黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー 作:nocomimi
「ミドナ、その前にやることがある。湖底の神殿への経路を開こう」
リンクは言った。
「..............................はあ?」
私は戸惑った。そして言った。
「おいリンク、まずは精霊から『光のしずくの器』を受け取って闇の蟲を狩らなければトワイライトを晴らすことはできないんだぞ?それをしなければダンジョンの冒険なんて...」
私はフィローネ地方での冒険を思い出して言った。まずは影の領域を晴らし、それからダンジョンを探索する。その順番は必須だ。しかも私は根本的なことに気づいた。
「.....第一お前、普通の勇者の装備では湖底まで潜ることさえできないじゃないか」
湖底まで潜水するならそれなりの装備が必要だ。だが彼は緑のチュニックにズボンの姿。到底水中を冒険できる恰好ではない。
「できるさ。まあ、ついてきてくれ」
彼はそう言うと目の前の湖に飛び込んで泳ぎ始めた。
彼は湖のやや西側に進んでいた。装備を身に着けているのに、泳ぎは巧みだ。沈むこともなく、真っすぐ前進している。
やがてしばらくすると、私たちは大きな板が何枚も浮いているところに出た。
どうやら、ボコブリンたちが洞窟の内部で拵えた足場の残骸が流されてきたらしい。
リンクは板の上に上がると、ブーメランを取り出し、近くに浮いていた木箱を引き寄せた。
リンクは木箱を両手で持ち上げると、私に指示した。
「さっきと同じように、僕が合図したらアイアンブーツを履かせてくれ。次の合図で元のブーツに戻す。それの繰り返しをするから、ブーツの着脱を頼むよ」
「わ...わかった」
私は戸惑いながらも答えた。すると、リンクは箱を抱えたままジリジリと後じさりし始めた。
「一体何をするつもりだ?」
私が尋ねても、極端に集中しているのか、彼は答えない。
やがて彼は、板から落ちてしまわないギリギリの場所に立つと、口を開いた。
「ミドナ.....」
「どうした?リンク」
私がそう返事をした瞬間、彼の手から木箱が落ちた。同時に、彼の身体は板からずり落ちて、信じられないスピードで水中に没していった。
私は慌ててついていった。リンクはもはや水深数十メートルの場所にいる。
いったいどういう術を使ったのか?私には皆目見当もつかなかった。
やがて沈下が止まった。リンクの身体が浮きそうになると、彼は落ち着いた様子で私に合図した。私は彼に鉄のブーツを履かせた。
彼は横泳ぎしながら、私に何度も合図を出した。その度に私は鉄のブーツを着脱することを繰り返した。
だが、彼の泳いでいく方向を見たとき、私は驚愕した。
トワイライトの不思議な光を背景にして、湖底にあると思われる、柱や門のような構造物が透けて見える。
つまり、私たちは湖底から『外に出た』のだ。そしてそこから湖底の神殿の入り口を見ているのだ。
そして、筒のように横向きに伸びた構造体も見える。リンクはそこを目指して一心に泳いでいた。どうやら、神殿の入り口通路らしい。
だが果たしてそこまで息がもつのだろうか?私自身は魔法の力で水中でも行動できるが、リンクのことがだんだん心配になってきた。
彼はひたすら水を搔いて前進している。そして私は彼の合図に基づいてブーツの着脱を繰り返している。
だが彼はとうとう通路に到達した。
驚くべきことにこの通路は『横から』でも入ることができるらしい。
リンクの身体はその通路に吸い込まれていった。
* * * * * * * * * * * * *
やがて通路の中に入ると、彼は力を抜いたように横になり目を閉じた。
溺れたのだろうか?私は一瞬危惧した。
だが次の瞬間だった。
私たちは、別の場所に移された。
もはや水の中ではない。岩をくりぬいて作られたような部屋の中だ。天井の中心部分から明るい光が射し込んでいた。目の前の床には直径二メートルほどの穴がある。先ほどの通路の出口らしい。
リンクは平然とした様子で立っていた。
「『セーブリセット』の効果さ。これは水中でもできる。重宝する技だよ」
私は彼の様子に言葉を失っていた。
通常の装備でありながら、あれほど水深の深い湖の底に降り、長時間水中で活動していたのに、まったく平静な様子だ。普通ならば酸欠で溺死するはずだ。
「おい、リンク。だが帰りはどうするんだ?」
私が尋ねると彼は言った。
「大丈夫さ。戻る方法はある」
リンクは目の前にあった階段を登った。その先には扉があるが、それを塞ぐように門が設置されている。
門は大きく、硬い素材で作られており無理に開けることは不可能に見えた。だが扉の正面、階段で登った高台の前に、巨大なハンドルが天井から下がっている。
リンクはそのハンドルに飛びついてぶら下がった。すると、門がガラガラと音を響かせて開いた。
リンクは飛び降りて再び階段を登ると、扉を持ち上げ、向こう側に入った。
* * * * * * * * * *
そこも同じくらいの大きさの部屋だったが若干構造が違う。
目の前に伸びた狭い通路が下り坂になっている。前方に目をやると、正面向こう側の壁には扉がある。だが、そこに行きつくまでには、目の前にある下り坂の通路の終端から高い段差を二つ越えなければならないとわかった。
また、天井からは巨大な鍾乳石が何本もぶら下がっている。その根元が細いため、いかにも不安定で脆い感じだ。
リンクが通路に足を踏み出すと、鍾乳石の一本の根元が折れ、天井から音を立てて落下してきた。
「まったく物騒な場所だな。あの鍾乳石は予め落としておいたほうがよくないか?」
「いや、その必要はない」
私の助言を彼はあっさりと切り捨て、通路を下っていった。
終端にまで行き着くと、その先の床には、ずんぐりした動物がいる。魔物らしい。豚のような恰好で、頭から背中にかけてを硬い金属の殻で覆っている。
リンクは盾を下ろし剣を抜くと床に飛び降りた。すると魔物が襲ってきた。
だがリンクは少しサイドステップして攻撃をかわすと、いきなり回転斬りを放った。たちまち敵は断末魔の叫びを上げて果てた。
リンクは剣を納めると目の前の段差を見上げた。
「どうするんだ?飛び上がって縁にしがみついて登るのは不可能だぞ」
私が言うと、彼は答えた。
「本来ならそうだね。矢の先端に爆弾をつけて放つか、あるいはブーメランで爆弾を飛ばすかして鍾乳石を撃ち落とし、その落ちて来た鍾乳石を足場に使って乗り越える仕組みだ。だが僕にはその必要はない」
そう言うと、リンクはブーメランを取り出して、待った。
段差の上には、さっき倒したのと同様のずんぐりした兜付きの化け物がうろついているのがわかった。(ブタのような呼吸音をしているのでわかる。)
リンクはそいつにブーメランを投げつけた。そいつは「ブヒッ?」と声を上げると、敵襲だと思ったのかたちまちこちらに走り寄ってきた。
その魔物は、段差の正面にある小さな張り出しにようなところまで来ると、そこで足踏みし始めた。
いっぽうリンクは、相手の位置をよく見定めながら剣を抜いて、下り通路の終端あたりに立ち、位置を微妙に調整していた。
やがて彼はタイミングを測り、相手がこちらに背を向けた瞬間にジャンプ斬りを放った。
跳躍したリンクの剣の刃が化け物の背中を叩く。たちまち悲鳴を上げて化け物が事切れると共に、彼は片手で張り出しの縁に掴まった。
リンクは左手を伸ばして両手で縁に掴まると、身体を引き上げて段差の上に立った。
剣を納めると、彼は段差の上にあった瓦礫の山の上に登り、狼に変身させるよう私に指示した。
彼は狼になると、前方のもう一つの段差を見据え、跳躍した。狼の前足が段差の縁に引っ掛かり、彼はどうやら段差の上に這い登ることができた。
「軽いもんだろ?」
私が人間に戻してやると彼はウィンクして言った。私は感嘆するしかなかった。
リンクはその段差の突き当りの扉に進んだ。手を掛けて扉を持ち上げ、先に進むと、そこは細長い廊下だ。
廊下の突き当たりには両開きの扉がある。だが扉の前には人影があった。人型魔物だ。全身茶色い皮膚で、蜥蜴のような顔をしている。手には武器を持っていた。
そいつはこちらに気づくと、駆け寄ってきた。
だがリンクは軽く前転して相手をやり過ごすと、そのまま突き当りの扉を開けて向こうに出た。
「お.....おい!魔物を倒さなくていいのか?」
「必要ない。放っておいても問題はないからね」
私が尋ねても彼は気にする様子もなく答えた。
今いる部屋は巨大な円筒形の空間だ。目の前に下りの階段がある。
今いる階層は二階だ。部屋の中央は吹き抜けになっており、はるか下がプールになっているのが見える。その吹き抜けを囲うようにしてぐるりと通路と転落防止柵がしつらえられているが、今の階層の通路は右も左もすぐに衝立が立てられ行き止まりになっていた。
リンクは目の前の階段を降りていった。
下の階層に到達する。リンクはそこから右に折れ通路を進んでいった。
途中、アメンボの化け物のようなものがいたがリンクはそれを無視した。足早にしばらく進むと、吹き抜けに面した転落防止柵が開いている箇所があった。その上からは巨大なハンドルがぶら下がっている。
リンクがハンドルに飛び付いてぶら下がると、重々しい音がしてそれが下がり、階段が回転し始めた。
ほどなく、ぶら下がっている箇所に階段の下部分の終端がやってきて、そこで回転が止まった。
リンクは階段に飛び降り、登って二階に行き、左に進んだ。途中、また巨大アメンボがいたがリンクはこれも無視した。
急ぎ足で進むと、通路は衝立で行き止まっていた。その手前には壺がいくつか置いてある。そこでリンクは剣を抜くと壺のひとつにいきなり斬りつけた。
すると中から鶏ほどの大きさの鳥が飛び出してきた。
だが、顔はどうみても人間だ。頭髪はなく頭はツルツルしており、また眉毛も睫もない。それ以外の身体の部分はほとんどが鶏なのだが。
「ふう、助かったわ。お尻が詰まって出られなくなっちゃってたのよ。お兄ちゃんありがとねぇ」
鳥は当然のように話し始めた。
「おばちゃんね、ここで探し物してたのよ。お兄ちゃんもそうなの?だったら、ねえ、おばちゃんと一緒に行動しない?おばちゃんね、お兄ちゃんを外にワープさせてあげられるの。それでそのあといつでも同じ場所に戻れるのよ。使える女でしょ?」
リンクは、『おばちゃん』と名乗ったその生き物を歓迎するように手に抱き上げた。
「ミドナ、彼女を魔法空間で預かっていてくれ。後で重宝する」
「わ.......わかった」
私はこの生物の異様な風体と人間然とした振る舞いに驚きながらも言われた通りにした。
(次回に続く)