扉越しに聞こえるのは小猫ちゃんの泣き声。それを聞くのは悲しい。胸が痛い。私たちはただ扉の前に立つだけで何もできない。私は小猫ちゃんの親友なのに……。それが悔しい。吸血鬼という強力な力があっても何もできない。
力なんてこういうときに役に立たないんです。なら意味がない。私としては力は大切な人を守るためにある。私の魔法には人を傷つけるものはあるけど、決してそれを使い命を奪わないようにしている。
「……兄さん、部室に行きましょう」
隣にいる兄さんにそう言う。今の小猫ちゃんはきっと私たちを部屋に入れてくれないでしょう。それに説得や慰めをしようにも、なぜ泣いたのか理由が分からないならできない。なら、時間が経つのを待つしかない。
「そうだな」
兄さんもそれを承諾。手は繋がずに小猫ちゃんの部屋の前から去ろうとする。しかし、そこで扉が開いた。私たちは足を止める。
「……すみません。もう入ってください。兵藤先輩にはすみませんが、絢乃さんだけでお願いします」
隣の兄さんを見ると固まっていた。ちょっとショックみたい。まさか自分だけ仲間はずれされるなんて思わなかったのだろう。
「兄さん、すみませんがここで待っててください」
そう言うしかない。
「………………分かった」
私は1人で部屋に入る。小猫ちゃんは玄関に壁を背に立っていた。その目は泣いたせいで赤くなっていた。その姿を見ていたが、とりあえず扉を閉め小猫ちゃんと奥へ行く。そこに広がる前に見たリビング。
相変わらず女の子らしくない。もうちょっと女の子らしくしてもいいと思うだけどね。やっぱり今度、アーシアさんと一緒に買わないといけませんね。アーシアさんも一緒に住むって言ってましたから。
とりあえず、対面になるように座る。とても気まずい。数分が数十分に感じる。そうしていると小猫ちゃんが口を開く。
「さっきはすみません。泣いた理由は……それを洗濯機に入れてからです」
私が持ってきたシーツの入った袋を指す。一応、洗濯していいみたいです。なんでと聞かれたら困りましたけど、何も聞かれないかった。私は小猫ちゃんと洗濯機のところへ行く。洗濯機は新しい。
最新型だった。私の家にある洗濯機は数年前のもの。色々と劣っている。ちょっと羨ましい。そういえば冷蔵庫も最新型だった。小猫ちゃんってお金持ちなんですか? 全部けっこう高かったはずです。家は金持ちじゃないので本当に羨ましいです。
「中に入れてください。あとの操作は私がやりますから」
「分かった」
小猫ちゃんに見えないようにシーツを入れる。入れ終えたところで安心した。小猫ちゃんが私に代わり洗濯機を操作する。ボタンが押されるたびに高い音が響く。
「終わりました。あとは待つだけです」
私たちはリビングに戻り、再び対面に座る。
「……本当はあまりこれを言いたくはないです。言えばきっと私たちの関係が崩れる。私は嫌だ。ずっとこのままでもいい。でも、そう思ってもそれで満足しない自分がいるんです。それは小さかったけど、少しずつ大きくなってしまいました。勘のいい絢乃さんならもう、いえ、ずっと前から分かっていましたよね? 私が言いたい事」
「それって……小猫ちゃんが私のことを好きだってこと?」
その答えに悲しそうに微笑む。
「……そうです。私は絢乃さんと恋人関係になりたかったんです。だから、兵藤先輩といちゃいちゃしている姿を見るのは嫌でした。私も同じようにしてもらいたかった。同じようにしたかった。ずっと思っていました。兵藤先輩からどうやって奪おうかなんて毎日のように考えました。最終的にはこの手で兵藤先輩を殺して……ということまで。それほど私は好きなんです。絢乃さん、こんな同性が好きな私を軽蔑しますか?」
小猫ちゃんは今にも泣きそうな顔でそう言ってきた。小猫ちゃんがそこまで私のことを好きだったなんて知らなかった。それは間違いなく私が兄さん想っているのと同じ心。ただ相手が異性じゃなく、同性なだけ。
これは告白も同然。だけど、私はその気持ちを粉々に砕かないといけない。私は兄さんと付き合っている。2人は無理だ。
「軽蔑はしないよ。それにその気持ちはうれしいよ。でもね、私は兄さんが大好きなの。だから、その気持ちを受けるわけにはいかない。ごめんは言わないよ」
「やっぱり……ですか。私と兵藤先輩を恋人に……はならなかったんですね」
「それはしない。それは2人に対する侮辱だから」
「そうですね」
その表情に悲しみはない。言ってなにかすっきりしたようだ。でも、心にはふられた悲しみがある。きっと私にきっぱりあきらめたと思わせるためだろう。だから、表情に悲しみはなく、心にはある。
「あと、泣いた理由ですが――――」
「えっ!? さっきのが理由じゃないの!?」
「はあ~、絢乃さん。どうやったらそう繋がるんですか?」
こ、小猫ちゃんにあきれられた……。ちょっとショックです。
「泣いた理由は……」
小猫ちゃんの視線が玄関と私を交互に見る。そして、何か言いにくそうにする。どうしたの? 私は何もしてないよね? しばらく同じ動作を繰り返していた。そして、何かを決断し、私を見る。
「絢乃さんって昨日、兵藤先輩に抱かれましたよね?」
「なっ!! な、なななななんで知っているの!? ま、まさか部屋の窓にでもいたの!? でも、そういう気配はなかったのに!」
小猫ちゃんに事実を言われ、恥ずかしさのあまり顔を赤くした。心臓がバクバクしている。あのことを知られるなんて……。しかも親友に……。もう私は終わりました。
「いえ、違います。聞いていたとか見ていたとかじゃないんです。さっき玄関でシーツの入った袋を見せたときに、その、匂いで分かったんです。血のにおいとエッチなにおいがあったので……」
エッチなにおいってなんですか!! そういえば小猫ちゃんは猫の妖怪でしたね。嗅覚も敏感です。泣いたのはそれを知ったから。誰だって自分の好きな人が誰かに抱かれたらいやだから。
私だって兄さんが私以外の女性といちゃいちゃするのはいやだ。それがエッチなことだったら、小猫ちゃんのように泣いてしまう。もしかしたら私は狂ってしまうかもしれない。
「小猫ちゃん、絶対に誰かに言わないでね。言ったら不登校になるから」
「分かってます。言いません。親友の恥ずかしいことを言う趣味はありません」
小猫ちゃんという親友にばれてよかったです。私は小猫ちゃんを信頼している。他の人だったらどうにかして口封じしないと安心できない。
「それよりも兵藤先輩を入れてもいいですよ。言いたいことは言えましたので」
兄さん、外で大丈夫だったでしょうか? 結構時間が経っています。早く入れてあげましょう。きっと1人で寂しいはずです。小猫ちゃんに許可され、私は玄関の扉を開けた。扉の隣をみると兄さんが壁に寄りかかっていた。
「ん? もう入っていいのか?」
「はい。もう入ってきてもいいですよ。けど、きっとすぐに出ると思います。ここにはアーシアさんはいませんでした」
「そうか」
兄さんは部屋に入る。兄さんはリビングに行く途中で、周りをキョロキョロと見ていた。私は兄さんの脇をつつく。
「兄さん、あまり女の子の家を見回すのは止めてください」
「ああ、すまん」
やっぱり男の人って女の子の家とか部屋に興味があるんですね。私の部屋は兄さんと共同なのであまりそういう女の子らしいのは置いてません。目立つのは男物です。というのも私ってどうも物欲が低いみたいです。
小さい頃からあまり物を欲しがらなかった。でも、その理由は私が吸血鬼だということで理解できた。私は何百年も生きている。だったらもう大人。そういう物を欲しがる欲はない。
リビングに着く。小猫ちゃんは無表情になっていた。う~ん、やっぱり他人に気を許してないようです。これからアーシアさんとも暮らすので、せめてアーシアさんとは私くらいに気を許す関係になってほしいです。
「改めてこんにちは、小猫ちゃん」
「……こんにちは、兵藤先輩」
やっぱり無表情だ。兄さんに好意を持てということではないですが、兄さんにもうちょっと気を許してもいいと思います。
「なあ、小猫ちゃん。俺のことはもっと気楽にイッセーでいいぜ」
そんな小猫ちゃんに気を許してもらうためか、そう言っていた。でもきっと違う。素で言ったと思う。だってそれが兄さんですから。突然のことで困惑する小猫ちゃん。ちょっとだけ表情を見せた。
小猫ちゃんは私を見る。その顔には私が兵藤先輩をイッセー先輩と呼んでいいのかと聞いていた……ような気がする。でも間違ってないはずです。私はいいよと首を縦に振った。別に兄さんのことを私以外の人が名前で呼んで嫉妬なんてしません。
私はそんな器の小さい女ではないから。それに女の人が名前で呼んでも兄さんがその女の物になるというわけじゃありません。
「……分かりました、イッセー先輩。これからも絢乃さんを大切にしてくださいね」
「おう。分かってるよ。誰が敵だろうが守ってみせるさ」
「……頑張ってください」
なんだか2人で約束してます。でも、兄さんが私を守ってくれる、ですか。はああ~、なんだかそれもいいですね。私がお姫様で兄さんが私を守る騎士。兄さんは私を誰からも守ってくれるような気がする。
兄さんは真祖の吸血鬼の私の眷属ですし、絢乃曰く何かを持っているらしいですから。でも、戦うような相手がいてほしくないです。平和が一番です。それでずっと生きていきたいというのが望みです。
「小猫ちゃん、私たちは今から部室に行きます。小猫ちゃんはどうする?」
「……そうですね。私も行きます。用事はアーシアさんのところですよね。私も同居人になる人物なので気になりますから」
これで決まりました。兄さんと2人きりという状況ではなくなってちょっと残念ですけど、親友の小猫ちゃんと一緒ですから。これが友達という関係の人とだったらすぐに割り切れなかったはず。
「では、行きますよ。もうそろそろで昼です。昼前に着いて、リアス先輩たちに昼食をおごってもらいますから」
私たちを強制で入部させたんです。その代価として昼食。これくらいいいですよね。私たちは移動する。移動中、私は2人と手を繋いでいた。左に兄さん、右に小猫ちゃんという形で。
学校までの道は車が通ることは少ない。だからこうして3人並んで歩いてもあまり迷惑にはならない。それに小猫ちゃんは猫の妖怪です。私も吸血鬼なので5感は優れていますけど、蝙蝠と猫だと耳は猫のほうがいいと思う。
だから、車が来る前に察知することができる。私もちゃんと気を張っているけど、頼りになるのは小猫ちゃん。
「む、前から自転車が来ます。避けてください」
ほらね? 小猫ちゃんは頼りになります。私はたちは一列になる。すると前から自転車が来た。迷惑にならなかった。通り過ぎたら3列になる。
「そういえば、昨日言ってた吸血ってどうなったんだ? やっぱりすぐに血を吸ったほうがいいのか? だとしたら誰の血を飲めばいいんだ?」
「いえ、すぐというわけじゃなくていいです。だって兄さんはまだ血に飢えてないですよね」
「ああ、そうだな。飢えてない」
「だったら大丈夫です。もしそうなったら血は私のを吸ってください。私以外のってのはダメです。さすがに嫉妬しますよ」
「誰が飲むか! 知らない人のを飲む勇気はない」
だといいんですけどね。飲んだら兄さんの腹に穴を開けます。
「……でも絢乃さん。真祖の吸血鬼の血って飲みすぎるといけないんじゃないんですか? だから私のときも今のアーシアさんのときも拘束したんじゃないんですか?」
あれ? そうですね。私の血を飲んだら化け物になる。でも、絢音は兄さんに私の血を飲むように言っていた。まさか絢音は兄さんを化物に? いえ、そんなはずがない。絢音は兄さんを大切に思っている。
「どうなんですか?」
「…………分かんない」
「はあ~、絢乃さん、それで大変なことになったらどうするんですか?」
返す言葉もありません。こうなったらすぐに絢音に聞くしかない。意識を精神世界へと行く。
「ふわああ~、何かよう? 完全覚醒の副作用で私は眠いんだけど」
大きくあくびをする絢音。それにベッドから上半身を起こしている形。どうやらさっきまで寝ていたようだ。でも、起こしてまで聞きたいことがある。
「兄さんが私の血を飲んだらどうなるの?」
「どうなるって……ただお腹が膨れるだけだよ。吸血鬼の吸血欲というお腹がね。食事するときと変わらない。ふわああああ~~」
さっきよりも長いあくび。ちょっとは口を隠したらどうかな。女の子だからそういうとこはちゃんとしたほうがいい。
「でも私の血って飲みすぎると化物になるんでしょ。なら兄さんが飲んだら化物になるんじゃないの?」
「まあ、そうだね。でもそれは吸血鬼じゃない者が飲んだらの話。前に話したときも吸血鬼化の話だったよね。だから、あの話とは別のことになる。眠いけど説明しよう。ふわああ~」
パンッ
ベッドに入ったまま絢音が手を鳴らす。私たちの前に例の白黒板が出てきた。書くのがめんどくさかったのか、すでに何か書いてある。
「まず復習から。なんで化物になるのかから。これが今日の説明に一番重要。それはその強大な力に耐えられないから。だから化物になる。なぜその体が変化するのかもそれにある。これはまだ言ってなかったよね」
私は首を縦に振る。
「吸血鬼の血を飲んだ者は吸血鬼になるけど、正しいやり方じゃないから完全な吸血鬼になれない。その代わりに強大な力が入る。だけど、その中途半端な吸血鬼化と強大な力が体の変化に関係するんだよ。力に耐えられなかったその体は、吸血鬼の再生力のせいで体は崩壊はしない。だから、体は力に耐えられるように再生する」
さっきまで眠そうだったのにその顔は真剣だ。なんだか尊敬する。それに惚れそうだよ。
「その結果醜い姿になるのさ。そして、理性も失う。だから本当の化物というわけ。でも、飲んだ者に耐えられる体があったら?」
絢音が問いかける。それで私の頭にある答えが導かれる。それを絢音に言う。
「姿が変わらず、その強大な力が入る」
「正解♪ だけど、耐えられる器があるからできるというわけでもない。それは吸血鬼だけ。それも真祖に近い吸血鬼。つまりここでは兄さんのこと」
「なんで兄さんが真祖に近いの?」
「真祖の眷属だからさ。吸血鬼というのは眷属を作る。いくらでもね。ちょっとここで問題。その眷属が眷属を作ったらその力はどうなると思う?」
考えられるのはアニメとかであるあれ。現実でもそうなら答えはこれしかない。絢音はいつの間にか起き上がって、ベッドを椅子のように座り足を組んでいた。
「弱くなる。それも世代が増えるたびに」
眷属の代を世代という名で例えた。これで分からないなら兄さんが1世代目、その兄さんが眷属を作ったらそれを2世代目、その2世代目が眷属を作ったらそれを3世代目。こういうの意味。
「また正解。そう弱くなる。弱くなるのは力だけでなく吸血欲を抑える理性も。世代が増えるたびにその吸血鬼は眷属ではなく、アンデッドやグールなんて呼び方のほうがふさわしい存在になる」
白黒板に樹形図が書かれ、隣に人間の姿はしているけど、どこかのゾンビみたいな顔をしている吸血鬼が書かれている。涎が垂れ確かにそういう存在にふさわしい。
「じゃ、戻るけど、なぜ吸血鬼だけなのか。それは力に相性というのがあるから。吸血鬼の力、悪魔の力、天使の力、堕天使の力、妖怪の力、人間の力、エトセトラ、エトセトラ。みんなそういうのがある。小猫ちゃんみたいな存在は妖怪と悪魔の力の両方を受け入れられるけどね」
なるほど。本当にためになる。本当に知らないことはあるのって言いたくなる。絢音の顔に眠気があるのか、目がとろんとしてきた。そろそろ限界みたい。さっきまで寝ていたんだからしょうがない。
聞きたいことはもう聞いた。そろそろ絢音を寝かせてもいいだろう。私はその頭を撫でる。絢音は気持ち良さそうにする。
「ありがとうね。もう寝ていいから。おやすみ。……ちゅ」
その額にキスをする。これは愛情表現です。よく母親とかがするやつです。
「ん、おやすみ」
絢音は眠りにつく。私はきちんと絢音を寝かせ布団をかける。そして、しばらくそのまま頭を撫で続けた。そうしていると、なんだか懐かしい気分になる。絢音と私って本当にどういう関係なの?
本当に絢音は私の作り出した存在なの? 私には分からない。私の知りたい答えは全部絢音が持っているから。いつか教えてほしい。時間はまだあるけどそれでもできるだけ早く。
「ちゅっ……」
最後にまた額にキスをする。絢音のことはよく分からないけど、妹みたいだと思ってしまう。私に妹がいればこんなのかな。私は現実に戻った。
「絢乃さん?」
「ん? どうしたの?」
「いえ、ボーっとしていたので……」
どうやらちょっとしか時間は経っていないみたい。よかった。
「それより兄さんが私の血を飲んでも大丈夫。何の問題もないよ」
私のその答えに2人は疑問の顔。
「……どうしてさっきまで分からなかったのに、そういうことが分かったんですか?」
「あっ」
そうだった。ただ答えを優先していたせいで考えてなかった。これじゃ、怪しまれる。というか、現在進行形で怪しまれている。まずいです。絢音のことは言えない。絢音が自身で言うならまだしも、私の独断で言うわけにはいかない。
ここはどうにかして隠し通す。でもどうしよう。なんと言い訳すればいいのだろうか? 電波だと言いますか? いえ、それだと痛い子になる。それはちょっと嫌だ。
「い、今思い出したんです。というか、問題ないのでそれでいいじゃないですか」
「……そうですね。まあ、そういうことにします」
そうは言ったけど小猫ちゃんは私の耳元に近づき呟く。
「実は私、心当たりがあります」
それは私が驚くのに十分なものだった。