通過者及び視聴済みの方のみお読みください。
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最近、ななこさんが浮かない顔をしている。お外でのデートやお泊まりの時なんかも、スマホの画面を見てはため息を吐いていた。だから、祝日デートの日、喫茶店で紅茶を飲みながら、意を決して聞いてみたんだ。
「ななこさん、最近何かあったの? ウチでよかったら話聞くよ?」
「え、あっ……大したことじゃないんだ。ごめんね、心配かけて」
そんな風に返すななこさん。だけど、その顔からは疲れと心配がにじみ出てて、一目見て大したことあるんだと物語っている。だから、問い詰めた。じーっと見つめて、やっと観念したみたいで、ななこさんはゆっくりと話し始める。
「えっと、そのね……実家の周りで不審者が出たみたいで……お母さんも妹たちも不安がってるんだよね。しかも……その」
「その?」
「なんか……怪文書も実家に届いてるらしくて」
「か、怪文書!?」
大したことあるじゃん! 不審者だけならまだしも、怪文書がきてるなら確実に狙いは、ななこさん家ってことで。
「詳しくは私も見てないんだけど、とにかく次の休日、一回実家に戻ろっかなって」
「え、それ逆に危なくない……!? 大丈夫……!?」
「危ない?」
「ななこさんをおびき出すために送ってきた可能性だってあるじゃん!」
将を射んと欲すればまず馬を射よ、じゃないけど、実は狙われてるのはななこさんだってことも考えられる。だとしたら、かなり危険だ。
「うーん、でも、お父さんは海外だし、お母さんと幼い妹だけだから……心配で」
うなるななこさん。確かに、ウチがごはん食べさせてもらってた時に赤ちゃんだった双子ちゃんもまだ小学生くらいのはず。そうなると、たしかに……。
「でも、ななこさん、この前もどんくさかったしちょっと心配かも……」
「うっ」
水族館でのことを思い出しているようで、ななこさんも苦い顔をした。だいぶずっこけてたし、本人も自覚はあるみたい。そこでななこさんはさらにうなった後に、こちらを真っ直ぐ見て、言った。
「じゃあ、その……あいりちゃんも、一緒に来てくれない? その、紹介も……したいし」
そんなわけで。
数日後、思いがけないタイミングで、ななこさんのご実家に訪問することになった。ボディーガード?兼パートナーとして。
な、なんか持ってった方がいいよね!? あとは、あとは!?
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ついにきた当日。居住地からそこまで離れていないから、ななこさんの車で向かって、そのまま一泊する予定だ。ななこさん曰く、田舎であんまり色々買える場所ないから、荷物もちゃんと持ってきてとのことだったから、準備万全でななこさんのお家前に来たんだけど……。
「ええと、あいりちゃん、そのケースは……?」
「ウチの相棒の虎、だいすけちゃんです」
「ええ!?」
ボディーガードと言っても、ウチ自身はなにか武道をやっているわけじゃないから、いつもサーカスで一緒にいる虎のだいすけ(4)を身を守るために連れてきたのである。
「ええと……」
「噛みません。お利口です」
「う、うーん、ま、いっかぁ」
車の後ろにだいすけを入れた檻を積み、車は出発する。
「急だったけど、大丈夫だった?」
「うん。ななこさんのことが一番だからね」
「ふふ、ありがと」
ちらちらと運転するななこさんの横顔を見る。最近、この間の王子様ななこさんが重なってにやにやしてしまう自覚がある。むにむにと頬を揉みほぐし、どうにか平静を保つ。
「どうかした?」
「へ!? あ、いや、えっと…………あ、そうだ! ほら、妹ちゃんたちは元気?」
そんな風に話を強引にずらした。幸いななこさんは気にしてないようで、にこにこと答えてくれる。
「元気みたいだよ。お母さん、2人のパワフルさに振り回されてるって」
「あはは、今、何歳だっけ?」
「えぇと、6歳、かな」
「じゃあ、来年、小学生かぁ。なんだかあっという間だね。ウチがいた頃は生まれたばかりだったもんね」
「ふふ、そうだねぇ。懐かしいなぁ、あの時のあいりちゃんも可愛かったなぁ」
「へぇ、ななこさんはその時からわしちゃんに目を付けちゃってたの~?」
「え、ち、ちがうよ!?」
「…………えっち♡」
「ち、ちがいますぅ!!」
そんな風に戯れながら走ること1時間ほど。辺りの景色が変わっていく。緑が増える。山に囲まれた盆地。田舎ってこともあって不便だったし、夏は暑くて冬は寒い。あんまり快適ではなかった。けれど、心が少しだけあったかくなるような、懐かしい気持ちがある。中学の間の3年間だけだったけれど、たぶんこの町の風景が一番好き、かもしれない。
「ん、見えてきたよ」
「あっ」
懐かしい。まず思ったのはそんな感想だった。新しい家ではなく、古いというよりは歴史を感じる、そんな広い庭つきの2階建てのお家。昔ながらの瓦屋根や庭の芝生や生け垣もしっかり手入れされている。がらがらと重そうな音のする引き戸を開けると、中も外同様に整理整頓されていた。そして、ななこさんの声を聞いて、奥からパタパタとスリッパの音を立てて、1人の女性が現れた。ななこさんとそっくりで、そこにさらに柔和さを加えたような人。その人こそ、
「ただいま、お母さん」
「おかえりなさい、菜々子」
その視線はすぐにこちらに向く。
「ええと、そちらは……?」
「あ、あのっ、おひさしぶり、ですっ、三宅川愛梨、です」
緊張のせいで声が裏返ったものの、どうにか名前は名乗ることができた。でも、こんなんじゃ印象はよくないよ!? 挨拶もできない子だと思われるっ! そんな不安はすぐに消える。
「あらあら、あいりちゃんよね。ひさしぶりね」
やんわりと、にこにことななこさんのお母さんはそう返してくれた。その瞬間に緊張はーー
「あ、えっと、それでね、お母さん、前に少し話したけど、あいりちゃんはその……今は恋人で」
「っ」
再び緊張で固まる。そうだ。ここで気に入られなきゃ! 取り繕え取り繕え!
「あ、改めまして、ななこさんとお付き合いさせていただいております、みみみ、三宅川愛梨と申します! 突然お邪魔してしまいすみましぇんっ」
噛んだ!? うぅぅ……。
「あらあら、じゃあ、こっちもあらためて、ななこの母です。よろしくね。もう、あいりちゃんとそんな関係になってたならもっと早く言ってくれたらいいのに~」
「ま、まぁ、うん。そうだったよね……」
「えー、それじゃあ、馴れ初めとか聞いちゃおうかしら~」
「っ」
そ、それはまずい。主に、ななこさんが! それはななこさんも思ったようで、慌てて話題をそらす。
「お、お母さんっ! ずっとここで立ち話も、あいりちゃん疲れちゃうからっ!」
「あ、そうだったわね~。ほら、あいりちゃん、あがってあがって」
「おじゃましますっ」
そうして、無事ウチは第一関門(お母様への挨拶)を突破したのだった。
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「なにもないけど、ごめんね~?」
そう言いながらも、畳敷きの客間に通されたウチの前に、個装の一口チョコレートと海苔のついたお煎餅を出してくれるお母様。
「い、いえ! 急にお伺いしたウ、わたしが悪いので!」
「そんなことないわよ~。そもそもギリギリで帰ってくるなんて言ったこの子が悪いんだから~。言ってくれてたら、ケーキの1つでも焼いておいたのに」
「うっ、でも、それはほら! 不審者が出たって話だったから!」
こっちは大丈夫だって言ったのに。そう言うお母様だったけど、その表情からは安心の感情が見えた。
「あいりちゃんもありがとうね~。若い子がいるってだけで心強いわ。それに、あの子……なんて言ったかしら」
「あ、だいすけです」
「そうそう。小さいとはいえ、虎さんがいてくれて、とっても安心よ~」
テンパったせいで、虎を連れてくるという我ながら中々にブッ飛んでることをした自覚はある。だというのに、にこにことそう言うお母様からは大物感をとてつもなく感じる。
「で、お母さん」
そこで隣に座るななこさんの表情が変わる。真剣な顔でお母様を見ると、お母様もため息を吐いて、そうねと答える。それから用意しておいたであろう封筒をななこさんに渡した。
「これは?」
「脅迫状……かしら~」
「かしら~って……」
どうやら中は例の怪文書らしく、ななこさんと一緒に中身を確認してみる。
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警告
■■は神聖なる生き物です
宇宙より飛来した星雲の影から地球を目にかけた 原始生物に血を分け与えた。たちまち彼らは四肢をなくし知性と再生を手に入れた。
イヴに知恵の実をあたえたのは? ヒュギエイアの杯は? ケリュケイオンを知っていますか? ナーガ、アナンタ、ヴァースキ、この神らは?
我々人類では及びもつかない高位に存在するものを害すな! 触れるな! 殺すな!
まだまにあいます この中にひとり、嘘つきがいます。誰かはわかりません。その者は、聖なる■■を殺し、嬲り、引き裂いた。
朝8時18分、誰かが花に水をやっていた。その裏で■■は死にました。空気が冷たくなり夜がやってくる頃にはもう動かなかった。
すでに■■の印を置きました。
2月5日、むかえにいきますね。
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「……………………」
支離滅裂、まではいかない。けど、それでもよく分からないというのが、個人的な感想だ。
「……読み取れることとしては、朝の8時18分に誰かが何かを殺した。たぶん水をやっていたって、これ、裏の花壇のことだよね」
「たぶんそうね~?」
「その裏……ああ、雑木林はあるか。あとは何かの印を置いたってこと。それから……明日、これを投函した人間が迎えに来るってことくらいかな」
流石に実家周辺ってこともあって、調査してみる場所をすぐに思い浮かべ、地図アプリにチェックしていくななこさん。画面を覗き見ると、お家の裏とその周辺に印がついていた。
「早速調べてみようかな。あいりちゃんはゆっくりしてていいからね」
「あ、ウチも行くよ」
「え、でも……」
「任せて。いざとなったらだいすけを操れるし!」
「……うん、ありがとう」
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まずは家の裏手。雑木林になっていて、ここも一応、ななこさん家の私有地らしい。ななこさんのお母様曰く、あんまり管理はできていないとのこと。確かに木々が生い茂っていて視界は悪い。目を凝らして、地面や木々を調査していく。そんな中で見つけた。
「……あ、蛇だ」
白い蛇が横たわっていた。頭が潰されていて、既に死んでいるのは明らかだ。
「白い蛇。ここら辺では見たことないなぁ。それに……」
そう言って、ななこさんは潰れた蛇の額を指差す。そこには黄色い痣のようなものがあった。まるで、三日月みたい。
「なんだろ、このマーク。三日月、かな」
ななこさんも同じように感じたみたいで、そう口にした。蛇、蛇かぁ。サーカス団員にも蛇を使う人はいるけど。
「三日月マークのついた蛇……聞いたことないなぁ……」
「……ちょっとかわいそうだね」
「え、あっ……そう、だね」
不意にななこさんがそう言う。ウチはあんまりそうは思わないけど、まぁ、そうか。頭を潰されたんじゃ、たしかにかわいそうかもしれない。
「んしょ……」
とななこさんは急に地面を素手で掘り出した。どうやら穴を掘って、埋めてあげるみたい。ウチが死んだ時もななこさんはそうしてくれるのかな、なんて思っていたら、いつの間にかななこさんは白蛇の埋葬を終えていたみたい。
「行こっか」
雑木林から戻り、家の周辺を探すウチとななこさん。特に変なところはない。と思ったんだけど。
「あ、ななこさん、これ!」
ななこさんを呼ぶ。家を囲う塀の片隅に何かのマークが描いてあったのを見つけたからだ。
「向こうにもあったよ。その逆さの三日月」
三日月を逆さにしたようなマークが描かれていた。さらに調べれば、家の周りの塀の四隅にそれらは描かれているのが分かった。白蛇の額と家を囲むように描かれた三日月。関係してないわけがない。
「ああ、そっか。あの怪文書の塗り潰されてたところ、あれ、たぶん『蛇』だよね」
ななこさんは言う。イヴに知恵の実をあたえたのも、ヒュギエイアの杯も、ケリュケイオン、ナーガ、アナンタ、ヴァースキ、この神ら。一部分からない名称はあるけど、恐らくすべて『蛇』に関する名前だ、と。
「蛇かぁ」
「うん。だから、ここまでの情報から察するに、たぶんあの怪文書は、うちの誰かがあの白蛇を殺してしまった報復、ってことなんだろうけど……」
あのお母様が蛇の頭を潰して殺す? 正直、まったく考えにくい。となると……?
「妹たちもないとは思う。一応、聞いてはみるけど」
「うん」
ななこさんの妹なんだから、たぶんそれもないだろうなと思うけど、まぁ、確認は必要だよねってことで。
「とにかく戻ろっか。そろそろ2人も外遊びから帰ってくる頃だろうから」
「うん」
調査を終え、ウチとななこさんは帰路へと着いた。
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