黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー   作:nocomimi

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『追補編」
『エピローグ』


魔王から辛くも逃れ身を隠した私は、リンクに勝利を賜るよう神に祈っていたが、ふと身体に違和感を感じて顔を上げた。

 

手を見ると、以前は矮人の小さな手だったのが、いつの間にか私の本来の手に戻っている。

 

私は自分の脚を見た。自分の顔に触れた。

 

全てが元に戻っている。

 

私は直感的に理解した。

 

リンクが、全ての悪の根源、魔王ガノンドロフを倒したのだ。

 

私はすぐに西ハイラル平原に向かった。

 

私がワープを終えたとき、背後から誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。

 

リンクだ。

 

私が立ち上がり、彼のほうを振り向くと、彼は足を停めた。

 

そして、驚いた顔をした。

 

彼が言葉を発しないので、私は言ってやった。

 

「どうした?私が美しすぎて声も出ないか?」

 

考えてみれば、影の国のドレスはハイラルのものより相当露出度が高い。

 

私の抜群のスタイルを見て、まだ若いリンクがドギマギしてしまったのも無理はない。

 

彼が顔を赤らめて目を逸らしたのを見て、私はなぜか溜飲の下がる思いがした。

 

下らないことだが、このときばかりはリンクに対して『勝った』という気がしたのだ。

 

* * * * * * * * * * * *

 

ゼルダ姫が城に帰還し、全てが元通りになると、私は賓客として王城に迎え入れられた。

 

そして、ゼルダ姫と諸事を大いに語り合い、交流する機会を得ることができた。

 

だが、その一方で故国である影の国のことが頭から離れることは片時もなかった。

 

ザントが倒れたとはいえ、その破壊と圧制により目茶苦茶にされた国を元通りに直すのは並大抵の仕事ではない。

 

私はやがて帰還したい旨申し出た。するとゼルダ姫は私を見送ると言い出した。

 

一国の王女が、砂漠の処刑場のようなダンジョンに足を踏み入れるというのも前代未聞のことではあったのだが、とにかくゼルダ姫はリンクとともに私の出発を見送るため鏡の間に出向いてくれたのである。

 

時は夜明けだった。処刑場の最上部にある鏡の間には朝日が射し込んでいた。

 

「これでお別れだな」

 

私は鏡を据えた台座の上に登ると呟いた。

 

「所詮光と影は交わってはならないものなんだ。だけど...」

 

私はそう言うと振り向き、後ろから登ってきたゼルダ姫とリンクのほうを見た。

 

「だけどこの世にはもう一つの世界がある。それをお前たちが知っていてくれるだけで私は嬉しい」

 

私には分かっていた。ハイラルを将来の危険から守るには、陰りの鏡を破壊する必要がある。そしてそれができるのは王位継承者である私のみだ。

 

だが、それは一方で、そうしてしまったら私は二度とリンクに会えないということを意味する。

 

「ミドナ、聞いてくれ」

 

リンクは私に話しかけた。

 

「僕にとって、君との冒険は一つひとつが貴重な宝のような思い出なんだ。だから....僕は君のことを忘れない。僕にとって君は.....」

 

リンクはそう言うと少し躊躇いながら言葉を継いだ。

 

「僕にとっては君が一番のお気に入りの冒険のパートナーなんだ」

 

私は笑った。

 

「お前、生意気な奴だな。一介の農夫のくせして王女を口説くつもりか?」

 

「そ.....そんなんじゃないよ」

 

リンクは慌てて手を振った。

 

「だけど......だけど....僕が言いたいのは.....僕はいつだってまた君と一緒に冒険したい。そしてきっと...そうするよ。なぜなら、世界線というのは無数にあるからさ。別の世界線で、きっと僕はまた君に出会い、冒険する。一緒に影の国とハイラルを救うためにね。約束するよ」

 

「だけど......その『別の世界線』では、私はお前との今回の冒険のことは覚えていないんだろ?」

 

私は当て推量を言ってみた。するとリンクは悲し気に顔を伏せた。

 

やはり、思った通りだった。

 

私は、自分の力で世界線を跨ぐことができないのだ。

 

だが、なぜかリンクだけはそうすることができる。

 

だから、リンクは何度冒険を繰り返しても、それら全てを記憶している。

 

だが、この私にとっては、その冒険は一度きりのものなのだ。

 

―もし、このリンクが影の国の者だった。

 

―もしこのリンクが私のものだったら。

 

私の心の中にそんな思いが湧いてきた。

 

だが、私はリンクの傍らにいたゼルダ姫を見た。

 

王権を取り戻したとはいえ、ハイラルの前途にはまだまだ沢山の困難が待ち受けているだろう。

 

私は、ゼルダ姫からリンクを奪うことはできない。

 

リンクはゼルダ姫のものであって、私のものではない。

 

私は喉元まで出かかった言葉を呑み込むと、鏡の前に立ち、振り向いた。

 

「ありがとな、リンク」

 

すると彼は言った。

 

「たとえ別の世界線の君が僕を覚えていなくてもいい。また会おう」

 

「わかった」

 

私は答えた。そして付け加えた。

 

「.....その時も、お前のことを信頼してやるよ」

 

私の目から涙がひと粒流れた。その涙は空中に浮かび上がった。

 

私がそれを右手でそっと押しやると、涙の粒は陰りの鏡のほうにゆっくりと浮遊していった。

 

やがて涙の粒が鏡の中央に付着すると、そこを中心として鏡の表面にたちまち亀裂が走り始めた。ゼルダ姫が驚いて鏡を見た。

 

「またな、リンク」

 

私はそう言い、鏡の前に浮かび上がった透明な階段を登り切るとリンクを見た。そして笑顔を浮かべた。実際には笑顔になっていなかったかも知れないが。

 

朝日が目を射る。やがて周囲が暗くなっていき、鏡から発した光線に吸い込まれるようにして私はその場から姿を消した。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

こうして影の国に帰還した私は、山積した課題に毎日忙しく取り組んでいる。

 

だが、執務の合間にふと顔を上げると、思い出すことがある。

 

あのリンクという不思議な若者のことを。

 

そして、あの男がまたどこからかひょっこり姿を現すのではないか。

 

私にはそう思えてならないのだ。

 

以上が、私が経験したリンクという男にまつわる世にも奇妙な逸話である。

 

もし、読者諸君の周囲に、『全てを予知しているかのような人間』がいたならば、注意して観察してみるとよい。

 

もしかすると、彼はこの世界の思いがけない秘密を、あなたに教えてくれるかも知れないからだ。

 

(おわり)

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