黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー 作:nocomimi
「ミドナ、スピナーをインベントリに入れておいてくれ」
リンクはそう言って床に寝転ぶと目を閉じた。
向こうの部屋からは、幽霊の悔し気な叫び声が聞こえる。
だが、リンクはそれに意も介さない様子で寝息を立て始めた。
私は覚えずリンクの寝顔を見つめた。
この男はいったい何者なのだろう。
魔物と戦うことさえせず、
ダンジョンの『隙間』を突いて先に進み、
冒険の『世界線』だけを先に進める。
だが、ひとつ明確なことがあった。
彼はこの冒険の完遂という『終着点』を明確に見据えている。
それだけは確かだ。
私は溜め息をついた。
ロクな説明もしてくれず、
ハラハラさせらっぱなし、
困惑させられっぱなし、
だが、この男についていけば、この冒険は必ず成功する。
そして、その確信こそが私のプライドを激しく揺さぶった。
王女である私ではなく、農夫であるリンク。
魔法使いである私ではなく、一介の剣士であるリンク。
彼が全てを知っており、私はほとんど何も知らない。
では、私はいったい何なんだろう?
だが、そんな思索にふけっているうちに、私たちは再び『セーブリセット』の効果により『転移』させられ、気が付いたときにはダンジョンの入り口にいた。
* * * * * * * * * * *
「よし、行こう。早速スピナーを出してくれ」
リンクは立ち上がると私に言った。ダンジョンの最初の部屋は流砂だらけだ。
「そうか....この道具で流砂を渡れるというわけだな?」
「そういうことさ。それに後でバトルでも使うことになるよ」
リンクは私が出してやったスピナーに乗ると、ペダルを蹴ってそれを回転させ始めた。
「おい...いま、バトルって言ったな?ということは今度こそ魔物と戦うのか?」
「ああ。どうしても戦わないといけないときはね」
リンクはスピナーを巧みに乗りこなして砂地を横切ると、階段を駆け上がって扉を開けた。私は乗り捨てられたスピナーを慌てて魔法空間に収納し、彼の後を追った。
次の部屋を通り過ぎると、あの幽霊カンテラがいる部屋についた。一体の幽霊カンテラが部屋の中央に寂しくたたずんでいる。
「あいつ、これからもずっとここにいるのかな....」
私は覚えず呟いた。
「さあね。どっちでもいいじゃないか。どうせ誰もここには来ないんだから」
リンクはそう言うと、正面の階段を登った。そして、前回やったのと同様の手順を使って頭蓋骨の魔物を格子の向こうに『消す』と、階段の石材の中に『メリ込み』、向こう側の廊下に行った魔物に向かって攻撃を仕掛け、格子を『通過』した。
そうして廊下を進むと、突き当りの壁の前でリンクは私にスピナーを出させた。
彼はそれに乗ると、床にあった丸い穴に嵌め込んで回転させた。やがて重々しい作動音がして、正面の壁がゆっくりと横に動き始めた。
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やがて壁が完全に開き、その向こうにある部屋が見えた。床は砂地だらけで中央に太い柱がある。
部屋は円筒状の形をしていた。その壁の内側には螺旋階段がついているが、ところどころ段が欠けていたため、歩いて上まで登るのは不可能に見えた。
だが、その螺旋階段に沿うようなかたちで、壁にレールが設置されている。
「リンク、あのレールってもしかして....」
リンクはどんどん先に進んでいく。私は彼が乗り捨てたスピナーを収納しながら声をかけた。
「そう。スピナーのレールさ」
彼は答えた。見上げると、部屋の天井は恐ろしく高い。
「ここに陰りの鏡があるんだな...?」
私は期待が高まってくるのを感じた。リンクは軽く微笑むと答えた。
「ああ。だが、鏡を発動させるにはここ以外にもうひとつダンジョンをクリアする必要があるけどね」
「なんだ........」
私はガッカリして溜め息をついた。
「落胆しないでくれ。そのダンジョンも大して手こずりはしない。さあ、スピナーだ」
私がスピナーを出すと、リンクはそれに乗って起動させた。
リンクの乗るスピナーは、壁に設えられたレールに嵌まると快速に登っていった。
そしてある程度登ったところで、彼はスピナーを操作していきなりレールから飛び出した。
私が驚いて見ていると、彼は中央の柱の上に据えられた台座に降り立った。リンクはその台座の床に空いた穴にスピナーを嵌めると回転させ始めた。
しばらくすると、巨大な装置の作動音がして、地響きとともに床の砂地から何かがせり上がってきた。
下を見やると、今いる台座を囲むような形で螺旋状のレールが上昇してくる。リンクが一心にスピナーを回しているうちに、レールははるか上に至るまで伸びていった。
やがて再び地響きがした。巨大な仕掛けは停止したらしい。
リンクはスピナーを穴から外すと、新たに出現したレールにそれを嵌めた。すると、彼はたちまち高速でレール沿いに上昇していった。
ほどなく、私たちは壁に設えられた大きな扉の前に出た。レールが切れたところでリンクは飛び降り、停止したスピナーを私が仕舞った。
扉には太い鎖がかけられ、大きな錠前で閉じられている。
「ミドナ、例の鍵を」
リンクが言う。私は先ほど手に入れた鍵を錠前に差し込んで解錠した。鎖が床に落ちると、リンクは扉に手をかけて押し上げ、向こう側に進んだ。
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扉の内部は巨大な部屋だった。薄暗いなか目を凝らしてみると、部屋は円形で、壁は堅牢そうな石造りだ。
壁際の足元ぐるりを通路が囲んでおり、その内側は中心に向かって窪んだ広大な砂地になっている。
砂地の中を覗き込むと、その中央あたりには恐ろしく巨大な動物の骨があった。
「こ...こいつがボスか?」
私は骨のあまりの巨大さに唖然として呟いた。
「ミドナ、スピナーを」
リンクが言う。私がスピナーを出すと、彼はそれに乗って砂地を降りていった。
「...だ..だが死んでるみたいだぞ。リンク...これはいったい...」
私は彼のあとを追いながら言った。だがその瞬間、リンクが私を見た。その目が光った。
あの時と同じだ。
―『全て知っている』
―『何も言う必要はない』
そう語っている目だ。
そして、次の瞬間、戦いに先立って起こるべき出来事が『既に起こった』という記憶が私の頭を満たした。
―ザントが私たちの前に現れ、骨に魔力を吹き込み、私たちを襲わせる。
そこまでの出来事が、まるで『起きたこと』のように唐突に私の脳に挿入されたのだ。
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そして、次の瞬間には戦いが始まっていた。
地響きとともに、巨大な骨がいましも上体を起こそうとしている。
そいつは、頭蓋骨の部分だけでも家くらいの大きさはありそうだった。禍々しい形の角が生えており、胴体と両腕、そして手の骨も一緒になって動いていた。
だが、リンクはスピナーのペダルを踏むと、まっしぐらに相手に向かって突っ込んでいった。
スピナーの歯が、怪物の背骨に激突する。
骨が砕ける音がして、化け物は両腕を振り回しながら苦しそうに身悶えした。
リンクはスピナーを操作し、砂地を囲む通路の縁に戻った。そこにはスピナーのレールが設置されていて、リンクはその上を快速に走り始めた。
立ち直った巨大獣は身体を反らせると、両手を砂地に叩きつけ、凄まじい吼え声を上げた。
空気が震え、地響きがした。
だが、リンクは少し進んだところでスピナーを飛び出させた。
砂の中から、怪物の吠え声に呼応するように、甲冑を着た骸骨が次々と姿を現している。
だが、リンクの操るスピナーはその間を縫うようにして進むと、再び巨大獣の背骨に激しく衝突した。
骨が砕ける音がして、化け物は苦しそうに身悶えする。
リンクが砂地を囲む通路の縁に戻ると、巨大獣は身体を大きく逸らせ、次いで口をクワッと開いた。
きっと、毒霧かなにかを放出するつもりだ。
私は警告するつもりで口を開こうとした。
だが、リンクはみたびスピナーを飛び出させた。それは斜面を下って巨大獣の背骨に迫っていくかに思われたが、途中で砂の中から出てきた骸骨武者に阻まれてしまった。
だが、リンクのほうが一枚うわ手だった。
彼は、一旦押し戻されたスピナーを斜面の途中に現れた別の骸骨武者にぶつけてコースを戻した。
スピナーはまっしぐらに巨大獣に向かっていき、その背骨に激しく衝突した。
骨が砕ける音がして、化け物は苦しそうに身悶えし、崩れ落ちた。
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「呆気ない戦いだったな.....」
部屋に静寂が戻ると、私は苦笑気味に言った。するとリンクは答えつつも言葉を濁した。
「まあね。だけど............」
「だけど、なんだ?」
「いや、まだ油断しない方がいい」
私は、彼の珍しく用心深い物言いに驚いた。
すると、また地響きが始まった。それとともに、砂地の砂がみるみるうちにどこかに吸い込まれていった。
やがて、砂の下にあった床が見えた。近くには巨大獣の頭蓋骨が転がっている。その周囲にはまだ砂が残っていた。
石床の中央には奇妙な穴がある。リンクはスピナーをその穴に嵌めてステップを踏み始めた。
回転を加速していくと、やがて大きな装置の作動音とともに石の床がせり上がり始めた。石の床が、石舞台のようになって上昇していく。
やがて、重々しい音を立てて装置の動きが止まった。
だがその時、私は気配を感じて振り向いた。
死んだはずの巨大獣の頭蓋骨が動いている。そいつは、中空に浮き上がってこちらをねめつけていた。
「リンク!気をつけろ!」
私は叫んだ。リンクは剣を抜いて構えたが、巨大頭蓋骨は突進してきて彼を突き飛ばした。
リンクは石舞台から突き落とされ落下していった。
「リンク!」
私は悲鳴を上げ、宙を浮いて追いかけた。
だが幸い石舞台の下は柔らかい砂地だった。砂に埋もれていたリンクはどうにか立ち上がると、改めて武器を構えた。
「リンク...無事か?」
私はホッとして声をかけた。安堵で涙が出そうだった。
「大丈夫さ。何度転生してもこのターンだけは避けられないんだ」
彼はそう返すと、石舞台を支える円柱状の台座を回り込むように走り始めた。
すると、向こう側に、巨大頭蓋骨の化け物が浮いているのがチラリと見える。
リンクはそいつに向かって全力で前転を繰り返しダッシュした。
するとそいつもこちらを迎え撃とうと近づいてきた。口の中に燃え盛る魔法弾を溜めている。
「危ない!焼かれるぞ!」
私は警告した。だが、リンクは敵が攻撃を放ってきた瞬間に前転し、辛うじて魔法弾の下をかいくぐった。
「スピナーだ!」
リンクが叫ぶ。私はすぐにスピナーを出した。リンクがそれに乗ると、石舞台を支える円柱に設置されていたレールに歯車が嵌り、高速移動し始めた。
スピナーの速度は速く、リンクは浮遊する巨大頭蓋骨を追い越してすり抜ける形になった。その瞬間彼はスピナーを飛び出させ、回転歯車を相手にぶち当てた。
化け物が呻き声を上げてバランスを崩し落下していく。
怪物の頭が地響きを立てて砂地に激突した。同時に、リンクもスピナーから飛び降り、剣を抜いて化け物に走り寄った。
リンクは裂帛の気合いを発してジャンプ斬りを放った。敵の頭頂部に剣が直撃する。
次いで着地と同時に回転斬りを食らわせ、さらに左右袈裟斬りと突きを連続して繰り出す。
攻撃がヒットするたびに、魔物の苦し気な呻き声が聞こえる。
リンクはジャンプ斬り、回転斬り、左右袈裟斬りと突きの連続コンボを何度も繰り返した。
やがて度重なる攻撃により限界を迎えたのか、魔物は悲鳴を上げながら浮上し、出鱈目な方向に飛び始めた。そして一旦天井高くまで舞い上がり、それから一気に力を失って落下していった。
まるで巨大な岩が転げ落ちるような音がした。化け物は円柱の裏手まで転がっていって、そこの砂地に落ちた。
だが数瞬もしないうちに爆発音がした。
やはり、あっけない幕切れだった。
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「心配させやがって。お前が死んだかと思ったよ....」
私は情けない声を上げた。だがリンクは涼しい顔だ。
「大丈夫だってば。だいたい勇者は一回や二回攻撃を喰らったくらいじゃ死なないよ」
彼は石舞台の上に登ると、スピナーを出すよう私に指示した。
「ようやく陰りの鏡が見れるのか。楽しみだな」
私はスピナーを出しながら言った。だが、彼はどうしたわけか返事をしない。
リンクはスピナーに乗ると、部屋の出口に向かって走らせていった。
(次回に続く)