兄さんの謎の魔力操作についてはもう聞かない。いつか教えてくれると信じているから。でも気になるのは事実だ。兄さんはついこの間まで何も知らない一般人だった。それがわずかな時間でこんな風に魔力を扱えることになるなんてありえない。
私の予想では誰かが兄さんに魔力の扱いを教えているはずだ。それはリアス先輩たちかそれ以外の人たちか。まあ兄さんが強くなってくれる分にはまったく問題ない。兄さんも私と同じ時間を生きるのだ。
悪魔側となった今、いつか悪魔や堕天使や天使の争いに巻き込まれるかもしれない。そのときに兄さんが無力だと兄さんは死ぬ。私がいつも兄さんといるというわけでもない。いつでも傍に居たいが無理なのだ。
だから兄さんには力をつけてもらいたい。私が魔力の使い方を教えてもいいが、実はこれに関しては教えられない。なぜなら自分は一から魔力や魔法の扱いを学んだわけではないから。
誰かから教えてもらって学んだのなら、その教え方を利用して兄さんに分かりやすく教えることができた。しかし、本能と同じような感覚で魔法を使っているため教えられない。
きっと私にとっては魔法を使うことは人とは話したり歩いたりするような日常的行動と同じなのだろう。私はそう考えながら乱れた布団を整えた。
「さてと……私は風呂に入りますけど、兄さんも入ります?」
「入るわけないだろう。昨日のことを忘れたか? 危うくばれるとこだったじゃないか。そういうのは二人きりのときだけだ」
「あっ……二人きりだったら入ってもいいんですね」
絶対に入らないと言うかと思ったのに、そういわれるとは思わなかった。ふふふ、やっぱり兄さんも男ですね。でももし嫌だなんて言われたらそれはそれでショックでしたけど。
「それじゃ一階に行くか」
「そうですね。それで今日は何をします?」
「そうだな……。逆に聞くが何をしたい?」
聞かれて私は悩む。今のところしたいことはない。
「ない……ですね」
「そっか。ならとりあえず飯を食ってから考えるか。ならお前はさっさと風呂に入って来いよ。来るまで食べるのは待ってやるか」
「はい! 二十分で終わらせます!」
「二十分で終わるのか? いつも四十分以上かかるだろう」
「それはちゃんと湯に浸かっているからです。風呂に入らずシャワーだけで本気を出せば余裕ですから」
「そうか。まあお前がそれでいいならいいが……」
兄さんが私のために待ってくれているというのに、のんびり湯に浸かったりなんてできません! 丁寧かつ素早く体を洗います。全部気合いですよ!
「兄さん、一緒に一階まで行きましょう」
「分かったよ」
兄さんと腕を組み部屋を出た。廊下を歩き階段を降りる。するとリビングに続く一階の廊下に見慣れないものがあった。それはいくつもある。茶色く四角いもの。それはダンボールだ。そのダンボールには『引越しのセカイ』と書いてあった。
それとともに可愛らしく書かれた熊。それを見た瞬間、腕を組む腕に力が入った。そのダンボールの意味するところはただ一つ。お母さんたちの引越しだ。聞いたときも悲しかったが、こうやってダンボールがあるとまた悲しくなってくる。
もう……一緒に暮らすことはないかもしれない。それがやっぱり嫌だ。私とお母さんやお父さんとは血は繋がってはいないが、全くの他人であった私をここまで育ててきてくれた人たち。
そんなお母さんたちとは本当は離れたくない。本当は一緒に行くか、ここにいてほしい。悲しみが私の視界がぼやけさせる。頬を伝う涙。声も出さず私は泣く。そんな私の頭に手を置かれた。腕を組んだ状態から兄さんを見上げる。
「悲しいだろうが、仕方ないんだ。それにもう一生会えないというわけでもない」
「でも……いつも身近だったのにいきなり遠くに行って好きなときに会えないんですよ。無理ですよ。仕方ないで割り切れません」
「大人になったらみんな親と離れる」
「これは違います! そういう場合は自分の意思でタイミングで離れますけど、これはいきなりじゃないですか!」
「世の中はこういう理不尽なところがいっぱいだぞ」
「でもこれは家庭です!」
「その家庭は今、会社の指示によってこうなっているんだ」
「…………っ」
兄さんの言葉に何も言えない。
「……兄さんは厳しいですね。妹であり恋人でもあり婚約者でもある私を慰めるんじゃなく、そう言うんですから」
「当たり前だろう。慰めるだけの人間は相手を堕落させるだけだ。こう言うのはお前のためでもあるんだからな」
怒らず優しいのと怒り厳しいのとではどちらが人のためであるだろうか。やっぱり怒って厳しいほうがいいだろう。それに怒らず優しいのは愛ではない。相手をどうでもいいと思っている。逆に怒るのはその人のためだから、それには愛がある。
兄さんは私のために言ってくれている。それには愛があると思うと心が温かくなった。やっぱりこの人を好きになってよかった。そして兄でよかった。
「あと……この話に関係ないんだが、強く腕を組んだせいでおっぱいが俺の腕にふれているんだが」
「!!」
いつもはわざと当てていたが、今回は素だったので恥ずかしくなり顔を真っ赤になった。兄さんはもう慣れたのかいつもどおりの顔だった。顔を俯かせてゆっくりと力を緩めた。
するとなぜか兄さんが驚いていた。えっ? なんで兄さんが驚くんですか? どこにも驚く要素はありませんでしたよね? 兄さんは心配する顔になる。
「ちょっと熱でもあるんじゃないのか?」
「えっ!? なぜですか!?」
「いや、いつもは微笑んでおっぱいを押し付けたままだろう」
「そ、それは……」
「やっぱり熱があるんじゃないのか?」
「!!」
もう片方の手で額に手を当てられた。それでまた体が熱くなってくる。汗で濡れたパジャマはそんな体を冷たく感じさせる。
「やっぱり熱いな。ベッドに戻って寝ていろ。飯は俺が運ぶし体も拭くから」
「いや、待ってください! 体が熱いのはそういうのではないですから! ただ恥ずかしかっただけですから!」
「ん? なんで恥ずかしかったんだ?」
「だっていつも自分の意思でしたから。でも今回は素だったので……」
「ほう、それはいいことを聞いたな。素だと恥ずかしいのか」
「はっ!?」
しまった! まさか自分から言ってしまうなんて! そんな私の反応に兄さんはにやにやと笑う。うう、これを弱みにされるのでしょうか? そして、それを利用して私をめちゃくちゃにするのでしょうか?
その弱みで私は何の抵抗もできずに兄さんの好きなようにされる。どんなことにも私は受け入れるしかない。う、うん。そ、それはそれでいいですね。世の中にはそういうカップルのいます。もちろんのこと、私は兄さんにだけですけど。
他人にされるなんて吐き気がします。思わず不殺主義ではなくなるかもしれない。
「おい、なんか変な妄想をしていないか?」
「し、してませんよ! これを弱みにして兄さんが私をめちゃくちゃにするなんて妄想はしてませんから!!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………はっ!?」
なんでこんなお決まりをやってしまったのだろうか? いつもこういうことはやらないのに。やっぱり恥ずかしさのせいでおかしくなっているのだろう。
「……なんだかエロくなったな」
「い、言わないでください! これも全部兄さんのせいなんですから!」
「なんで俺のせい?」
「だってだって兄さんのことが好きすぎるからですよ!! 私は兄さんに満足してもらえることがうれしいんですから!!」
「……そういわれるとうれしいな。だが、そんなふうにめちゃくちゃにはしないぞ。というか、そもそもこれは弱みにならないだろう。この程度で弱みになるのならもっとあるぞ」
「え!? ほかにもあるんですか!?」
初耳ですよ!! いや、気づいていないだけかもしれないけど、それでも日頃から気をつけているつもりだ。だからそういうことは少ないと思っていたのにたくさんあるなんて……。
それはちょっとショックだ。でも、ずっと小さい頃から過ごしていて、これからは結婚して夫婦になるのだ。そういう恥ずかしいことを互いに知っていたほうがいいかもしれない。
うん、そうですね! そういうことを知られても、相手は兄さんです。他人だけど他人じゃない。他人なら口封じしないとダメだ。絶対に想像したくないことをされる。この体を好きにしてもいいのは兄さんだけであり、ほかの人はダメだ。
でも……その相手が小猫ちゃんだったら? 小猫ちゃんは親友で、私のことが好きだ。その思いは知っている。私はそれを拒否できるだろうか? 今はできると断言できるけど、実際にそうなれば迷うだろう。
私も小猫ちゃんとの関係を望んでいるというわけではないが、小猫ちゃんとはずっと仲良くしていたのだ。親友関係が壊れるくらいなら受け入れてしまうかもしれない。もう親友がいなくなるのは嫌だ。
もう? なぜもう? 私に親友は小猫ちゃんと幼馴染であるあの子だけだ。どちらもいなくなっていない。なぜだろう。頭の中で何かが引っかかる。だけど思い出せない。もどかしい。その答えは近いようで遠いようだ。そう考えているとき、
「ちょっとイッセー、綾乃? 何騒いでいるの? そんなところで騒いでないで早く朝食を食べてしまいなさい」
突然リビングの扉からお母さんが顔を出してきた。それをいち早く察知した私は、兄さんからすばやく離れていた。いくらお母さんでも兄さんとくっついているところを見られるのは恥ずかしい。いや、身内だから恥ずかしいのだ。
「ああ、分かった」
「分かりました」
返事をするとお母さんはリビングへと戻っていく。その瞬間、お母さんの顔には仲がいいわねというような顔だった。うん、どうやらばれていたみたいだ。今、とても恥ずかしい。
まったくまだ朝なのにどうしてこんなに体が熱くなったり、顔が赤くなるのだろう。今日だけで数回はあった。さすがに午後はないですよね? じゃないと私が持ちませんよ。
「で、もう食べるという雰囲気になったが、風呂はどうするんだ?」
「……あとで入ります」
「そうだな」
◆ ◆ ◆
朝食を食べ終わり、風呂から上がった後は兄さんとゆっくりとしていた。兄さんはベッドに寝そべり漫画を読む。ちょっと昔の人気だった漫画だ。私はその隣に寝そべる。こうやってだらだらと過ごすのもまたいい。
私はうとうとして兄さんの肩に寄りかかる。兄さんはそれを気にせずに漫画を読んだ。うう、眠い。やっぱりまだ覚醒の副作用があるみたい。早くなくなってほしいな。このままじゃ明日の授業に支障がでるよ。
まあ、私の学力はすでに大学生レベル。寝ていても問題はない。だけど、だからといって授業中に寝るわけにもいかない。
「眠いのか?」
「ただの副作用です」
「薬のか?」
「何の薬ですか! ただの覚醒の副作用ですよ」
「覚醒?」
「はい。私の覚醒は兄さんが死にかけたときとアーシアさんが死んだときの二回です。最初の覚醒は人間を止めて吸血鬼になるための。最後は完全覚醒です」
「どう違うんだ?」
兄さんは読んでいた漫画を閉じ、私と向き合うような形になる。兄さんは私の手と重ねる。
「えっと、完全覚醒前のときは自由自在に魔法を使えなかったんです。兄さんは私が家に帰らなかったときを覚えていますよね?」
「ああ、ついこの間のことだからな」
「実はアレ、魔法を無理やりに扱ったため体にダメージを受けてずっと眠っていたんです」
「なっ!! 大丈夫だったのか!?」
兄さんが驚き私の肩を掴む。少し痛いが心配されたということがうれしかった。それは私を愛してくれている証拠だから。私は幸せだ。私は肩に置かれた手に自分の手を重ねる。
「見ての通りですよ。大丈夫……でしたよ」
「おい、その間は何だ?」
「いえ、そういえば大怪我をしたなと思い出して」
「まさかあの血まみれだったときのか?」
「あはは、そうです。本当なら無傷だったんですけど、体がうまく動かないのときに襲われたので大怪我しちゃいました」
「この馬鹿!!」
「す、すみません。でも兄さんに会いたくて……」
「放課後でもよかっただろう!」
「でも私からしたら一ヶ月も会ってなかったんですよ!! 好きな人とそんなに会えないなんて耐えられなかったんです!! でも……もうしません。兄さんにあえなかったら意味がないですから」
「ああ、そうしてくれ。お前が傷つくのはみたくない。じゃないとなんのために俺が…………」
「なんです?」
「いや、なんでもない」
兄さんは上半身を起こし、私と視線をはずした。やっぱり兄さんは怪しい。とてつもなく怪しい。昨日の夜は勝手にいなくなったし、魔力が静かだし、綾音が言っていた何かを持っているというのもある。
昨日の夜のことと魔力のことはいいとして、気になるのは兄さんは何を持っているのかということだ。綾音曰く顕現させるものらしいから、兄さんに頼むしか出せない。それはもちろん兄さんが出し方を知っているということが前提だが。
私は兄さんがその何かで私を傷つけるという可能性は考えていない。自分で言うのは恥ずかしいが、兄さんは私を愛してくれているから。
だから傷つけないと信じている。とにかく、その何かを私は知りたい。今なら聞けるかもしれない。知っていたらの話だけど。
「あ、あのっ!」
「なあ、一ヶ月ってどういう意味だ? 確か数日だっただろう?」
「えっ、そ、そうですね。それも説明します」
私が話しかけたのに兄さんの話が優先された。兄さんはそれに気づいていない。これじゃ聞けないじゃないですか。まあ、別に今すぐというものではないのですが……。私は自分の腕を枕にして兄さんを見た。
「前に小猫ちゃんといたときにテレパシーとか話していましたよね? 実はそれが関係しているんです。もう簡単に言ってしまうと私の中にはもう一人の私がいるんです」
「もう一人の……綾乃?」
「そうです。名前は綾音です。あの子がいうにはあの子は防衛用の人格だそうです。例えば戦闘中に私が気絶したときに、あの子が変わりに出てきてその敵を排除するそうです」
「排除っていうと……殺すのか?」
「そうですね。殺します。あの子は私と違ってあの子が大事に思っている相手以外はどうでもいいみたいですから。きっと虫を殺す感覚で殺してきますよ」
綾音は最低かのように見えますが、私はそうは思わない。テレビの殺人事件のニュースがあるとき、みんなはどう思うかな? 殺された人に対して悲しむ? 殺人者に対して怒る? それとも異常者ごとく喜ぶのかな?
だけど実際はそう思ったりはしない。ただへーそういう事件があったんだとしか思わない。みんなそうだ。しかし、身内だったら? 身内が殺されたときは悲しみ怒る。だから綾音は大事な人以外はどうでもいいのだ。
そのほかの人たちを虫程度しか思わないほど。まあ、ちょっと極端すぎる気がするが。私は綾音の考えを否定しない。それにそういう考えは人それぞれでもある。
「だ、大丈夫なのか? その子は。聞いただけじゃ危ない子のようだが」
「大丈夫ですよ。大事に思っている相手だけには優しいですから。………………………たぶん」
「その、大事に思っている相手だけって何人いるんだ?」
小さく呟いたが兄さんは気づかなかったようだ。私は綾音が私以外の人と話すところなんて小猫ちゃん以外見たことがない。それにそのときもあまり会話とは言えなかったし。
だから小さく付け加えたのだ。もし優しくなくてもそれは聞いていなかった兄さんが悪いんです。ええ、兄さんが悪いんですよ。ちゃんとたぶんって言ったから。
「お母さんとお父さんと小猫ちゃんと私と兄さんです。あとたぶんアーシアさんもですね。まあ、主に私が大事だと思っている人です」
「俺も含まれているのか」
「ええ、さっき言ったように私が大事だと思っている人ですから」
私は体を起こし、髪を後ろのほうへと流す。そのまま兄さんと向き合う。互いにまだパジャマだった。兄さんはボタンを上から二つまではずしている。そこからは筋肉に覆われた硬い筋肉が覗いていた。
私は兄さんと目を合わせながらチラチラと見てしまう。別に私は筋肉フェチじゃないですけどね。でもつい見てしまうのだ。もしかしたら兄さんも今の私のように見ていたのかもしれない。なんだか男の気持ちが分かったような気がする。
そして私のは着替えたばかりの新しいパジャマだ。汗でベタベタしたパジャマは気持ち悪い。しかし、新しいパジャマは肌と服をべたつかせず、気持ちがいい。
私は目を細め口が弧を描き微笑んだ。その笑みはまるで綾音の笑みだった。それはともて美しく不気味な笑み。
「綾音に会ってみますか?」
「会えるのか?」
「ええ、綾音は私の中にいるので私の体を使いますけどね。どうしますか?」
「会ってみたいが、怖いな」
「優しいですよ」
安心させるために言うが、兄さんは首を横に振った。そうじゃない。そういうことじゃないんだ、と。
「俺が怖いのは綾乃とその綾音という子の見分けがつくかということだ。見た目は同じだが中身が違う。それで綾乃と同じような仕草をされたら俺は見分けが付くのか分からない。俺はお前のことが好きだ。だから怖いんだよ、間違えることが」
兄さんの顔は真剣な顔だ。でも分かる。兄さんに言われて分かった。兄さんが私と綾音の区別が付くのかということに。私と綾音に会った人は私の記憶の中では一人。小猫ちゃんだけだったが、その小猫ちゃんは見分けがついていた。
私と小猫ちゃんは出会って一ヶ月とちょっとだ。だからおそらく時間は関係ない。小猫ちゃんが見分けが付いたのは雰囲気らしい。でも、その雰囲気とはなんだろうか? 私と綾音が変わったとき、あのときはリアス先輩たちがいた。
それでいて気づいたのが小猫ちゃんだけ。そうなると雰囲気とはなにか分からないのだ。ならその雰囲気とは私と仲がいいものだけが感じ取れるものなのか。だとしたら、兄さんは気づく。
私と兄さんは恋人ではあるが、それよりも兄妹だった時間のほうが多く、兄妹とは恋人よりも親密度は高い。もしも雰囲気を見分けるには仲がいいなどの互いの関係性を表すものだとしたら、兄さんは私と綾音の見分けが付くはずだ。
でも、もし兄さんが見分けることができなかったら? 例えば綾音が悪ふざけで私と入れ替わり、それに兄さんは気づかずに接する。それも仲良く。私はどうなってしまうのだろうか。いくら綾音とはいえ、
私は綾音を怨むかもしれない。兄さんを奪ったと思って。