黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー 作:nocomimi
影の領域にリンクを引き入れた私は彼の上に再び跨りながらも、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
――今、何が起きた?
リンクは剣も盾も持っていない。村に忍び込んでもいない。誰からも奪っていない。
それなのに、私の頭の中では「彼は剣と盾を手に入れた」 という“結果”だけが、確固たる事実として存在し始めていた。
まるで、世界そのものが「そうであったことにする」 と決めたかのように。
私は思わず彼の背中を見つめた。
だが、怪奇現象はそれで終わらなかった。
* * * * * * * * * *
私たちは、まずフィローネの泉に向かった。だがその手前で、頭上にポータルが開き、影の使者が三体降りてきた。
「こんな雑魚いちいち相手してらんないや。お前ひとりでなんとかなるだろ?じゃ、任せたよ」
私は様子を見るつもりでそう言って彼を置き去りにし、使者たちが張った魔法柵の端で待機していた。
影の使者たちは、背が高く攻撃力が強いだけではない。残り一匹になると、異様な叫び声で死んだ仲間を甦らせることができるから厄介なのだ。
案の定、リンクがどうにか二体を倒したところで、残り一体が叫び声をあげ、死んだ者たちを蘇生させた。
「おい、何チンタラやってるんだ」
私は、どっかと彼の背中に腰を掛けながら言った。
「奴ら一体だけ残して倒すとあの吠え声で蘇っちまうんだ。手伝ってやるから私が言う通りに動け。わかったな?」
すると、彼は全てを了解したかのように影の使者たち三体の真ん中に滑り込み、私に合図した。
そして私が結界を出し、それが敵の全員に触れた瞬間、彼は跳躍した。
結界の力で、リンクの牙は三体の敵を次々と撃破していった。影の使者たちの死体はたちまち崩れ、ポータルに吸い込まれていく。
驚くべき手際だった。
私は驚き、そしてどこか得心がいかなかった。結界攻撃をやったことのある人間など光の世界にいるはずがない。
それなのに、彼は何度も繰り返してきて慣れ切ったような動作で、私に合図してきたのだ。
私は胸の奥に、説明のつかないざわめきを覚え始めた。
――なぜ、こいつは結界の範囲や作用を理解しているのだ?
結界攻撃は、影の者である私たちが古来より使ってきた術だ。光の世界の者が知るはずもないし、
ましてや“初めて見る”はずの狼が、そのタイミングを完璧に合わせられるはずがない。
だが彼は、まるで何度も繰り返してきたかのように、迷いなく、正確に、“最適な位置”へ滑り込み、“最適な瞬間”に跳躍したのだ。
* * * * * * * * * * * * * * * *
ともあれ、私たちは前進しフィローネの泉に向かった。
「あ‥青い目の狼よ‥‥」
私たちが泉に近づくと、泉の上を浮遊する白い光の塊から言葉が聞こえてきた。精霊フィローネだ。
「気をつけて‥‥この森は呑まれたのだ‥‥人は魂となり魔物が徘徊する‥‥影の領域に。探して‥欲しい‥‥奪われた我が光を‥‥そして‥この‥器に」
すると、目の前に葡萄の房のような物体が現れた。草の蔓にガラス細工でできた白い実が一ダースほども付いたような器だ。
これが「光のしずく」の器だ。
私たちのミッションは、この地域一帯に散らばった『闇の蟲』を倒し、彼らが奪った『光のしずく』を取り戻すことだ。そうすれば、影の領域を晴らすことができる。
その器を受け取ると、私とリンクは光の雫の回収を始めた。
だが、彼は辺りをはいずり回る闇の蟲を無視すると(洒落ではない)、
洞窟の手前の柵の下を潜って先に進み、盆地に出た。
盆地には毒の霧が満ちていたので、ここはさすがに私の助けがないと渡れない。
すると、リンクは当然のように私に向かって合図する。「早く魔法の力を出せ」とでもいうように。
一体こいつは何者なんだ?私の心の中の疑問は膨らんだ。だが立ち止まってもいられないので、私は魔法の力を出して、毒霧に沈んだ盆地のところどころに立った木の間を浮遊し、リンクを跳躍させ、盆地の中心にあった岩舞台に降り立った。
するとリンクはそこでは一転して真面目に闇の蟲を狩った。三匹いたのを始末すると、その死骸から光のしずくが浮かび上がる。それを私が回収していった。
そして、私は再び魔法の力を駆動してリンクとともに向こう岸まで行った。
向こう岸には岩壁に洞窟があり、私たちはそこを抜けた。すると、そこには三匹の影の使者が待ち受けていて、私たちはたちまち魔法柵の中に閉じ込められた。
すると、リンクは思いもよらない行動に出たのだ。
まず彼は、壁際に近い場所にいた孤立した一匹に近寄っていった。
そいつはこちらに気づくと、向きを変えて走り寄ってきた。彼は敵を引き寄せると、いきなりダッシュして相手の脇をすり抜けた。
そして壁際に近寄って少し進むと急停止し、壁のほうに向かいながら私に合図したのだ。
私は、てっきり彼が敵を倒すつもりだと思って結界を出した。たちまち黒い結界が広がると同時に、先ほどの影の使者がこちらに突進してきた。
黒鬼が結界に入りその身体を赤い稲妻が包む。リンクは相手にぐいっと近寄り、身体を押し付けた。
次の瞬間、黒鬼が腕を大きく振り上げた。横に大きく払おうとしている。
するとリンクは、相手に体を押し付けた体勢から跳躍した。驚くほど高い跳躍だった。
(後から分析するとこういうことだ。結界攻撃においては、相手の身体に合わせて攻撃の狙いが定められる。影の使者の巨体に加え、彼らが大きく腕を振り上げると、結界攻撃の狙いが自動的に高くなり、その結果高い跳躍になったのだ。)
敵に一撃を加えたうえ、その身体を飛び越えたリンクは、広場を囲む崖の上に降り立っていた。
「お......おい!リンク!いったいどこに行くんだ?」
私は慌てて呼びかけた。だがリンクは斜面を登ると左に進路をとった。茂みを掻き分けていくと、やがて前方に壁がある場所に出た。
リンクは数歩下がり、そして一気にダッシュして壁に突進した。
「待て!何をする!」
私は思わず目を閉じた。だが、壁と見えたものは壁ではなかった。
幻影だったのだ。
私たちは壁を抜けると、空中に飛び出していた。私は思わず息を呑んだ。
だが二、三秒すると、私たちはちゃんと地面に降り立っていた。狼の姿なら、高所からの落下も耐えられるらしい。
私はほっと溜め息をついて胸を撫でおろし、呟いた。
「おい、お前はいったい何をしようと.........」
だが次の瞬間リンクはダッシュしていた。目の前の岩壁には大きな洞窟が開いている。リンクの脚は真っすぐそこに向かっていた。
直進して洞窟に入ると、私たちはすぐに広場に出た。
崖に囲まれた五十メートル四方ほどの広場だ。そこここに高木が生えている。
そして、これまで進んできた小道は正面の岩壁にぶつかって途絶えている。
「ここは行き止まりじゃないか。一体お前は何を考えて...」
私は文句を言いながら周囲を見回した。
だが、私は気づいてしまった。
ここはトワイライトの中ではない。あの見慣れた影が見当たらない。
いつの間にか、影の領域の外に出たのだ。
一体どうやって?
驚きで声も出ない私をよそに、リンクは広場の隅に向かって歩いていった。
そこには石碑のようなものがあった。リンクは、やおらその前で座ると、首筋を高く反らして遠吠えをした。それは単調なメロディのような遠吠えだった。
リンクはそれを何度か繰り返す。
それを見ていた私はいまだに頭が混乱していた。
こんなことは想定していなかった。
私は、リンクを使役して闇の蟲を狩り、影の領域を晴らすことを計画していた。
それなのに、彼はいつのまにか影の領域から出てしまった。
本来なら、私のような「影の者」の協力がなければそんなことはできないはずなのだ。
そして、私もまだ知らなかったような森の深部に足を踏み入れ、まるで昨日見てきかたのような勝手知ったる様子で先に進もうとしているのだ。
(次回に続く)