黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー 作:nocomimi
湖底の神殿での冒険を終えた私たちを襲った事象については、のちに私がリンクから聞いて再構成した事項が多分に含まれている。
というのも、私たちはダンジョンから出てラネールの精霊の泉で休憩していたところでいきなり襲撃を受けたからだ。
襲ってきたのはザントだった。
そして、私は彼に太刀打ちできず制圧され、リンクもまた狼に変えられてしまった。
さらに、私に横恋慕していたザントは、私がどうしても靡かないことに腹を立て、
意地の悪いことに光の精霊ラネールをわざと呼び出すと、私の目の前で光を放出させたのだ。
ラネールはザントを攻撃するつもりだったのだろうが、その光は影の者である私に大きなダメージを与えた。
かくして、私は瀕死の状態になった。だが、精霊ラネールは息も絶え絶えの私を狼姿のリンクとともに、ハイラル平原北にワープさせ逃れさせたのだった。
そこからリンクは健気にも私を背負ってハイラル城に向かった。
ゼルダ姫だったらこの危機を打開できるかもしれない、と思ったからだ。
リンクはひたすら夜の平原を駆けると、城下町に入り、町民たちが怖がって逃げ惑うのにも構わず裏町に向かったらしい。酒場の女主人から、彼女の店に城への抜け道があると教わっていからだ。
その時のリンクの尽力には、感謝の念しかない。
だが彼は、酒場に入ったところでゴロンの男につまみ出された。
そこで万策尽きたと思われたが、私たちの目の前に猫が現れ、城への通路を教えてくれた。
そして、私たちは酒場の通風孔から隣の長屋、さらには下水施設を通って、ハイラル城に潜り込み、とうとうゼルダ姫が幽閉された部屋に辿り着いた。
そこで姫は私に生命エネルギーを移し、私を復活させた後、姿を消した。
そして、私たちは北ハイラル平原に逃れたのである。
* * * * * * * * * * * * * * * *
さて、脱出した私たちが振り返ると、突如として城は魔法防壁で包まれてしまった。
敵も防備を固めたのだ。
だが振り返っている暇はなかった。
今度こそ、『陰りの鏡』を探し、ザントを倒さねばならない。
すると、リンクは北の方を向いて私に唸った。
「ゾーラの里にワープするんだな?」
私が尋ねると彼は頷いた。私は言われたとおりワープを開始した。
数秒後、私たちはゾーラの里の泉に着水していた。リンクはそのまま水路を泳ぎ、滝から落ちると、脇の通路に這い上がって、壁に開いた洞窟に入っていった。
どこに行こうとしているのか、皆目見当もつかない。
だが私には薄々わかっていた。
リンクは自分が何をしていているかを知っている。彼を信頼したほうが、効率がよいはずだ。
やがてリンクは洞窟の出口で立ち止まると、何か精神を集中したような難しい顔をしていたが、突然「ウ...」と唸りかけたような声を出した。
「どうした、リンク?」
私が尋ねると、彼は何でもないといった様子でまた走り始めた。
洞窟から出ると、目の前は雪景色だった。リンクは、半ば凍てついた湖に浮く氷の上を器用に飛び移って渡ると、その先に見える雪山に向かって走った。
前方が次第に登り斜面になってくる。空から雪も舞い降りてきた。
それだけではなかった。半透明の狼の幽霊たちが、積もった雪のそこここから這い出してきた。雪国特有の魔物だ。
魔物たちは、吠え声を上げると襲いかかってきた。だがリンクは進路を巧みに左右に変えながら敵の攻撃を避けひたすらに走った。
斜面が次第に急勾配になり岩肌が剥き出しになった崖が近づいてくる。だが、同時に降雪も激しくなってきていた。ほとんど視界を失うほどの横殴りの吹雪だ。
「おい...リンク!この吹雪じゃあ無理だ。引き返そう!」
私はリンクに言った。だが彼はひたすら前進した。斜面を登っていくと、前方にまたぞろ幽霊狼たちが這い出してくる。だが構わずに登攀し続けると、やがて不思議なことに視界を覆い尽くすほどの吹雪が弱まってきた。
私たちは、いつしか崖沿いの山道を登っていた。段差を乗り越え、雪の斜面を越えると、いつしか吹雪は完全に止み、空に太陽の光が見えてきた。
するとしばらく進んだところに奇妙な石碑があった。リンクは石碑に近づくと遠吠えをした。
眼下には今までに踏破してきた広大な山の斜面と、そこにかかる雪雲が形づくる雲海が見える。
ひとしきり吠えると、リンクはその場を離れて山側にある崖の麓に向かった。そして、崖の下の一か所を一心に堀り穴を開けると、そこに身体を突っ込んで向こう側に出た。
そこは薄暗い洞窟だった。リンクが唸るので私は人間に戻してやった。
「全く...あんな吹雪に突っ込んでいくなんてな。気が狂ったかと思ったよ」
私はそう言ったが彼は涼しい顔だった。
「『マップグリッチ』で障壁を無効化したのさ」
「その...マ.....マップ?っていったい何なんだ?」
私が面食らって尋ねると、彼は笑った。
「それほど難しい技じゃあないよ。心の中で地図を思い浮かべ、特定のポータルへの移動を念じながら、君に話しかける。それで発動するんだ」
「......そ...それがどういう作用をするんだ?」
「フロアの読み込み不良が起きる」
私は彼の答えを聞いても何一つ理解できなかった。彼は続けた。
「だが、その後放置しておくと、クラッシュが起きることがある。だからあの石碑で吠えたんだ。読み込みを正常化させるためにね」
「....言ってることが全くわからんぞ」
私は溜め息をついて首を振った。そして、重要なことを思い出して声を上げた。
「そういえば、お前はいったいどこに向かおうとしているんだ?」
「悪い悪い。説明してなかったね。雪山の廃墟に向かうよ」
彼は手にクローショットを嵌めながら言った。
「そうか...ではそこに陰りの鏡があるんだな?」
「正確に言えば、破片だけはね。だけど回収はしないよ」
期待に満ちた私の問いに彼はそう答えた。私はズッこけそうになってしまった。
「ま......待て!陰りの鏡の破片を回収しないってどういうわけだよ!」
「必要ないからさ」
彼は平然と言った。
「ひ.....必要ないわけないだろ!あれがないとザントのところに行けないんだぞ」
「いや、行けるさ。まあ僕を信じてくれ」
彼はそう言いながら先に進み始めた。私は困惑と混乱で一杯になりながらもついていった。
洞窟はやがて梯子のかかった段差に出たが、リンクはクローショットを前方の天井に撃って飛び付き、素早く前進していった。
やがて扉に突き当たると私たちはそこから外に出た。広々とした雪原だ。
リンクはクローショットを仕舞うと剣とブーメランを取り出した。
「何をする気だ?」
私はまた嫌な予感がして尋ねた。
「ちょっとした技さ。心配はいらないよ」
彼は雪原の端に向かって歩いた。端は急な崖の縁になっている。
だが、周囲には白い冷気を纏った蝙蝠が何匹も飛んでいる。魔物だ。
「おい...リンク。気を付け...」
私が言った瞬間、リンクは蝙蝠の一匹に向けてブーメランを投げつけた。
ブーメランの風に巻き込まれた蝙蝠が翻弄されるように向こうに飛んでいく。そして、そいつがブーメランの戻りに合わせてこちらに近づいてきた途端、
リンクはやおら気合いを発してジャンプ斬りを繰り出した。
しかも、崖の外に向かってだ。
「おい!リンク!」
リンクは技を繰り出した姿勢のまま、崖下に落下していった。
* * * * * * * * * * * * * *
「ぅう....」
リンクは呻き声をあげながら身体を起こした。落下した場所から私が引き上げてやったのだ。
「ッたく何をするかと思えば。自殺したいのか?」
私が文句を言うと、彼は立ち上がって身体についた雪を払った。
「ごめんごめん。心配させたね。でも成功だよ」
「成功?何がだ?」
私は疑わし気に尋ねた。
「雪原の中にトリガーがあるんだ。引っ掛かると影の使者との強制バトルになる。時間を食うんでね」
彼はそう言うと、目の前の坂を上り始めた。目を上げると、坂道の上に巨大な熊のような生き物がこちらに背を向けて座っている。
「おい....!危険かもしれないぞ!」
私が警告すると彼は言った。
「大丈夫さ。味方だよ、彼は」
私は戸惑いながらも彼についていった。するとリンクはその熊のような動物に気軽に話しかけた。するとそいつは振り向き、リンクを見ると口を開いた。
「んんんん?おんやま、ニンゲンの子供でねか!珍しいのお」
そいつが人語でリンクに答えたので私は面食らってしまった。そいつをよく見ると、熊というより長い毛の生えた類人猿に近いようだ。だが体格は人の三倍ほどもある。
「なしてこんな田舎さ来たのけ?流行りの自分探しちう奴かいの?」
リンクは彼に、陰りの鏡の破片を探している旨を説明した。するとこの獣人は彼をディナーに招待してくれた。思ったよりずっと文明的な奴だ。
獣人は傍らに生えた大木を殴った。すると、凍り付いた大きな葉が落ちてきた。獣人は、その葉に乗ると、スノーボードの要領で前方の斜面を滑っていった。
リンクは真似をして大木から凍った葉を落とすと、同じように斜面を滑り始めた。その乗り方は、慣れた様子で危なげがない。彼は橋を越え、崖からジャンプし、狭い雪道を快速に滑ると、とうとう大きな邸宅の前で停まった。
「あいつ獣人のくせに大層な家に住んでるんだな」
私は呟いた。邸宅は貴族の住まいのような豪奢なものだ。
リンクは階段を登って屋敷に近づくと、立派な両開きの扉を開けた。
内部に入って廊下を進むと、左右にはいかつい鉄製の鎧が飾ってある。かつては金持ちが使っていた別荘か何かだったのだろう。
だが、少し奥に入ると、その酷い荒廃振りが目に入った。壁も天井も床もボロボロだ。
極めつけは、幽霊のような光が空中に漂っている。
だがリンクはそれらを無視し玄関を足早に横切ると、突き当たりの扉を開けた。
その先は、うって変わって暖かい居間だ。
「どなた?」
女の声がする。
火の燃える暖炉の前に、白い毛に覆われた生き物が座っている。近づいて目を凝らすと、その顔は女の柔和な顔立ちだった。女獣人だ。
リンクは丁重な口調で陰りの鏡の破片を探している旨を申し出た。すると女は言った。
「熱でぼうっとしててあまり思い出せないんですけど、確かこの部屋に置いてあったと思うわ」
女獣人が部屋を指定すると、リンクは頭を下げ、居間を横切り西側の扉を開けた。
扉の向こうは台所だ。中央にある大きな竈の前にはあの獣人が座って料理していた。
「おう、おめ来たか!」
獣人が声を上げた。話しを聞くと、獣人は夫婦でここに住んでいるらしい。そして彼は、病身の妻のために、慣れない料理をして、栄養たっぷりの温かいスープを飲ませようとしているとのことだった。
図らずも私は、この獣人の妻に対する思いを感じて胸が熱くなった。
だがリンクは話もそこそこに彼の横を通り過ぎ、向こう側の扉を出た。
その先にあった部屋は物置のようだった。だが床板があらかた欠落し、つるつるした氷が剥き出しになっている。
その先に扉があるが、金網がかかっていて開けられなくなっている。
だが、床材が剥がれた箇所に四角い大きなスイッチがある。さらにその周囲には、巨大な黒い衣装ケースがいくつか置いてある。
これは、スイッチに黒い箱を乗せるパズルなのだと私はすぐ気づいた。
たが、私が何を言う前に、リンクは何度も繰り返してきたかのような手際のよさでパズルを解いた。すると扉の前の金網が自動的に上げられた。
リンクは扉に歩み寄ってそれを開け、向こう側に出た。次の部屋は、石が剥き出しで牢屋のような部屋だった。
壁には一か所、崩れて外の雪が吹き込んでいる箇所がある。
リンクは私を見た。私は意図を察すると、すぐに彼を狼に変えた。彼は床の穴に溜まった雪を掘って潜り、向こう側に抜けた。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
向こう側は雪の積もった広い中庭だ。リンクが私に合図したので私は彼を人間に戻した。
「ミドナ、また合図でブーツの着脱を頼む」
リンクはそう言うと、中庭を区切る壁に近づいていった。壁は半ば崩れているが、それでも乗り越えられる高さではない。
「おいリンク....だが陰りの鏡の破片を回収しないのに、いったいここで何をやろうというんだ?」
「必須のアイテムがあるんだ」
私の質問に答えると、彼は剣を抜いて壁の前に立った。
「よし、アイアンブーツを履かせてくれ」
彼が言った。私が彼に鉄のブーツを履かせると、彼は点火された爆弾を取り出して背後に置き、剣を構えた。
「おい...お前まさか....!」
私は驚いて叫んだ。だが彼はやおら気合いを発してジャンプ斬りを繰り出し、空中で私に合図した。
「今だ!」
私は彼のブーツを元に戻した。それと同時に、爆弾が爆発し、その結果彼の身体は吹き飛ばされ、崩れかけた壁の上に乗った。
「おい...大丈夫か!」
「ああ、大丈夫さ....」
リンクは答えると、剣を納め、壁の向こう側に降り立った。
「そ...そのアイテムはどこに?」
私が尋ねると、彼は北側の隅を指さした。
そこにいた氷の柱のようなものに、私は目を奪われた。
フリザド。氷の魔物の中でも最も危険なもののひとつだ。
その口から出る冷気を浴びると、何者であれ凍り付かされてしまう。
「あいつの横から強引に潜り込む。先に抜けたら、すぐに僕を人間に戻してくれ」
「そ....そんなやり方で大丈夫なのか?」
どう考えても無理のある作戦だ。だがリンクは狼に変身させるよう私に言った。彼は変身すると、フリザドの立っている場所の右手の壁際に身を寄せた。
すると、フリザドがリンクの存在を感づいてこちらに向き直った。その途端にリンクは物陰を飛び出し、反対側の隅に回り込んだ。
フリザドがぐるりと向きを変え、口を開き冷気を吐く。それを浴びたリンクが凍り付いたように動かなくなった。
「リンク!」
私は叫んだ。だが、すぐにリンクは動き出した。フリザドの脇に身体をねじ込み、通り抜ける。私が素早く彼を人間に戻すと、彼はその先にあった扉を開けて向こう側に出た。
* * * * * * * * * * * *
扉の内部は薄暗い縦長の部屋だった。訪れる者を威圧するかのように、巨大な鎧がいくつも飾られている。
「全くムチャばかりして....お前本当に大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。ここでアイテムを取得したら『セーブリセット』するしね」
私の心配をよそに、彼は気軽に言いながら前進した。
だが、巨大鎧の脇を通り過ぎて、突き当たりの扉の前に立った瞬間、物凄い金属音がした。
振り向くと、鎧を着た巨大な人型魔物が、先端に鉄球のついた長い鎖を振り回していた。その鉄球に当たって、背後にあった鎧がバラバラに崩壊したところだった。
リンクは剣を抜いてそいつに近づくと、鉄球の回転周期を見極めて後ろに回り込み、点火した爆弾を一つ転がした。
敵もこちらに向き直る。だがリンクは踵を返すとダッシュしそいつから離れた。
やがてそいつが鉄球を投げつけた。だが鉄球の狙いが逸れて明後日の方向に飛んでいく。その頃にはリンクはもう一度そいつの後ろに回っていた。
その瞬間爆弾が爆発した。爆風を受けた魔物がよろめく。リンクはここを先途とジャンプ斬りを相手に叩きつけ、着地するが早いが回転斬りを食らわせた。
そいつはあえなく崩れ落ちた。
リンクは、死んだ魔物が取り落とした鎖と鉄球を拾い上げると言った。
「これが必須アイテムさ。ミドナ、インベントリに入れておいてくれ」
「わ....わかった」
私は毎度の戦いの呆気なさに驚きながらも返事をした。
リンクは、部屋の北側の扉を開けて向こう側に行くと、そこにあるものを片っ端から鉄球で叩き壊した。
すると高額ルピーが転がり出てきた。彼はそれを財布に収納すると、ゴロリと横になって目を閉じた。
「ミドナ、あとふたつダンジョンをやれば影の国に行ける。あっと言う間さ」
彼はそう言うと寝息を立て始めた。散々振り回された私は、安堵の念とともに彼の寝顔を見つめるばかりだった。
(次回に続く)