黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー 作:nocomimi
ゼルダ姫とリンクをワープさせ退避させた私は、影の結晶石を装着し、巨大な燃え盛る炎となった魔王ガノンドロフと対峙した。
私は髪の毛に魔力を宿らせ、それを蜘蛛の脚のように大きく広げると、槍を生成してガノンドロフに戦いを挑んだ。
だが、私がどれほど攻撃しても、ガノンドロフは蚊に刺されたほどにも感じた様子はなく、低い笑い声を響かせた。
燃え盛る炎が大広間を覆い尽くす。万策尽きた私は結界を張って身を守った。
だが、炎の勢いが凄まじく、防ぐだけで魔力を大量に消費していくのがわかった。
槍は砕け、影の結晶石はひび割れている。私は死を覚悟した。
だがそのとき、胸の奥で何かが静かに灯った。
リンクの言葉だ。
『君は絶対に死なない。僕にはわかる』と。
わからない。意味がわからない。
だが……信じるしかない。
私は震える手で結界を張り直し、魔王を睨みつけた。
「リンク……後で会おう。約束だ」
私は乾坤一擲の策を打った。
自分の幻影を作って、それに本物の自分の冠を被せ、奴の前に出現させたのだ。
ガノンドロフは炎の手を伸ばし、それを掴むと焼き尽くした。そして、後には黒焦げになった私の冠だけが残された。
もはやほんの僅かな魔力しか残されていなかった私は、自分の魔法空間に退避すると息を潜めた。
だが、魔王は私にはそれほど興味を持っていなかったのが幸いだった。彼はやがて大広間から姿を消した。
だが、それは同時に、ガノンドロフがゼルダ姫を追いかけていったことを意味する。
私は、自分の不甲斐なさを思い知った。
影の王女。影の魔術を操る魔法使い。
それが、魔王相手に全く歯が立たず、せいぜい時間稼ぎしかできなかったのだ。
私は絶望し、崩れ落ちた。
だがその時、私の耳に、リンクの言葉が蘇ってきた。
『ガノンドロフは僕が必ず倒す』
『僕は……RTA走者なんだ』
「だから.....いったいどういう意味なんだよ!」
私は心の中で叫んだ。
リンクの言っていることの意味がまるでわからない。
だが、私は悟っていた。
もはや、リンクを信頼する以外に道はない。
私は祈った。ひざまずき、神がリンクに勝利を与えてくださるよう一心に祈った。
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(ここから先の記述は、私が魔法空間に退避していた間に起こったことであり、のちにゼルダ姫とリンクから聞き取って私が再構成したものである。)
いっぽう、ゼルダ姫とリンクは、私のワープ術により西ハイラル平原に移されていた。
空には暗く雲が立ち込めており、荒々しい風が吹いていたという。
ゼルダ姫は、私の身を案じ、沈痛な声で呟いた。
「ミドナは私を逃がすため残ったのですね」
そして姫は言った。
「私はこの国を統べる身。そしてガノンドロフが求めているのはまさにこの私です。彼はどこまでも私を追ってくるでしょう。だから....本来、戦わねばならないのは私自身なのです」
風の吹き荒れるなか、ゼルダ姫はリンクに向き直った。
「ですが、リンク。いえ‥‥神に選ばれし勇者リンク」
彼女は言い直すと、深々と頭を下げた。
「どうか今一度だけ、あなたの力を貸して下さい」
それを聞いたリンクはゼルダ姫に手を差し出し、静かに答えた。
「姫様、ご安心を。全ては予定通りです。五分で終わらせます」
それを聞いたゼルダ姫は、驚愕し、呆気にとられ、そして不快の念すら感じたという。
今は王国存亡の危機である。それなのに、この若者は言う。
『全て予定通り』
『五分で終わらせる』
このリンクという男は、国家の重大事を前に軽い冗談を言うような、異常な神経の持ち主なのだろうか。
だがゼルダ姫が若者の顔を見ても、彼は微笑むばかりだった。その顔には、怖れどころか、武者震いから来る高揚も、戦いに赴く者の決意さえ浮かんでいない。
すると、平原の彼方から馬の足音が近づいてきた。
なんとそれはエポナだった。どこかでリンクに乗り捨てられたのが、はるばる追いかけてきたのだ。
それと同時に、爆発音が聞こえた。ゼルダ姫が驚いて音のした方を向くと、ハイラル城の方角から大きな煙が上がっている。
そして立ち昇る爆煙の向こう側に、馬に乗った人影が見えた。黒い馬に跨がり、黒い鎧で身を固めた大柄な男だ。
ガノンドロフだ。その手の中に黒焦げの冠があったのを見てゼルダ姫は目を疑った。
魔王は高々とそれを差し上げると、片手で冠の装飾の角を握ってへし折った。冠は魔王の手を離れ、地面に落下すると草の中に転がっていった。
* * * * * * * * * * * * *
ゼルダ姫とリンクはエポナに乗って戦闘体勢を整えた。ゼルダ姫は弓を持ち、リンクの後ろから指示を与えた。
「私は光の矢でガノンドロフを狙います。倒すことはできなくとも一時的に動きを止められます。あなたは矢の届く距離を保ってください」
「了解です、姫様。あいつを散々に切り刻んでやりますよ」
やはりリンクは余裕の表情だった。ゼルダ姫は怪訝と不審を感じる一方、この若者の豪胆さに感嘆の念を抱き始めていた。
ガノンドロフとリンクの二騎は互いに向かい合った。そしてどちらからともなく手綱を鳴らすと馬の脇腹を蹴って加速の合図を出した。
みるみるうちに彼我の距離が縮む。すれ違いざま魔王が長剣を振るった。
だがリンクは馬のコースを横に逸らして回避した。その直後、前方に白い幻影のようなものが浮かび上がってきた。
リンクはエポナを大きくカーブさせた。魔王が魔法で生成したのか、幽霊のような騎兵たちが横一列で突進してくる。リンクは紙一重で端にいた幽霊騎士の剣を躱した。
だが魔王は方向転換してこちらの後ろにつこうとしている。やがてガノンドロフの馬の足音が後ろから迫ってきた。だがリンクは慌てず、コースを横にずらした。魔王の馬が逸って前に出てくる。
リンクがこうして難なく後ろを取ると、魔王は慌てて馬を加速させつつターンし始めた。
しかしリンクは蛭のようにしつこく敵の後ろに喰いつく。ゼルダ姫が矢を放った。
飛んでいった矢が魔王の背中に命中すると、不思議なことが起こった。矢が刺さる代わりに、魔王の全身を稲妻が覆ったのだ。魔王は首をのけ反らせ苦しみの呻きを上げている。
リンクはここを先途と馬を加速させ距離を縮めると、魔王の横に並んで剣を叩き込んだ。
魔王は苦痛の呻きを上げると目を覚ました。再び馬を走らせるが、リンクはその後ろにピッタリとついて離れない。
ゼルダ姫が再び矢を放ち、命中させた。麻痺した魔王にリンクが迫り、剣を叩き込む。目を覚ました魔王が、馬のコースを右左に変えて逃れようとするが、リンクは決してその背後を離れない。
魔王が手を上げて、何か魔法を発動しようとしたが、ゼルダ姫がみたびの矢を放ち、矢は過たず相手の背中に当たった。リンクが馬を加速し魔王に斬りつける。
とうとう魔王は耐え切れなくなったのか落馬し、馬も横倒しになった。
リンクはエポナを減速させて止めると、下馬して魔王に近づいた。
だが、魔王は体を起こしてゆっくりと立ち上がりつつあるところだった。
リンクは盾を背中から下ろして剣を構えた。空に稲光が光り、数秒すると雷鳴が轟いた。
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両者が相対していると、やがて魔王は含み笑いを漏らした。それはすぐに大きくなり、洪笑に変わった。
「見事な剣だ..........だが余興は終わりだ」
魔王は笑うのを止めてそう言うと、自分の長剣を前に掲げた。
「我が望みがわかるか?」
魔王は剣を鞘走らせ、下段に構えた。
「この忌まわしき剣をもって全ての光を葬り去ること!」
途端に魔法結界が二人の周囲に浮かび上がった。
馬上で二人を見ていたゼルダ姫の胸中には懸念が膨らんだという。
というのも、小柄なリンクに対し、魔王は並外れて体格が大きかったからだ。しかもその剣は槍のように長く、間合いの点では明らかにリンクが不利だ。
だがリンクは突進し、軽い横斬りを放ちながら相手の脇を通り抜けた。余裕の態度で魔王は剣をかざしそれを防御した。
だが言い換えれば、あっさりとフェイントに引っ掛かったのだ。
背後に回るかたちになったリンクは、防御のガラ空きになったところでいきなりジャンプ斬りを魔王の背中に浴びせ、着地するや否や回転斬りを喰らわせた。
「グワッ.......!」
魔王が呻き声を上げてよろめき、膝をついた。だが、立ち上がりながら魔王は呟いた。
「わが父祖...『終焉の者』が初代勇者の剣により倒れて数千年........」
しかし、その時にはリンクは再び魔王の背後をとっていた。リンクは相手が立ち上がるが早いがジャンプ斬りをその背に叩きつけ、素早く回転斬りを放つ。強烈な斬撃を喰らった魔王が再びよろめき、膝を突いた。
「貴様ら勇者は、常に我が野望の前に立ちはだかり、邪魔だてを....」
立ち上がりながら魔王が続ける。だが、またもリンクは背後を取っていた。ジャンプ斬りが魔王の背に炸裂し、着地しざまの回転斬りが襲った。魔王はたまらずに脚をもつれさせ、とうとう仰向けに倒れた。
リンクは剣を逆手に持って跳躍した。魔王の上に飛び掛かり、剣をその胸に突き立て覆い被さって全体重を掛ける。
聖剣が鍔まで埋まらんばかりに魔王の胸に突き刺さり、切っ先がその身体を貫き地面にまで達した。
魔王は口を大きく開けて呻いた。その呻き声は、断末魔や苦痛の呻きというより、驚きの声だった。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‥‥」
そしてまた、ゼルダ姫も驚愕の表情でリンクを見つめていた。
そして、ゼルダ姫は底知れない恐れを感じたという。
魔王に対してではない。
このリンクという若者に対してだ。
ザントに力を与え、王城を占拠させた、ガノンドロフという男。
そのガノンドロフを、まるで雑魚を倒すようにあっさりと倒してのけた、リンクという若者。
『五分で終わらせる』と宣言していたが、実際にはもっと短かったかもしれない。
魔王はこうして、一度もその剣を振るうことなく倒れたのだ。
* * * * * * * * * * * * * *
だが、魔王は剣が胸に刺さったままの状態で、最後の力を振り絞って立ち上がった。
「これで‥‥全てが終わった‥‥などと‥‥思うなよ‥‥‥」
魔王は口から込み上げる血に噎せ返りながら呟いた。もはや呼吸をするのも苦しそうだった。
「これが‥‥‥光と闇の‥‥血塗られた歴史の‥‥‥始まりだ‥‥と‥‥思え‥‥‥」
だがリンクは剣を納めると言った。
「ごめん。君が関わるどの事件も、攻略法が開発されてるんだよね。次に出てきてもすぐ終わらせてもらうよ。今回はむしろ手間取ったほうさ」
「.......な.........何っ.............」
それを聞いたガノンドロフは目を剥いた。
「き.........貴様は....何者.........」
「僕は一介のRTA走者............じゃなかった。ただのトアル村の若者さ。じゃ、魔王くん、次もよろしく頼むよ」
リンクはそう言ったという。ガノンドロフはやがて白目を剥いてこと切れた。
そして、平原には相変わらずに風が吹き、草が揺れていたという。
(次回に続く)