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お風呂からあがり、寝れそうで寝れないななこさんの髪を乾かしてあげた後、ウチとななこさんは同じベッドで、横になっていた。ななこさんは自分はソファで寝るから、と言うけれど、そんなわけにはいかない。というか、そもそも一緒に寝たこと何回もあるのに、今更気にすることかなぁ。まぁ、それで結局、2人で寝ることになった。
「…………ん、すぅ……」
隣から寝息が聞こえ始めた。まずは一安心。これなら今日はななこさん寝れるかな。そう思いながら、ウチの意識も遠退いていく。体がマットレスに沈んで、落ちーー
『かえしてください。おねがいします』
「っ」
急に聞こえてきた声。決して大声ではなく、頭の中でひそひそと誰かが囁いている感じ。けれど、微睡んでるのを覚ますには十分で。隣を見れば、それはななこさんにも聞こえてるようで、目を開いてため息を吐いていた。
「……ん、また」
「ななこせんせ、今の声って……」
「うん、これが聞こえてくる声だよ」
「こんなのが、ずっと聞こえてたんだ……」
それは眠れないはずだ。囁きなのに、妙に頭に響く感覚が、初めて聞いたウチでも残ってるもん。
「なんて言ってるか全然わかんないんだけど、なにかずーっと囁かれてるんだよね、あはは」
「?」
なんて言ってるか分からない? ええと……。
「ななこせんせ、ウチにはね『かえしてください』って言ってるように聞こえたんだ。もしかして、なにか拾ってきちゃった?」
「え、返して……うーん、なにか拾った覚えなんてないんだけれどなぁ」
「そっかぁ……よし」
「ん……」
おとなしく頭を撫でられるななこさん。目を擦りながらも、さっきまでの微睡みは感じない。かくいうウチも、今の怪現象ですっかり目が覚めてしまった。そもそも霊的な存在がいるなら、寝るよりも明日お祓いに行った方がいいかも?
「はぁ、どうしよ」
ため息を吐くななこさんを見て、ふと思い付く。眠くない、ならいっそのこと寝ないのはどうだろう。主治医の先生にも言われたことがある。眠くなるまで、ベッドに入らないのはアリだと。だから、ウチは提案する。
「ねぇ、せんせ。一緒に朝まで起きない? せんせのお仕事に響いちゃうなら、全然寝てもいいんだけどさ」
「……んへへ、そうだね。無理に寝ようとしてたのも、よくなかったかも。うん、それじゃあ、久しぶりにそうしてみようかな」
ななこさんはそう言って、微笑んだ。平日の夜、夜更かしの始まりだ。
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時刻はちょうど0時。さすがに店はやっていないし、コンビニも少し遠い。そもそも女2人で深夜に出歩くのは少し不安。だから、家の中でできることをしてみよう。
「なんだろ、お家でできること」
「…………」
ななこさんはなにかないかと小物入れを探してる。だから、すこーし罪悪感はあったんだけど、意を決してウチは口を開いた。
「ねぇ、ななこさん、その、えっと……甘えても、いい?」
上目遣いで、そんな風におうかがいを立ててみると、ななこさんは一瞬キョトンとした顔をしてから、微笑んだ。優しい表情で、両手を広げてくれる。
「……うん、おいで」
「ん、ななこさん」
「んへへ……あいりちゃん、あったかいね。ちゃんと湯船であったまって、えらいよ」
なんてことないことで、よくななこさんは褒めてくれる。それが妙にくすぐったくて、でも嫌じゃない。
「ありがと、ななこさん。えへへ、だいすき…………あっ、大好きって言われるの、嫌じゃない……?」
「嫌なわけないよ、んへへ。うれしい。あいりちゃん、私もね、その……だい、すき、だからね」
そう言って、ななこさんは照れ笑う。とってもかわいい。きっと、その笑顔と少し弱った姿を見たせいだ。今、無性にななこさんを甘やかしたい。
「あ、あのね、ななこさん」
「うん、なあに、あいりちゃん」
「今日はウチが、その、甘やかしてもいい? まだ、うまくはできないかもだけど……」
「へ、あっ……い、いいの? その、私、あいりちゃんよりも年上だし……」
恥じらいと申し訳なさをななこさんの表情から感じとる。だから、それをなくせるように、ウチは伝える。
「年齢なんて関係ないよ。だって、その……ううん、なんでもない。いっぱいウチに甘えてほしいな」
「ん、ありがと……その……じゃあ、ね?」
「……もうちょっと、強くぎゅって……してほしいかも……」
「もちろん、いっぱいぎゅってしてあげる」
ぎゅっと抱きしめる。大丈夫だよって。ウチがいるよって。あの時、ななこせんせにしてもらったみたいに。
「んへへ、うれしい」
「これで合ってる?」
「うん、あってるよ。とってもうれしいもん」
「それならよかった」
撫でる。撫でる。
「ん、んへへ……やさしい手つき」
ぎゅっとしたまま、ベッドに横になり、頭を撫で続ける。どれくらいそうしていたろう。ふとあくびが出た。それがななこさんにもうつる。
「少し寝てみようかなぁ。あいりちゃんといっしょにいて、なんか心が楽になったかも」
「ふへへ、よかったぁ」
今度こそ、と布団にもぐりこみ、目をつぶる。ウチこそななこさんとくっついて安心できたようで、さっきよりも強烈な眠気が襲ってくる。ああ、今度はちゃんと寝れそう。
『返してください!!!!!!!!!!!!!!!!』
「なっ!?」
さっきよりもハッキリと、まるで耳元で大声を出されたように、耳がじんじんとする。
「うぅぅぅ、今度は、おっきい音……」
「び、びっくりしたぁ。ななこせんせ、大丈夫?」
「う、ん……でも、何て言ってるかわかんないのに、音だけは大きいから、うぅぅぅ」
さっきと違い、今度は怒号に近い音量にもかかわらず、やっぱりななこさんは聞こえてないみたい。ぎゅーっとしながら、よしよしと頭を撫でる。すると、そこで不意にあるものが目に入った。寝室のサイドテーブルの上にキラリと光るアクセサリーだ。
「あれって……あ、ななこせんせ、ちょっとごめんね」
「うん……」
一度、ななこさんを抱きしめるのを止め、サイドテーブルに手を伸ばす。それを手に取ってみると、それは球状の鉱石のついたアクセサリーだった。今までつけているところは見たことないもので。
「ななこせんせ、このアクセサリー、どうやって手に入れたの?」
「え、あ、うん。その、生徒からもらったんだけど、その子もなんだかお友達からもらったみたいで。ええと、オカルト関係のお友達らしくて……スピリチュアルなパワーストーンだから、芹澤先生にもあげるって、もらったんだ」
「そっか」
話を聞きながら、じーっとアクセサリーを見てみる。装飾自体は変じゃない。それよりも妙にこの鉱石部分から、なんというか説明できない嫌な感じがした。
「せんせ、このアクセサリーなんだけど、ウチはちょっとだけよくないと思うんだ。いったんお外に出してみてもいい?」
「え、っと、もちろんいいよ?」
キョトンとした顔で、ななこさんは首をかしげつつも、頷いてくれた。とりあえず、玄関の外に置いておく。聞いてみると、どうやらこれをもらったのも、大体2週間前だって言うし、ななこさんの不調の期間と重なる。 返して、って言葉から何か人間じゃない『なにか』があのアクセサリーを求めて、毎晩テレパシーみたいなことをしてるんじゃないか。そんな風に思ったんだ。
「え、これが原因なの?」
ななこさんは意外そうにしてるけど、これくらいしか考えられない。試してみる価値はある、と思う。
「…………あいりちゃん、このままぎゅーして眠ってもいい?」
「もちろんだよ、ななこさん。えへへ、ぎゅー」
「ぎゅー…………ん」
しばらくすると、ななこさんはまた寝息をたて始めた。さっきより穏やかな表情を見て、ウチも緊張の糸が切れたみたい。そのまま、意識が遠くなっていった。
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ウチは不思議なゆらめきの中にいた。鉱石がどこからか差し込む光を反射し、何色にも輝く不思議な世界に浮かんでいた。隣を見れば、ななこさんがいる。ななこさんの名前を呼ぼうとして、口を開きかけた瞬間、底から何かが昇ってくる音を聴いた。
その『なにか』はずるずると大きな身体を引きずっている。長く伸びた袋のようだと思った。けど、その身体にはなにか……触手のようなものがうねっている。ただハッキリとは見えない。靄のような視界の中、『なにか』はウチたちの前に来て、言う。
『ありがとうございました』
おかしな夢だなぁ、と思ったところでーー。
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目を覚ます。ななこさんは腕の中ですやすやと眠っていた。起きる様子は、ない。時刻を見ると、まだ5時過ぎ。ななこさんの出勤時間までまだ余裕は十分にある。軽くその髪を撫でる。
「ん……」
気持ち良さそうに、ななこさんは声を出してくれる。
「ななこさん、早く気づいてあげられなくてごめんね。ウチもななこさんのこと、守ってあげなきゃなのに……」
その呟きに、もちろんななこさんは応えない。応えなくていい。これは独り言だから。
「いつか、甘えるだけじゃなくて、甘えられる存在になれるようにする。いや、なれるといいなぁ……」
カーテンの隙間から朝日が昇ってくるのが見えた。ウチはななこさんを起こさないように、そっとカーテンを閉め直したのだった。
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END『ひつじさんにおやすみなさい』
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