黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー 作:nocomimi
「お...おいリンク!子供たちのことはいいのか?」
リンクはカカリコ村の目抜き通りを北に向かって疾走する。私は姿を消したまま彼にそう言った。
「ああ。時間を節約したい」
彼は走りながら端的にそう言った。
私は驚きあやしんだ。別の世界から来た私でも、魔物に誘拐された子供たちの無事を確かめた際にはどれほどの感動の再会が繰り広げられるのか、それくらいは想像できる。
だが彼は言い放ったのだ。
「時間を節約したい」....と。
建物の並びが切れ、鉱山へ向かう道に入った。
するとリンクは立ち止まって私に狼に変身させるよう指示し、こう付け加えた。
「ミドナ、この先にある崖を登ると、ゴロン族が攻撃してくる。その瞬間に泉までワープしてくれ」
「わ.......わかった」
私は混乱しながらも頷いた。彼が何を意図しているのか、これから何が待ち受けているのか、私には全く分からない。
だが、もはや私に選択の余地はないと身に染みてわかった。従うしかないようだ。
リンクは狼に変身した。そして山道を疾走し、北に向かっていく。
ほどなく私たちは崖の前に出た。私は魔法の力を使ってリンクを素早く崖の上に飛び移らせた。
するとどうだろう、前方に黄色い肌をした筋骨たくましい亜人が立っていた。いわゆるゴロン族のひとりだ。
「ああっ。人間は立ち入り禁止だゴロ!」
そいつはリンクを見るとそう叫んだ。
(リンクは狼の姿だったのだが、ゴロン族は「人間」と言った。その理由はいまだに謎のままだ。)
ゴロンは体を丸めて岩の塊のようになると、こちらに目掛けて転がってきた。体当たりするつもりのようだ。
だが私は打ち合わせ通り浮上してワープを開始した。
数秒たつと、私たちは村の入り口の泉に降り立った。
ところがその時、またもや怪事が起こった。
どこからか、男の声が聞こえてきたのだ。
「ああ、無事で良かった!登山道に入っていく姿を見かけたので気になって追いかけてきたのです」
その姿は見えない。だが男は話し続けた。
「リンクさん、まさかデスマウンテンのゴロン族のところへ?あまりに危険すぎます!彼らはもともと力のみを信奉する種族...力なき者の言葉には耳を傾けません」
その頃には怪奇現象に慣れてきた私は、これは何らかの形で『世界線が混線』しているのだと推測できた。
本来、リンクは『この出来事が起きたときにここに居るべきではなかった』のだ。
ともあれ、男はしばらく話し続けた。リンクに対して、出身のトアル村に帰って村長のボウに相談することを勧めている。
やがて男の話が終わると、リンクは再び村の目抜き通りを北に向かって走り始めた。
狼の脚だから、人間より早い。
するとその瞬間、前方から何やら騒がしい音がした。早足で走る馬の蹄の音だ。
顔を上げると、馬が一頭こちらに向かってくる。パニックになっているのか、頭を振りながら疾走してくる。
そして、ふと傍らのリンクを見た私は心底肝をつぶした。
リンクの体がメチャクチャな形にひんまがっている。
狼でありながら二本足で立っているのか、頭の位置が高くなっている。
体のあちこちから、長いトゲのようなものが突き出ており、もはや原型を留めていなかった。
そしてますます不思議なことに、彼はその奇々怪々な姿のまま、走ってきた馬に飛び乗った。
そして彼はその姿のまま手綱を操って、馬を泉に誘導した。すると馬はようやく落ち着いた。
「お前にしては気の利いたことをするじゃないか...」
私は彼にそう言った。そして自分の尊大な口調にまた驚いてしまった。だが私にはもうわかった。
この出来事は『冒険が始まって間もない世界線で起こるべき』出来事だったのだろう。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
狼姿のリンクは馬から降りると、私に対して吠えた。
「人間に戻りたいのか?」
すると首を横に振る。彼は東のほうを向いて唸った。ワープしたいのだと察した私は、カカリコ渓谷のポータルに向けてワープを開始した。
渓谷の橋の上に降り立つと、リンクはまた私に唸った。私は彼の意図を察して人間に戻してやった。
「お,.....お前、大丈夫か?さっきの姿はいったい......」
装備を整えている彼に私はそう声をかけた。
「形状の崩壊さ。本来狼の姿で行うよう想定されていない作業をしてしまったからね。だが問題はないよ」
「そ....そうか..............ならいいが....」
彼は平然と微笑む。だが、私は化け物のようになった彼の姿が目に焼き付いて、心臓の動悸がしばらく収まらなかった。
やがて装備を整えたリンクは橋から平原に出ていくと、草を一本口に当てて笛のように吹き鳴らした。
数秒すると、馬のいななきが聞こえた。
エポナだ。
驚くべきことに、カカリコ村からここまでついてきたらしい。
そしてリンクは馬にまたがると、いきなりその脇腹を踵で蹴って疾走し始めた。
「おい!次はどこに行くんだ?事前に教えてくれたっていいだろ!」
私が慌てて追いかけながら尋ねるとリンクは叫んだ。
「ラネールさ。トワイライトに不正侵入する」
「なっ........................」
私は絶句した。
「待て!不正って....どうやって?」
「ついてくればわかるさ!」
リンクは、橋を渡ると馬に何度も加速の合図を出し全力疾走させた。六回ほど連続して加速し、馬が喘ぐほど疾走させる。その後しばらくは鞭を控えながら走らせ、やがて馬が元気を取り戻すと、また鬼のように加速させた。
それを繰り返しているうち、馬はやがてハイラル平原に入った。
リンクは情け容赦もなく馬に加速の合図を出している。六回連続して脇腹を蹴ると、しばらく控え、そしてまた六回連続で蹴る。馬の疲労など意にも介していない様子だ。
私たちは猛烈な勢いでハイラル平原を横切っていった。前方に見えてきた木立が次々と飛ぶように背後に過ぎていく。
やがて、日没前に私たちはハイラル平原の東端に出た。そこにはラネール地方に通じる道があったが、巨大な門によって塞がれている。馬でも飛び越えられない高さだ。また、ボコブリンが二匹ほどいて見張りに立っていた。
リンクは馬の速度を緩めると、剣を振るってボコブリンたちを片づけ、馬から降りた。
馬は全身が汗みずくで口から泡を吹き、疲労にあえいでいる。リンクは私に言った。
「ミドナ、オオカミに変えてくれ」
「わ...わかった。だが馬はどうするんだ?」
私が尋ねるとリンクは平然と答えた。
「ここに置いていく。もう当分のあいだ乗ることはないよ」
「なっ............」
私は絶句した。確かにトワイライトの中に動物を連れて行くことはできない。
だが、彼の何の迷いもない語調に私は返す言葉もなかった。
馬というのは、飼い主にとってパートナーのようなものだとよく聞く。
だが、彼はまるで乗り物でも乗り捨てるような口調で「当分のあいだ乗ることはない」と言い放ったのだ。
私は、彼を変身させながらも、心の中に違和感とそして一抹の恐怖が浮かび上がるのを感じた。
この若者は、本当にトアル村のリンクなのか?
この若者は、本当に農夫と山羊追いをしていたリンクなのか?
それとも、彼は「トアル村のリンク」を演じているほかの誰かなのではないか?
* * * * * * * * * * * * * * * * *
狼に変身したリンクは、門の前に立つと、やおらジャンプ攻撃をしかけた。そして門が揺れ動くと、今度は横を向いた状態で横跳びしつつ門に体当たりし始めた。
一体こいつは何をしようとしているのだろう?
私が怪訝に思い眺めていると、彼は狂ったように何度も門に身体を打ち当てている。
気が触れたのだろうか?一瞬そんな思いが頭をよぎった。
だが、その刹那、彼の身体が閉ざされた門を「すり抜けた」。
それはどういう仕組みで起こったのか、私には皆目見当もつかなかった。
だが、彼は門をすり抜けて向こう側に出たのだ。
リンクはラネール地方への街道を疾走し始めた。私は慌てて後を追った。
街道の左右は岩壁で挟まれており、北東に向けカーブしている。狼の脚だから、馬ほどではないが快速だ。
だが、ふと前方を見て私は驚いた。
目の前に、巨大な緑のカーテンのようなものが立ちふさがっている。
「お............おい!リンク、様子がおかしいぞ!」
私は叫んだが、リンクは構わず前方に突っ込んでいった。すると私たちは緑の幕をすり抜け向こう側に出た。
その瞬間だった。
私たちはいつの間にか、石造りの橋の上にいた。
強制的に転移させられたのだ。既にもう数回経験したことだが、何度起きても気分の良いものではない。
だがその途端、奇妙なにおいが鼻を突いた。燃料のような刺激臭だ。
「おい.......妙な臭いがしないか?」
私が言うとリンクも狼の鼻を地面に近づけて臭いを嗅いだ。
その途端、ボコブリンが橋の向こう側に現れ、火矢をこちらに向けて放った。
どうやら、燃料を振りまいたうえで火を放ってこちらを焼き殺す罠だったようだ。
「おい、まずいことになった。逃げるぞ!」
私は言った。リンクは心得た様子で素早く手近にあった箱によじ登ると、橋の手すりを乗り越えて下方に飛び降りた。
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何秒が経っただろうか?途端に私たちはザンブと水面に落ちた。
数メートル水中に潜る。リンクは犬かきして浮上し、やっと水面に顔を出した。私は彼の背の上で言った。
「おい、生きてるか?」
リンクは返事の代わりに唸り、犬かきしながら手近な岸を目指して泳いだ。
「あいつら小賢しい真似しやがって。下が水だったから助かったな」
周囲を見ると、頭上は黒い雲が立ち込め、辺りを影が覆っている。完全にトワイライトの領域に入ったのだ。
―トワイライトへの不正侵入―
私はリンクの言ったことの意味がいまだに飲み込めなかった。
だが彼はそもそも、オルディンのトワイライトに入るときも、正式の手順を踏んでいない。
すなわち、本来ならば私のような「影の者」の助力がなければ光の者は影の領域に入ることさえできない。なのに、彼は何の苦も無くオルディンのトワイライトに入ったのだ。
そして今回も。
それも、門をすり抜けるという馬鹿馬鹿しいほど単純な方法で。
このリンクはいったい何者なのか?
それとも、この世界には本当は私が知っているものとは違う法則が存在するのだろうか?
(次回に続く)