互いに抱き合い、互いに涙を流したあと、私は子猫ちゃんに向き合う。その頬には涙の跡が残っていた。
「小猫ちゃん、ごめんなさい。もうこんなことはしない。そして、騙してごめん。私は小猫ちゃんのことは友達、いや、親友だと思ってるから」
私は頭を下げ、謝罪する。
「いえ、よかったです。私は絢乃さんの親友だと分かりましたから。私はそれだけでもうれしいです。でも、本当にもうあんなことは絶対にしないでくださいね」
「うん、しない。親友が悲しむのは見たくないから」
私は涙を流した小猫ちゃんの姿を思い浮かべながら、小猫ちゃんにそう言った。あんなになく子猫ちゃんはもう見たくない。こんなに心が痛くなるから。その痛みは本当に痛かった。言葉には表せることはできないけど、本当にいやな痛み。
こんな痛みは嫌だ。絶対にもう味わいたくない。肉体的な痛みは傷が治ればなくなるけど、これは小猫ちゃんの心を傷つけるたびに痛みそう。これってトラウマってやつなのかな? そうかもしれない。
私に刻まれた心の傷はいつ治るのだろうか? もしかしたら治られないかもしれない。でも、それでいいかもしれない。だって親友を騙すことがなければ、痛まない。騙すことがないなら、あっても意味がないから。
「絢乃さん、みんなを呼びましょう」
「そうだね。えっと、服乱れてない?」
さっき小猫ちゃんと抱き合いました。そのときに小猫ちゃんが私の制服を握ったので、乱れた可能性がありました。兄さんだけならいいですが、他のみんなにそういう姿は見られたくないです。
小猫ちゃんは私の服を見ながら、私の周りを歩きます。私が見たところ大丈夫なはずですが、さすがの吸血鬼も自分が見えないところまでは分かりません。私の周りを1周した小猫ちゃんは私と向き合います。
「大丈夫です。どこも変なところはありません。私はどうですか?」
私も小猫ちゃんの服を見る。どこも変なところはない。
「ないよ」
「ありがとうございます。では呼びます」
小猫ちゃんは扉を開け、この部屋を出る。私はそれを見届けた。部屋にいるのは私だけ。いえ、未だに寝ているアーシアさんがいました。今まですっかり忘れていました。そういえば、絢音が言うとおりならこの子には何か持っているそうです。
今のうちにそれがなにか調べましょう。時間は少ないですが、早くやれば間に合うはずです。私はアーシアさんに近づき、その傍に膝をつきます。
「ちょっと失礼します。別にいやらしいことをするわけじゃありませんからね」
寝ているアーシアさん以外誰もいないのに、私は思わず言い訳をする。私はアーシアさんの服に手をかけた。その服はシスター服ではない。おそらくリアス先輩のもの。私は服をたくし上げる。現れたのは私よりもちょっと小さい胸。ブラはない。だけど、そこで扉が開けられる。
「絢乃さん、みんなを呼び――――」
小猫ちゃんの視線は私の右手に向けられる。私の右手はたくし上げた服を掴んでいた。まさにそうしている途中だと分かる。扉は他のみんなが来る前に閉められた。
「……なにしているんですか?」
「ちょ、ちょっと、ね」
「ちょっとなんですか? 絢乃さんは寝ている無防備な子にそんなことをする変態だったんですか。そうですか。私の部屋に泊まったときもそうしたんですか? そうしたんですよね。絢乃さんはそういう変態ですものね。私は別にそういうことをされてもいいですが、次からは事前に言ってください。私、絢乃さんのためなら、どんなふうにされてもいいですから」
「ちょ、ちょっと待って! なんでそういう話になっているの! 確かに私はアーシアさんの服を上げたけど、それはわけあってのこと! 仕方がなかったの!」
潤んだ目で私に近寄ってくる小猫ちゃん。私はその肩を掴み、それ以上近づけないようにする。小猫ちゃんって私のこと恋愛対象としての感情があるような感じがします。うれしい、うれしくないかと聞かれれば、うれしいです。ちょっと複雑ですが。
誰だって好きだと言われれば、うれしいはずです。でも、性的感情の好き、つまりLOVEという意味の好きでは異性がいいですけどね。
「わけって何ですか?」
「アーシアさんが何か持っているって情報があったから。そ、それがなにかな~って思って。危険はないだろうって言われたけど、自分の目で見たかったから」
「どこの情報ですか?」
「信用できるところ」
「一般人だった絢乃さんにそういうのに詳しい人がいたんですか?」
「い、いるよ。私が吸血鬼に覚醒したのはその人がアドバイスしたから」
私は正直に話します。けど、絢音のことは曖昧にする。言っても仕方がない。小猫ちゃんはまだ疑いの目を向けてくる。
「とにかく、これはそういうわけだから。そろそろみんなを入れよう?」
「誤魔化してますよね? 言えないんですか?」
「言えないよ。これはあの子と私だけのことだから」
絢音のことは絶対に言わない。ごめんけど誰にも言えない。兄さんにも小猫ちゃんにも。
「はあ、分かりました。これ以上は聞きません」
「ありがとうね」
「別にいいです」
小猫ちゃんは一瞬だけ照れ、赤くなりますが扉の前に来ると、無表情になりました。やっぱり私以外には心を開いてないようです。ちょっとうれしいですが、それではダメです。小猫ちゃんは孤独になってしまう。どうにかして他に私と同じような関係を作れないかな?
小猫ちゃんはその扉を開ける。それにみんなが入ってきます。アーシアさんの服装はすでにもとに戻しています。
「はあ~、入れると思ったのにまた閉められて、一体なにがあったの?」
リアス先輩がそう言ってくる。
「ちょっと小猫ちゃんと2人きりで話したいことがあったので。すみません」
「そう。それじゃ仕方ないわね」
私は兄さんのもとへ行きます。
「さ、兄さん、帰りましょう!」
「ああ、そうだな」
私は兄さんの腕を組む。ぬくもりが伝わってくる。んん~、やっぱり兄さんのぬくもりは最高です。昼にまあ、色々とやりましたが、あれだけじゃ足りません。
「ちょっと待って」
帰ろうとするとリアス先輩に呼び止められる。うう……せっかく帰れると思ったのに。
「何ですか?」
「あなたたち私のオカルト研究部に入りなさい」
いきなりそう告げられました。でも、私の答えは決まっています。
「入りません」
「ダメよ。入りなさい」
「ああ、なるほど。命令ですか」
「入ってもらえないかしら」ではなく「入りなさい」です。拒否権はないということでしょう。でも、拒否します。私たち2人にそう言ったので、兄さんもということは兄さんと入れるのでしょうが、それでも家の自分の部屋で兄さんといるほうがいいです。誰にも見られませんしね。
「嫌です」
「入りなさい」
リアス先輩の目が鋭くなる。でも、負けない。そこに兄さんが割り込みます。
「えっと、すみません。俺は絢乃やグレモリー先輩たちの深い事情は知りません。けど、なんで俺たちが入らないといけないんですか? さすがに分からないと納得できません」
「一誠くん、私のことは名前で呼んでちょうだい。そうね。まだ事情をよく知らないみたいだし、ちょっとだけよ」
リアス先輩はソファーに腰掛け、足を組む。兄さんはその対面に座った。もちろん私も兄さんの隣に座る。むむ、リアス先輩が足を組んでいるのでその隙間からリアス先輩のパンツが見えます。
もしかして兄さんを誘惑してます? そうはさせませんよ。兄さんはちょっとエッチですけど、愛しているのは私です。兄さんの愛は私だけのものです。誰にも渡さない。そのために私は兄さんの腕を再び組み、私の胸を押し付ける。
そうしたとき兄さんが私を見てくる。私は上目遣いで見た。兄さんはちょっと照れる。ふふん! どうですか。色仕掛けですが、兄さんの心を掴んでいます。そんなパンチラ程度では戦力皆無ですよ!
「あなたたちは危険すぎるのよ。一誠くんはよく分からないけど、絢乃は私たちや生徒会全員を1人で倒すほど」
兄さんがそれを聞き、私のほうを見てくる。
「て、てへっ☆」
ニコッとしながらウインクをする。
「アーシアに説明したとき言ったわよね。私たちは他の2勢力と争っているって。私たちはそれなりの強いわ。それを倒す人物がいたらどうかしら? 私たちは自分たちの勢力を守るためにその者を殺すかどうかするわ。これでう説明しなくてもいいわよね? 私の単独の判断だけど、あなたたちを悪魔側で監視することにしたわ」
説明を聞いてなぜ入らせようとしたのか分かりました。確かに私は危険なのでしょう。でも、嫌ですけどね。どんなことがあろうと入りたくありません。
「それでどうかしら?」
「あの、すみません。そんなに俺たちって危険なんですか?」
「あなたはまだ分からないわ。けど、確実に絢乃は危険なのよ」
「そう……ですか」
兄さんはしばらく真剣な顔になり、考え事をする。なにを考えているかは分かりません。けど、兄さんがここまで真剣な顔をするなんて久しぶりです。そして、しばらくすると私と向き合い、私の両肩を掴まれる。
「絢乃、入ろう」
「な、なんでですか! 入る必要はありません! 私は入りたくないです! 入ったら家でゆっくりできません! 家で兄さんとゆっくりとしたいです!」
「入りたくない動機が下心のある言い方だったけど、とにかく入ったほうがいい。ここでリアス先輩たちの悪魔側で監視はされる。だが同時に入ったときと入らなかったときとでは、絢乃に来る危険が違うと思うんだ」
「ど、どういうことです?」
私は首を傾げ、聞く。私には分かりません。というか、そこまで考えていません。もうただ入りたくない。あるのはそれだけでした。私はただ兄さんとゆっくりと生きたいのに。ここで入れば絶対に巻き込まれる。それを予感したからという理由もある。
「絢乃は何か特別だというのは話を聞いていて分かっている。ファンタジーだと思っていた悪魔も存在する。ここはそんな世界だと今日、分かった。それを考えると絢乃を狙ってくる者も存在するはずだ。例えばだ。アニメとかじゃないが、絢乃の力を欲しいという奴らや絢乃を邪魔だという奴ら。だが、ここで悪魔側のこのオカルト研究部に入れば、悪魔側になる。つまり、他の2勢力から狙われるのは少なくなるんだ」
「な、なるほど」
兄さんがこんなに頭がいいみたいになるなんて……。今日はなんて日ですか?
「だから絢乃、入ろう。入っても俺と一緒にいられるんだ」
「本当ですか? 一緒に入るんですか?」
「ああ、本当だ。というか、嘘をついてどうなる。断る理由もない」
ああ、兄さんは私のことを考えてくれている。そんな兄さんの提案を受けないわけにはいきません。私は首だけをリアス先輩に向けます。
「あの、入ったら絶対に活動しないといけないんですか?」
「そうね。別にしなくていいわ。オカルト研究部って言っているけど、活動のほとんどが悪魔関係なの」
さすが悪魔ですね。部活動をせずに別のことをするなんて。でも、別に何もしなくていいんですか。ただオカルト研究部に入るだけ。
「それじゃ、入るだけで幽霊部員というのは?」
「それはダメよ。せめて学園内にだけはいなさい」
「それじゃ暇なんですが?」
「あら、そういうと言うことは入るのかしら?」
本当はいやです。放課後は兄さんとゆっくりと過ごすという計画がなくなりますから。でも兄さんが私の心配をして、先のことまで考えてくれているんです。それを無碍にはできません。
「……はい。そうです」
「ふふふ、それはよかったわ」
「言っておきますけど、兄さんが言ったから入るんですからね! 忘れないでくださいね!」
私は丁寧に私の両肩に置かれた兄さんの手をどけ、リアス先輩にそう言った。
「私たちはあなたたちを歓迎するわ。悪魔としてね」
リアス先輩の背から悪魔の翼が生えいます。兄さんは驚きます。私はもう見たのでそこまで驚きません。
「それが……悪魔の翼」
兄さんがそう呟く。それはその翼に見惚れているときのような感じでした。私もそれは分かります。最初に見たとき、私も見惚れましたから。でも兄さん、それでリアス先輩を好きにならないでくださいよ。
私って心配性みたいです。だってこんなにも兄さんが取られるのではないと思っているんですから。そのことを自分で分かっている。でも、そう思ってしまう。
「兄さん?」
「ん? どうした?」
「い、いえ、なんでもないです。リアス先輩、今日はもう帰ってもいいですよね? 今日は色々と疲れたので、早く帰りたいんです」
私はちょっと不機嫌そうに言った。自分でもそんな自分を嫌になります。自分が勝手にそう思って周りの人に八つ当たりをして。
「分かったわ。では明日からお願いね。あと、色々とごめんなさいね」
「な、なんで謝るんですか!」
「あなたには色々と悪いことをしたから」
「誤るんなら言わないでください! 兄さん! 帰りましょう!」
私はもうわけが分からなくなり、兄さんの手を取り旧校舎を出た。兄さんと学園を出たあと、しばらく沈黙が続く。その空気に耐えられなくなったのか、それとも私のためなのか兄さんが話を切り出す。
「どうしたんだ。絢乃らしくないぞ」
「すみません。ちょっと色々ありすぎて機嫌が悪いだけです」
「そっか」
またしばらく沈黙が続く。うう、せっかく兄さんと帰れるのにこんなのって……。私と兄さんの間には微妙に間が空いている。近づきたくても私の心の壁のせいで近づけない。
「そういえば、小猫ちゃん泣いていたな。何をしたんだ?」
兄さんがそう聞いてくる。私は下唇を噛み、俯く。そして、口を開く。
「わ、私が小猫ちゃんを裏切ったからです。本当は小猫ちゃんの家でゆっくりとしないとダメだったんです。けど、私が兄さんに会いたいっていうだけの私情で、こっそりと抜け出したんです。兄さんは知らないと思いますが、そのときの私はまともに歩けるような状態ではなかったんです。無理して抜け出した結果、私は重傷、そしてアーシアさんは死にました。後は知っての通りです。だから小猫ちゃんが怒って当たり前です」
終始私は俯いて話しました。話している間、兄さんの顔は見ていません。兄さんはどんな顔で私を見ているのでしょうか? どんな顔をされているのかが怖くて見れない。
「そうだな。絢乃が悪いな。絢乃は親友を裏切った。それだけでなく心配もさせた。あの子にとって絢乃は大切な存在だったんだぞ。俺ならもう信じられなくなる」
「っ!」
兄さんから厳しい言葉が発せられる。兄さんの言葉に思わず涙が出そうになった。それをこらえるために再び下唇を噛んだ。
「それはいやか?」
「い……やです。小猫ちゃんは親友、です……から」
「だろう。ならもうそんなことをするな。分かったな」
私の頭に手がポンッと置かれた。その手はそのまま左右に動かされ、頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。おかげで髪の毛がめちゃくちゃになりました。でも今はそれが心地よくて……。
「……はい。もうしません」
「あと、小猫ちゃんのかわりにお仕置きだな」
「え?」
兄さんが私を振り向かせ、手が近づいてくる。お仕置きと聞いて思わず目を瞑ってしまった。兄さんのえいという掛け声とともにぺチンという音と軽い衝撃がした。痛くはない。ゆっくりと目を開けるとその手の形で私にでこピンをされたというのが分かった。
「はははっ、これは小猫ちゃんの代理のお仕置きだ。思いっきりなんてしないさ。それを抜きにしても女性でもあり妹でもあり恋人でもあるお前に、思いっきりなんでできるわけがないだろう」
「むっ、からかったんですか?」
「いつまでもそんな顔をしているからだ。恋人をその顔のままにするなんてできるか」
「はうぅっ。に、兄さんってたまにそういう言葉を言いますよね」
「ん? どの言葉だ?」
やっぱり素なんですか。でも、そうやって私をドキドキさせてくれるのもいいですね。それにいつの間にか心の中のもやもやがなくなりました。
「やっぱり兄さんはすごいです。私なんかよりもずっと」
「何言ってんだ? お前のほうがすごいぞ。頭はいいし容姿もいいし家事もできるし、な。俺はダメダメだよ。絢乃の兄だっていうのに頭はよくないしもてないし、あ~言ったらきりがないほどだ」
「それでも兄さんにはいいところはあります」
「ちょっとは否定してくれ……」
兄さんがなにか言いましたが、続けます。
「兄さんは私の心を癒してくれます。兄さんは私をいつも助けてくれます。兄さんは私を守ってくれます。私にはそれだけでも十分です。それは兄さんにしかできません」
「そうだったか?」
「ふふふ、そうです。今だって私の心を癒しました」
兄さんは分からないようです。兄さんは意識とせずに私を癒してくれるんです。そこもまたすごいところです。兄さんのことは今も尊敬しています。これからもずっとです。
「そっか、絢乃の力になれたなら良かったよ」
そうやって兄さんと話しているうちに私と兄さんとの距離は縮まり、もう腕が触れ合うほどです。そして、その時折手の甲同士が触れ合う。私の意識はそっちを向く。うう、どうせならギュッて繋ぎたいです。私は兄さんをチラッと見る。
「に、兄さん、手繋いでもいいですか?」
「あ、ああ、いいぜ。ほら」
兄さんは私の手を取る。でもただ手を繋ぐのではなく、指と指を絡ませるいわゆる恋人つなぎです。
「な、なんだかエロいですね」
「そうか? ただ絡めているだけだ。普通だろう」
うう、これって私がエッチなんですか? やっぱり私のキャラがそっち系になっているような気がします。これは兄さんに触れていなかったせいです。ええ、絶対です。私は帰り際、そんなことばかり考えていた。