黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー 作:nocomimi
『地下牢からの脱出』
先述したリンクという若者の奇妙な行動についての、伝聞を元にした記録はここまでにしよう。
ともあれ、このリンクは、剣と盾と完全防備に身を固めた状態で、王城に献上物を届ける任務のため、村長ボウの家から愛馬エポナを迎えに行った。
そして、ラトアーヌの泉にて一旦消息を絶ったのである。
これは彼自身の証言によるので、間違いない。
その時起こった事件のあらましは、こうだ。
まずブルブリンたちが泉を襲撃し、幼馴染のイリアと村の少年コリンを誘拐した。そして頭部に打撃を受けて気絶していたリンクはしばらくして意識を取り戻し、二人を追ってフィローネの森に再び入ったということだ。
そして、その時には既にフィローネの森は奇妙な黒い雲に包まれていた。
この奇妙な黒い雲に包まれていた領域こそが「トワイライト」である。
そこは私たち影の者が住む領域と似せられた環境であり、光の者たちが入ると、魂だけの存在となってしまう。
リンクは、その手前まで来ると、中にいた「影の使者」、すなわちザントに洗脳され鬼になり果てた影の者に捕らえられ、引きずり込まれたという。
そして彼は、既にザントに制圧されていたハイラル城の地下牢に連行され放り込まれたのである。
そのその地下牢で、私は彼を見つけ出したのだ。
不思議なことに、光の者であるにもかかわらず、彼は魂だけの存在にはならなかった。代わりに、彼は狼の姿になっていたのである。
私は、ここに目をつけた。古来から、我が影の国では狼は神獣とされていた。だから、彼を利用すれば、影の国に帰還した暁には民を味方につけザントに立ち向かえる、と私は考えたのである。
そして、ここからが私が直接見たリンクの記録となる。
* * * * * * * * * * * * * *
「見ぃつけた」
地下牢で伏せていた彼を見つけた私はそう呟いた。そして、彼を懐柔するための台詞を喋ろうとした。薄汚い牢に投獄された者というのは、相手が誰であれ訪問者に対し警戒心を抱くであろうと考えたからだ。
だがその瞬間である。彼は冷静な目で私を見、その目が光った。
するとどうだろう。
私が口を開いて言葉を継ぐ前から、全ての会話が終了してしまった。
私は彼を繋いでいた鎖を魔術で断ち切ってやろうと思っていた。だが、その鎖もいつの間にか切れている。
私は言葉を発しようとしたが、できなかった。理由は分からなかったが、まるで言おうとしていた台詞が既に発せられてしまったかのような「記憶」が脳に上書きされたような気がしたのである。
(思えば、これが彼と出会ってから私が最初に経験した小さな『怪現象』だった。)
そして、彼はまるで全てを了解したかのような顔で立ち上がると、地下牢の隅にあった穴を掘って鉄格子のこちら側に出てきた。
「よし、気に入った。逃がしてやる。だがそのかわり私の言うことをよぉく聞くんだぞ」
ともあれ私は気を取り直し、彼の背に跨るとそう囁きかけた。
私は彼が反発することを予期していた。だが彼は私の話を聞いていたのかいなかったのか、すぐさま走り出すと、さっきまでいた牢の隣の牢に入った。
そして天井からぶら下がった鎖に飛びつくと、それを口に咥えた。その体重で鎖が引っ張られガチャリと重い音がした。すると奥の壁にある穴に嵌っていた鉄格子が開いた。
リンクは床に降りると、開いた穴に体をねじ込み、前に進んだ。
私は何一つ彼に教えていないのに、彼はまるで最初から知っていたかのようにこれらの行動を起こしたのである。私は不審に思った。
彼はなぜ、この地下牢から脱出するためのルートを知っているかのような行動がとれるのだろう?
だが、驚きはこれだけにとどまらなかったのである。
* * * * * * * * * * * * * * *
私は彼を導き、地下牢から下水施設に出た。
そこには、通路の中途に侵入者防止用のトゲが仕込まれている場所がある。そのため、通過するには仕掛けを動かして溝に水を満たしてからその場所を渡らなければならなかった。しかもその先にある抜け穴を通るため、今度は別の仕掛けで水を抜かなければならない。
だがリンクは、全く迷うことなく正しい手順でそれらの仕掛けを発動させた。そして、その施設の出口にある鉄格子の向こうで待っていた私にアッという間に追いついた。
そして、彼は、出口の先にあった塔の階段を駆け上っていった。その階段はところどころ壊れていたので、私の魔法で助力しなければ登れないようになっていた。
「ちょっと手伝ってやるからここまで跳んでみろ」
私は階段の壊れたところから浮遊して先に進むとそう声をかけた。
すると彼は、全く躊躇うことなく私に注目すると、鳥のようにまっすぐ空中を飛んで、次の瞬間には私が待ち受けていた向こう岸に降り立っていた。
普通、魔法の力を生まれて初めて利用する者はもっと戸惑ったり、恐れを抱いたりするものである。
だが、このリンクはまるで昔から何度もやってきたかのように、それを行った。
しかも、彼の足取りには、初めて通るこの塔の構造を完全に把握しているかのように迷いがない。
私はますます不審の念を感じた。だがそこに留まってもいられないので、私たちは塔を登り切って外に出た。
そして城壁の上を渡ると、別の塔に入り、そこである人物が幽閉された部屋に忍び込んだ。
そう。だれあろう、ハイラル王国の王女、ゼルダ姫である。
私が彼をゼルダ姫に引き合わせたのには、ある思惑があった。
このリンクが本当に選ばれた者ならば、ゼルダ姫にはそれとわかるはずである。
そして、彼が「本物」であったなら、私が影の国をザントから奪還するにあたっておおいに力となるであろう。
それを見極めるため、私は彼を連れてきたのだ。
結果から言えば、彼は「本物」であった。彼は私が期待した以上の力を備えた勇者であった。
だが、正確に言うと、彼は私の期待をあまりにも超越し過ぎていた。
影の国を奪還する戦いだけでなく、全てのダンジョンの冒険、全ての魔物との戦いにおいて、異常なほどのスキル、読み、要領の良さを、彼は私に見せつけたのである。
そして、私の妙な「予感」は、既に彼のゼルダ姫との対面の時点から始まっていた。
――この青年は、本当にただの「人間」なのだろうか。
私は長らくこの疑問にさいなまれることになったのである。
* * * * * * * * * * * * * * * *
ゼルダは、全ての冒険が終わった後、私に語ったものである。
「あの日、私は彼が『選ばれた者』であることが一目でわかりました。彼の手の甲にトライフォースの紋章が刻まれていたからだけではありません。私が言葉を発しようとしたとき、彼の眼がこう語っていたのです。『僕は全て知っている。何も言う必要はない』と。」
私は、ゼルダの言っていることの意味がその時はよく理解できなかった。
ともかくも、ゼルダは彼にハイラル王国を襲った危機―――
――すなわち、影の使者の来襲と王城の占拠、そして影の王を僭称するザントによる「降伏か死か」の最後通牒―――
これらのことについて、説明する心づもりであった。
また、それがゆえに彼女が降伏を選び、そして王国の三つの地方が「影の領域」に包まれてしまったことへの懺悔も。
だが、この狼の姿の少年は、そのどれも聞く手間をとることもなく、静かにその目で語っていた...らしい。
『スキップしていいか?』と。
かくして、私とリンクはすぐにその部屋を退出した。私は、少なくとも雰囲気から理解できた。ゼルダはこの狼に姿を変えた少年を「本物」だと認めている。
あとは、冒険を通じてその「お墨付き」を証明してもらうだけだ。(そして、その証明は確かになされた。嫌というほどの実力を通じて。)
我々は塔を出ると、ワープを繰り返してラトアーヌの泉にたどり着いた。
そこで、私は彼を試験するつもりでこう言い渡した。
「今私は自分に似合う剣と盾が欲しいんだ。言ってる意味はわかるな?」
すると彼は、了解したのかしないのか、トアル村に向けて走り出した。それを見た私は、彼が私の言うとおり、トアル村で剣と盾を盗みだすものだとばかり思っていた。
ところが、彼は途中でボコブリンに出会うと、そいつをおびき寄せるようにして、来た道を戻り始めた。
そして、村の北端の柵の先にある橋を渡ると、トワイライトの入り口に近づいていった。
こいつは何を考えているのだろう?私は思ったが、敢えて口出しをせずにおいた。
トワイライトの入り口付近でリンクは立ち止まった。すると、鬼は喚き声を上げながら棍棒を振り上げた。リンクは、バックホップしてギリギリで回避すると、今度は鬼の南側に立って、相手をぐいぐいと鼻先で押しやった。鬼は押されながらもまた棍棒を振り上げる。彼は身をかわすと、再び道の奥に鬼を押しやった。
不毛に思える攻防が続いた。だがある瞬間のことだった。
鬼がまた棍棒を振りかざしたとき、リンクはバックホップすると、やにわに跳躍して鬼に打撃を与えたのだ。鬼が後ろに吹っとんでいくのをめがけて、彼はもう一度ジャンプして攻撃した。空中にいる敵に目掛けた跳躍だ。
リンクは鬼に打撃を与えるとそのままその先の地面に着地した。
その瞬間だった。
――剣と盾を持って来い――
この私の要求がその瞬間私の心から消え去ったのだ。
「影の領域に入れてやろうか?」
私の口から言葉が発せられた。リンクは頷く。私は一足先にトワイライトに入り込むと、魔法の力で自分の髪を手の形に変え、それでリンクを掴むと内部に引き入れた。
だが、それらの行動をしながらも、私の心は驚きで震えていた。
私は、彼が村に忍び入って剣と盾を盗み出すのを見ていなかった。なのに、彼がその任務を全うした、という思考が頭を満たしたのだ。
まるで「記憶が書き換えられた」かのように。
(次回に続く)