通過者及び視聴済みの方のみお読みください。
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最近、ななこさんの様子がおかしい。というのも、会うたびに目の下の隈が濃くなっているんだ。忙しい時は睡眠時間を削ることもあるって本人から聞いたことあるけど、やっぱり心配。だから、次の休みにカフェに行こうと言われた時は、チャンスだと思った。ななこさんはウチにいっつも優しくしてくれるんだから、ウチからも何かちゃんと返さないと! もし何かあるなら、ウチがななこさんの力になるんだ! そう思って、ウチはその誘いに頷いた。
何をすればいいか、色々と考えていたら、あっという間にお休みの日はやってきた。待ち合わせしてカフェに行く途中も、ななこさんはずーっと眠そうでぼーっとすることも多かった。カフェは昼時だからか混雑していたけど、少し待てば席に座ることができた。けど、待っている間も、ななこさんは常にうつらうつらとしていて、正直見ていられなかった。
「ななこせんせ、最近眠そうだね……。大丈夫……?」
「え、あ……ごめんね。その……最近、夜寝れてなくて。寝つき悪くて、何度も夜中起きちゃうの。そんなことが1、2週間も続いててね……あはは……」
そう言って、ななこさんは力なく笑う。それこそ無理して笑ってるのがバレバレだった。その証拠に、ウチが2人分頼んだカモミールティーをもう1回注文しようとしてたし。それを指摘されると、ななこさんはまた謝ってくる。
「ななこせんせ、謝らなくていいよ。でも、最近のウチとのえっちは、その、無理してたってこと……?」
「え、あ、えっと……そんなことないよぉ……その、あいりちゃんこそ……いやじゃない……?」
「……うん、ウチはうれしい。その、ななこせんせのおかげで、多分、その、幸せだし、えへへ」
「……んへへ、そっかぁ」
そこで一瞬、あまあまな雰囲気が流れかけるけど、慌てて首を振る。今はななこさんが寝れてないのを聞かなきゃ!
「その、なんだろう……夢見が悪いって言うのかなぁ。声が聞こえる気がして、それが気になるっていうか……うーん、説明が難しいかも……」
「声かぁ……幻聴かなぁ? 親戚のお友達に脳外科の先生、あとはもし必要ならウチの主治医の先生に相談してみる?」
「んー、そうだねぇ……」
そう言うななこさんの表情はあまり良くない。そこまで大事にしたくないって気持ちが、ウチにも伝わってきた。ただ、そうしている間にも、ななこさんは舟を漕ぎだしてしまっていた。かなり重症そう。少しでもうとうとできるなら、それに越したことはない。そう思って、ウチはスマホで不眠症について調べてみることにする。
「…………うーん」
不眠症の原因は様々。ストレスや自律神経の乱れ、睡眠習慣の悪さなどなど……治療法を見てみるも、薬はお医者さんがいないとダメだし、あとは民間療法しか出てこない。
「ん、ん……っ!!」
うつらうつらしていたななこさんの体が急に跳ねる。
「ななこせんせ、大丈夫?」
「え、あっ、ううん。ほら、さっき言ったとおり、また声が聞こえて、ね。最近はもうずっとこうだから……あはは」
「そっかぁ……ななこせんせ、2人っきりになったら、その、えっと…………ぎゅーってする? ちょっと落ち着くかもよ?」
「うーん、そうだねぇ」
そんな提案も、ななこさんには届いてないみたい。またぼーっとどこかを見つめていた。その後、話を遮るように珈琲やケーキが運ばれてくる。どうにか食べ終わった後、ななこさんは妙に座った目で、口を開いた。
「……ねぇ、あいりちゃん」
「なあに、ななこせんせ?」
「今日、うち泊まらない?」
「へ!?」
それは急なお誘いだった。ウチらの夜の関係は、ななこさんから『お泊まり』に誘ってくれることは基本的にない。たぶん元教え子ってことを気にしてるんだと思う。だから、その提案の意味を理解した瞬間に、ウチの胸のモヤモヤが口を突いて出てしまう。
「え、今日でお別れとか言わないよね……?」
その言葉に、ななこさんは首をかしげた。
「おわかれ? なんで……そんなのやだよ。いっしょにいてほしいだけだよ」
「そっか、そうだよね。眠れないの、不安だもんね」
変な意味で捉えた自分を少し恥ずかしく思う。でも、そうだ。ななこさんのためになるなら!
「うん、今日はななこせんせのお隣にいさせてください。えへへ」
「んへへ、ありがと、あいりちゃん……」
「わわっ」
ななこさんはぎゅーっとウチの両手を握ってくれて。ああ、ホントにこういうところ、ずるい。
「こちらこそ、そばにいさせてくれてありがと」
「んへへ」
「ふへへ」
手を包んだまま、笑い合う。
なにはともあれ、今日の夜から突然ななこさんの自宅に泊まりこむことになったウチ。あんまりよくはないけど、自分に処方されてるいる睡眠導入剤と睡眠薬を何種類か持ってくことにする。ななこさんにはあんまり薬に頼ってほしくないけど、まぁ、最終手段だよね。
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母親に今日、友人のところに泊まると告げ、荷物をまとめたウチはななこさんの住むマンションの前に来ていた。中学時代にお世話になった時とは違って、ななこさんはここ数年で実家を出たようで、職場から少し離れたところにあるオートロックのマンションに住んでいた。何度か来たことはあるけど、立派だなぁ。時刻は午後5時。辺りは少し暗くなってきていた。
「よしっ!」
ウチは意気込み、エントランスのインターフォンに部屋番号を打ち込む。少しして、インターフォンの向こうから、ななこさんの声が聞こえた後、入口のドアが開いた。そのままエレベーターに乗り、お部屋のある3階へ。部屋前のドアフォンを鳴らすと、すぐにななこさんがドアを開けて迎え入れてくれた。
「いらっしゃい、あいりちゃん」
「今日は、その、よろしくね、ななこせんせ」
「ううん、こちらこそ」
くすぐったい気分になりながら、ウチはななこさんに連れられてリビングへ。少し待つ。けど、一向にキッチンからななこさんが帰ってこない。
「ななこ、せんせ……?」
「わぁ!?」
覗き込んだ瞬間に、ななこさんが声をあげた。見れば、ドリップしていた珈琲からお湯が溢れ出していた。
「! 片付けるから、せんせは座ってて!」
「うぅぅ、ごめんねぇ」
しゅんとした顔で、ななこさんはそのままリビングへと向かった。ここまで酷いのは初めて見たなぁ。うん、やっぱりどうにかして気持ちよく眠らせてあげなきゃ!
キッチンで珈琲の後片付けをしてから、改めて淹れたカフェインの入っていないお茶をリビングに持っていく。
「ごめんねぇ」
「ううん、いいんだよ。それより、ななこせんせ、お腹すいてたりする?」
「ん、おなか……減ってる。あ、あいりちゃんは、すわってて……私、作るからぁ」
立ち上がろうとするななこさんを制して、立ち上がるウチ。
「せ、せんせはだめだよ! 今日はベッドで待ってて、ね?」
「あ……んへへ、ありがと」
いつものななこさんなら、きっと無理をしてでも作っていただろう。そこからも分かる。だいぶせんせは限界に近い。
「よし!」
キッチンに立ち、腕まくり。冷蔵庫の中を見ると、買ったばかりらしい卵が入っている。それから冷凍庫には冷凍ご飯。
「これならオムライスがいいかな」
ななこせんせは鶏肉苦手だから、豚挽き肉で代用すればいいし。早速調理に取りかかる。そこまで大変な料理でもないし、ものの20分でオムライスは完成した。
「せんせ~?」
「んっ、あ、できた?」
「うとうとしてた? ごめんね?」
「ううん、たぶんまた声聞こえ出すと思うから」
声かけてくれてよかったよ、とななこさんは言う。
「じゃあ、はい。オムライス」
「わ、ありがとう! 美味しそう……!」
「あ、あんまり期待しないで、ね?」
にこにことななこさんは微笑み、2人、手を合わせた。
「「いただきます」」
食べるフリをしながら、ななこさんの方を窺う。オムライスを口に運んだななこさんの表情は……たぶん悪くはない、はず。
「ん、おいしい」
「ほんと……!? せんせ、おせじじゃない……?」
「お世辞なんかじゃないよ? ちゃーんとおいしい。それに、人にご飯作ってもらったの、久しぶりかも……んへへ」
安心する。ななこさんは穏やかな顔で、そう呟いていた。
「ふへへ、よかったぁ。ふっふっふっ、わしちゃんのお料理だいせいこーう!」
「うん、すごいね、あいりちゃん!」
おどけたつもりが、ななこさんはそんな風に優しく誉めてくれて……ふへへ。
「ななこせんせ、もし良かったら、その……また、ウチがお料理、作ってもいい? あんまり、うまく作れないかもだけど……」
「え、いいの? んへへ、じゃあ、お願いしようかなぁ」
「ありがと、せんせ。練習しとくね、いろいろと」
そんな風に、穏やかに、夕飯の時間は過ぎていったのだった。
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入浴は就寝の1時間前に、ぬるめのお湯に入るといいらしい。そんな情報をネットで調べたウチは、時計を見て、ななこさんにそろそろ入浴の時間だと伝える。
「ななこせんせ、その、一緒にお風呂、入ろっか?」
ご飯食べた後だし、そのままうとうとしたら溺れてしまうかもって考えたからこその提案で、決して他意はない、一応。ただ、ななこさんはそんな声も聞こえていなかったようで。
「ん、ん……はっ!! え、あ……ごめんね、なあに?」
そんな風に聞き返されてしまう。いつもなら、少しだけ拗ねそうな言動も今は心配の方が圧倒的に勝つ。
「ななこせんせ、お風呂入ろっか。心配だからウチも一緒に入っていい? 心配だから、ね?」
「あ、う、うん……その、えっちなことはだめだ、よ……?」
「…………」
少し俯き加減で、そんなことを言うななこさん。正直、とってもむらっとしたけど、流石に今日は我慢我慢。
「もちろんだよ、ななこせんせ。今日はウチのために無理しなくていいからね。いや、普段からなんだけどさ、てへっ。」
「むりなんかじゃ……」
「はいはい、入りますよ~」
そう言って、ななこさんの背中を押して、ウチらは脱衣所へと向かった。
「…………」
「…………」
浴槽の中、向かい合って座るウチとななこさん。独り暮らし用でそこまで広くないお風呂だから、膝を少し曲げたままの姿勢で。だからこそ、距離は近い。手を伸ばせば、その頬に届いてしまうくらいには。いつもはななこさんに後ろからぎゅってしてもらうんだけど、今日は流石に心配だからね。こうして、顔が見えるようにした。
「ななこさん」
「ん、ん~」
「よしよし」
うつらうつらとしているななこさんの頭を撫でてあげる。すると、気持ち良さそうに、ななこさんは微笑む。少しでも寝れるように、極力声をかけない。
「…………ななこさん、ありがと」
「…………ん」
「ななこさんがいてくれたから、今のウチがあるんだ」
「う、ん……」
聞いていないであろうななこさんにそう告げる。独白。ふへへ、ちょっとずるいかな。でも、いいよね。ななこさんの重荷になりたくはないし。
「……飽きたら捨ててくれていいからね」
「………………」
ポツリと、小さく呟いたはずの声が響いてしまう。それでも、ななこさんはまだ舟を漕いでいて。だから、ウチは続けてしまう。
「でも、まだもうちょっとだけ……」
その言葉に、返ってくる声はなかった。
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