二話目です。
短くてごめんなさい。ですがそろそろ戦争に一夏達をからませられそうです。
長い間待たせてしまいすみません。それではどうぞ。
□Crack of Korea
「ロスト…したですって…っ!?」
パク・ビョンヘ少佐はその知らせに顔を蒼白させた。
さきほどまでの鬼のような表情とは対照的なその表情に、その場にいた全員が戦慄した。
「嘘よ!!そんなことあるわけないじゃない!?ISよ!?世界最強の兵器よ!?寝言は寝てから言いなさい!!」
「で、ですが、ビョンヘ少佐…。これは紛れもない事実でありまして―――」
「男のくせにそんな大ホラつくんじゃないわよ!?ふざけんなこの豚が!!」
激昂しながら、ビョンヘ少佐は報告に来た青年将校を思い切り殴りつけた。
青年将校は、その一撃に近くの机に叩きつけられた。
その場にいたIS操縦者達が心配そうに駆け寄ろうとする。が、それはビョンヘ少佐の眼力が制す。
それは数分前の出来事だった。周りが臨戦態勢でピリピリしている中、明らかに異様なその空間。IS操縦者たちの待機テント。そこに、作戦本部より報告が上がってきたのだ。
上がってきた報告の内容は至極簡単な文だった。
ここにはいない二機のIS操縦者。その二人が駆けるISの反応をロストした。
はじめは、何を言われたのかぞノバの誰もが理解できなかった。が、ビョンヘ少佐のその青くなった顔に、全員がその意味の重さを理解した。
いつも無駄に自信過剰で、傲慢な彼女の顔に入った歪な綻び。
彼女の部下であるIS操縦者の彼女達ですら、初めて見るその表情。それを見たら、もうその事実を理解せざるを得なかった。
仲間が。同じ部隊の人間が“戦死”したというその事実を―――。
「どうして…。どうして…。なんで…っ」
だが、同僚が殺された彼女達よりもダメージが大きい人間がいた。
他ならぬビョンヘ少佐であった。
これまで彼女は、安全な出世街道を歩いてきた。今回、北との戦いでISを使いたくなかった理由もそうだ。部隊の人間がもし死にでもしたら。それよりなにより、ISコアを一個でも失ってしまったら。
そんなリスクを背負わないために、彼女は、少しでも危険なことからは逃げてきたのだ。
すべては自身の出世のため。そして自身の安泰な未来のために―――。
その未来予想図が今、バラバラに崩れていく。これは完全な彼女の失態だった。
「嘘よ…嘘。そんなこと、あるわけないわ…。これは陰謀よ…。誰かが…誰かが…あたしを貶めようとしている…」
ビョンヘ少佐は、まるでうわ言のように独り言葉を吐き出す。
最早、彼女の瞳は定まっていなかった。
必死に思考を巡らせる。何を間違えた。誰にはめられた。ビョンヘ少佐は必死に考えた。
そして、彼女は1つの結論にへと行き着く。
自分が、パク・ビョンヘが失脚して一番得する人物。それが誰なのか―――。
「あの…クソ野郎が…っ!!!」
ビョンヘ少佐は誰にも聞こえるように大きく舌打ちした。
彼女は思う。すべては、あの男の仕業なのだと。
自分を失脚させ、一番得する男。そんなの決まっている。彼女が最も嫌う、あの男に。
「おいっ!!そこの豚っ!!さっさと起きろっ!!そして連れてこい!!あのクソを!!」
「っ…げほっ…げほっ…。しょ、少佐…あのクソとはいったい…?」
「あ゛ぁ?このくそ豚がっ!!そんなの決まってんだろっ!!今までの話の流れを読み取れよっ!!このクソ豚っ!!」
「げほっ…。そ、そんな無茶な…」
ビョンヘ少佐は、また舌打ちする。
彼女のイライラはピークに達していた。
胸倉を掴んでいた青年将校を再度、殴りつける。青年将校はさきほどの暴挙で、残骸となった机の上へと飛ばされた。
彼の額からは血が滴り落ち、肌が露出している箇所にも多くの傷が残る。
が、ビョンヘ少佐はそんな血まみれの彼を前にしても、微塵も罪悪感を抱かなかった。
当然だ。それが彼女の考えなのだから。
ビョンヘ少佐にとって、男とはすべて“家畜”も同然なのだ。
その家畜同然の存在が怪我しようが、どうなろうが一向に構わない。
男は女に尽くすもの。それこそを、ビョンヘ少佐は当然の義務だと思っているのである。
「げほっ…げほっ…。分かり…ました、少佐。では、お連れ…いたします」
「ちっ。えぇ、最初からそうしなさい。それとも、男は頭も低レベルなの?だったら、あなた達の存在価値なんてホントにないじゃない」
「す…すみま…せん。では、お連れ致します。誰をお連れすればよろしかったでしょうか?」
「ちっ。ホント…低能ね、男って…。いい?あなたが連れてくるのはね―――」
そして、ビョンヘ少佐はその名を呼ぶ。
勘違いの屈辱で辱められたと思い込んでいるその男の名を。自分が一番嫌う、その男の名を―――。
「あの、クソ豚の親玉。イ・リギョク大佐よ…っ!!!!」
*
それから数分もしないうちに、イ・リギョク大佐はIS操縦者用の宿舎テントに来たいた。
いくら男の地位が低くなったからと言って―――ましてや、個人的な怨恨を理由に、理不尽な暴力を受け、ボロボロになった部下の姿を見てしまったら、さすがに憤慨せずにはいられなかったのだ。
だが、イ・リギョク大佐がテントに入った瞬間、最初に起こった出来事はイ・リギョク大佐本人に浴びせられた鋭い右ストレートだった。
「っ…な、何をするビョンヘ少佐…っ。気でも狂ったのか!」
「うるさいっ!!全部あんたのせいでしょうがっ…!」
それはまるで瀕死の虎のようだった。
リギョク大佐はビョンヘ少佐の焦点の在っていない血走った目に一種の狂気を感じた。
明らかに正気じゃない。部下がボロボロになって帰って来た時点でそれなりの覚悟はしてきたつもりだったが、事は予想以上に深刻であった。
彼女の部下であるIS操縦者の女性パイロット達は、怯え、慄き、部屋の隅で縮こまっている。
その姿があまりに哀れで。まるで籠に入れられた鳥の様に、ビョンヘ少佐という恐怖の枷に囚われた彼女達の姿に、リギョク大佐は発起した。
「落ち着け。冷静になれ。いったいどうしたというんだ?」
一旦、落ち着かせようとリギョク大佐は穏やかに語りかける。
だが、その態度が皮肉にもビョンヘ少佐の神経を逆なでする行為だった。
「っ…何をぬけぬけと…。全部あんたの差し金なんでしょ!?」
突如としてヒステリー模様にビョンヘ少佐が叫ぶ。
「だから、お前はいったい何を言っているんだ!まうは冷静になって、私の話を―――」
「だまれえぇえええーーー!!!!」
キーンっと、耳鳴りが木霊する。ビョンヘ少佐の叫びは、まるでマイク音が反響したかのようにその場にいた全員の耳をつんざいた。
ダメだ。今のビョンヘ少佐には何を言っても通用しない。
リギョク大佐は、その瞬間そのことを理解した。
「是が非でもないか…」
グッと体に力を入れる。
なぜ自分がこのような役割を負わなければならないのか。リギョク大佐は心の中で毒づく。
が、それでも彼は自分が一軍の将であることを理解していた。
なら、その一軍の将として今何をやらなければならないのか。それは、至極簡単な答えだった。
「…パク・ビョンヘ少佐」
リギョク大佐はなるべく穏やかに、ビョンヘ少佐に語りかけた。刹那、血走った目が、リギョク大佐の素方を捕らえてくる。
その蛇のような瞳を見ただけでキリキリと胃が痛むのが分かった。
それでも、リギョク大佐が怯むことはなかった。
「貴殿の働きには無論感謝している。正直、あなたの働きがなければ、ここまで統率がとれる部隊は出来なかっただろう」
それは、言葉の中に混ぜた少しだけの皮肉。
恐怖政治で支配された彼女の部隊への皮肉だった。
リギョク大佐は思う。どうせ最後なのだ。これぐらい言ってもバチがあたることはあるまい、と。
「だが―――。今の貴殿はどう少なく見積もっても、正常ではない。私個人の見方ではあるが、常軌を逸しているように感じる。故に、韓国軍北部防衛軍大佐として命ずる。」
そして、リギョク大佐は言い切る。その言葉を―――。
「現時刻を以って、パク・ビョンヘ少佐のIS部隊司令官の任を解く。これまで激務ご苦労であった」
リギョク大佐のその言葉に、その場にいる誰しもが言葉を失った。
IS部隊のIS操縦者の女性たちは、おそらく全員が同じことを思ったであろう。この人は、リギョク大佐は理解していないのか、と。
「…。なに、いってんの?」
だが、彼女達の瞳に呆れの感情はない。そのどれもが、恐怖で強張っている。
だが、彼女達の思いに反するように、リギョク大佐は理解していた。
自身が今言った言葉に、どのような意味があるのかということを。そして、その結果。自身がどうなるのかということを。
「…ばかじゃないの?」
それはまるで、地獄の冷気のような冷たい声だった。
リギョク大佐はビョンヘ少佐の目をしっかりと見据える。ビョンヘ少佐はいくぶん冷静さを取り戻したように見える。それを見て、何人かの彼女の部下がホッと息を吐いたように感じた。
だが、それは決定的な間違いだ。
ビョンヘ少佐の目を見ているリギョク大佐だからこそわかった。
ビョンヘ少佐は決して冷静さを取り戻したのではない。彼女は臨界点に達したのだ。もはや憎悪の塊でしかないリギョク大佐への―――。
怒りのボルテージが。
「ねぇ、あんたなにいってるの? もしかしてあんたしらないの? IS部隊の指揮権はね、あんたなんかより何階級も上の人間の采配なのよ? それがまさか、大佐ごときの地位でどうこう思ってんの?」
「…いや、むろん忘れたわけではない。だが、そちらも忘れたわけではないだろう? 私にはこの北部防衛軍の全指揮権を預かっている。その中には無論、続困難と考えられる指揮官の任を解くことも許されている。そして今、このIS部隊は北部防衛軍の指揮権の中に含まれている。私には貴殿の任を解く権利があるのだ」
それはどちらかといえば屁理屈の域の理屈だった。
だが、屁理屈であっても理屈は理屈。ここに来てビョンヘ少佐は思い出していた。自分が少佐で、リギョクが大佐であるという。その事実を―――。
その瞬間、ビョンヘ少佐は自身の中の何かが切れる音がした。
自分を指揮官たらしめていた、軍人としての最後の線。
その線が今、あまりにあっけなく、あまりに脆く、ぷつりと―――切れたのだった。
「…。アミ少尉」
突然名前を呼ばれた女性がピクリと背筋を伸ばす。だが、その顔には色濃く恐怖の感情が見えた。
だが、今のビョンヘ少佐にはその表情を見て愉悦に浸る余裕などない。
あるのは目の前の男への憎悪。ただそれだけ。だから、ビョンヘ少佐は簡単にその命令を下せた。
冷静に。冷徹に。そして、傲慢に。
ただ一言、ビョンヘ少佐は呟くのだった。
「…。この男を、殺せ」
それは軍人としての最後のラインを、ビョンヘ少佐が踏み外した瞬間だった。