いくら綾音でも兄さんを奪うことは許されない。そう奪うことは。私は兄さんを見つめる。
「私も怖いです。兄さんが私と綾音と見分けられるのかが。だから、見分けてください、私と綾音を」
まるで連れ去られる姫の勇者へ向けた、助けに来ることを信じてるよの言葉のようだ。私がお姫様で兄さんが勇者。それは悪くない。でも、今は違う。助けではなくて見分けてほしい。
どうしてこんなことになったのだろうか。綾音が身体のある双子であったらこんなに悩まなかっただろう。でも、見た目が同じで中身が違うなんて見分けるのは難しい。
私は微笑み、意識を精神世界へと向けるために目を瞑った。私の意識はどんどん沈んでいった。
◆ ◆ ◆
俺は見ていた。目が瞑る綾乃の姿を。それを見ている間、俺の心の中では怖かった。だって自分が好きな相手を見分けられなかったら、それは相手にも自分にもつらいことだからだ。
やはり会ってみたいと言わなければよかったのではと思ってしまう。別に会わなかったからといって何かあるというわけでもない。会えば得るものはあるだろうが、こんなに恐れるのならそんなものはいらない。
でも、そうは思ってももう遅い。すでに綾乃は綾音を呼んだ。あとは見分けられるのかを心配するだけだ。俺は見分けられるのだろうか。見分けたい。自然と見分けたい。そう、注意深くではなく、普通に一瞬見ただけで見分けたい。
でないと俺の中では見分けたことにはならない。もしかしたらすぐには無理かもしれないが、ここで見分けて少しずつすぐに見分けたい。
「はう……」
「どうした?」
目を開けなぜかしゅんとなっている綾音に声をかけた。
「すみません。綾音に拒否されました。そして、なぜか怒られました」
「ふーん、そうか。なら仕方ないな」
「あれ? いいんですか? 綾音に会いたいんじゃなかったんですか?」
「まあな。代わりにだんだんと分かってきたからな」
「はい? 何がですか?」
綾乃は首を傾げる。俺の内心は色々と安心していた。そして、思わず声を出さずに笑った。全く綾乃はおもしろいな。何を考えているのかは知らないが、面白そうだから乗ってやるよ。
それが正しいのかは分からないが。しかし、でもいつもみたいにしていいのか?
「もう! なんで笑っているんですか! せっかく兄さんに綾音と会ってもらおうと思っていたのに!」
「いや、俺が綾乃と綾音を見分けられないのではと心配していたからな。だから心配がなくなってほっとしているんだよ」
「そう……ですか」
綾乃は悲しそうな顔をした。俺はその頭に手を乗せ思いっきり撫でた。ついさっき風呂に入ったばかりなので髪はさらさらとしていた。だが、そのせいか綾乃の髪は乱れた。
「な、なにするんですか!! 髪が乱れました!! 私がブラシで丁寧にしていることを知っているでしょう!! 結構手間がかかっているんですよ!!」
「ははは、面白いことを言うな」
「どこがです!! まじめなことしか言ってませんよ!!」
怒っているようだが俺の手を止めようとも払おうともしなかった。だが、一瞬殺気な様なものを感じた。まさかとは思うが……いや、勘違いだな。うん、そうだ。俺は綾乃の
だが、綾乃は顔を伏せて目を合わせようとはしない。どうやら恥ずかしいようだ。俺は右手を綾乃の腰に回し抱き寄せる。その衝撃で顔が上げられた。
「ひゃっ」
「ん? どうしたんだ?」
「か、顔が近いです」
「いやなのか?」
「い、いやじゃないですけど、恥ずかしいです……」
綾乃は目をそらす。だが俺は顔をわざと近づけた。綾乃は顔を伏せて視線が合わないようにした。ふむ、こういう反応もいいものだな。思わずいじめたくなる。だがさっきから殺気がするような気がするんだ。
本当に気のせいだと思いたい。でも気のせいじゃなかったら俺、大丈夫かな?
「それで腰に回した手をいつ放してくれるんですか?」
「俺が飽きるまで」
「なんだか兄さんがエッチになってきたような気がします。勘違いですか?」
「いや、今朝子どもがほしいと言ったお前には言われたくはないぞ」
「あ、あれは生理現象と同じですから!!」
「その前にも店の中で……」
「あれも同じようなものです!!」
「いや、絶対に違うだろう。どう見ても自分の意思で、ていう感じだったぞ」
話の流れからして自分の意思でキスをしてきた。それはあの場にいた小猫ちゃんやアーシアさえも分かることだ。ほかの人に聞いてもそうだと答えるだろう。
「兄さんは私をいじめたいんですか? 私、そろそろ泣きますよ」
その目には本当に涙が溜まっていた。綾乃は胸の前で両手を握るように置き、その涙で潤んだ目で俺を見る。その姿がとても可愛く見える。いや、実際に可愛い。もしかしてわざとやっているのかと思わせるものだ。
もしもこれを他の男の前でやったならば、その男は理性を失って襲ってしまうだろう。それだけの攻撃力がその姿にはあった。絶対にほかの男の前ではやらないでほしい。襲うのは俺だけだからな。
俺も男だ。襲ってしまうのは仕方ない。俺は男だからエッチでいいからな。
「なんだか兄さんが私を襲ってきそうで怖いです……」
「安心しろ。一生襲わないから」
「え!? もう一生襲わないんですか!? ま、まさか私の体じゃダメなんですか!? まだ一回だけじゃないですか!! 処女じゃなくなったからもう用無しということですか!! ひどいですよ!! 私は兄さんのことを愛しているのに!!」
「ちょっと落ち着け。そこまで言っていないだろう。とにかくお前を襲わない」
「……どういうことです?」
綾乃は顔から表情を消し、言ってきた。だが、俺はそれに答えるつもりはない。まだ今は。
「そんなことよりも今日はどこかへ行こうか」
「誤魔化してません? こっちは真剣なんですよ」
「そうかもな。それで今すぐ出かけようか」
「もう! ……それでどこへ行くんですか?」
綾乃もあきらめたのかそう聞いてきた。どこへ行こうか? 昨日も色々と行ったからな。行くところなんて俺たちの金では限られている。いや、そういえば俺は人間ではなくなったんだったな。
なら本気で走ればどこへでも行ける気がする。だがだからといってこの暑くなってきている日に走りたくはない。だって俺たち吸血鬼だぜ。日の光に自分から当たりに行くとか普通なら自殺行為だろう。
でも、漫画のような日の光を浴びても灰にならないのはよかった。まあ、灰にはならないけど、体がだるくなるが。
「そうだな、昨日と同じ繁華街でいいか?」
「はい」
「なら着替えてすぐにでも行こうか」
「ちょっと待ってください。この髪はどうするんですか?」
綾乃が指差す髪はまだ乱れたままだった。綾乃はぷくーっと頬を膨らませ俺を見る。これはわざとなのだろうか。全く怖くない。俺は部屋にあるブラシを手に取る。綾乃はベッドの上で女の子座りで俺に背を向けた。
俺はベッドに腰掛け、そのまま動かない。すると、顔だけをこっちへと向けてくる。頬を膨らませたまま俺を睨んでくる。つまりこれは俺に髪をとかせということだろう。だろうな。
俺はブラシを綾乃の頭のてっぺんからすっと下へと流した。腰まで髪はすんなりと何の抵抗もなく流れる。髪は乱れてもその程度では髪は絡まらないようだ。俺は何度かやったがいつもこうだった。
女の子は髪が命という。他の女子は知らないが、綾乃は髪の手入れにはいつも丁寧だった。
「綺麗な髪だな」
「当たり前です。毎日私が丁寧にやっているんですから」
「………………嘘つけ」
「何か言いました?」
「いや」
俺は続ける。大分直ってきたんじゃないのか? 髪は綺麗に流れていた。乱れはなくなっている。
「終わったぞ。どうだ?」
そう伝え綾乃は鏡を手に取り、鏡に映る自分の姿を見た。
「はい、いいですね」
満足した綾乃は鏡を置き背にいる俺へともたれかかった。俺の胸に綾乃のぬくもりが伝わる。それとともにシャンプーの匂いもした。まったくなんで女の子ってこうなんだろうか?
俺みたいな紳士でなかったら無理やり襲ってしまうじゃないか。もちろん襲うのは綾乃だけだがな。それ以外の人物は襲わない。
「ちょっと聞いてもらっていいですか?」
綾乃が突然言ってきた。
「なんだ? また相談か」
「まあ……そうですね。実はとても重要な話です」
とても真剣だ。重要な話。思い当たるのはやはり父さんたちのことだ。俺たちと父さんたちとの時間は今も刻々と少なくなっていく。親と離れることはやはり寂しいものだ。だが、俺は泣き言は言わない。
俺は綾乃の兄だ。兄である俺が妹に心配をかけるわけがいかない。兄は妹を守る。これもそれだ。俺の心も綾乃の話に準備をする。
「じ、実は……生理が来ないんです」
「…………………………………………………………………………えっ?」
思わず耳を疑った。今、彼女は何を言った? セイリガコナイ? は、はは、どうやら聞き間違いをしたようだ。まったく俺は歳をとった爺さんか? 吸血鬼になって俺の五感は鋭くなったはずだ。
どうやら調子が悪いようだ。なら聞きなおすしかないな。ちゃんと聞かないとな。
「すまない。よく聞こえなかった」
「すみません、声が小さかったですね。生理が来ないんです」
「そうか。それでどこへ行くんだ?」
「生理が来ないんです」
「そうだな、やっぱり繁華街でいいか? とりあえずいいよな?」
「生理が来ないんです」
「今日は暑い。気をつけろよ」
「生理が来ないんです」
「でもだからといって露出の高い服は着るなよ」
「生理が来ないんです」
「着るなとは言わない。だがな、綾乃の兄である俺はその体で男を誘うような服を着せるわけにはいかないんだ」
「生理が来ないんです」
「だから」
「生理が来ないんです」
「だか」
「生理が来ないんです」
「だ」
「生理が来ないんです」
もう無理だ。こんなに言ってきたら何も言い返せないじゃないか……。がんばって誤魔化していたのに。
「そ、それは本当なのか?」
「は、はい。け、検査もしました」
「そうか」
ああ、最悪だ。もうダメじゃん。やっぱり殺されるな。さっきから気のせいじゃないほどの殺気が俺に向かっている。いつもは殺気なんて出さないのに。いつからこうなったんだ?
今もいい子だけど、なんだか怖い。
「せ、責任取ってくれますよね?」
「いや、取らないよ」
「な、なぜですか!! 私たちは婚約までしたんですよ!! 確かに早いかもしれません。でも、でも!!」
「第一、つい数日前に互いに初めてで体を重ねたんだぞ。すぐに分かるわけがないだろう」
綾乃が誰かと体を重ねたわけではないことは分かっている。なぜなら俺が彼女の処女を奪ったからだ。吸血鬼の再生能力がそこまであるのか知らないが、あの感じからして本当に初めてだったはずだ。
これでも綾乃の兄を十数年だぞ。本当にかなんて分かっている。まったくなんて大きな爆弾を落としてくれるんだ。こっちは命が危ういのに。
「ありゃりゃ、ばれちゃいましたか。こっちとしては体を重ねるだけの既成事実だけでなく、子どもという形あるもので完全に私のものにしようかなって思って。でもそうでしたね、つい数日前でしたね」
「ん? どういう意味だ?」
「説明を忘れていましたね。それは私が数日だったのに一ヶ月と言ったことに関係しています。綾乃と会う精神世界は私の思い通りに時間が進みます。だからあっちの世界で数時間がこっちでは一秒にでもできるんです」
「なるほど。分かったよ」
まさか精神世界なんてあるなんてな。だが、さっきのを見る限り精神世界には精神しかいけないようだ。それって便利なのか? だが、気は病からとも言う。精神を休めることで体に影響するのだろう。
精神世界って便利なら俺も使いたいものだ。肉体は吸血鬼だ。頑丈だが精神は違う。精神は心。心はトラウマという深い傷を負うこともある。
「それでどうするんだ? 俺はお前とデートがしたい。とにかく今日はな」
「今日はやけに積極的ですね。何を急いでいるんですか?」
「すまないな。これでも綾乃が好きなんだ」
「くすっ分かりました。いいですよ。では準備しましょうか」
綾乃は微笑みながら俺に近づいた。
「さてさて兄さんには私の着替えを手伝ってもらいましょうか」
「なっ、年頃の女の子が何を言っているんだ! こっちは男だぞ!」
「あははは、分かっていますよ、それぐらい。襲ってもいいですから、手伝ってください」
「て、手伝うわけがないだろう!!」
「なぜです? 襲ってもいいんですよ? ほらこうやって……」
綾乃はパジャマのボタンを次々とはずしていき、ブラのない素肌を見せた。俺と綾乃の距離はわずか。手を伸ばせばすぐにそのおっぱいに触れることができる。だが、今回は触れるわけにはいかないのだ。
ふむ、触れはしないが見ることはいいだろう。しかしなんとも見事なおっぱいだろうか。実は綾乃のこのおっぱいはまだ現在進行形で成長中なのだ。綾乃自身はもう成長しないと思っているのだろうが、それは間違いだからな。
俺は綾乃の成長を見てきた。だから分かるのだ。綾乃のおっぱいはまだ大きくなっている。将来はリアス先輩たちに並ぶものになるかもしれない。
「どうですか? 襲いたくなりました?」
「だから襲わないぞ」
「むう、襲っていいって言っているのに……」
「お前はエッチな子だな」
「エッチな女の子は嫌いですか?」
「嫌いじゃないが、お前の場合はもう少し抑えろ。小猫ちゃんに嫌われるぞ」
「いえ、たぶん喜ぶと思いますよ」
くそっ俺の周りには変態しかいないのかよ。
「ほら手伝ってください。いえ、着替えさせてください」
「だからやらないって。自分で着替えろよ」
「……分かりました」
その顔は不服そうだった。ああ、よかった。もしも着替えさせたらこっちの理性がおかしくなるところだった。俺は一旦部屋を出る。いくら妹だろうが恋人だろうがなんだろうが異性が着替えを見るわけにはいかない。
後ろを向いていればいいのではと思うが、あれはあれで俺の理性を揺れ動かすのであまり効果がないのだ。前に何度かあったが、本当に理性が揺れ動いた。もう堂々と見ていたほうがいいのではと思うほどだった。
布やらが擦れるあの音を聞くのは俺たちにはダメだ。待っていると扉が開いた。着替えた綾乃が出てきた。それは昨日買ったばかりの服だ。
「どうですか? 似合います?」
「ああ、似合うぞ。昨日も言っただろう」
「もう! こういうのは何度言ってもらいたいものなんです!」
「そういうものなのか?」
やっぱり俺には分からない。何度も言われて欲しいものなのか。
「ふう……もういいです。ほら着替えてください。繁華街に行くんでしょう?」
「そうだな。着替えてくる」
綾乃と入れ替わりに部屋に入る。俺も服を選び着替え部屋を出た。扉のそばで綾乃は待っていた。
「おや、早いですね」
「そうか? それよりもなんでパジャマを片付けなかったんだ。ちゃんとしろ」
「ご、ごめんなさい! ちょっと忘れていました……」
俺が怒るとしゅんとした顔になる。そういう顔を見るのは好きではない。だから怒ってもすぐに、
「いや、分かったんならいいんだ。気をつけろよ」
こうやって甘やかしてしまう。いつもこれだ。綾乃は滅多に怒られるようなことはしないが、たまに怒られるようなことをするときがある。だから兄である俺は叱る。俺はダメダメな兄だな。
でもこれも綾乃が悪い。可愛すぎる綾乃が悪いんだ。ああいう顔をする綾乃をどうやって怒ればいいと言うんだ。無理だな。俺には無理だ。母さんはよく綾乃を怒れたな。俺には無理だ。
やはり親は偉大ということか。俺にも子どもができたときにちゃんと怒れるだろうか。怒らないとな。いい子に育ってもらうためにもちゃんと怒ろう。だが、まだちょっと気が早いな。子どもを作るのもまだ早い。
もう少し俺たちが大人になって俺がちゃんと稼ぐことができるようになってからだ。それまではちゃんとしないとな。
「それじゃ行くか」
「はい」
俺は母さんに出かけると伝え家を出た。外へ出るとすぐに外の暑い空気が俺たちの体を撫でた。思わずうっとなる。出て数秒で家へ戻りたくなった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。にしても暑いな」
「そうですね。あっ、そうだ!」
綾乃は何かを思いついたのか、魔力を操る。するとだんだんと涼しくなっていった。これはと思っていると、
「私の氷と風の魔法です。冷風で涼しくしたんです。どうですか?」
「涼しいぞ。便利だな」
「私から学びます? 多分兄さんにもできますよ」
「いや、別にいい」
どう見ても細かい操作が必要だ。しかも、今の彼女はほぼ無意識でこれを使っている。無意識でなんて相当な年月が必要だ。そもそもの前提として俺に細かい操作は無理だ。単純なことしか向いていない。
俺にできるのはちょっとした魔力の流れを操ることと障壁を張ることくらいだ。魔力の流れも細かい操作が必要なのだが、なぜかこれはできた。習得できたおかげで綾乃の発情を止めることができた。
できたよかった。あのままじゃこっちまで危なかったからな。
「ほら、腕を組みましょう。恋人はそうするものです」
「そのくらい分かっている。だが、お前は積極的だな」
「当たり前です。私はうじうじとして待っているのは嫌いですから。どんと派手に動きたいです」
「なるほどそういう性格か」
「はい? なんて?」
「いや、なんでもない」
全くの反対の性格なのか。いや、ちょっと似ているか。綾乃は腕を組む。成長途中のおっぱいの感触が腕に伝わる。今のままでも十分な感触なのにまだ大きくなるこのおっぱい。
男である俺はやはり将来に期待してしまう。大きくなったおっぱいを揉んでみたいな。おっとつい本音がでてしまった。もうちょっとちゃんとしなくては。