通過者及び視聴済みの方のみお読みください。
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「はぁぁぁ、よかったなぁぁ」
とある休日。私は心の底からそんな声を出した。今週は部活動の大会があったから、余計に思う。先週の温泉旅行は本当によかったなぁ、と。
事の発端は、あいりちゃんのところに『温泉旅館ペア』が届いたこと。あいりちゃんは忘れていたみたいだけど、なにかの懸賞とかアンケートの抽選で当たったみたい。朝起きが苦手な私だけど、せっかくの旅行ということで、朝から電車に乗って向かうことになった。
ローカル線を乗り継ぐこと3時間ほど。道中、駅弁も買いつつ、2人でお話をしながら、会話を楽しむ。そして、着いたのが終点のーー
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『まもなく終点黒羊村、終点黒羊村です。お降りのかたはドア付近までお進みください。どなた様も、落とし物お忘れ物ございませんよう、ご注意ください。本日もご利用くださいまして、ありがとうございました』
「あいりちゃん、起きて。降りる駅だよ」
ゆさゆさとあいりちゃんの体を揺すると、あいりちゃんはゆっくりと目を開けた。
「ななこせんせぇ? んー?」
「もう、寝ぼけちゃって」
かわいいなぁ、あいりちゃん。とそれどころじゃなかった。降りる駅だともう一度告げて、少し眠そうなあいりちゃんと電車を降りようとする。そこで聞こえてきたのが、
「えー?それほんとー?」
「ほんとなんだって!若返りの妙薬?があるとか……」
「何それオカルトじゃーん!」
「えー、でもあるなら絶対欲しい!」
「無理だよ。だって、超超超高級旅館の『黒羊旅館』でしか売ってないらしいよ?」
「えー、いつか泊まりたーい!」
なんていう若い女の子たちの会話。
「超超超高級旅館って……言ってたよね。『黒羊旅館』ってウチらが泊まるとこだ」
「うん。若返りの妙薬…………はっ!!」
「どうしたの? ななこせんせ?」
「え、えーーー、ななな、なんでもないよぉ?」
「え、せんせ、それ信じてるの? せんせは年上だからこその魅力があると思うな、えへへ」
「え、あっ、えっとぉ…………んへへ」
そんなやりとりを交わしながらも、頭の中はアンチエイジングに支配されている菜々子さんです。
駅のホームに降り立つと、空気が澄んでいるのが分かった。肌に当たる風が心地よい。それに、鮮やかな紅葉も目を惹いた。駅を出れば、古き良き温泉街が広がっていて、『蒸したて温泉饅頭』というのぼりも見える。
「わあああ、素敵な温泉街だね!! せんせはなにしたい?」
「……うーん、そうだなぁ。とりあえず旅館に行ってみて、それから散策もいいかもしれないかなって思うよ。あいりちゃんはどう?」
「じゃあそうしよっか……ななこさん」
あいりちゃんはそう言って、腕を絡めてくる。それに彼女が私を『さん』付けで呼ぶ時は、つまり、そういうことなのだ。
「っ…………あ、そ、そうだねっ」
「あっ、いや、控えめだったよね……! ななこせんせ、ゆっくりしよ?」
「え、あ、えっと………………」
確かに今回の温泉旅行は、ゆっくりしたいと事前に言っていた。けれど、まぁ…………ねぇ?
「……うん、そ、そうだよねっ」
どうせ無理なんだろうなぁ、と自分の流されやすい性格と意思の弱さに想いを馳せながら、腕を組んだまま、散策しつつ旅館に向かうのだった。
旅館に着くと、とてつもなく美人な従業員の方々のお出迎えを受けた。特に女将さんなんか年齢の割に異様に若々しく、『若返りの妙薬』の噂が一気に信憑性が増した。案内された客室はまさに高級旅館に相応しくて、少し尻込みもしてしまう。そして、飲み放題のカフェコーナーも併設しており、
「あ、お酒……」
「お酒だね、ふふふ」
「あ……えっとぉ……あ、あとで! あとでのもうね」
「はーい」
飲んだらアウトだと思ってます、はい。それからさらにお部屋探索を続ける私たち。定番の温泉饅頭や地域限定のお菓子がおいてあったり、内風呂もとっても広かったり、驚くばかりだ。何よりすごいのは、部屋から直接出ることができるバルコニーにあるーー
「露天風呂だぁぁ!! しかも、ヒノキ!!」
「ね! すごーい」
客室に露天風呂が着いている。休憩もお泊まりもできるとある施設では経験あるけど、ここまで立派なヒノキ風呂が独占できるのはすごい、すごすぎる!
「ねぇ、ななこせんせ」
「なあに?」
「入っちゃう?」
「……まだまだ夕食まで時間もあるし……はいっちゃおっか」
「うん! えへへへへぇ」
あいりちゃんのお誘いをもちろん快諾して、私たちは露天風呂を楽しむことにした。
準備を整えてお湯につかる。足先からじんわりと伝わるお湯の温度が心地いい。お湯は乳白色で、肌にまったりとまとわりつくような感触だ。さらに、隣接している川から心地いい風が吹いて、湯気が揺らめく。川のせせらぎと熱すぎないお湯のおかげで、体も心もほぐれていく気がする。
「あったかいね、せんせ」
「……………うん……ほぉぉぉ……」
とても人に聞かせられない呆けた声が思わず出てしまう。
「せんせ、ちょっと寝る?」
「うーーーーん、それもありだけど……お風呂で寝るのはちゃんと危ないからなぁ」
「お風呂で寝るのって一番『幸せ』に近いからさ、せんせは気を付けてよね」
「……………またそういう……」
あいりちゃんは希死念慮が強い。そうなることを『幸せ』と形容する。その度に私は窘めるけれど、なかなか治らない。だから、そんなときは実力行使で黙らせることにしてる。
「えいっ!!」
「わぁ……!? せんせ、え、せんせ!?」
後ろから抱きしめれば、彼女は困惑してしまう。けれど、やがて体からは力が抜けて。
「……ん、ありがと」
彼女は身を任せてくれた。
「うん……あいりちゃんとこうして温泉来れて、うれしいな」
「ウチも多分嬉しいよ、ななこせんせ」
「……あいりちゃん、さびしくない?」
「んー? さみしくないよ?」
こうして、たくさん一緒にいるようにしてから気づいたことがある。あいりちゃんは自分の感情に鈍感だ。たぶんサーカス団でたくさん練習しなきゃとか、ご両親の期待に応えなきゃとか、そういうので自分を抑圧してしまってるんだろう。だから、私がするべきはそれを解放してあげること。
「…………ぎゅーーーー!」
「わわ!? ん、ふふ……えへへ。ありがと、せんせ」
「…………うん」
愛おしさが、彼女への感情が、むくむくと膨れていく。
「……………んっ」
耳にキスをする。
「ひゃあ……せ、せんせ?」
「あいりちゃん……んっ」
今度は首もとに、口づけを落とす。かわいい声で鳴くあいりちゃん。
「……ななこさん、えっち」
「……………………いや?」
「キスしてきたってことは……『そういうこと』だよね?」
「…………うん。って、あはは、自分からゆっくりしようって言ったのに、ごめんね?」
「……ななこさん、その、えっと、正面からぎゅーしてもいい?」
「ん、もちろん。おいで、あいりちゃん」
「ありがと、ななこさん…………ぎゅーっ」
「うん、ぎゅーーーー」
強く、でも、優しく抱きしめる。けど、どうやらあいりちゃんはこの期に及んでまだ遠慮してるみたい。
「あいりちゃん、もっと強くしなくて、いいの?」
「……いいの?」
「いいよ、おいで」
「ありがと、ななこさん。ぎゅーーっ」
今度は力一杯、抱きしめてくる。ああ、かわいい。本当に愛おしい。
「あいりちゃん」
「なあに、ななこさん」
「いい?」
「………………うん」
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