黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー   作:nocomimi

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『世界の本当の姿』

リンクの技によって地面から『外の空間』に滑り落ちてしまった私たちは、

 

ひたすら虚空を落ちていった。

 

私は必死でリンクにしがみついた。

 

「リンク!リンク!」

 

下には、文字通り何もない。水面も地面も、雲さえも。

 

果てしなく落ちていく感覚。内臓がでんぐり返るような途方もない不快感。

 

「リンク!私たちは........私たちはどうなるんだ?」

 

私は泣きそうな声で言った。絶望が喉までせり上がってくる。

 

「リンク!も....もう駄目だ!限界だ!死ぬ!」

 

だが彼は妙に落ち着いた声で言った。

 

「大丈夫だよミドナ。すぐ着く」

 

――『すぐ着く』とは何だ。

 

虚空に落ちているのに、どこに着くというのだ。

 

私は、恐怖と苛立ちと、そして説明されないことへの悔しさで胸がいっぱいだった。

 

だが同時に、彼の声を聞いた瞬間、私はなぜか少しだけ安心してしまった。

 

……本当に、私はどうかしていた。後で考えると恥ずかしくなる。

 

ともあれ、彼はジャンプ斬りを繰り出した直後の姿勢のまま落下していった。

 

それが数十秒続いた後のことだった。

 

木組みの門とその金具が揺れるような音が響いた。

 

そして一瞬のうちに、私たちは別の空間に移されたことに気づいた。

 

薄暗い部屋だ。そして向こう側に、ただならぬ気配を発する何者かがいた。

 

* * * * * * * * * * * 

 

目を凝らすと、部屋の奥に巨大な鬼が戦斧を構えて立っているのが見えた。

 

間違いない。目の前にいるのは鬼の王、キングブルブリンだ。 

 

確か、リンクはこいつをオルディン大橋から叩き落したはずだ。

 

それなのに生きていたらしい。

 

大鬼は、吼え声を上げると、戦斧を持ち上げてリンクににじり寄った。だがリンクは剣を抜いて走り寄ると、いきなりジャンプ斬りを叩きつけ、着地しざま回転斬りを放った。怒涛のような凄まじい攻撃だ。

 

大鬼は成す術もなく苦痛の呻き声を上げた。そして怯んだキングブルブリンに対し、追撃のジャンプ斬りと回転斬りがヒットする。

 

私の目からは、一方的に暴行を加えているようにしか見えなかった。以前の戦いと全く同じだ。

 

やがて、大鬼は武器を取り落として膝をついた。彼はリンクに顔を向けて呟いた。

 

「オ....ボエテロ」

 

彼はボロボロになった身体を引き摺って部屋の隅にあった落とし戸に向かっていった。

 

大鬼が前に立つと落とし戸が開かれた。手下のブルブリンどもが操作しているのだろう。キングブルブリンが出ていくと、落とし戸が再び閉じられた。 

 

次の瞬間、メラメラと火が燃える音がした。落とし戸から炎があがり始めている。

 

「クソっ...リンク!これは罠だ!」

 

私は叫んだ。だがリンクは落ち着いて言った。

 

「大丈夫さ。これで死ぬことはないから」

 

「なっ...............................」

 

私はまた絶句してしまった。

 

「し....死なないって....どういうことだ?」

 

「この炎で死ぬことはない。実験してみたこともあるよ」

 

彼は平然とそう言うと、部屋の隅にいた巨大猪に近づいて、それに跨った。

 

手綱を操って猪の鼻先を木の扉のほうに向け、踵で脇腹を蹴る。すると、そいつは醜い鳴き声を上げながら扉に突進した。

 

扉が紙細工のように破れる。大猪はその先にあったバリケードをも次々と破壊して前進した。

 

大猪はしばらく走るとやっと突進をやめた。リンクは手綱を引いて猪を停止させると、目の前に現れた建造物を見上げた。

 

「到着さ。ここに君の目指す陰りの鏡がある」

 

彼はそう言って猪から降りた。

 

だが私は、さっき虚空に向かって落下しながら見た光景を思い出し、震えが止まらなかった。

 

* * * * * * * * * * * * * * 

 

いつの間にか、日が暮れかけている。暗くなり始めた空に浮かぶ巨大な建物のシルエット。

 

目の前には壮麗な円柱の列に挟まれた長い階段があった。その終端には建物の入り口がぽっかり口を開けている。

 

だが、私は前進する気になれず、顔を上げてリンクに言った。

 

「.........リンク......さっき私たちが見た光景は一体......」

 

「歩きながら話すよ」

 

リンクは階段を登っていく。私は彼についていった。

 

「ミドナ....落ち着いて聞いてほしいんだ」

 

彼は切り出した。私は耳を傾けた。だが不安で胸が苦しい。聞きたいとも、聞きたくないとも思った。

 

「ミドナ、この世界の事物は全て虚空の上に浮いているんだ」

 

リンクは静かに言った。私はそれを耳にした後、その意味が分からず、ただおうむ返しすることしかできなかった。

 

「この世界の事物は全て虚空の上に浮いている.....って....。意味が分からない。お前は何を言っている?」

 

「言った通りさ。この世界の事物は全て虚空の上に浮いている。例外はない」

 

押し潰されそうなほどの重苦しい沈黙が流れた。

 

今、私たちはしっかりとした階段の上を歩いている。

 

それなのに、凄まじい絶望と困惑が襲ってきた。

 

彼は、今、何と言ったのだ?

 

「僕が最初にそれを見たのは、カカリコ村から北上してオルディン大橋を渡った先にある崖から馬ごと落ちたときさ」

 

リンクは呟くように言った。

 

「そこで僕は、落ちながらカンテラに油を補給した。すると馬が空中にとどまったんだ。そして、僕はそこから空中散歩をすることができた」

 

私は奇妙な夢を見ているような気がした。リンクの言葉はどう考えても狂人のたわ言にしか聞こえない。

 

「それ以来、僕はいろいろな方法を試したよ。カカリコ村の北部でマップグリッチして、そこから西に回り込んで空を飛びラネール地方に向かう、なんて手もよく使ったなあ」

 

リンクと私は階段を登り切った。目の前には、処刑場の入り口が不気味に口を開けている。

 

「そして空中散歩すると、はっきりと見えたよ。全てが虚空の上に浮かんでいるのが。山道も、巨大な岩も、遠方の山も。そしてハイラル城も」

 

リンクは続ける。だか私は立ち止まった。そして小さな声で言った。

 

「う.......嘘だ。嘘に決まってる」

 

「嘘じゃあない。本当さ」

 

リンクは振り向くと、諭すように言った。だが私は大声で叫んだ。

 

「い........いいや!嘘だ!この世界は地球の上に成り立っているんだ!そんなはずがないだろう!」

 

「だがミドナ。君はもう真実を見たはずだ」

 

リンクの冷厳な声が響いた。私は自分の背筋が凍り付いたような気がした。

 

「だ........だが」

 

私は首を振った。

 

「だが、影の国は違う...はずだろ?そうだろ?たとえハイラルが虚空の上に浮かんでいても、きっと私の故郷である影の国は....」

 

だがリンクは答えなかった。そして、私自身も答えはわかっていた。

 

影の国はハイラルから派生した世界だ。だとすれば、大きな違いはないはずだ。

 

しばらくの沈黙のあとリンクが言った。

 

「ミドナ、これはこの世界を造った何者かによるデザインなんだ。嘆くことはないよ。むしろ、その仕組みに感謝すべきだ。そのおかげでこうして僕たちは余計な敵と戦うことなくダンジョンに行けるんだからね」

 

「この世界を造った何者かって...それは....三女神のことを言ってるのか?」

 

私の問いにリンクはかぶりを振った。

 

「おそらく違う。ネール、ディン、フロルの三女神よりも、もっと高次の存在がいるはずだ。それがこの世界をこういう形に作ったのさ」

 

「な‥‥なぜそんなことがわかる?」

 

「この世界のすべては表面だけで成り立っている。すべてのものは虚空に浮いており、すべてのものの内部は空洞なんだ。だとすれば、この世界は、何か別の世界に似せて作られた『模造品』なんだと僕は思う。実体のある、別の世界の、ね」

 

それを聞いて、私は自分の自我に音を立てて亀裂が入るのを感じた。だがリンクは続けた。

 

「もしそうだとすれば、三女神もまた、何かの『模造品』さ。そしてあの精霊たちもね」

 

「嘘だ!嘘だ!デタラメを言うな!」

 

私は、拳を振り上げてリンクの肩を叩いた。

 

「嘘だ!嘘に決まってる!この世界が『模造品』だなんて‥‥」

 

だが、私の目からは涙が溢れ、私の叫び声はやがて嗚咽に変わっていった。

 

「嘘だ‥‥嘘だって言ってくれ‥‥それに‥‥だったらこの私は一体‥‥何なんだ?私もまた‥‥『模造品』なのか?」

 

リンクは困惑した顔で黙ったまま私を見ていた。私はしゃくり上げながらなおも尋ねた。

 

「教えてくれリンク‥‥私は‥‥私は‥‥一体‥‥」

 

リンクは溜め息をつくと、言った。

 

「君は‥‥NPCさ」

 

私は泣き止むと顔を上げた。

 

「NPC?なんだ‥‥それは?」

 

「いや‥‥何でもない」

 

リンクは首を振った。

 

「ミドナ、今のは忘れてくれ。いまの君には...あまりにも酷だ。おいおい説明するよ。今は冒険を続けよう」

 

彼はそう言いながら、ダンジョンの入り口に歩み寄っていった。

 

私は手で涙を拭うと、彼に従っていった。

 

今や、私には骨身に染みてわかっていた。

 

選択の余地はないことを。

 

彼は、全てを知っており、私は何も知らない。

 

私は、彼に従っていくしかないことを。

 

だが、逆に言えば、彼に従いさえすれば、私は、

 

いや、私たちは冒険の目的を果たすことができるということを。

 

(次回に続く)

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