通過者及び視聴済みの方のみお読みください。
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青が輝く。水槽に映った自分の顔が不意に揺れる。
「水天一碧ってこういうことを言うのかな?」
ウチの隣で、水槽から降りる光を見ながら、ななこさんはそう言った。
「?」
「んとね、海に行くとさ、海と空の境目が分からなくなるくらい一面が水色になるでしょう? あれのこと」
なるほど、と軽く手を打つ。流石はななこさん。たくさん言葉を知ってるんだなぁ、と思いつつ、ウチも誇らしげな気持ちになる。
「それにしても……」
「うん、綺麗だね、ななこさん! ウチ、水族館に来るの初めてだから、全部が新鮮だよ!」
「え? 本当? ふふ、ならよかった。そっか、いつもお仕事忙しいもんねぇ……」
そう言いながら、ウチの指に絡む指。ななこさんが恋人繋ぎをしてくれたのだと分かる。
「わわ、ななこさん!? ……ふへへ。」
「んへへ」
腕に抱きつき返すと、ななこさんも微笑んでくれた。一見するとデート。でも、ただの水族館デート、ではなくて。
「変な生物、いないねぇ」
ななこさんがポツリと辺りの水槽を見ながら呟く。そう、今日はデートではなくてアルバイトなんだ。ウチの知り合いから頼まれたアルバイトをななこさんにも一緒に来てもらったってわけ。流石に私立とはいえ、教員のななこせんせにはお金は入らなくて、ウチの方に少し多めに入ってくる形。これならセーフ!
ちなみに、そのバイトの内容は、水族館を1日見回って、水槽に現れるとSNSで話題になっている『変な生物』を見つけること。まあ、見つからなくてもいなかったことをハッキリさせればいいみたい。
「なにか情報ないかなぁ」
スマホで探してみれば、『変な生物』についての情報が少しだけ見つかる。それはなにやら不定形の人魚とか、半魚人とか色々とあった、けど……。
「不定形の人魚……? 水槽脱出のパフォーマンスでもしたのかな?」
頭に浮かんだことを口にすると、ななこさんは笑う。
「フフッ、なんだかサーカス団の人らしい発想かも? というより、マジシャンかなぁ」
「確かにやってるのはマジシャンさんの方が多いね。うーむ、ある意味商売敵ではあるからなぁ」
「そのうち、ちゃんとあいりちゃんのお仕事してる姿も見たいなぁ」
「!?」
不意打ちのようにそう言うななこさん。確かにななこさんにはその姿は見せたことない。それは演じている時の姿を見られちゃうからで……だから、ウチはまぁ、そうだね、と曖昧に返事をしたのだった。
それから少しの間、館内を見て回る。見ている間はスマホを使ってもいいし、館内でなにか食べたっていい。大きな制約もないから、2人でゆったりとバイトという名のデートを楽しむ。
クラゲがたくさんいる水中散歩エリア、鮫やエイが優雅に泳ぐトンネル水槽エリア、温かい海を再現したサンゴ礁エリア。順路通りに進みながら、お話しをする。クラゲって食べられるのかなぁとか、鮫を曲芸に使えないかなぁとか。ななこさんがおもいっきり壁やらガラスやらに額をぶつけるハプニングもあったけれど、デートは進む。サンゴ礁エリアまで歩いて、少し疲れたウチとななこさんはベンチに隣同士座り、話す。
「うーん、いないねぇ、変な大きい生物」
「あっ、そうだね! ちょっと忘れちゃってた、えへへ」
「初めてだもんね。あいりちゃんはちゃんと楽しむのが第一、です!」
「はーい! ん、すっごく綺麗。まるでななこさんの瞳みたい」
「うっ……もうっ」
「ふへへ、大好きだよ、ななこさん。」
「んへへ、私も、だよ?」
「えへへ……よし、そろそろ行こっか」
「うん、そうだね」
「……はい」
「?」
「だって、今日のななこさんはうっかりさんだからね。手、繋いでないと危ないから」
「あう……失礼します……」
手をとって歩き出す。次は深海エリア、だっけ。暗いからほんとに、気を付けなきゃ。なんか今日のななこさん、少し危なっかしいから。歩を進めれば、中は照明が極限まで絞られていて、ライトアップされた水槽の明かりだけを頼りに奥へと進んでいく。
「ななこさん、足元暗いからくっついててね?」
「うん。結構雰囲気あるね」
「深海魚だし、きっと暗い海の底には灯りないから」
いつもより辺りに気を付けながら、一歩一歩進む。やがて、一番大きな水槽に辿り着いた時に、それは聞こえた。
「って、あれ? なんだろ、歌?」
歌声。それはどうやら水槽の中から聞こえていて、そちらへ目を向ければ、ちら、と何かが視界を過る。そこには巻きヒゲがあった。その巻きヒゲの本体は、体を大小に変形させながら水の中をたゆたっている。クラゲのようだった。けれど、まるで瞼のようにぱくりと裂け、そこからぎょろりとした眼球がこちらを見つめていた。その下側が大きく裂ける。その隙間からは、にやつくような原始的な口が覗いていた。
「っ」
その瞬間に察した。これは、化物だ。
「あいりちゃん、逃げーー」
ななこさんの声が聞こえる直前に、歌声が大きくなった。それは讃美歌のように甘く聴覚にこびりつき、ぐわんぐわんと頭の中で大きく、大きく、反響する。強烈な頭痛。そして、ウチは意識を手放した。
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目を、覚ます。痛む頭を押さえながら、ゆっくりと体を起こす。真っ暗で埃っぽい場所。少なくとも、気を失っちゃった深海エリアじゃなさそう。
「……あれ、ここ……どこ…?」
「ななこ、さん?」
「あいりちゃん、無事?」
「うん」
ななこさんも近くにいたようで、なんとか手探りでお互いの手を握る。
「とりあえず、電気つけよう」
ななこさんの言葉に頷いて、手を壁につけながら電気のスイッチを探す。
「あ、あった!」
カチッと電気のスイッチをあげる。暗いところから一気に明るくなったせいで、一瞬目が眩む。目が光に慣れた頃、ウチは今、どこにいるか理解した。ううん、理解はできなかった。だって、
「なんで、ウェディングドレス……?」
目の前に広がるこはさっきまでの青い世界とは全く違う。純白のドレスがずらっと並んだ、白一色の光景だったから。
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