兄さんと手を繋ぎ、赤く染まった道を進む。向かっているのは自分の家。久しぶりです。兄さんたちからすれば数日ですが、こっちは1ヶ月くらい会ってない感覚です。道中、兄さんとはたわいのない話をしていました。
けっこう楽しいですよ。でも、夜にあのことを話さないといけないとなると、ちょっとため息でもつきたくなります。本当はあのことを話すことに抵抗があるんです。だって、いくら兄さんを救うためとはいえ、勝手に吸血鬼にしたんですから。
今思えばなんだか兄さんにひどいことをしたように思えます。ちょっと前までは兄さんを吸血鬼にしたことに何も感じなかったのに、今は違う。やっぱりいざ話すとなると色々と考えるからでしょうか。
「絢乃、どうした?」
「あ、いえ、何でもありません」
「何かあれば言えよ」
「分かってます。ちゃんと言います」
兄さんに聞かれ誤魔化す。兄さんに心配かけるのは避けたいです。頭の中で夜のことを考えている間に家に帰りついた。
「「ただいま」」
私たちの声が玄関から家の中へと響く。別に大きな声ではなかったが、ほとんど物音がしない家には十分響いた。するとすぐに1人の女性、お母さんが顔を出してくる。
「あら、おかえりなさい。絢乃も帰ってきたのね! お父さんが泣いていたわよ」
お母さんが微笑みながら言ってきた。え? お父さんが泣いていた? なんで?
「可愛い娘が数日もいない家なんて地獄と同じだ~って泣き叫んでいたのよ。ふふふっあの人ったら私という妻がいるのにね~。どうして地獄なのかしらね。そうは思わない?」
お母さんが暗く黒いオーラを出しながら言ってきた。兄さんと私はただ頷くことしかできない。こんなに怖いお母さんは見たことがありません。小さい頃にお母さんに怒られたことはありましたけど、ここまで怖くなかったです。今のほうが怖い。
微笑みながら怒るってこっちのほうが本気で怒っている証拠なんですね。私は今日のお母さんに本当の怒りを見た。
「それにしても絢乃はなんで制服じゃないのかしら? 学校にいたのよね?」
「!!」
そういえばそうでした。今の私はリアス先輩に借りた服です。着ているのは私服。
「え、えっと、放課後に友達の家で制服を汚して、それでその代わりにってこの服を貸してもらったの。だから、この服なの」
「そうだったの。一誠とは友達の家から帰るときに?」
「うん。たまたま帰るときに兄さんと出会って、そこから一緒に……」
お母さんにそう言った。別にあやしいところはない。お母さんはふーんとだけ言って納得してくれた。あ、危なかった。もし下手なことを言えば、さっきの怒りが私に向くところだった……。私は胸を撫で下ろす。
「まあ、分かったわ。それより」
お母さんが私に近づき、抱きしめてきた。私とお母さんの背はあまり変わらない。私の頭がお母さんの肩にくる。しばらく抱き合ったあと、お母さんは私の肩に手を置き私の目を見る。
その顔は優しい。私たちは血は繋がっていないけど、親子だ。たとえ種族が違うとしても。お母さんは親で私は娘。
「数日だったけど、お母さんも寂しかったのよ。いきなり友達の家に泊まるって連絡が来るのだもの。しかも、絢乃の声じゃなくて。今度からは心配するからちゃんと自分の口で言いなさい。じゃないと怒るからね。分かった」
「分かりました。ごめんなさい、お母さん」
「うん、分かったんならいいわ。気をつけなさい」
お母さんは微笑み、私を離す。最後に晩御飯はあと2時間くらいでできるわと言って。お母さんが台所に行ったのを確認し、私たちも部屋へと向かう。なんだか懐かしい。精神的に1ヶ月でこう思うんだ。
部屋に入る。中は変わらない。それは当たり前。私が1ヶ月ここを見ていなかったけど、それは精神的なことだから。現実では数日。変わっていないことは多いのだ。でも、ちょっと散らかっているかも。
「はあ~、兄さん。私が数日いない間に少し散らかったんじゃないんですか?」
「そ、そうか? いつもと同じだろう」
「では、これはなんですか?」
私は床に適当に散らかっていた兄さんのパジャマを手に取り、兄さんの目の前に突きつける。兄さんはただ目をそらすだけ。
「私がいるときはいつもベッドの上にたたんでいましたよね? どうしてそのはずなのに床にたたまれずに落ちていたんですか?」
「すみませんでした。反省しています」
兄さんは深く頭を下げた。第三者から見ると私が偉い人みたい。私はどちらかというと兄さんが上のほうがいいですけど。
「分かったのならいいです。今からちょっと片付けます。ベッドの上にいてください」
「……はい」
兄さんは申し訳そうな表情でベッドの上へ移動する。私は部屋全体を見る。やっぱりちょっと散らかっています。私は掃除を開始しました。
「うん、さすがは俺の嫁さんだな」
「へっ!? に、兄さん!? いきなりなんですかっ!?」
私はいきなりの発言に手に持っていたものを落とす。体中が熱い。でも顔のほうがとっても熱い。私の頭の中にさっきの言葉が繰り返される。はうう、兄さんの嫁!! 婚約者だけど兄さんの中ではもうそういう認識なんですね!
「いや、な。こうしているとそう思ってな。いやだったか?」
「い、いえ! 私としてはもうそれでいいです!! 戸籍だって入れてもう本格的にしてもらっても!!」
私はうれしさのあまりそう言ってしまった。私、何言っているのだろうと思った。
「俺もそうしたいけど、まだ18じゃないからな。それまで待っててくれ」
「は、はい!! 待ってます!」
私は顔を赤くしながら再び掃除を始めた。掃除が終わる頃にはその体の熱も治まるかと思っていたけど、全くそうにはならない。終わった後も体は熱かった。
「ずっと顔が赤いままだけど、熱でもあるのか?」
「あ、ありません。大丈夫です」
「熱計ろうか?」
兄さんが近づき、私の額に手をのばしてきた。私は思わず後ずさる。今、兄さんに触れられたらおかしくなってしまう。
「ほら、動くな。計れないだろう」
「いや、いいです! 計らなくても大丈夫です!」
思わず強く否定してしまう。私が否定してしまってショックを受けるかと思った。でも兄さんを見ると、別に悲しい顔をしていない。
「まあいいか。絢乃、こっちに来い」
そう言われ、兄さんの隣に座る。兄さんとの距離はゼロ。私の肩に兄さんの手が回された。恥ずかしくてまた離れようとするも兄さんの手によって、阻止される。私はあきらめ、そのままでいる。顔は伏せたまま。
今、顔を合わせると少しずつ治まっていく熱がまた、上がってしまう。うう、やっぱり恥ずかしい。絶対に兄さんのせいです。でも沈黙がよけい恥ずかしくする。
「……兄さん、なにかしゃべってください」
この沈黙に耐えられず、そう言う。顔は相変わらず伏せたままで。
「そうだな。そういえば父さんが俺たち2人に話があるらしい」
「私たちに? それって私がいないときですか?」
「ああ、今日は絢乃がいるから今日言うだろうな。内容は俺にも分からん」
お父さんが話? なんでしょうか? 思い当たるのは家に数日いなかったことだけです。お父さんがそのことについて怒るのでしょうか? 私、お父さんに怒られたことはありませんし、お父さんが怒ったところを見たことがありません。
まだ怒られると決まってはいませんし、兄さんも一緒での話です。逆に低いです。ただそのときまで待つしかないです。それにしても……眠いです。やっぱりこれも覚醒のせい?
私の頭はふらふらと左右に揺れている。瞼もくっつきそうになる。視界がぼやけてきた。ダメ。もうダメ……。眠すぎる……。いつの間にか私の頭は兄さんの肩に寄りかかっていた。
「眠いのか?」
「ええ、とても……眠い……です……」
「布団で寝るか?」
「いえ……………このままで…………」
その間にも眠気は深まっていた。もう思考も働かない。ただぼんやりとする。もう寝よ。私はついに睡眠欲に負けた。耐えるなんて考えない。ただ欲求に従うだけ。
「俺があとで起こす。ゆっくりと眠れ」
その言葉が合図のように私の意識は眠りについた。
「今日は色々とあったね」
椅子に座り足を組んだ絢音が言う。手にはクッキーを持っている。そのクッキーを口に持っていきそれを噛み砕いた。かけらがポロポロとこぼれる。それが絢音の服と床を汚した。
「ねえ、お行儀が悪いよ。私が叱ってあげようか?」
「いやだ。それよりも紅髪の子の部に入ってよかったの? 絢乃は脅すのは無理だけど、私ならできる。どうする?」
絢音は軽い口ノリで言う。絢音にとってそれくらい簡単なことなのだ。本当は私だってそのくらいの実力はある。でも、私はそういうことはできない。人を傷をつけることはできないから。
「やらなくていい。一応私がいいって言ったんだから」
「そう。けど、嫌になったら言って。私が解決するから」
絢音は手に残った残りのクッキーを噛み砕く。そして笑みを浮かびながら手についたクッキーのかけらを舐め取った。その態度はまさに女王。私は絢音の前に立ち、その額にでこピンをした。
パアアアンっ!!
「いたっ! な、なにするの! 結構痛かったよ!!」
された絢音は涙目で赤くなった額を手で覆う。結構な力を込めたので、とても痛かったと思う。普通の人間にしたら頭に穴が空くくらい。それを赤くなるだけで済む絢音はすごい。
「舐め取るなんてお行儀が悪い! 暴力的だと思うけど、お仕置きだから」
「うええええんっ! 絢乃が私にお仕置きしてきたよ~!」
「え?」
絢音が泣き始める。私はまさか泣くとは思わず、困惑する。私はその頭を撫でて慰めた。この子って本当にキャラが安定しません。いい加減どういうキャラか決めて欲しいです。
「ごめん。そんなに痛かったの?」
「痛かったよ! 自分で説明してたよね!? 普通の人間なら頭に穴が空くって!! そんなのを受けたらこうなるよ!! もうお仕置きじゃないよ!! ただの暴力だよ!!」
涙を流しながら叫び訴える。うん、本当に悪いことをしてしまった。いくらなんでもやりすぎた。
「ひぐっ……うう……痛かったんだから。えぐっ……責任……取ってよ……」
涙目でそう言って来た。私は頷くしかない。
「じゃあ、一緒に寝て」
「それでいいの?」
「うん。ベッドはほらそこにあるから」
絢音が指を向ける。その先には大きなベッドがあった。さっきまでなかったものだ。本当にここは何でもありだ。すべてが思い通りになる。私と絢音はベッドへ向かい、その布団に入る。
「これでいい?」
「うん」
絢音との距離はゼロ。体が触れ合っている状態だ。触れ合っている部分から絢音の体温を感じる。でもなぜか懐かしい感じがする。この寝方がではない。ただ絢音とこうすることがだ。
もしかして、前の記憶を失う前の私と一緒に寝ていたのかもしれない。だからそう感じるのかもしれない。なんだか嫌だ。絢音が私であって私ではない者と仲良くするなんて。
「ううん、私はこれまで誰とも仲良くしていないよ。もちろん昔の君とも。その気持ちは嫉妬? だとしたらうれしいかな」
「し、嫉妬じゃないもん! でも、やっぱり私以外と仲良くしている絢音を想像するのは嫌だったから」
私は正直に言う。特に昔の私が今の私と同じようにしているとしたら。でもそれはないと言った。私はそれに安堵していた。絢音の顔を見る。涙のあとが残る顔は微笑んでいた。でもちょっとすると少し真剣な表情になる。
「でも、昔の君も今の君も同じだっていうことを忘れないで。私から見たら行動も言動も全部同じ。君はなんだか奇妙な感じがするかもしれないけど、ただそのときの記憶がないだけ」
「でもなんで懐かしい感じがしたの?」
その問いに絢音は微笑む。なにか知っているようだ。でもその瞳には悲しみだけがあった。私には分からない。
「私はその答えを知っている。でもね、教えられないの。けど、前言ったようにいつか話すから。それまで我慢して」
絢音はそう言って目を瞑った。しばらくすると寝息が聞こえてきた。もう眠ったらしい。精神だって疲れる。だからここで寝てもちゃんと効果が出る。私はそっと絢音を抱きしめ眠りについた。
こうしていると何か思い出しそうになる。これがなにか知りたい。答えは目の前にあるのに分からない。とてももどかしい。でも絢音を信じてそのときを待つしかない。そればかり考え、眠りについた。
誰かが私を揺さぶり、私の名前を呼ぶ声がする。あなたは誰? その声は心地よい。私はゆっくりと目を開ける。視界に誰かの影が映った。なんだか懐かしい姿。これは確か……
「ママ?」
「違う。一誠だ」
私はゆっくりと体を起こす。まだ頭がぼんやりとする。私は人差し指で目元をこする。
「というか、なんでママなんだ? いつもはお母さんだろう」
「え? 私、ママって言いました?」
「ああ、言ったよ」
ちょっと恥ずかしいです。でもなんでお母さんではなくママと言ったのでしょうか? 私はお母さんをママなんて言ったことがありません。ただ寝ぼけていただけでしょう。誰にだってそうことはあります。
「もう飯だ。目、覚めたか?」
「はい。覚めました。でも手を貸してください」
兄さんに手を貸してもらい、ベッドから起きる。あ、そういえば、着替えてませんでした。しわになってませんよね? 私は押入れからパジャマを取り出す。そして、服を脱いで――――そこで兄さんの視線に気付いた。
「兄さん、いくらそういう関係でも見ることは許しませんよ」
「あ、ああ、ごめん。後ろ向いているから」
兄さんが後ろを向いたのを確認し、着替えを開始する。ただ脱いで着るだけなので数分で終わる。
「兄さん、もういいです」
兄さんが振り返る。
「じゃ、行くぞ。もう父さんも帰っているからな。きっと絢乃に会いたがっているんじゃないか?」
ああ、お父さんがですか。お父さんといえば話があるって言ってましたね。ちょっと緊張してきます。今だって心臓が激しく動いている。その後は兄さんにすべてを言う。緊張の連続じゃないですか。
思わずため息をつく。リビングに一緒に向かっている兄さんが私を見ますが、私は誤魔化す。そんな状態でリビングに着いた。テーブルにはすでに料理が用意され、椅子にはお父さんとお母さんが座っていた。
座っているお父さんは腕を組み、厳しい顔をしていた。やっぱり私のことでしょうか?
兄さんもっていうところが分かりませんが、この顔からしたら私のことかもしれません。
「ほら、絢乃、イッセー、座りなさい。ご飯が冷めるわよ」
私たちは急いで座る。
「「「「いただきます」」」」
私たちは食べ始める。でもとても空気が重いような気がする。そのせいで味がよく分からなかった。そのままみんなが食べ終わった。でも誰も立ち上がらない。私は顔を伏せていた。
「絢乃、イッセー」
いきなりお父さんが重い口で私たちの名前を呼ぶ。顔を上げた。
「お前たちに言わないといけないことがある」
その重い雰囲気につばを飲み込む。体中から汗が出てきそう。
「仕事の関係でな父さんは海外に行かなければならないんだ」
「へっ?」
私が怒られると思っていたのに別の話だったので間抜けな返事をしてしまった。他の3人の視線が私に集まる。私は視線に耐えられず、顔を伏せた。
そして、お父さんの話を聞く。お父さんが海外に行く? 私の聞き間違いではない。確かにそう言った。
「海外へは数年。つまりお前たちとはその間、会えなくなる」
「会えないんですか?」
私はそう聞く。悲しみが私の中でいっぱいになった。目元が熱くなり、視界もぼやける。
「会えなくなる。それと母さんも行くことになった」
「んぐ……えぐ……ひく……」
お母さんも一緒に行くと聞かせれ、もう耐えられなくなった。涙が頬を伝う。声は上げない。ただ声を押し殺して泣いた。
「私……たちも……んぐ……一緒に、行っちゃ……ダメ、なんですか?」
「ダメだ。お前たちにはここに居なさい。つらいかもしれないが、お前にはイッセーがいて、イッセーにはお前がいる。それに帰れるときはできるだけ帰れるようにするさ」
兄さんが私の手を繋いでくれる。それで少しは安心した。
「絢乃、イッセーとしばらく2人きりなのよ。これを機に結婚生活をしてみなさい」
「でも、でも! お父さんたちがいないなんて寂しいよ!」
兄さんとの結婚生活を試すのはいい機会かもしれない。でもそれよりお父さんたちと一緒に居られないことが嫌だった。
「兄さんはどうなんですか!」
「俺も父さんたちが俺たちといないのは嫌だ。でもな、俺たちが向こうへ行ったって、まだ子どもである俺たちに向こうでの生活や問題に耐えられると思うか? 俺には無理だ。俺たちはここでしか居られない」
「っ!!」
兄さんの言葉に私はショックを受けた。兄さんの言ったことは正しい。でもそれでも私と同じように言って欲しかった。私は繋がれた手を振り払う。私は兄さんを拒否した。そして、後悔した。
これで兄さんが離れてしまうと感じたから。でも、兄さんはそれでも無理やり私と手を繋いでくれた。ああ、やっぱり兄さんは強い。
「……分かりました。私たちはここにいます」
「ありがとう、絢乃」
お父さんが私にそう言った。
「でも、できるだけ家に帰るようにして。お父さんたちに会えないなんて本当はいや。だからせめてこれだけでも」
「ああ、もちろんだ。帰れるときは必ず帰るさ」
何もかも変わらずにはいられない。まだずっと続くと思っていたものもいつかは終わる。この光景がもうすぐで毎日のものではなくなっていく。私がどんなに望んでも、どんどん変わりつづけていく。それが現実。