黄昏の姫と緑の勇者: RTA Any%怪異譚~ミドナが語る『世界線物理学』のミステリー 作:nocomimi
「教えろ。お前は影の国についてどこから知識を得た?」
私は尋ねた。すると彼はしばらく黙ったあと、おもむろに口を開いた。
「僕はこの世界のどこかでその知識を得たわけじゃない。思い出したのさ」
「思い出した?」
私はそうおうむ返しした後叫んだ。
「ふざけたことを言うな。お前はまだ十代の若者で農夫に過ぎないだろ。影の国の者とハイラルの人間が接したことなど、この歴史上数千年もなかったことなんだぞ」
「ああ。それも知ってるよ」
彼は静かに答えると、少し間をおいて続けた。
「正確に言えば、僕は世界線の向こう側でそれを学んだんだ」
「ま...またわけのわからないことを」
私は吐き捨てた。私は自分のプライドと自我がもはや崩壊寸前になっていた。だからそれを防衛しようとしていたのかも知れない。だがリンクは静かに言った。
「ミドナ。君には信じられないかも知れないが、この世界はただ一つではないんだ。そして、この世界と別の世界の間を行き来することもできるんだ」
「そ..それくらい私だって知ってるぞ。光の国と影の国は、言ってみれば『交わることのないふたつの世界』だからな」
「いや、そのことを言っているわけじゃあないんだ」
私が反論するとリンクは首を振った。
「さっきBiT過程のことを話しただろ?この過程により僕は『僕が装備を手に入れていない世界』から『僕が装備を手にいれた世界』に移動した。つまり、同じハイラルのように見えて、その実微妙に異なる世界が存在するのさ。こういった世界間の跳躍は、過去から未来への方向だけではない。未来から過去への跳躍も起こりうる」
そしてリンクは続けた。
「――つまりは『リセット』さ」
私はまたもや言葉を失った。ただ茫然と宙を見つめるしかなかった。
リンクはそんな私に言い聞かせるように言葉を継いだ。
「今は、耳慣れない概念や情報が多すぎて、君にとってはあまりにも過大な負担かもしれないね、ミドナ。今のところは冒険を先に進めよう」
私は呆然としながら彼の顔を見つめた。するとリンクは思い出したように言った。
「そうだそうだ。僕は、そもそも以前も君に会っているんだった。つい最近ね」
「いつ?どこでだ?」
私は素っ頓狂な声を上げた。
「僕は影の領域の出現前に、小さな冒険をした。森で誘拐された村の子供を助けたんだ。僕はそのついでに、ハイラル平原にエポナを呼び出して、地形の隙間から空間の外側に飛び出したんだ」
彼は、昨日行った農作業の内容を説明するような淡々とした口調で話した。
「そして僕はオルディンのトワイライトに侵入し、カカリコ渓谷の橋まで行ったんだ。僕はそこで影の使者三体を倒し、ポータルを解放した。その時君も現れたろう?」
彼が話すのを終えた瞬間、またもや私の脳内に存在しなかったはずの記憶が浮かび上がってきた。
影の領域に包まれた渓谷地帯。木でできた橋の残骸。そして倒れ伏した影の使者たちの死骸。頭上に浮かぶポータル。
目の前には、剣と盾を装備した若者が馬から降りて立っている。
まるで、鮮明な白昼夢のようだった。
しかももっと奇妙なのは、その記憶は他のどの記憶とも脈絡がなかった。ただ、私は一瞬その光景を見たのだ。しかし、記憶の中の時間軸では、その前にも後にも、それに関連していると思われる事物が存在しない。
これほど奇妙な感覚を覚えたことは今までになかった。
だが、私はリンクの説明を受けたあと、念のためそれを確認することにした。
自分の魔法感覚を研ぎ澄ませ、今現在アクセスできるポータルを探る。
すると言われたとおりだった。
私が行ったこともないはずのオルディン地方、カカリコ渓谷の近くに、一か所、自分の自由に使えるポータルがある。
―――――いつの間に?
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「説明はこれくらいでいいかな?そろそろ、フィローネの森の影の領域に戻りたいんだ」
リンクが言う。私はやっとのことで我に返ると、呪具の力でリンクを狼に変身させ、フィローネの森南側のポータルにワープした。
リンクは、目的地に降り立つとすぐに行動を開始した。
先ほどは無視していた闇の蟲たち(洒落ではない)を、要領よく次々と撃破していく。蟲の死骸から浮かび上がった光のしずくを、私が回収していった。
フィローネの泉の北の道や、油売りの小屋の周囲も掃討すると、リンクは洞窟を潜り抜け、盆地の手前でも闇の蟲を狩った。
するとリンクは私に合図した。
「人間に戻りたいのか?」
私は尋ねた。すると彼は頷いた。
私は彼から降りると、魔法空間に預かっていたマスターソードを彼の前に置いた。
彼が剣の柄を咥えて引き抜くと、すぐにその姿が人間に戻った。
本来なら、光の者は影の領域で元の姿をとっていることはできない。魂だけの存在になってしまうはずだ。
だが、それにも関わらずリンクは当然のように人間の姿に戻った。
私には、もはや理解不能だった。だが、それまでに聞いた驚愕すべき話に比べれば、これくらいの違和感は小さなものにさえ思えてくる。
人間の姿に戻って装備を整えたリンクは、盆地を満たす毒霧の前に立った。私は彼に忠告した。
「リンク、やめておけ。ここを普通に渡るのは....」
「できるさ」
彼は私を遮ってそう言うと、装備ポーチからカンテラを取り出して火をつけた。
そして、盆地に突き出した板張りの木道の端から霧の中に飛び降りると、素早くカンテラを横に振った。
私は浮遊しながら慌てて彼についていった。リンクは、二度ほど前転すると、素早くカンテラを振り、また二度ほど前転するサイクルを繰り返す。
そうこうしているうちに、彼はあっという間に向こう岸についてしまった。
「さあミドナ、狼に戻してくれ」
彼は言った。私は黙って彼を変身させ、装備を預かった。リンクは素早くそのあたりにいた闇の蟲を掃討すると、洞窟を抜けて向こう岸に行った。
すると、そこには影の使者が三匹陣取っていた。前回来た時と全く同じ様子だ。
魔法柵によって周囲が封鎖される。だがリンクはもはや勝手知ったる様子で手近の一匹を片付けると、残りの二匹の間に滑り込んで私に合図した。私が結界を出すと、彼はすかさず跳躍して二匹を葬り去った。
魔法柵が消滅すると、彼は北に向けてダッシュした。巨木の手前だ。そこにいた二匹ほどの闇の蟲を片付ける。光の雫が回収されると、途端に彼の身体が光り輝き始めた。
影の領域が晴れたのだ。
* * * * * * * * * * * * * *
私とリンクはいつの間にかフィローネの泉に移動していた。
すると、もはや影の晴れた泉の上に、光り輝く何者かが浮かび上がっている。
「私の名は.....フィローネ...........」
その存在は言葉を継いだ。
「ハイラルに集う....光の精霊のひとりであり.........」
その途端にリンクの目が光った。すると、その存在はたちまち話すのをやめてどこかに消え去った。
あとには人間の姿に戻されたリンクと私だけが取り残されていた。
その瞬間、リンクは後ろ宙返りを打った。
あまりに唐突な事だったので、私は呆気にとられて言葉を失った。
本当は、私はイヤミのひとつも言おうとして待ち構えていたのだが、虚を突かれてしまった形だった。
するとリンクは、私に言った。
「さあ、行こう。これからBiTをしなきゃならない。さっき説明したことを見せてあげるよ」
彼はそう言うと、フィローネの森からトアル村へ向かう道を走り始めた。
私は影の中を慌ててついていった。
私は、もはや、彼を下僕として使役するどころではなかった。
気づいたときには、むしろこの私のほうが下僕のようになって彼に付き従うハメになってしまったのである。
(次回に続く)