黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー 作:nocomimi
私たちは信じがたいほどの力で大砲から撃ち出された。
自分の悲鳴が響くのが聞こえる。
そうして私たちは空中に飛び出した。その後の記憶はほとんどない。また、無くて幸いだった。
だが、気が付くと派手な音と衝撃がして、私たちは水に叩きつけられたのを感じた。
どうやら、プールの中に飛び込んだらしい。
だが気分は最悪中の最悪だった。頭痛とめまいと吐き気がフルコンボで襲ってくる。
横からペチャクチャと煩い喋り声が聞こえる。ますます頭痛が酷くなると思い、私は耳を塞いだ。
眼を上げると、あの『おばちゃん』とかいう鳥人間とその息子が水面に浮いている。
吐き気をこらえながら改めて周りを見ると、今いるプールのあるフロアから長い廊下が伸びていて、その終端が大きな建造物に行き当たっている。
そして、周囲は見渡す限りの雲海だ。
どうやら私たちのいる床そのものが空中に浮いているらしい。
やはり、来てしまったか。
その天空都市とやらに。
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私が頭痛と吐き気と戦っている間に、なにやら巨大な獣の咆哮のようなものが聞こえたが、私はそれを確かめるどころではなかった。
ようやく気分が落ちついてきて顔を上げると、リンクは平然と岸に泳ぎプールから上がっていく。
「お......おい。リンク、待ってくれ」
私はようやくのことで魔法を発動させて浮き上がるとリンクを追いかけた。
「気分が悪い。少し休ませてくれ」
リンクは建物に至る廊下を進んでいる。途中、デクババを大型にした食人植物、ヘビババが首をもたげて襲い掛かってきたが、彼はそれを身軽に回避した。
「リンク、聞いてくれ。ちょっと休みたいんだ。それに....」
私は彼を追いかけながらいじけた声で言った。
「.....それに、どうせ私がいなくたって、お前ひとりでダンジョンを制覇できるだろ?」
するとリンクは前進しながら答えた。
「そうはいかないよミドナ。僕は君の助けがなければ冒険を完遂することはできない。これは決まっていることなんだ」
「そ....そうなのか?」
彼の断定的な口調に私は戸惑った。リンクはさらに前進しもう一匹ヘビババを回避すると、建物の手前でクローショットを腕に嵌め、入り口の門の上にあったクリスタル状のものを狙い撃った。
命中だ。すると、それがスイッチだったらしく、門がガラガラと開く。リンクはさらに進むと、門の先にあった扉を開いて中に入った。
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「わ...私がいなければ冒険ができないって...たとえばどんな時だ?」
私は尋ねた。
「狼に変身するときさ。これはこのダンジョンでも必須だよ」
リンクは前方を見やりながら言う。そこは奥行きのある広い部屋だった。
だが、向こう側の扉に行きつくまでの床が途中で抜け落ちており、下に広がる雲海が顔を覗かせている。
そして壁や床のそこここに、あの『おばちゃん』と同様の姿をした鳥人間たちが歩き回っていた。
リンクは目の前の床の縁にまで進むと、クローショットの狙いを上げた。その先には、フロアの中央あたりに僅かに残った床に立てられた円柱がある。
クローショットが発射されると、鉤爪が飛び出して円柱に生えた蔦に引っ掛かった。リンクはたちまち引き寄せられ、円柱に飛び付いた。
円柱から降りると、リンクは剣を抜いて立ち位置を調整し始めた。目の前の床は抜けているうえ、その向こう岸を見ると兜つきの豚がうろついている。湖底の神殿で見た奴だ。飛び移れたとしてもすぐに攻撃されるだろう。
リンクはまたムチャをするのだろうか。私は嫌な予感がした。
―だが次の瞬間、予感通りのことが起こった。
リンクは助走をつけて向こう岸に向かって飛び出した。高低差があるために少し距離を稼げたが、それでも足りない。
だが彼はやおら気合いを発してジャンプ斬りを繰り出した。剣の重みが慣性力となってさらに少しだけ距離が伸び、リンクは見事対岸に降り立った。
だが、次の瞬間だった。そこの床は脆いのか、リンクの体重が乗った途端にガタリと音を立てて落ち込み始めたのだ。
しかも、前方にはあの兜豚がいる。そいつはリンクを見咎めて「ブヒッ?」と声を上げ、突進してきた。
私は悲鳴を上げそうになった。だが、リンクは横っ飛びし身軽に敵を回避すると、次々と脱落し始める床材の上を疾走した。
攻撃してきた魔物が、床材とともに眼下の雲海に落下していく。リンクはようやくのことでしっかりとした床に辿り着いた。
「リンク....またムチャばかりして....。お前を心配している側の身にもなってくれ。私は冒険活劇映画のヒロインじゃあないんだぞ」
私が泣き言を言うと、彼は笑って剣を納めた。
「ごめんごめん。でも今までここで失敗したことはないよ。安心してくれ」
すると、再び「ブヒッ?」っという声が聞こえる。兜豚がもう一匹突進してきた。だがリンクはそれも難なく躱すと、目の前にあった段差を登った。
そうして私たちはとうとう扉の前に辿り着いた。
「ミドナ、君の出番だ。狼に変えてくれ」
「わ...わかったが.........」
リンクが言ったが、私は戸惑った。
「だが....ただ扉を通るだけなのになんで変身が必要なんだ?」
「トリガーを踏まないためさ。さあ、早く」
私は言われたとおりリンクを変身させた。リンクは狼姿になると、扉の真正面に位置取りし、ごくゆっくりとした歩調で近づいていった。見ている方がじれったくなるほどの遅々とした足取りだ。
私は声を掛けようとしたがやめにした。リンクが極度に集中しているのがわかったからだ。
リンクがやがて扉の手前まで来ると、それは自動で開いた。私はリンクと一緒に中に入った。
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そこは巨大な円形の部屋だった。
部屋の中央には、兜を被った豚の巨大版がうろついている。
見回すと、右手と左手に外に出る扉があり、正面にも扉がついていた。また、巨大な円柱が四本ほど立っている。
だが、床のあちこちに穴が開いている。行動には注意が必要だ。
リンクが唸るので、私は彼を人間に戻してやった。
彼は身支度を整えると、天井を見上げた。見ると、天井の中心には大きな穴があり、そこに巨大なプロペラが設置されている。だがプロペラは止まっていた。
「成功だ...。回転していない」
リンクはほっと安堵の息をついて笑顔を浮かべた。
「ど...どういうことだ?」
「トリガーを踏むとあのプロペラが回転してしまうんだ。そうすると、信じられないくらいの時間をかけてこのダンジョンを一周しなければならなくなる」
私の問いにリンクが説明した。私にはよくわからなかったが、どうやらさっきのは効率よくダンジョンを制覇するための手順だったらしい。
「なあリンク、効率を追求するのもいいが、もう少しムチャをせず....」
私は話しかけたが、リンクは聞いていなかった。右手に進み、床材があちこち脱落している箇所の手前で止まると、腕にクローショットを嵌めて狙いをつけた。
鉤爪が発射されると、向こう側の壁に設えられた出窓の下に生えた蔦に引っ掛かった。リンクはたちまち壁に引き寄せられると、出窓の格子の割れた場所から外に出た。
私は溜め息をつくと彼についていった。
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リンクは出窓から外に出ると下に飛び降りた。下はバルコニーになっている。
さらに、前方には別の棟が浮いているのが見えた。底部にプロペラがついているとはいえ、一体どうやって高度を保っているのか、と私は感心してしまった。
「ミドナ、スピナーを」
リンクは指示した。私がスピナーを出してやると、彼はバルコニーの床に開いた穴にそれを嵌め込んで回転させ始めた。
やがて、重い物が動く音が足下から響いてきた。床下にある何らかの機械装置が作動し始めたらしい。そして巨大な何かが転がるような音とともに、今いる建物の下から渡り廊下がせり出してきた。
スピナーを回し続けると、長い渡り廊下が向こうの棟まで伸びて到達し、衝撃音がして機械が止まった。
「行こう」
リンクはスピナーを乗り捨て、バルコニーを建物沿いに進んで渡り廊下に向かった。バルコニーは途中で脱落していたが、彼はクローショットを向こう岸に生えた蔦に向かって撃ち、どんどん進んでいく。私はスピナーを収納し、慌ててついていった。
渡り廊下の上空には、カーゴロックと呼ばれる狂暴な大型の鳥が飛び回っている。だが、リンクはそれに目もくれず渡り廊下をダッシュして渡ると、向こう側の棟の扉を開けて中に入った。
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そこはガランとした殺風景な部屋だった。
奥の方に向かうと、突き当たりには床が吹き抜けになっている箇所がある。その中に小さな足場があり、そこに木の箱が置いてある。
「鍵さ。すぐに取れるよ」
リンクはそう言うと、足場の真上の天井にクローショットを向けて撃った。鉤爪が天井に設えられた紋章に引っ掛かり、リンクは引き上げられた。彼は素早く鉤爪を放して足場に降りると、木の箱を開けて中身をポケットに入れた。
「リンク......お前、このダンジョンを以前に探検したことがあるのか?」
私は心に浮かんだ疑問を口にした。そして、これまでに冒険したダンジョンでもリンクが実に奇妙な態度を取っていたことを思い出した。
―まるで、どこに何があるかを知っている。
―まるで、次に何が起こるかを知っている。
そんな態度だ。
「......リンク?」
私はもう一度呼びかけた。だが彼は箱の横から二度サイドホップし、開いた蓋の上に微妙なバランスを取って立つと、そこから足場の欄干の上に飛び移った。
リンクはさらにそこから跳躍してジャンプ斬りを放ち、吹き抜けの縁ギリギリに降り立った。
「さあ行こう」
彼は振り向くと私に言い、出口まで足早に戻ると扉を開けた。
私は彼のあまりの手際の良さに言葉も出なかった。
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渡り廊下を元の棟に向けて駆け戻っていたリンクが、対岸に着く寸前でピタリと脚を止めた。
「どうした、リンク?」
私が尋ねると、彼はやおらサイドホップし、渡り廊下の縁にある背の低い転落防止塀の上に立った。
「ミドナ、アイアンブーツを履かせてくれ」
私は彼の指示どおりすぐにブーツを履かせた。すると物凄い強風が吹いてきた。
まるで予知したようなタイミングだった。強風が終わると、彼は私に合図してブーツを元に戻させた。そして塀の上から、扉に至る短い階段の手すりにヒラリと飛び移り、そこからバルコニーに降りて歩き始めた。
「ここにもトリガーがあるんだ。回避しておかないと時間を食うんでね」
誰にともなくそう説明すると、彼はさっき出てきた出窓の下の蔦にクローショットの狙いをつけて飛び移り、出窓から中に潜り込んだ。
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部屋の中に入ったリンクは、出窓の縁から飛び降り、今度は反対側の扉に向けて走り始めた。
だが、途中で床材が次々と脱落し始めた。
「リンク!危ないぞ!」
私は叫んだが、リンクは平気な顔でダッシュしている。通過した箇所の床材が雲海に落下していくなか、リンクは扉に辿り着いた。
「まったく...渡れたのはいいが、帰りはどうするんだ?」
私は空中を浮遊しながらリンクに追いつくと文句を言った。だが彼は笑いながら扉を開けて向こう側に出た。
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向こう側はバルコニーだった。やはり離れたところに別の棟が浮いているのが見える。
「...うん?そうか、わかったぞ。帰り道は『セーブリセット』で最初の地点に戻るんだな?」
私は今までの経験を元に、自分の当て推量を口にしてみた。すると、リンクはバルコニーを歩きながら答えた。
「まあ....八割当たってるよ。二割違うけどね」
「二割違うって....どういうことだ。何が違うんだ?」
「まあ、おいおいわかるよ。スピナーを頼む」
リンクはそこらに生えていたヘビババを剣で片付けると言った。彼は私が出してやったスピナーをバルコニーの床に嵌めて回転させ始めた。
ステップを踏みながら回転を加速すると、足元から重々しい作動音と振動が生じ始めた。
やがてさっきと同じように、今いる建物の下から渡り廊下が伸び始めた。
リンクがようやく渡り廊下を伸ばし切ると、衝撃音がして向こうの棟と繋がった。
リンクはバルコニーから渡り廊下に出ると、向こう岸に進んだ。扉には錠前と鎖がかかっていたが、リンクが持参した鍵を差し込むと難なく開いた。
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次の部屋に入ると、物凄い暴風が襲ってきて、私は思わず手を上げて顔を逸らした。
周囲を見ると、右手の壁にふたつプロペラが設置され、高速で回転して風を送り出している。
しかも、床の左側は床が吹き抜けになっている。右側は通れる様子だが、例のプロペラで壁から吹きつける風がモロに当たるし、おまけにあの兜豚がうろついていた。
「おいリンク....慎重に行ったほうが...」
私がそう言うか言わないかのタイミングで、リンクは前転しながらダッシュし始めた。私は空中を浮遊しながら慌てて追いかけた。
リンクは右斜めに向けて走った。するとプロペラからの強風が当たり、左側に押し戻される。そこにこちらを見咎めた兜豚が突進してきた。
だが、リンクの押し戻される速度のほうが早く、魔物は彼の前を通り過ぎていった。リンクはさらに前転し、同じ方向に斜めに進み続ける。
もう一つのプロペラからの風が吹きつける。進みながらも押し戻されたリンクの足元で、床材が崩壊し始めた。
「リンク!」
私は悲鳴を上げた。だが彼は意に介さず前転ダッシュを続ける。さらに、もう一匹の兜豚が襲ってきた。だが彼は床材の脆い箇所を渡り切りながら身を躱し、攻撃を避けた。
魔物が床材とともに落下していく。リンクはようやくしっかりとした床に辿り着いた。
「お......お前はいつもいつもムチャばっかり.......」
彼に追いついた私は殆ど涙声になっていた。だがリンクは聞いていないのか、剣を抜いて吹き抜けの縁に立つと、下を覗き込んだ。
「リンク?」
私は再び嫌な予感が膨らんでくるのを感じた。
予感は見事に的中した。
リンクは、やおら吹き抜けの縁に片手でぶら下がると、いきなり手を離したのだ。
眼下は雲海だ。
「リーーーーーーーーンク!」
私は絶叫しながらついていった。
だがリンクはやおらジャンプ斬りを繰り出した。剣の重みが加わった慣性力で彼の身体は僅かに前進し、階下の前方にあった小さな張り出しに着地した。
「ふう....いてててて」
リンクは剣を納めながら呻き声を上げて立ち上がった。
「お....おい!さっきから聞いているのか!私の話しを!」
私は怒って彼の襟首をつかみ、ブンブンと振り回した。だが彼は笑いながら私の手を持つと言った。
「これくらいの落下ダメージは大丈夫さ。もうすぐ必須アイテムを取れるよ」
「そういう問題じゃないだろーーーーーーーーー!」
私は叫んだ。その叫び声は天空都市の上空に虚しく響き渡った。
(次回に続く)