黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー 作:nocomimi
「リンク......お前、水中にあんなに長い時間いて平気なのか?」
私が質問するとリンクは答えた。
「秘訣があるんだ。水中で浮上している状態で水中爆弾を手から離すと、呼吸がリセットされるんだ」
「水中爆弾を...?手から離すと...?呼吸が...?リセット?なんだそれは?」
私はまた面食らった。だがリンクは笑うと、おばちゃんの息子を取り出し、ダンジョンに戻るよう言った。
私には、リンクの言ったことが最後まで分からなかった。私たちは再び湖底の神殿の一室に戻った。
リンクは階段を登って扉を開けると、次の部屋に出た。
彼はその部屋の下り通路の終端に降りると、ブーメランで爆弾を飛ばして手早く鍾乳石を落とし、それを足場にして段差を登った。
だが、向こう側の扉を開けて先に進むと、廊下に人影がある。先刻も出くわした蜥蜴のような人型魔物だ。
そいつはこちらに気づくと、駆け寄ってきた。
だがリンクは軽く前転して相手をやり過ごすと、そのまま突き当りの扉を開けて向こうに出た。
「なんか....お前さぁ、その....魔物に対する敵対心とか、ないのか?」
「ないよ」
私が聞くとリンクは平然と答えた。
「だけどお前勇者だろ?魔物を見たら自然と怒りとかが湧いてくるんじゃないのか?」
「別に」
リンクの答えは素気ない。
「だ...だけどこの神殿はいずれゾーラ族がまた使うんだろ?彼らのためにもこの神殿を綺麗に片付けておいてやりたいとかは...」
「なぜ僕がそんな余計なことをしなきゃならないんだ?」
彼はそう言うと、クローショットを手に嵌めながら階段を数段降り、中央の吹き抜けの壁に生えた蔦を狙って撃った。
鉤爪が引っ掛かり、リンクの身体が吹き抜けの壁に引き寄せられる。
リンクは飛び降りると、吹き抜けの底部にあるプールの縁に立った。そして少し歩を進めると、やがて壁にビッシリと蔦の生えた場所に出た。
リンクは蔦の生えた面の左端に立つと、クローショットを構え、蔦の生えた面の反対側の端を狙った。そして私を横目で見ながら言った。
「ミドナ、アイアンブーツを履かせてくれ。そしていつもの通りだが、ここから先も合図に合わせてブーツの着脱を頼む」
「それはいいが.....一体何をするつもりだ?」
私は彼に鉄のブーツを履かせながら尋ねた。
「壁を抜けてボス部屋に不正侵入する」
「壁を抜ける?そんなことできるわけないだろ」
私は鼻で笑おうとした。だが次の瞬間思い出した。
――リンクは、あのカカリコ村の墓地の井戸の蓋を難なく通り抜けた。
そして、この湖底の神殿への入り口通路にも『横から』入ったのだ。
私の笑顔が凍り付いた。
そんな私をよそに、リンクはクローショットを撃った。
すると次の瞬間不思議なことが起こった。
飛び出したクローショットの鉤爪が目標地点に引っ掛かり、リンクの身体は最初そこに引き寄せられた。だが、途中で蔦の生えた面の真ん中あたりで降りてしまったのだ。
いまや彼の身体は、壁に半分ほどメリこんでいた。
「お...おいリンク!お前いったい....」
だがリンクは構わず前進した。リンクは壁を通り抜け、水の中に没した。
* * * * * * * * * *
周囲には果てしない漆黒の闇が広がっている。虚無のような空間だ。
リンクの身体は急速に沈んでいった。
後ろを振り返ると、プールの円筒形の形状が見える。
リンクは、私たちがそのプールの底部の少し下に到達した瞬間に合図を送ってきた。
私がすかさずブーツを元に戻すと、リンクは向きを変えてプールの中央部に向けて泳ぎ始めた。
そうしながらも彼は合図を繰り返した。鉄のブーツの着脱を繰り返して浮上を防ぎつつ泳いでいく。
彼が目指す地点には、下方に真っすぐ伸びる竪穴のようなものが見える。
私は気づいた。
あの時と同じだ。
私たちはプールの『外側』にいるのだ。
そして、先ほど神殿の入り口通路に『横から』入ったように、あの竪穴に不正侵入するつもりなのだ。
リンクは竪穴が近づくと、その横辺りで浮上した。すると私たちは狭いスペースに吸い込まれた。彼は一旦床に足をつくと、今度は横移動してその空間から外側に飛び出した。
すると次の瞬間リンクの身体は中央の竪穴に向けて吸い込まれていった。
下方に向けて落下していく。周囲が一気に暗闇に変わっていった。
* * * * * * * * * * * * * * *
気が付くと、私たちは薄暗い水面に着水していた。
どうやら、水を湛えた途方もなく巨大な円形の空間が下方にあるようだ。
「ここがボス部屋さ。君のお目当ての影の結晶石はもうすぐで手に入るよ」
リンクが言う。
「だが...待て。これは見るからに水中戦になりそうじゃないか。普通の装備しかないのに...」
私が言いかけると彼が遮った。
「そのための『水中爆弾呼吸リセット法』さ。心配はいらない。さあ、アイアンブーツを履かせてくれ」
私は言われたとおり彼に鉄のブーツを履かせた。
すると、たちまちリンクの体が沈んでいく。
はるか下を見下ろすと、砂の溜まった底面には円柱がいくつも配置されている。
そして、底に堆積した砂の中心近くから、半透明の触手が一本伸びているのが見えた。その内部で大きな目玉がうごめいている。
気味が悪いが、あいつがこの神殿のボスらしいと見当がついた。
私はリンクの呼吸を気遣ったが、彼は平気な顔をしている。
数十秒が経過しただろうか。私たちはとうとう水底に辿り着いた。
すると、地響きがして、一本の触手に続いて、巨大な生き物の頭部が砂から顔を出した。
沼地に住むヤツメウナギのようなおぞましい形だ。
(なんでもこいつはオクタイールという名らしい。別の言語では蛸鰻と言うべきか...)
そいつの頭からは半透明の触手が十本近くも生えている。
その巨大化け物は口を上に向けたまま、頭部に生えた触手を周囲を探るように動かし始めた。
触手の一本の内部を大きな目玉が移動している。
すると、リンクはクローショットを手に嵌めて目玉お化けを狙い撃った。
目玉が引き出され引き寄せられると、リンクはバックステップしながら剣を抜き、回転斬りを放った。
剣先が目玉お化けに当たり、そいつはほうほうのていで跳ね回りながら触手の中に逃げていった。
それと同時にリンクは水中爆弾を袋から途中まで取り出しつつ、私に合図を送った。
私はすかさず彼のブーツを元に戻した。
点火された水中爆弾を抱えながらもリンクは少し浮上し、爆弾を手離した。やがて爆弾が爆発した。
リンクは、先ほどからずっと息継ぎしていないのに平気なままだ。どうやら『水中爆弾呼吸リセット法』というのは本当に効くらしい。
一方、化け物は傷を負った目玉を体内に収納してしまったようだ。そして化け物の触手も頭も砂の中に引っ込んでいった。
すると次の瞬間地響きがした。激しい。
目の前の穴からウナギの化け物が姿を現した。触手、頭。そして硬い鱗に包まれた体が穴から出てくる。
全長は百メートルはあろうかという大物だ。
* * * * * * * * * * * * * * *
しばらくかかって化け物がやっと全身を現し、辺りを睥睨するように泳ぎ回り始めた。
私は敵の巨大さに唖然とした。
だが、リンクはもう一度私に合図した。鉄のブーツの重みでリンクの身体が湖底に沈む。彼は落ち着き払った様子で水中爆弾を取り出し、また私に合図した。ブーツを戻すと、彼は浮上してやや高度を上げ、ウナギ化け物の上方に位置したところで爆弾を手離した。
そして、また合図を送ってきた。私が鉄のブーツを履かせたところで、オクタイールがこちらに近づいてきた。
彼は素早くクローショットを嵌めて敵の背中を狙い撃った。
鉤爪が引っ掛かり、たちまちリンクの身体は引き寄せられた。そこには例の目玉がついていたのだ。
化け物に取り付くと、剣を抜き、リンクはその目玉に何度も斬撃を喰らわした。
すると化け物が苦し気に身悶えし、リンクを振り落とした。だが、鉄のブーツのお陰でそれほど遠くには飛ばされていない。
リンクは水底まで降りると、点火した水中爆弾を途中まで取り出した。私は意図を察してブーツを元に戻した。
彼は浮上しながら水中爆弾を手離した。すると、敵がまた身体をうねらせながら近づいてくる。
リンクは敵の上方まで浮上すると、敵の目玉目掛けてクローショットを撃ち、飛び付いた。再び剣を抜いて敵の目玉に立て続けの斬撃を食らわせた。
そして振り落とされる寸前で合図が来た。ブーツを鉄に戻す。
化け物が激しく身悶えしたが、リンクは少し上方に飛ばされただけで済んだ。
リンクはすぐ下方にいた化け物にクローショットで狙いをつけ取り付くと、剣を抜いて渾身の力で止めを刺した。
刀身が鍔に至るまで化け物の目玉に沈み込む。
断末魔の唸り声を上げたオクタイールは、最後の力を振り絞って全速力で泳ぎ始めた。
怪物はでたらめに旋回を繰り返し、上昇したり下降したりながら泳ぎまわった。
だが、やがてオクタイールは底面近くに下降し、物凄い勢いで壁に激突した。
壁に大きな亀裂が走る。化け物は力を失ったように動かなくなり、水底にゆっくりと横たわった。
壁の亀裂から水が流出していく。リンクは化け物の頭から降りた。水位がみるみるうちに下がっていき、しばらくすると部屋の水がほとんど抜けてしまった。
目の前に横たわる化け物の死骸はやがて真っ黒に変色し、ボロボロと崩れ始めた。私はその中から黒い呪具を取り出すとかざした。
これだ。これを探していたのだ。
「でかした!最後の影の結晶石・・・約束通り、もらっていくぞ!」
その言葉を口から発した瞬間、私は違和感に固まった。
この影の結晶石は『最後』ではない。『最初』だ。
私たちは、他の二つの影の結晶石が隠されたダンジョンを制覇していない。
森の神殿は攻略途中で放り出したままし、オルディン地方のダンジョンについては入口にさえ行っていない。
「悪く思うなよ。これは我々に必要なものなんだ。そのかわり、影の王様気取りのザントを、これで私が倒してやるよ」
得意げにそう言いながらも、私は嫌な予感がした。
私が、世界線変動に伴う記憶の書き換えにより『最後の結晶石』と言わされたということは、
これから嫌が応でも冒険を次の段階に進めなければならないということだ。
ということは、『ザントとの遭遇』も間近に迫っているということだ。
本来なら、三つの結晶石を手に入れなければ私といえどもヤツに太刀打ちできない。
その一方で、リンクは全てを知っているといった顔で平然としている。
これから一体どうなるのだろう?
私の心は不安で満たされていた。
(次回に続く)