「絢乃さんはアーシアさんの吸血鬼化が納まっているか調べているんですよね? なのになんで関係ないことをしているんですか?」
ニコニコ顔なのに怖い。思わず後ずさる。
「私にはそういうことをしてくれませんでしたよね?」
小猫ちゃん、そっちが本音だよね。そう言いそうになったがなんとか押しとどめた。ただ小猫ちゃんの言うことを聞くしかない。そうして数分間説教が続いた。その大部分が私情だったが。
「分かりましたか?」
「はい」
「では、確かめてください」
「はい」
ただもう2文字でしか返答をできない。私は改めてアーシアさんを調べる。また、頬を触りたいという気持ちになる。だけど、背後にいる小猫ちゃんがそれを許さなかった。私の指が再び唇に触れた。
やっぱりやわらかい。でも、もう今はダメだ。ちゃんと調べよう。私は下唇を優しく掴み、その歯を確認する。
「どうですか?」
「大丈夫。アーシアさんはもう吸血鬼じゃないよ」
歯は元通りだ。もうその八重歯はあの独特的な歯ではない。きれいな歯だった。もう吸血鬼の独特的な衝動はない。私はアーシアさんの拘束を解除した。振り返ると小猫ちゃんは安心した顔をしていた。
やっぱりアーシアさんが心配なんですね。私はアーシアさんの頭を撫でる。きっともうすぐで目が覚めるはずだ。
「小猫ちゃん、ちょっと待ってね。兄さんを呼んでくるね」
私は兄さんを呼ぶために部室を出た。兄さんは扉のすぐ傍にいた。壁に寄りかかるように立っている。はあ~、なんだか格好いいです。見ていると私の視線に兄さんが気付いた。
「終わったか?」
「ええ、終わりました。アーシアさんの問題は終わりました」
「そういえばなんだったんだ?」
「あれ? 言いませんでしたか?」
てっきり説明していたと思ったんですけどね。
「まあ、簡単に言うと私の血を飲んだからです。私の血は一滴飲めばどんな傷も治します。だけど、代償があります。それは一時的な吸血鬼化です。兄さんもアーシアさんの傷が治ったところを見ましたよね。あれは吸血鬼の再生力です。もう言わないでも分かりますよね。今日は吸血鬼化が納まったか調べるためです」
「なるほどな。分かったよ」
兄さんは頷く。私と兄さんの距離は近づく。兄さんが私に近づいた。私たちの視線が合う。そうしているうちに体は密着した。次は顔だった。私と兄さんの唇が重なる。ただ重なるだけだが、数分間そうしていた。
「ん……はあ……はあ……はあ……はあ……」
唇が離れると互いに荒い息をしていた。体も興奮のせいか熱い。私は離れる。ただ密着していたので、身だしなみは乱れていない。もし乱れたまま部室に入ったら、小猫ちゃんに感づかれる。
そうしたらまた私情の入った長い説教がくる。あれは嫌だ。だって説教であって説教ではないから。
「ごほん。中に入りましょう。小猫ちゃんが待っています」
「そうだな。入ろうっか」
私はちょっと離れて部室に入った。小猫ちゃんはソファーで横たわっているアーシアさんの傍で座り込んで見守っていた。その小猫ちゃんと視線が合う。小猫ちゃんはなぜかむっとした顔になった。
小猫ちゃんが立ち上がり、その顔でこっちに向かって来た。なんだかさっき見たような顔だった。小猫ちゃんは私に屈むように仕草をする。私は従い屈んだ。小猫ちゃんは私の耳元に口を持ってきた。
「外でイッセー先輩といちゃつきましたね?」
それは的を射たものだった。
「なんで分かったのとか言わないでくださいね。私は猫又です。嗅覚は優れています。絢乃さんからイッセー先輩の匂いしたらいちゃついていたと分かります」
「で、でも、私はずっと兄さんといたよ。だったらそのときの匂いかもしれないよ?」
一応抵抗はする。
「実はさっき私の匂いをイッセー先輩の匂いに上書きしたんです」
小猫ちゃん、もう本当に変態の域に到達しそうだよ。
「なのに私の匂いが薄くイッセー先輩の匂いが濃くなっていました。それってそうなるまでとても密着していたってことですよね」
「ううう、もう何も言うことはないよ。さっきまでいちゃついていました」
「……このバカップル」
小猫ちゃんの痛い一言。何も言えない。その通りでございます。返す言葉もありません。
「なんの話をしているんだ?」
「……バカップル」
小猫ちゃんが訊ねてきた兄さんに私たちには痛い一言を言う。
「小猫ちゃん、そろそろ昼時だし、アーシアさんを起こしてどこかに食べにいかない?」
部室の時計はもう12時を過ぎていた。それにお腹が減った。でもリアス先輩はいないので、おごってもらう事はできない。つまり自分のお金を使うことになる。しょうがない。でも、外食できるほどのお金があったかな?
私は財布を探った。財布には千円札が3枚に小銭がちょこっとあるくらい。家には確か数万円くらいある。さらに言えば銀行には小さい頃から貯めていたお金がある。金額は教えられないけど。
「そうですね。この時間です。食べに行きましょう」
小猫ちゃんがすぐにそう答えた。
「では早く起こしましょう。でも、起こしてもいいですか? なにかあったら……」
「大丈夫。ほら、起こしてあげて」
小猫ちゃんは頷き、アーシアさんの元へ行く。そして、声をかけながら体を揺すった。アーシアさんは起きるのが嫌だというように寝返りをする。
「起きてください。アーシアさん」
声は優しいが、揺するその動作は激しい。どうやら起こすために強く揺すったみたいだ。
「あと…………5分……です」
アーシアさんの口から漏れた寝言は、漫画などである聞きなれたものだった。
「まさか本当にこんな寝言を言う奴がいるなんてな」
「そうですね。でも、兄さんもときどき言いますよ」
「俺がか? だが絢乃だって言ったことがあるぞ。しかも、前はママって言っていたしな」
兄さんの口から恥ずかしい私の過去を言われる。それもつい最近のことだから鮮明に思い出させる。顔が赤くなった私は兄さんに強く言う。
「なっ!? 蒸し返さないでください!! あ、あれは恥ずかしかったんですから!!」
私の頭に手を置かれる。また何か言おうとしたので、舌を噛みそうになった。もう少しタイミングがずれていたら、涙目になるところだった。私はむーっとした顔で兄さんを見る。
「なにするんですか。舌を噛むところでした」
「ただ頭を撫でただけだ」
私たちがプライベートに走っている間、小猫ちゃんは必死にアーシアさんを起こしていた。どうやらアーシアさんの眠りはとても深いらしい。そのため揺するのが乱暴になっている。
ついには軽くだが、頬を叩いていた。ようやくアーシアさんの手が目元をこする。そして、目を開けた。アーシアさんは頬を赤く染める。ただそれは照れや恥ずかしさから来るものではなく、小猫ちゃんから叩かれたためのものだ。
「はうう、なんだか頬が痛いです。あれ? えっと、小猫さんですよね? それに絢乃さんにそのお兄さんも。皆さんどうしたんですか?」
どうやらこの状況をよく把握できていないらしい。私もアーシアさんに近づく。そのときアーシアさんの顔が変化した。
「あ、ああ、ご、ごめんなさい。わ、私、は……絢乃さんを……!!」
その顔は後悔の顔。その言葉からは吸血鬼化したアーシアさんが私にしたことに対するものだと分かる。私はその体を抱きしめる。アーシアさんを安心させるために。
「いいの。気にしないで。傷だってないから。それにアレはアーシアさんがやりたくてやったものじゃない。吸血鬼と言う本能がそうさせたものだから」
「でも、でも!! あのときの私は意識もありました。あの感触は覚えています。そして……味も!! 私は絢乃さんの肉を美味しいと思いました!! もっと絢乃さんを食べたい、その肉一片残らず、と!! それでも気にしないでって言えるんですか!?」
自分のした行いを悔いて、アーシアさんは涙を流し激しく訴える。それでも私はその強く抱く。小猫ちゃんと兄さんはアーシアさんの告白に驚く。私から一応聞かされたとはいえ、本人からだと生々しいものがあった。
「そうだよ。私は気にしない」
「でも、許されない。みんなが許しても私は自分を許せないんです!! 絢乃さん、私はどうすればいいのでしょうか?」
私の肩にアーシアさんの頭が埋められる。私の肩は涙によってシミができる。
「それは自分で考えないと。それは自分の罪なんでしょ? なら私が答えるべきものじゃない。でも、だからといって自暴自棄になっちゃダメ」
私はアーシアさんに釘を刺す。今のアーシアはとても不安定だ。私の為だと言ってなにをするか分からない。だからそう言った。
「……分かりました」
ちゃんと納得したのか分からない。でも、今は信じるしかない。
「……アーシアさん、絢乃さんのいうとおりです」
小猫ちゃんも私に抱かれているアーシアの背を撫でた。
「自分で自分なりのやり方を見つけてください。それが答えです」
「ありがとうございます。がんばって考えます」
もうそのときにはアーシアさんの涙は止まっていた。私はアーシアさんをゆっくりと離す。
「じゃ、どこで食べる?」
私のお腹も限界だったのでそうアーシアさんに言った。アーシアさんは首をかしげて考えてう~んと唸る。とても長い。
「……すみません。まだこの町に来てから2ヶ月なので何があるのか分かりません」
アーシアさんは申し訳ないように言う。でも、来て2ヶ月ならしょうがない。よく分からないだろう。
「なら繁華街へ行きましょう。兄さんも小猫ちゃんもそれでいいですよね?」
それに2人とも頷く。決まりです。繁華街はもちろんのこと、色々と店がある。食べ終わったあとにアーシアさんの日用品を買うのもいい。そういうことを含め、繁華街にした。
私は念のためテーブルの上に書置きをする。そして、アーシアさんのことの礼も書いた。もちろん、今度会ったときにも直接礼を言うつもりだ。
「さあ、行きましょう」
私はアーシアさんと小猫ちゃんの手を取る。
「あれ? 俺は1人か?」
「す、すみません」
「まあ、いいけどな」
兄さんには本当に申し訳ないと思う。でも、今は友情を取ります。アーシアさんと私たちはまだそんなに親しくないから。やっぱり心の中では不安があるはず。そのために今は仲良くすることが大切です。
私たちは学園を出て、繁華街へと移動した。その間にはアーシアさんと楽しく話をした。兄さんは後ろでその話を聞いていた。本当にごめんなさい。
「繁華街って色々あるんですね!」
繁華街につくとすぐに、アーシアさんが声を上げた。アーシアさんは物珍しそうに周りを見回していた。
「はああ~、あんなのもあります!」
「アーシアさん、今は昼食です。後でちゃんと見に行きますから」
「あ、そうでしたね」
「それでどこにする?」
「そうですね……」
アーシアさんがあたりを見回し、飲食店を中心に見た。しばらく考えた後、私を見る。
「やっぱりよく分からないので、絢乃さんお願いします」
「分かった。じゃあ、ここにしましょう」
私はすぐに決めた。それはハンバーガーショップ。値段も安いので私たちのような学生のお財布にも優しい。アーシアさんたちは中へ入って行く。私も入る。やっぱりアーシアさんは戸惑っていた。
やっぱりここは私たちがリードしましょう。私が前に出る。アーシアさんは慣れないせいか顔を俯かせた。そして、小さくお願いしますと言った。か、可愛いです。そんなふうにされると張り切ってしまいます。
「ご注文をどうぞ」
私の意識が戻る。ちょっとアーシアさんの可愛さに酔っていた。
「えっと、これとこれとこれ。あとこれも。小猫ちゃんや兄さんはどうします?」
私はアーシアさんの分を選ぶと兄さんたちに任す。兄さんたちが注文し、店内で席を取る。私の対面に小猫ちゃんとアーシアさん。兄さんはもちろん私の隣です。その兄さんは頼んだ物を受け取るためにレジで待っている。
「絢乃さん、ありがとうございますね。私と出会ってから本当にお世話になりっぱなしです」
アーシアさんの目はキラキラだった。そ、そういえば絢音がもしかしたらアーシアさんも小猫ちゃんと同じかもって言っていました。と、とても困ります。私には婚約者がいるんですよ。
なのにそういう思いを告げられたら……。い、いえ、まだそうと決まっているわけではないです。それに好意にも色々とある。きっと友情だ。
「気にしないで。これくらい大したことないから」
そうアーシアさんに言った。チラッと小猫ちゃんを見るが、ちょっとむっとした顔をしていた。
「……アーシアさん」
ちょっと怖い顔で小猫ちゃんがアーシアさんの名を呼んだ。
「絢乃さんになにか特別な感情はないですよね?」
「特別な感情……ですか?」
「そうです。たとえば異性への想いを絢乃さんに向けているとか」
こ、小猫ちゃん? 本人が目の前にいるんだよ? そこで堂々と聞く? ちょっと恥ずかしいんです。
「い、いえ、そんな異性的な感情はないです。あ、絢乃さんとは親しい友人、親友になりたいと思って……います」
アーシアさんはなぜか頬を赤く染めて言う。しかも、やや俯きかけで。
「……そうですか。ならいいです」
「も、もしかして小猫さんって――――」
何かを感じてアーシアさんが何かを言おうとした。だが、その前に小猫ちゃんが口を開く。
「なんですか、アーシアさん?」
「ひっ、な、なにもないです」
小猫ちゃんが鋭い目をしたせいで、アーシアさんが怯えた。全く、ダメじゃないですか。私は小猫ちゃんの頭を軽く叩く。痛いというより触れたという表現が正しいくらいで叩いた。
そのせいか反省するどころか、ちょっとうれしそうにしていた。しまった!! まさかお仕置きがご褒美になるなんて!! でも、2回も叩くなんてできない。
「あ、綾乃さん、小猫さんが怖いですぅ」
「大丈夫だよ。睨んだのは図星だったからだから」
私は事実を言った。その瞬間、小猫ちゃんが机を乗り出す勢いで私に迫ってきた。その顔は真っ赤だった。
「な、なんで言っちゃうんですか!! アーシアさんは私と同居するんですよ!! これでは気まずいものになります!! どうしてくれるんですか!!」
珍しい。こんなに外で表情を表すなんて。でも、こんな必死な小猫ちゃんも可愛い。これがアーシアさんを睨んだ罰としましょう。ちょっとやりすぎかな?
「ほら落ち着いて。大丈夫」
「そ、そうです。小猫さんが絢乃さんを異性的な好意で見ていても大丈夫ですから。本当です。気にしませんよ。本当にです」
アーシアさんが小猫ちゃんをフォローするが、強調したせいでそれもほとんど意味がない。それがトドメだったかのように、小猫ちゃんがテーブルにうつ伏せに倒れこんだ。
「アーシアさんって結構やるんだね」
「えっ? どういう意味ですか?」
「気にしないでください。それより兄さん、遅いですね」
「そうですね。あの、私が見に行きましょうか?」
「大丈夫」
私はそう言った。頼んだの量は結構あった。きっとそれでだろう。私とアーシアさんは未だにうつ伏せの小猫ちゃんをそのままにして、待った。そして、ようやく兄さんが私たちの頼んだ品を持って来た。やっぱり多かったみたい。
兄さんはお盆を2つ持っていた。片手に1つずつだ。でも兄さんには全くの苦ではないのだろう。なぜなら兄さんは吸血鬼。この程度なら大丈夫です。
「すまん。待たせたな」
「いえ、大丈夫です。それより食べましょう」
「ああ。だけど……小猫ちゃんはどうしたんだ?」
「ちょっとダメージを受けただけです。気にしないでください」
「そ、そうか?」
兄さんは困惑する。アーシアさんが小猫ちゃんを起こした。それでようやく兄さんがテーブルに品を置いた。小猫ちゃんは顔を失せたまま。本当に小猫ちゃんがダメになってる。
しょうがない。この状態が続くのはダメだ。そう思い、私は小猫ちゃんのところへ移動する。そして、次はちゃんと頭を撫でた。本当はあまりしたくない。それは小猫ちゃんが嫌いだからと言うことではない。
小猫ちゃんが私に特別な感情を持っているからだ。ちゃんと無理だと言ったのに、こうしてしまえば実は私に本当は特別な感情があるんだと勘違いされる。撫でられた小猫ちゃんの顔が上がって行った。
「にゃあ~」
小猫ちゃんは甘えるような声で鳴く。そして、私の体に頬を擦りつける。やっぱり可愛い。その顔もうれしそう。
「なあ、アーシア」
「はい、なんでしょうか。えっと……ごめんなさい。なんてお呼びすればいいのでしょうか?」
「ああ、そうだったな。俺は兵藤一誠だ。知っての通り絢乃の兄だ。そして、まあ、ここで言うのは恥ずかしいが恋人だ。俺のことは気軽にイッセーと読んでくれ」
「はい。よろしくお願いします、イッセーさん!!」
むっ、向こうで2人が仲良くしています。まさかと思いますけど、兄さんを狙っているんじゃないですよね? もしそうだったら……どうしましょう?
「うにゃあ~、にゃにゃにゃん♪」
「いい子いい子」
私は小猫ちゃんの頭を撫でていた。それはほぼ無意識的に。頭の中ではアーシアさんと兄さんのこといっぱいだった。
「それでイッセーさん、なんでしょうか?」
「ああ、小猫ちゃんと絢乃は本当に親友の関係なのかなと思ってな」
「え? そうじゃないんですか? とても仲良さそうですよ」
「いや、小猫ちゃんはなにか絢乃に対して特別な感情を持っているような気がするんだ」
兄さん、それは正解です。小猫ちゃんは持ってますよ。その兄さんの言葉にアーシアさんがオドオドとしていた。兄さんと合っていた目をそらす。
「そ、そうですか? わ、私にはただの仲のいい親友同士に見えますよ」
アーシアさんの対応は、はたから見たら嘘をついているように見える。アーシアさんってきっと嘘をつけないんですね。でもなんだかアーシアさんらしいように思う。