったかな。あんまりいい言葉じゃないけど、綺麗ではあるよね」
「…………うん、いこう」
あいりちゃんに手を引かれて、ホームへ。外へ出れば、そこには一面に咲くキンセンカ。どこまでも果てなく続くオレンジ色に、雪の白がまるでベールのように包まれていて、とても綺麗だった。
「すごい、ね」
「うん…………あ!」
横のあいりちゃんも少しの間、同じようにその光景を眺めていたけど、ふと前へ進み、花の中へと足を踏み入れた。慌てて確認すれば、そこは立ち入って良さそうな区域だった。
「綺麗だと思わない? ななこさん」
手を広げながら、あいりちゃんはそう言う。
綺麗だと思った。どこか儚げで、とても、とても美しい光景だった。
「こんな綺麗なところにななこさんと来れて本当に幸せだよ。一緒に来てくれてありがとう、ななーー」
名前を続けようと口を開いたあいりちゃんの顔が突然歪んだ。そして、ゲホゲホと咳き込む。辛そうに咳き込む彼女は手で口元を抑えた。指の隙間からは真っ赤な液体が垂れ、積もった雪を、キンセンカの花弁を赤く染める。彼女の体がグラリと傾く。
「あいりちゃん!?」
どうにか間一髪倒れ込む彼女を抱き止めることができた。その体は羽のように軽く、その手は雪よりも冷たかった。
「こんな、とこ、で……バレたく、なかった、なぁ……」
「っ、あいりちゃんッ!!」
そう言ったきり、あいりちゃんは気を失ってしまった。救急車を呼ばなくちゃ。ううん、誰でもいいから呼ばなくちゃ。けれど、視界がぼやける。かすれる。そこでやっと気づく。これは夢からの目覚め。これは夢だ。けれど、同時に確信する。
この夢は実際に数時間前にあった出来事だった、と。
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意識が浮上する。私は少し温かいベッドに突っ伏して寝ていた。冷たい風が吹き込むその部屋は病室で、そのベッドはあいりちゃんが寝ていたものだと、ぼんやりした頭でどうにか思い出せた。
あいりちゃんが倒れたあと、すぐに呼んでもらった救急車に一緒に乗って、この病院まで来たんだ。そして、あいりちゃんは緊急処置室に運ばれた。程なくして戻ってきたお医者さんに、あいりちゃんの病状を聞いても目を逸らされてしまって内容も分からなかった。混乱しながら、少しでも彼女の隣にいようとして、結局眠って…………あ、あれ?
「あいりちゃん……?」
本当に私は大馬鹿だ。すぐに気づかなくてはいけなかった。私はあいりちゃんのベッドに突っ伏して寝てしまった。なら、なんで私の目の前にあいりちゃんがいないんだ!?
「あいり、ちゃん……! っ、どこにっ!?」
ベッドは冷えきってはいない。なら、起きたのは少し前のはずだ。辺りを見れば、その枕元に雑に置かれた何かが目に入る。それはカルテだった。名前はあいりちゃんのもの。そして、その内容は、
『病状:咳・嘔吐・吐血。他の人に見ない病状で、未確認の病気かもしれない。患者はすでに他の病院に通院していてそこでは余命数ヶ月を宣告されていた』
「は?」
余命? なに、なに……?
「なにこれ、なにこれ、うそ……」
さらに混乱する頭は、一陣の風で冷静さを取り戻した。暖房の効いた室内のはずなのに、寒い。その風は窓の隙間から吹き込んでいるもの。私は窓を全開にし、外を見渡す。
「! 足跡!」
咄嗟に飛び出ていこうとするのをぐっとこらえる。まだ、まだそれが彼女のものと決まった訳じゃない。逆に違う場合、その時間のロスが命取りになる。
「すぅ……はぁ……違う。冷静に、冷静に……」
無理矢理冷静さを取り戻そうとして、
『彼女がいるのは泡沫駅の方面だよ〜! 急がないと手遅れになっちゃうかもしれないから急いだら〜?』
頭の中に響く声に、脳がフリーズした。さっと血が引くのを自覚した。誰かも分からない声。その声はあいりちゃんは外にいるという。外は大雪。今のあいりちゃんの体調は最悪。どうして外にいるのか、この声の主が誰なのか。そんなことは、どうでもいい。今はあいりちゃんをーー
「追いかけなきゃっ!」
そのまま、私は病院から駆け出した。
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凍えるような寒さの中、走る。走る。しばらくして、目の前には泡沫駅。よく見ればそこには足跡が残っていて、それは線路に沿って続いていた。少ししたら、この足跡はきっと雪に埋もれて消えてしまう。その上、足跡を追う中で気づいていた。靴じゃなくて、それが裸足のそれだってことに。
「早く……早く見つけなきゃ……っ」
足跡を追っていくと、やがて踏切が見えた。カーンカーンと音を立てて、遮断器が降り始めていて、その中に人影が1つ。そこにいたのは、病院着、裸足で虚ろに宙をながめたーー
「あいりちゃんっ!!」
「…………ななこ、さん」
声の限り、叫ぶ。それに応えた彼女の声は今にも消え入りそうで。
「なんで、来ちゃったの?」
「今、そっちに行くからっ!!」
遮断機を押し退けて中へ行こうとして、足が、止まる。動こうとしているのに、凍りついたみたいに動かない。
「ッ、なんでっ!!!」
足をバンバンと殴る。それでも、なぜか私の足は動かない。その間にも、遮断機が下り切ってしまう。
「あいりちゃんっ!!! 何してるのっ!! 早くっ! そこから退いて!!」
「……出てもどうせ死ぬんだから関係ないよ」
絶望し切った表情。
「っ、見たよっ!! カルテっ!! でもっ! それは今じゃないっ」
そうだ。まだ余命まであるなら、少しでも助かる方法を探せるはずなんだ。だから、今すぐそこから出て!
「そっか。でも、ごめん。もう遅いんだ」
「遅くない! 今すぐそこから退いて!! 話は聞くからっ……だから…………お願い」
「…気持ちはとっても嬉しいよ、ななこさん。でも、どうせ変わらない。変わらない未来に無駄な希望を抱いて生き続けるのは、もう…疲れちゃった」
「……やだ、よ……。お願い、お願いだから……私がずっと側にいるから……」
足は動かず、私はその場にへたり込む。もうそうお願いするしかできない私。そんな私の名前を、あいりちゃんは呼ぶ。
「……ねぇ、ななこさん」
その顔は。
「……ウチはこの前、余命があと1ヶ月だって言われちゃったんだ。唐突なことでさ、体調があんまりよくなかったから、病院に行ったら、急に検査されて。余命1ヶ月だって言われた」
笑顔で。
「ウチは嬉しかった。やっと幸せになれるって」
「でも、ななこさんには知られたくなかったなぁ……」
「でも、バレちゃった。なんであの時血を吐いちゃったんだろうね、えへへ」
まるで失敗したことを笑って誤魔化すように、あいりちゃんは笑う。ゲホゲホと咳き込んだ口からは、血が溢れ落ちた。
「余命宣告から明日で1ヶ月、なんだよね。まだぜーんぜん動けるけど、確信したんだ。明日自分が死ぬ、やっと幸せになれるんだって」
「っ」
「ウチは見たくなかったんだ、ななこさんのそういう顔」
私だって同じだ。あいりちゃんのそんな顔は見たくない。虚ろに笑うそんな顔、見たくないんだよ。
「ウチがいなくなるとしたら、ななこさんは悲しむんでしょ? でも、ななこさんの悲しむ姿は見たくない。そんな顔させたくない。だから、1人で幸せになろうと思ったのに、来ちゃうんだもん。ふへへ……」
そこであいりちゃんは目をつぶる。それを受け入れるように。
「これが今のウチの運命。変えられないし……変えたくない。なんて酷いこと言っちゃえるくらいには、ね」
あいりちゃんは、私を見て、そう告げる。その次の瞬間に、ガタンゴトンと電車が走ってくる音が聞こえた。
「~~っ、だめ、だめだめだめだめだめッ!!! いやだッ!! 明日死んじゃうとしてもっ!!! その明日を一緒に過ごさせてよッ!! ……動け動け動け動けぇぇっ!!!」
動かない。動くことのできない私の目の前で、あいりちゃんは笑った。
「今までありがとう」
口がそう動く。そして、その体はいとも簡単に、まるで人形を投げ飛ばすように、走ってきた電車に弾き飛ばされた。
電車の急ブレーキ音、悲鳴、それに合わさるように聞こえたぐちゃりという音。すべてが遠く感じる。
あいりちゃんが、目の前で、死んだ。
「は、え……え………………え?」
「ちがう、おかしい」
「そんなわけない。あり得ない」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
あり得ない。心は否定する。けれど、脳が理解してしまう。あいりちゃんは、死んだんだ。
『ハハハハハッ!』
笑い声。それと響く拍手。雪も悲鳴も、何もかもが止まった時間の中で、その人は遮断機の向こうから、こちらへ向かってきた。
『やあやあ、愚かな人間よ! 君は芹澤菜々子くんだね! 僕は……そうだなぁ、ニャルってよんでもらえるかな』
そこには『ニャル』と名乗る誰かがいた。顔は分からない。シルエットすら認識できない。そんな相手。
「は、ははは、夢? ゆめ、なのかな。あれ…………あなた、は? ………………しんだ? だれが?」
『はぁ、もしかして、壊れちゃった? ついさっき名乗ったでしょ? 僕は『ニャル』。そうだね、君達の言うところの神様をやらせてもらってるよ。」
「かみ、さま」
『そ。それで三宅川愛梨は君の目の前で死んだ。まだわからないの?』
じわり。姿も分からないその人の言葉が、脳に入り込んでくる。
「え、あ、あ……ああ……ああっ、うそ、だよ、うそ」
『ふーん、まだ受け入れられていない感じかな。人間って不思議だね』
「やだ、やだやだやだやだやだっ!!」
『体を両腕で抱き、ひざまずき、ぶんぶんと首を左右に振る。なるほどね! こういう時、こういう反応をするのか、人間って。そっかそっか! 新発見だ! これだから実験っていいよね!』
「……じ、っけ、ん?」
『そうだよ?』
「なん、の……?」
顔を上げ、見る。その声は、得意気に、話し出す。
『僕はさ、ついさっきも言ったけど、神様なわけで! だけど、神様だって、人間のことでわかんないことがたくさんあるんだよね! ハハッ、驚いた? 神様も全知全能ってわけじゃないんだよ! 僕だって知りたいことがたくさんある。だから実験をしてるんだ!』
それは語る。例えば、前触れもなく火山を噴火させた時の人間の動きが知りたかったから、もう活動が終わった火山を噴火させてみたり。例えば、未知のウイルスがいきなり流行した時の人間の姿を観察したかったから、それをばら蒔いてみたり。楽しそうに、愉しそうに、語る。
『で、今回は! 唐突に余命宣告された人間は、どんなことをするのだろうか。また、その人間と仲のいい人間はどうするのだろうかって思ってさぁ!』
だから、あいりちゃんに余命宣告を? 頭に浮かんだその邪悪すぎる予想は裏切られる。
『違う違う。余命宣告を受けるのは、芹澤菜々子ーー君だったんだよ』
「…………え」
『ふふ、話が違うって?』
それはねぇ、とその人は線路をピョンと飛んで、踏み切りのこちら側へ来る。
『僕は親切心で愛梨に君を実験に使うよって伝えに行ったら、彼女が君ではなく、自分がその実験をやるから君には手を出さないでくれ……って!』
「え」
『いやぁ、新発見の連続で、僕もう嬉しくなっちゃってさ! 許可を出しちゃったんだよねぇ! それで、こうなっちゃった! あはは!』
笑う『それ』。何が面白いのか、理解、できない。
『そ・れ・で、だ! 本来なら、このまま三宅川愛梨は自分の信じる『最悪な幸せ』になれるんだけれど~? 仲間想いで実験のいい結果も出してくれた君に免じて!』
そこで『それ』は私を指差す。
『1つだけ君の願いをかなえてあげよう。僕は神様だからね、何でもかなえてあげられるよ! ただし、死者の蘇生には代償が必要とだけ伝えておこうかな!』
「………………」
回らない頭が、すーっと冷えていく。冬の気温のせいじゃない。何かが私の中で変わっていく。温度を失う、感覚。口を開く。
「…………ひとつだけ」
『お、なんだい?」
「聞いても、いいですか?」
『もちろんさ!愛する人を失ったばかりの君は何が聞きたいんだい?』
「彼女は本来……余命なんてなかったんですよね」
『うん! 僕が愛梨を殺した……は違うけど、そんなとこだよ! 実験のために使わせてもらったんだ!』
「そう…………ですか」
そう。なら、私がするお願いは簡単だ。
「あなたが実験を始める前まで、時間を巻き戻してください」
『そうきたか! 芹澤菜々子!』
「はい。そして……もうひとつだけお願いが」
『ん? なんだい?』
「私の記憶はこのままでいいです」
『え?僕に二つもお願いをするの? 人間は傲慢だね!』
笑うような、蔑むような声色で『それ』は言った。だから、私は口を開く。
「…………ふふ、ねぇ、神様」
『なんだい?』
「神様は面白いものが見たいんですよね」
『そうだね! 新発見ができればなお嬉しいよ!』
「なら、こんなのはどうですか?」
「最愛の人の死を目の前にした女が、その最愛の人と共に暮らし始める。その時の女の様子を観察するのもいいんじゃないでしょうか」
「これなら少しの間は……神様の暇潰しになりますよね? その間、どんな神様にも手は出させたくない。そう思いませんか?」
そこまで言うと、『それ』は笑い出す。
『ふふふ、あはははは! 君は一体いくつ僕に新発見をもたらしてくれるんだい!』
「これから、いくつでも……」
『よし! 君の言う通り戻してあげよう!』
「ふふふ、ありがとうございます。そうしていただけるなら……そうですね、私はあなたを……いえ、あなた様を信仰いたしますよ」
『そっかそっか。信仰はご自由に~!そっちで言うご利益はないかもしれないけどね!」
そう言うと、目の前は真っ暗な闇に包まれる。深く、深く、すべてを飲み込む闇が広がる。
『あ、言い忘れてたけど、余命はそのままだから安心してね!』
「え……?」
『それ』はそう言い残し、消えていった。
ーーーーーーーー
目を覚ますと、私はあいりちゃんと2人、自室にいた。目の前のあいりちゃんはやせ細り、血を吐き続け、今にも死にそうだった。なるほど。実験を始める前、そういうこと。
「ななこ、せんせ……? ん、あれ? どうして……ここに?」
「あ、あいりちゃ……だ、め……」
何かを続けようとしたその時、あいりちゃんは激しくせき込んだ。あいりちゃんは幸せそうに笑う。
「ふ、へへ……幸せに、やっと……」
そして………私の目の前で静かに眠った。その瞬間、あいりちゃんの上着のポケットが光り輝いていた。そこにあったのは、まばゆい光を放つ鈴があった。
「………………これ、は」
いつか旅行に行った時にもらった銀杏の鈴。それを彼女のもとへ持っていくと、鈴はより一層輝きを増した。その光はあいりちゃんを包み込む。あまりの眩しさに思わず目を瞑る。
どれだけの時間が経ったのか。恐る恐る目を開けると、そこにはすやすやと寝息をたてているあいりちゃんがいた。光り輝いていた鈴は、あいりちゃんの目の前で粉々に砕け散った。まるで、役目を終えたように。
「っ、あ……っ、~~~~っ、よか……った、よぉ……」
彼女を起こさないように、私はそのままベッドにもたれ、声を殺して泣いたのだった。
やがて、
「……んん、ななこさん……? え、ななこさん!?」
「あぃりぢゃぁぁんっ」
「ええ!? なんで泣いてるの!?」
「~~っ、なん、でもっ、ないっ、なんでも、ないのっ」
「えぇ…!?」
「なんでも、ないよぉぉぉぉぉぉ、えぇぇぇぇんっ」
ちゃんと、起き上がってくれた彼女の姿を見て、私は大泣きした。涙を抑えることなんてできなかった。
「よしよし、ななこさん。ウチはずっと傍にいるからね」
「うんっ、う、ん……っ」
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君達の日常は続く。これからもずっとずっと。
君からの信仰がある限り、ね。
これにて、めでたしめでたし!
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END『Bless Your Desーー』
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私は間違った。
あいりちゃんが目の前で二度、死んだ。一度目は自ら死を選んだ。二度目は病魔に侵され死んだ。
それはだめ。だめだめだめだめだめ。
もう二度と、こんなことがないように、あいりちゃんの運命が他の『神様』とやらに弄ばれないように、私はあの『神様』を信仰する。
面白いものとやらを見せ続ける。そうしたら、きっとあの『神様』は庇護してくれるのでしょう? 全てを見透かしたような傲慢そうな『神様』なら。
だから、演じましょう。自分の心すら騙してでも演じましょう。
いつかあいりちゃんの運命をねじ曲げたあの『神様』を■■まで。
あいりちゃんを弄んだあの『神様』を絶対に■■■■。
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END『Bless Your Destiny』
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