私たちはアーシアさんの他の日用品を揃えるために家具店へと向かった。歯ブラシなどは予備がいくつかあるそうなので、買わなくてもいいようだ。そこで次は家具。小猫ちゃんの家には家具があるが、それはもちろん小猫ちゃん専用。
アーシアさんが使う家具は買わないとダメだ。お金は大丈夫。リアス先輩がアーシアさんのためのお金を用意しているからだ。それも十数万ほど。今持っているのは小猫ちゃん。一応家主だと理由で持っている。
小猫ちゃんの顔はいつもどおり無表情だった。私だったらそんな大金を持っているだけでびくびくする。顔に表れるほどに。
「買うときは小猫ちゃんに言ったほうがいいよ。同じものを買ったなんてことになったら、お金が無駄になっちゃうから」
「そうですね。お金が無駄になるのはもったいないです」
私とアーシアさんは小猫ちゃんを挟んで3人で仲良く手を繋いでいた。兄さんは…………後ろにいた。女の子の買い物なのでということで、気を使ったのかやっぱりちょっと離れている。
私たちはアーシアさんを中心に家具を見ていく。店には机や棚などが並ぶ。その中には可愛らしいものからちょっと渋いものまであった。アーシアさんが見るのはもちろん女の子らしい可愛い家具だ。
「色々ありますね。前に住んでいたところよりたくさんあります」
「こっちに着てから店とか行かなかったの?」
「はい。でも時々でしたけど、レイナーレさまと外食したことはあります」
レイナーレ、ですか。あの人は今、何をしているんでしょうか? あの人はアーシアさんのことを大事に思っていたように見える。じゃないとあんなに泣き叫ばない。レイナーレさんに会うことがあれば、アーシアさんと会わせてあげたい。
堕天使と悪魔ということは分かっているけど、レイナーレさんは種族とかじゃなくアーシアさん個人を見てくれると思っている。私と会っていきなり殺してこないといいですけど。
「レイナーレさんはアーシアさんにとってどういう存在だったの?」
「えっと、堕天使とはいえもとは天使だったので、信仰の対象でもあったんですけど、私個人としてはお姉ちゃんみたいな存在でした。私がここに来たときも優しくてくれて、お風呂も一緒に入ったりしていたんですよ」
「会いたいですか?」
「会いたいです。綾乃さんがレイナーレさまのせいで大怪我したことは分かっています。でもやっぱり私には大切な人なんです」
「そうなんだ。でも大丈夫。レイナーレさんを恨んでなんかないから」
アーシアさんと目が合う。その目はきれいな瞳だった。思わずドキッとしてしまいそうだ。
「ダメです。2人を堕天使に会わせません」
声がアーシアさんと私の間から聞こえる。視界には見えない。だが、ちょっと視線を下に移せば、心配そうな目をした小猫ちゃんと目が合う。
「堕天使と悪魔がどういう状態か分かっていますよね? いくら仲のよかったアーシアさんでも相手は堕天使です。攻撃されますよ」
「レイナーレさまはそんな人じゃありません!! ほ、他の悪魔の方に対しては分かりませんけど、私に対しては攻撃しないと思います!!」
「分かっていないのはアーシアさんのほうです。それはアーシアさんが人間だったときの話です。今のアーシアさんはなんですか? 悪魔です。部長が説明したように悪魔と堕天使と天使の3勢力は争っています。そのレイナーレという堕天使も悪魔になったアーシアさんを見れば、手のひらを返したようにアーシアさんを殺します」
「レイナーレさまのことを何も知らない小猫さんが言わないでください!!」
「言います。その堕天使はあなたを殺します」
「っ!! 小猫さんなんて――――」
「それ以上言っちゃダメだよ!」
アーシアさんが最後まで言う前に止めた。アーシアさんのきれいな瞳には涙が溜まっていた。私はアーシアさんの隣に行くために子猫ちゃんの手を離そうとするが、離してくれない。
仕方ないのでそのままアーシアさんの前まで来た。空いた手でその金髪を撫でる。
「小猫ちゃんも言い過ぎ。アーシアさんにとってレイナーレさんは大切な存在なんだよ。それにいくら堕天使と悪魔でも絶対にそうなると決まったわけじゃない。私はそう思っている」
「……分かっています。でも私はアーシアさんのことが心配なんです。アーシアさんとは長い付き合いになります。それなのにその堕天使がアーシアさんを殺してしまうのではないかと思うと怖くて……」
小猫ちゃんの顔が泣きそうな顔になる。小猫ちゃんと繋いでいた手が緩んだので、一旦離しその手で頭を撫でた。2人を慰める私は周りから見たらどう映るのだろうか? 兄さんを見ると目を逸らしてきた。
「小猫ちゃんだってこういう考えがあるの。だからアーシアさんもその場の感情でさっきの続きを言ったらダメだよ。言ったらもう仲良くなんてできないから。それは修復不可能な2人の傷になるんだから。ほら、2人とも謝って」
2人から離れる。2人はチラチラと互いの顔を見る。そして2人は顔をバッと上げる。
「「……………ごめんな痛っ!!」」
それは同時だった。勢いよく頭を下げたため、互いに頭をぶつけた。2人はその場にしゃがみこみ、両手で頭を押さえる。せっかくのいい雰囲気だったのにまさかこんなことになるなんて……。
私は呆然と立っているしかできない。もう何も言えないよ。
「く、くくく」
「兄さん! なに笑っているんですか!!」
「すまん。だが、まさかこんな場面が見られるなんて思ってもなくて、くくく」
兄さんは口に手を押さえながら笑う。
「うう、ごめんなさい、小猫さん」
「わ、私こそすみません」
でも、こっちはさっきので2人のちょっと重苦しい空気がなくなったようだ。
「それじゃ行こうか」
「「はい」」
私と2人は改めて手を繋ぐ。そして、兄さんを無視して歩き出した。笑った罰です。後ろから慌てる兄さんの足音がした。
店でいくつかの家具を買った。もちろん私たちの手で運ぶことは…………できる。だけど、荷物があると邪魔になるので、配達してもらうことになった。今日は無理なので明日着く予定だ。
今日の買い物で結構なお金が使われた。思わず不安になってしまうほどの金額。これが自分の金がだったらと思うと不安どころではない。
「小猫さん、ありがとうございます」
「いえ、別に礼はいいです。あと、必要なものはありますか?」
「あるよ」
私が割り込む。
「今日の夕飯はどうするつもり? まさかと思うけどインスタントじゃないよね?」
「そ、それはもちろんです。ちゃんと作ります」
「誰が作るのかな? 小猫ちゃんが作るの?」
「………………ア、アーシアさんに頼みます」
「アーシアさんは料理できる?」
「わ、私ですか?」
突然問われアーシアさんはおろおろとした。
「い、一応できます。でも、立派なものは作れません」
「そう。よかったね、小猫ちゃん。アーシアさんは作れるみたい。でももし作れなかったらどうしていたの?」
「……すみません。インスタントを作るつもりでした。許してください」
「はあ……しばらく私が通って夕食を作ってあげるから、朝ごはんはアーシアさんと一緒に作ってね。簡単だと思うから1人で作れるようにがんばって。アーシアさんは私と一緒に手伝ってね。あ、でも1週間後から兄さんと私も一緒に食べてもいい?」
「……いいですよ。そこまでしてもらうのですから。アーシアさんもいいですよね」
「はい。お願いします」
アーシアさんがペコリと頭を下げる。本当にいい子です。それにニコッとしていたその顔はとても美しい。異性だったら見惚れるだろう。
「確か冷蔵庫の中にはあまり入っていなかったよね。だったら次は食材を買わないとね」
「どこで買うんですか? 私も一応知っておきたいんです」
アーシアさんが聞いてきた。
「えっとダイヤーていう店。駅の近くだから小猫ちゃんの家から歩いて30分くらいかな」
「野菜以外にもあるんですか?」
「もちろん。だけど、専門店というわけでもないから、マニアックなものは置いていないよ」
「マニアック……」
「小猫ちゃんもちゃんとアーシアさんと一緒に出かけてね。まだアーシアさんはこの町に慣れていないから」
未だに落ち込んでいる小猫ちゃんに言った。小猫ちゃんは小さく頷く。
「それじゃ行こっか。ほらいつまでもそうしてないで顔を上げて」
両頬を両手で挟み、顔を上げさせた。顔はちょっと落ち込んでいるが、相変わらず可愛い。だけどこの落ち込んだ顔はダメだ。そのまま頬を引っ張った。
「にゃにしゅるんでしゅか」
「ふふふ、だっていつまでもそんな顔しているからだよ。それにしても面白い顔だね!」
両側から引っ張られた顔は本当に面白ことになっている。それに頬の柔らかさが手に伝わる。ぷにぷにして気持ちいい。思わず横に引っ張るだけではなく上や下に引っ張ってしまった。
そこで2つの視線に気づいた。兄さんとアーシアさんだ。その視線は冷たい。私はすぐに離れた。だが、それはもう遅い。ばっちり見られたのだから。
「綾乃、行くぞ」
「そうですね。綾乃さん、行きましょう」
「ちょっと2人とも! 言いたいことがあるなら言ってくださいよ!」
2人はその目のままで行こうとしていた。それを追いかけようとするが、後ろから肩を掴まれる。見れば小猫ちゃんだった。
「……お返しです」
「むにゅ」
私の頬を引っ張られた。私はただされるがままになる。私との身長に差があるため、小猫ちゃんは背伸びをし、両腕をピンと張っていた。
「くすっ」
うん、やっぱり落ち込んだときの顔も可愛いけど、こっちも可愛いね。私はその手をゆっくりと手を離させる。
「そ、それじゃ行こう」
「はい」
小猫ちゃんはそのまま微笑みながら、私の手を引き兄さんたちのもとへ行った。ダイヤーへ行く間はとても暑かった。もちろん魔法で涼んでいる。私の魔力量は膨大なため、こんなことに使ってもいざというときでも問題はない。
時々思うが私にはなぜこんな力があるのだろうか? 綾音に聞いても教えてくれない。ただの生まれつきという可能性もあったが、それを聞いたときの綾音の反応からこれは先天性のものではなく、後天性のものだと分かった。
だとしたらなぜこの力が私に? そういう疑問が頭に浮かぶ。だが、その答えを自力で求めようとしても、無理だ。私の疑問はすべて綾音が持っている。
「ん? ……綾乃さんの体、いえ、周りがひんやりとしています。なにかしてますか?」
「私もそう感じます」
手を繋いでいる2人は私が魔法を使っていることに気づいた。ばれてしまったらしょうがない。私は2人の体に魔法を使い、私と同じようにする。
「あれ? なんだか涼しくなりました。小猫さんはどうですか?」
「そうですね。私もです。綾乃さん、何かしましたか?」
「ちょっと魔法でね。涼しいでしょ?」
私を含めた3人に魔法を使うのはちょっと疲れる。
「……はい。でもさっきから1人だけで涼んでいたんですね」
ジト目で私を見る小猫ちゃん。アーシアさんは苦笑いで話に入ろうとしない。
「ご、ごめんなさい。でも、私の力だし別にいいよねって思って……。それに最終的にはこうやって涼しくしたんだからいいよね?」
「まあ、そうですね。こうしてくれたのでもういいです。でも、せめて私にも言ってください。暑いのは苦手なんです」
小猫ちゃんは汗で張り付いた服を引っ張る。そこから覗く素肌が色香を感じさせた。幼いながらもやはり女性なのだ。同じ女性である私もそう感じた。
その間に私たちはダイヤーに着いた。店内は客で溢れていた。今日が休みということもあるのだろう。このままでは迷子にもなりえるので、私たちはアーシアさんを真ん中にし、手を繋ぐ。そして、空いたもう1つの手で兄さんと手を繋いだ。
「は~、兄さんの手はやっぱり大きいですね」
「何を言っているんだ? 当たり前だろう。それにいつも繋いでいるだろう」
「そうですけど、さっきまで2人と繋いでいたんですよ。小さな手の感触に慣れていたら、改めて大きいなと感じるんです」
「なるほどな。それは分かるな」
「む。それはどういう意味ですか?」
顔をむっとさせ、隣の兄さんを見た。
「いや、慣れているもの以外を使って、改めて慣れているものを使うといいものだなと思うことだが……」
「あ、ああ、なるほど。そういうことでしたか。てっきり私は……」
「てっきりなんだ?」
「い、いえなんでもないです」
「いや、なんでもないようには見えないぞ。顔が赤いようだし」
てっきり私は他の女性とその感触なれるほど触っていたかと思った。だが、それを言うのは恥ずかしかった。
「そ、それよりさっき話したとおり、今日からしばらく私は小猫ちゃんの夕飯を作らないといけないんです。お母さんに食べるときには帰ると伝えてください」
「分かっているよ。それにしてもお前は本当に優しいな」
「いえ、優しくないですよ。ただ相手が親友だから優しいだけで、他の人には優しくありません」
「それでいいさ。俺だったそうだからな。それに他の人まで優しくなんて難しい」
「ありがとうございます。……ちゅ」
思わずキスをした。唇ではなかったがキスだ。なぜしたのだろうか? 私ってこんなにどこでもこうする子だったっけ? ここは店の中。その中でキスをした。それに気づいたときには私はその場から駆け出していた。
「綾乃っ!?」
「綾乃さん!?」
「……まったく」
兄さん、アーシアさんは驚き、小猫ちゃんは私の行動の理由を悟る。その3人はただ呆然と立っているしかできなかった。いや、小猫ちゃんはもとからその気はないように見えた。ただ呆れているだけだ。
私は一人になり3人のもとへ帰りたくても帰れない状態になっている。もちろん私が逃げ出したからだ。仕方ないのですぐ近くにある食品売り場で買い物をすることにした。それはダイヤーに来た目的は食品を買うことだからだ。
だから3人もここに来るはず。会ってその場の流れに合わせれば、うまく合流できるはずだから。少々甘い考えだが仕方ない。
「あれ? と、届かない。んしょっと。うう~ただのジャンプじゃ届かないよ」
棚の一番上にあるものを取ろうとしたのだが、高さに差がありそれは無理だった。飛べは簡単なのだけれども、周りには人がいる。もし見られたら厄介なことになることは確実だ。
「ほらよ」
私の目の前に私が取りたかったものが差し出される。取った人物を見ればちょっと怖そうな男性だった。2、30代だろうか? でも、外国の人みたいだからちょっと分からない。見た目はイケメンだけど、ちょっとワルイ感じなので、木場先輩の逆のイケメンだろう。
でも、私には兄さんがいるので惚れたりなんてしない。だけど、かっこいいとは思う。それはただの感想なので、浮気ではない。
「これが取りたかったんだろう?」
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ。礼なら俺と夕食に行かないか?」
「えっ!? す、すみませんが私には彼氏がいるので、無理です」
「そうか。それは残念だ」
そうは言っているが、まったく残念そうではない。むしろ笑っている。からかっていたのだろうか? いい人なのだろうけど、ちょっと油断できない人だ。
「んじゃ、俺はこれで。また会えることを願っているよ」
ただ一言。それだけを言い残し、去って行った。個人的にはもう会いたくない。なんかやばそうな感じがしたからだ。絶対に人間じゃないよね。悪魔? 堕天使? 天使? 妖怪? 分からないけどそういう類の存在のような気がする。
???side
綾乃に親切に商品棚の一番上にあったものを取った男性は、さっきの少女、綾乃に興味を持っていた。魔王には及ばないながらもかなりの力を持つ少女。それは彼にとって危険なる可能性があるものだったが、戦いに興味をあまり持たない彼にはどうでもよかった。
あったのは彼女がこれからどうするのかということだ。その強力な力をこれからどうするのか? それに興味を持っていた。それは研究対象とも言えるだろう。
「しかしあんな美人だったとはな。しかも彼氏持ちとは。全く俺がもらいたかったぜ」
最初は美人さんがいたなと思っただけだったが、よく観察すると力があることに気づいた。それからはストーカではないが、しばらく尾行していた。そして、運がよく接触する機会が訪れたのだ。
「アザゼル、いつまで待たせるんだ」
「おっと、すまねえ。ちょいと面白い奴を見つけたんでな。ちょっと観察していたんだ」
アザゼルと話すのはまだ青年と呼べるくらいの銀髪の男性だった。彼は堕天使の総督であるアザゼルと親しい関係のように見える。どういう関係かは分からない。
「ほう、アザゼルがそこまで言うとは……。ぜひとも会ってみたいものだ。いや、今から会おうか」
「止めろ。そいつは戦いには向いていない」
綾乃のことを彼女と呼ばないのは、銀髪の青年に綾乃の情報を与えないためだ。与えれば彼は綾乃のもとへと行き、彼女と戦おうとするだろう。彼は強い相手との戦闘が大好きなのだ。三度の飯より戦闘というほどに。
「ならそいつのどこに興味を持ったんだ?」
「くくく、そいつはお前には分からんよ、ヴァーリ」
アザゼルは彼の名前を言う。ヴァーリ、それが彼の名前だった。
「まあいい。俺が興味を持つのは強い相手だけだからな」
ヴァーリは興味をなくす。
「それで飲み物はどうした?」
「あ、しまった」
アザゼルはつい綾乃の観察に夢中になっており、ここに来た目的を忘れていた。彼もまた三度の飯より研究というほどの研究好きの男だった。