黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー 作:nocomimi
リンクは、『おばちゃん』と名乗ったその生き物を歓迎するように手に抱き上げた。
鶏ほどの大きさだが、顔は人間だ。頭はツルツルしており、眉毛も睫もない。しかも人語を解するらしく、ペラペラと気軽に話しかけてくる。
「ミドナ、彼女を魔法空間で預かっていてくれ。後で重宝する」
「わ.......わかった」
私はこの生物の異様な風体と人間然とした振る舞いに驚きながらも言われた通りにした。
私がその奇妙な生き物を仕舞うと、リンクは剣を抜いて道を引き返した。そして、中央の吹き抜けから通路を隔てる柵の切れた場所の横に立って身構えた。
少し位置を調整し、左方向に向く。そして彼はジャンプ斬りを放った。
空中に飛び出したリンクは、眼下にあった斜面を滑り落ち、そこで左に方向を変え、また空中に飛び出した。
私は慌てて彼についていった。まるで過激な滑り台のようだ。放物線を描いて飛んだリンクは一階の柵の上に降り立ち、そこから通路の上に滑り降りた。
そしてリンクは、目の前にあった扉を開けて向こう側に出た。
先は十メートルほどの廊下だった。だが先客がいる。ずんぐりとして兜をかぶったあの化け物だ。
化け物は突進してきたが、リンクはサイドステップして攻撃を躱すと、ダッシュして廊下の終端に進み、突き当りの扉を開いて先に進んだ。
リンクはそこで立ち止まると私に言った。
「そろそろ外に出よう。『おばちゃん』を出してくれ」
私は了解し魔法空間からあの奇妙な生物を取り出した。
ところが、出てきたのはあの鳥ではなく、その息子だった。そいつは、頭から直接羽が生えており、胴体がないのだ。
見慣れてしまえば可愛いと言えなくもないだろうが、初見だったので私は面食らってしまった。
「じゃあ行きまちゅよ」
そうこうしているうちに息子鳥がそう言って私たちの周りをくるくると飛び始めた。
次の瞬間リンクの身体もくるくる回転し始める。私たちは、身体がフワッと浮いたかと思うと、周囲が一旦暗くなり、すぐまた光が見えた。
気が付くと、ハイリア湖畔にいた。光といっても、影の領域の光だから薄ぼんやりとしている。
「さあ、神殿に出入りする手段は手に入れた。次はトワイライトだね」
リンクは言う。私は呆れながら笑ってしまった。
「普通、ダンジョンというのはその地方での冒険のクライマックスだろ?だから、小さなタスクを片づけてから取り組むものだとばっかり思っていたが....」
「まあね。だけど僕はそんなものには縛られないよ。さあ、行こう」
リンクは平然と言う。彼は精霊の泉に至る洞窟に入ると足早に奥に向かった。
すぐに目の前が開け、天井が開いて光が差し込む丸い空間に出た。泉だ。
泉の上には白い光の塊が浮遊していた。リンクはその前に進んだ。
「勇者....よ....よくぞここまで...来た...」
弱々しい声が聞こえた。精霊だ。だがリンクはイライラしている様子で、足先でトントンと地面を踏みながらそれを聞いている。"早く用件を言え"とでも言わんばかりだ。
「我は....精霊...ラネール....闇に奪われた我の...光...を..これ..へ..」
するとリンクの目の前にあの器が現れた。私が手を伸ばしてその器を取り上げると、精霊が続けた。
「汝なら...既に...わかる...はず...砕け散った..我...光の雫を...」
リンクは精霊の話が終わるが早いが、私に狼に変身させるよう指示した。彼は姿を変えると、ダッシュして泉の外に出ていった。
* * * * * * * * * * * * * * *
湖畔にはいくつもの個所に闇の蟲が潜んでいた。リンクは迷いのない足取りでそれらを探し出し、手際よく狩っていった。
途中、湖畔の広場のようなところに出ると、上空にポータルが開き影の使者たちが三体ほど降りてきたが、リンクは私に結界を出させ、呆気なくそいつらを葬った。
湖畔での蟲狩りを終えてしまうと、彼は私に合図し、北の方を向きながら吠えた。ワープさせろというのだろう。
私は彼の意図を察し、彼を連れてゾーラの里のポータルまでワープした。
その周囲にいた闇の蟲を狩ると、彼は流れに沿って下り、滝の周辺も掃討した。そして前回怪鳥を着陸させた場所の近くにあった水路に飛び込んだ。
その水路はハイラル平原北に通じていた。
それにしてもリンクは全く睡眠をとらないどころか休憩さえしない。私はほとんどの場合彼の背中の上に乗っているか、魔法で宙に浮いているだけだからさほど疲れなかったが、リンクのタフさには脱帽してしまった。
やがて私たちはハイラル平原北から、ハイラル城下町の東門前までやってきた。
するとそこでもポータルが開き、影の使者たちが三体降りてきたが、やはり先刻同様に一瞬でリンクに葬られてしまった。敵とはいえ気の毒なほどの一方的なやられようだった。
リンクは城下町に入り、裏町に潜んでいた闇の蟲を狩った。そして、私に向かって東の方角を示しながら吠えた。ワープせよとの指示だ。
気の利く私は、彼を伴いハイリア湖畔のポータルに飛んだ。
「おいリンク、だがここは掃討したんじゃなかったのか?」
私は尋ねた。するとリンクは、湖畔の桟橋を渡って途中にある中洲の上に生えている草の前で立ち止まった。
そして、顔を上げて遠吠えし始めた。しばらくすると、驚くことに私が先刻手なづけた怪鳥が降りてくる。
「なるほど、あの洞窟の内部の闇蟲を狩るわけだな」
私は了解すると、怪鳥に飛び乗り、そいつの足でリンクを捕まえさせて飛び立った。
* * * * * * * * * * * * *
水流の回復された洞窟の中で私たちは闇蟲を狩り、光のしずくを回収した。
だが、それを終えるとリンクが暴れ始めた。
「おい!リンク!どうした?」
リンクがひどく暴れるので、怪鳥が困惑して私の言うことを聞かず、あらぬ方向に飛び始めた。
そしてとうとう怪鳥は壁に激突して墜落した。手放されたリンクは、水面に落下して流されていく。
「おいおい.......何をやっているんだ。もう一度やり直すか?」
私は彼を追いかけながらそう声をかけた。だが彼は首を横に振った。私たちは、やがてハイリア湖西側にある川の流れ込み口に近い岸に打ち上げられた。
すると彼はムクリと起き上がり、水に飛び込むと犬かきで泳ぎ始めた。
しばらく泳ぎ続けると、木製の足場の残骸が浮いているところに出た。
私は思い出した。ここは先ほどリンクが奇妙な技を使って湖底にまで一瞬で到達するという怪現象を起こした場所だ。
リンクは、そこに浮いているもののうち最も大きな板の上に這い上がった。
上空からは雷鳴が聞こえる。いかにも不穏な雰囲気だ。ふと脇を見ると水面に気泡が浮いてきている。
私は直感した。なにかのヤバい魔物が近づいてきている。だがリンクはそれを完全に承知の上らしい。
やがて、水面の上の気泡がみるみる増えてきた。
かと思うと、水面から雷を発しながら飛び出してきたものがあった。
巨大な蟲だった。その大きさが桁違いだ。そして、腹の部分が異様に大きく肥っている。
女王蟲だ。
巨大蟲は威嚇するような音を発すると、こちらのほうに体当たりしてきた。雷を全身から発している。
だがリンクは落ち着いた様子でそれを躱し、そいつが攻撃の手を休めて近くを滞空した途端、跳躍して襲い掛かった。連続で噛み付き攻撃を喰らわせる。
巨大蟲は苦痛に身悶えし、リンクを振り落とす。だが狼リンクは身軽に足場に着地した。
敵は怒り狂って雷を発しながら足場の周囲を飛び回った。だがリンクは戦いを完全に掌握していた。攻撃を回避し、相手が隙を見せた瞬間に襲い掛かる。それが三度繰り返されると、巨大蟲は気絶し、水面に浮き始めた。
そこでリンクは相手の腹の上に這い登ると私に合図した。
私は素早く結界を発動した。巨大蟲の腹脚全てを結界が包むと、リンクは跳躍した。立て続けの攻撃に襲われた蟲は断末魔の鳴き声を上げ、身体を丸めたかと思うと、その身体が破裂した。
やがて大蟲の死骸から光のしずくが浮かび上がってきた。
私がそのしずくを回収した途端に、周囲に光が満ちた。影の領域が晴れたのだ。
* * * * * * * * * * * * * *
私たちはいつの間にか、ラネールの精霊の泉の前にいた。
泉の上に精霊が現れ、重々しい口調で何かを語り始めた。だがリンクの目が光ると、精霊はすぐに口を閉ざし姿を消した。もはや見慣れた光景だ。
リンクはいつの間にか人間に戻っている。
「ミドナ、ゾーラの里に戻してくれ」
リンクは言った。
「おい、だがお前は立て続けに冒険してきたんだ。休まなくていいのか?」
「必要ない」
私が提案しても彼はにべもなく答えた。私は肩をすくめると、彼を狼に変身させワープを開始した。
数秒後には私たちはゾーラの里の泉に着水していた。リンクはそこから南に向かう水路に入って泳いだ。滝を落下して、水に流されていく。
やがて、水路が崖に吸い込まれる場所まで近づくと、その手前に小屋が見えてきた。
リンクは岸に上がると、物陰に入って私に合図した。私は彼の意図を察し、人間に戻してやった。
リンクは装備を整え、小屋のほうに向かった。見ると、女がひとり立っている。縮れ毛を頭上にまとめた三十手前くらいの女だ。田舎にしては珍しく露出の多い都会的な服を着ている。
リンクは近寄って女に話しかけた。すると女は気のない様子で答えた。
「あ~、今ちょっとうちの店休業中なのよ。また今度来てくんない?」
だが、リンクは構わずもう一度話しかける。すると女は煩そうに手を振った。
「だから休業中って言ってるじゃん?」
私は可笑しくなってしまった。リンクはナンパを試みたが、振られてしまったようだ。
リンクはその場を離れてしばらく歩き回った。私は、珍しくリンクが失敗したのを見て気をよくし、あとで盛大にイジってやろうとほくそ笑んだ。
ところがそのとき、上空から不気味な音がした。見上げるとポータルが空中に現れてきている。
そしてポータルから黒い塊が出てくる。一体、二体、三体。影の使者たちだ。
女が金を裂くような悲鳴を上げた。
だがリンクは剣を抜くと、近くに着地した使者の一匹に向かっていきなりジャンプ斬りを叩きつけて屠った。
さらに、女のいる場所のほうに降りた二匹に走り寄り、その間に立って回転斬りを放った。使者たちの死体が崩れポータルに吸い込まれる。
「ああびっくりした。一体あんた何者なの?あんな化け物と平気で戦ったりして‥‥」
リンクが近づくと、女は驚いた顔で立ち上がった。
彼女はズボンについた土を手で払うと自己紹介し、背後の小屋を指差した。
「あんた、よく見るといい男だね。何にもないけどちょっと店に寄ってかない?」
さっきまでつれなかったくせに、女は急に態度を変えた。私は驚いてリンクを見た。まさかリンクはこの展開まで予測していたのだろうか?
リンクは女に誘われるまま一緒に小屋に入った。
女は身の上を話し始めた。彼女は貸船屋を営業しているのだという。だが、最近川が岩で塞がれてしまい往生していると説明した。小屋の中からは洞窟を流れる川が見えるが、確かにその真ん中に巨大な岩が一つ鎮座していた。
「男手があればなんとかなるんだけどね~」
女はいかにも思わせぶりに言う。私はまた可笑しくなってしまった。なんのことはない。この女がリンクに対して気のあるような様子を見せたのは、力仕事を押し付けたかっただけなのだ。
すると、リンクは言った。
「.....ああ。なんとかする」
すると女は顔を輝かせて叫んだ。
「本当?助かるわ~!じゃあ爆弾矢であの岩を片付けてくれる?」
女は壁際の物入れを開けると爆弾袋を取り出してリンクに渡した。
私は苦笑した。ヒーロー気取りで女を救ったはいいが、リンクは余計な労働を引き受けることになってしまったらしい。
ところがその瞬間だった。
リンクは懐から、あの『おばちゃん』という生き物の息子を取り出したのだ。
「ママのところにもどりまちゅか?」
そう問われたリンクは頷いた。すると、おばちゃんの息子は私たちの周囲を飛び回り始めた。リンクの身体がクルクル回転したかと思うと、私たちはいつの間にか湖底の神殿の一室に戻っていた。
(次回に続く)