黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー 作:nocomimi
遠くの山々もシルエットしか見えなかった。雷が時折鳴っていた。
先に進むと階段に出た。登っていくと、その終端には途方もなく巨大な尖塔が聳え立っている。
階段を登り切ると、私たちはアーチ状になった塔の入り口をくぐった。
内部の床は広大で、天井は極端に高く、立派な柱がいくつも立ち並ぶ。
入り口から踏み込むと、部屋の奥にある玉座のところに人影が見えた。
「ガノンドロフ.....!」
私は拳を握ると呟いた。だが、リンクは私の肩に手を置いた。彼を見上げると、その目が光った。
* * * * * * * * * * * * * * * *
時間が進んでしまったらしい。
私は我に返って顔を上げると、目に入ってきたものに愕然とした。
ゼルダ姫だ。
彼女は空中に浮いていた。その顔と腕には奇妙な文様が浮かび上がり、見開いた目は明らかに以前見たゼルダ姫の目ではなかった。妖しい黄色い光を放っていながら虚ろな瞳。そして彼女は手に長剣を握っていた。
「ひょ........憑依魔法!卑怯な真似をしやがって!」
私は叫んだ。だが、周囲をよく見ると、私は魔法結界の外に追いやられている。
リンクは剣を抜いて、憑依されたゼルダ姫と対峙していた。
「リンク!ど......どうするんだ!」
私が叫ぶと、彼は平静な様子で答えた。
「大丈夫だ。やり方は知ってるから」
知ってる?
リンクは、以前にもこんな状況に遭遇したことがあるというのか?
王女が、魔王に憑依され、剣を持って自分の前に立ちふさがっている、などという状況に?
ゼルダ姫は剣を片手で高く掲げた。その先端にみるみるうちに雷の塊が集まり、膨らんでいく。
だがリンクは、素早くゼルダ姫の下に駆け寄った。
ゼルダ姫が気合いの声を発して剣を振った。だが、その声は、男の声。憑依しているガノンドロフの声だ。
姫の剣から魔法弾が撃ち出される。だがそれと同時にリンクはジャンプ斬りを繰り出した。
魔法弾が打ち返され、ゼルダ姫を直撃した。小さな稲妻がその身体の表面を走り回り、憑依された姫は空中で身体をのけ反らせ、苦しみの呻きを漏らした。その声も、男の野太い声だ。
私は気色が悪くて吐き気がするとともに、ゼルダ姫のことが心配になった。
「リンク......あまりダメージを与えると........」
「心配いらない。僕に任せてくれ」
リンクはやはり冷静な声で言った。
ゼルダ姫は体勢を立て直すと、空中に浮上し、剣を掲げ呪文を唱えた。
するとリンクの足元に巨大な三角形の光が浮かび上がる。だがリンクは素早く転がってそこから逃げた。一瞬後に、三角形から黄色い光が刺すように飛び散った。
ゼルダ姫は剣を掲げると、今度は身体を倒して槍のように一直線にリンクに突進してきた。リンクはそれを横っ飛びに避ける。
すると、姫はまた剣を掲げて先端に魔法弾を溜め始めた。だが、発射するが早いがリンクがジャンプ斬りで打ち返す。ゼルダ姫は男の声でもだえ苦しむ。
私は見ていられなかった。
そして、リンクの神経を疑った。
戦わなければならないのはわかる。
だが、目の前で王女が苦しんでいるのに、彼の表情には、良心の呵責も躊躇いも一切見当たらない。やらなければならない作業を淡々とこなしている職人のようだ。
憑依された姫は床に光る三角形を出現させ、あるいは身体を槍のように飛ばして突進してきたが、リンクはその全てを軽く回避した。
姫が三度目の魔法弾を放つべく剣を掲げた。気合いとともに剣から魔法弾が撃ち出される。リンクはやはりそれを撃ち返し、直撃を受けたゼルダ姫はとうとう苦痛の呻きを上げて剣を取り落とした。
落ちた剣がけたたましい音を立てると同時に、ゼルダ姫は床に落下して倒れたあと、よろよろと立ち上がった。
同時に魔法結界が消滅した。
「リンク........!」
私はリンクに駆け寄った。彼は剣を納めると、私に言った。
「次は魔獣だ。君の出番も多いぜ。懐かしの名コンビ復活だよ」
「魔獣.........?」
「ああ。鎖と鉄球を頼むよ」
すると彼の目が光った。その途端に、場面が変わった。
* * * * * * * * * * * *
私たちの前に巨大な獣が立ちふさがっている。猪のように見えるが、前肢と後ろ脚が長く筋肉質で、胸部も発達していた。
獣は部屋が揺れるような吠え声を上げて後ろ足で立つと、再び四つ足で私たちに向き直り、突進してきた。
だが、私が鎖をリンクの手に握らせると、彼はそれを振り回して鉄球を魔獣の額に叩きつけた。
魔獣が気絶し、その巨体が床を滑る。リンクは走って獣の腹のほうに向かった。魔獣の胸から腹にかけては白い傷が走っている。
リンクは剣を抜くと渾身の突きを放った。剣の刃が魔獣の分厚い皮膚に食い込む。さらに何度も剣を振るって、古傷に塩を塗りたくるかのように斬りつけた。
痛みで目が覚めたのか、魔獣は轟くような吠え声を上げて体を起こした。
リンクは飛び退くと、部屋の隅に向かって走った。壮麗な柱の陰に走り込む。
すると、背後に魔獣が姿を現した。こちらに突進してくる。
「ミドナ!」
リンクが叫ぶ。私が鎖と鉄球を取り出すと、リンクはそれを振り回しまたも魔獣の額に叩きつける。気絶した魔獣の身体は、柱に阻まれて止まった。
リンクは敵の腹側に駆け寄って剣を抜くと、魔獣の古傷に何度も叩きつけた。
痛みで意識を取り戻した魔獣が跳ね起きて逃げる。リンクは私に声をかけた。
「ミドナ、狼に変えてくれ。仕上げは僕ら二人でやろう」
「よし!」
私は彼を狼に変え、その背中に飛び乗った。この上ない安心感を感じた。
こいつと一緒なら、どんな敵も怖くない。心からそう思えた。
リンクは部屋の中央に走り寄ると、そこで止まった。
だが敵はなかなか姿を現さない。
私は周囲を見回した。あるいはまさか上?だが見上げても敵の姿はない。
だがリンクはくるりと後ろを振り向いた。
ちょうど魔獣が姿を現し、こちらに突進してくる。
リンクが合図を送るように唸った。
「了解!」
私は叫ぶと、魔法の力で髪の毛を手の形にした。突っ込んできた魔獣の鼻面を掴む。リンクは数メートル押されたところで踏みとどまった。
魔獣も唸り声を上げて押してくるが、私とリンクも負けじと押し返した。
双方渾身の力を込めた押し引きの末、私は投げを打った。魔獣がとうとう地響きを立てて横倒しになった。
リンクは全速力で倒れた敵の腹側に走ると、私に合図を送った。結界だ。
私から広がる結界が、魔獣の腹の傷に触れる。その途端にリンクは襲い掛かった。
魔獣の腹に痛烈な一撃が入る。
魔獣は苦し気な吠え声を上げてのけ反り、地響きを立てて床に倒れた。その巨体から黄緑色の気体が立ちのぼってくる。
倒したのだ。
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魔獣は倒れ伏し、私とリンクは憑依の解けたゼルダ姫を介抱した。
だが、ゼルダ姫が意識を取り戻すと、背後から不気味な笑い声がした。
魔獣の死骸がない。その代わり、巨大な球形の炎のようなものが浮かび上がってきた。燃え盛る黄色い炎。その中心にはおぼろげに顔が見えた。
あの玉座の前にいた男、ガノンドロフの顔だ。
「グフフフフ......これしきでワシが倒れたと思ったか?」
地響きのような低い声が聞こえる。
「弱き者の力をどれほど束ねても強くはならぬ。強き者に叩き潰されるのみ!」
たじろぐゼルダ姫を庇うようにリンクが身構える。
だが、その時私は直感した。
これは魔力と魔力の戦いだ。もはや剣士の領域ではない。
そして私は瞬間的に考えた。ゼルダ姫を取り戻した以上、彼女を逃れさせるのが最優先だ。姫さえいれば、民の力を糾合して王国を取り戻す機会は得られる。
私は影の結晶石を魔法空間から取り出した。それらは飛び出してきて宙に浮いた。
「リンク、お前は行け。ゼルダ姫を守れ。あとは私がやる」
私は言った。
「ミドナ‥‥待ってください。あなたはどうするつもりなのです?」
ゼルダ姫が口を開く。私は答えた。
「ハイラルを守るにはこれしかないんだ。あんたは逃げて生きのびろ。そして機会を待て」
そして私はリンクを見て付け加えた。
「正直‥‥私はいつでも自分で戦うのが怖かった。だからいつもお前を戦わせてばかりいた。でも今こうしてお前の大事な人を救う役に立てるって思うと、やっと勇気が出てきたよ」
私は内心、恐怖に震えていた。
魔法には魔法。魔力には魔力。その理屈は分かっていた。
だが、実際に自分が命をかけて戦うとなると、話しは別だ。
友のため、自らの命を捨てる。
まさか、自分がそんなことをしようとするなんて、今まで思いもよらなかった。
だが、やらなければならない。
私は決心していた。手足が震えそうになるのを必死でこらえ、私は影の結晶石を装着しようとした。
だが、その時リンクが私の肩に手を置いて、静かな声で言った。
「ミドナ。大丈夫だ。君は絶対に死なない。僕にはわかる」
私は一瞬呆気にとられ、そして問い返した。
「.....わかる.....って....なぜだ?なぜわかる?」
そして私は首を振って言った。
「リンク。気休めだったら私は要らない。私は覚悟を決めたんだ」
「いいや、僕にはわかる。なぜなら僕は何百回、何千回もこの冒険を繰り返してきたからだ」
リンクは微笑むと続けた。
「僕は.......RTA走者だ。だから、この先何が起こるかも知っているんだ」
私は一瞬呆然と彼を見つめたが、辛うじて呟いた。
「........悪いがリンク...お前、何を言ってるか全然わからないぞ」
「ミドナ、ガノンドロフは僕が必ず倒す。またあとで会おう。必ず」
だがリンクは言った。球形の炎はますます燃え盛っていく。私は混乱と困惑が解けないまま、敵に向き直りながら答えた。
「.........わかった。後で会おう。約束だ」
私は結晶石を装着すると、片手を上げて短距離ワープを発動した。ゼルダ姫とリンクの身体がたちまち宙に吸い込まれていく。
身体に魔力が漲っていく。だが、目の前に燃え盛る巨大な炎はまるで大広間を覆い尽くさんばかりに膨れ上がっている。
私は髪の毛に魔力を宿らせ、それを蜘蛛の脚のように大きく広げると、槍を生成して握った。
そして、槍を大きく振り上げると、ガノンドロフに向けて振り下ろした。
(次回に続く)